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閑話・我、己を食す

今回の話はマリア視点になります。

グロテスクな表現を多々含んでいますので、苦手の方は読み飛ばしていただきますようお願いします。(本閑話は読み飛ばしても内容に支障はありません)

 -閑話-


「イヴー、そろそろご飯ですよー」


 死者の都を攻略して何日か経ったある日、わたしはいつも通り自室にこもるイヴに夕食の準備が出来た事を知らせる為、イヴの部屋の扉を何度か手で叩いた。

 前はこの時刻になると居間でリハビリするか静かに本を読むかしていたのだが、イヴがアダムと融合した後は自室にこもる事が多くなった。それでも普段はわたしが呼びかければすぐに答えてくれたけれど、今日は返事すらなかった。


「イヴー、食事冷めちゃいますから早くしましょうよー」


 聞こえなかったのだと判断して、もう少し大きな声を出した上で扉を強めに叩いてみる。それでも返事は一切帰ってこない。もし寝てしまっているならそろそろ起こさないと夜に眠れなくなってしまう。わたしに気付かないほど何かに夢中になっているなら夕飯が要るか要らないか確認しないと。

 一応扉の傍で聞き耳を立ててみる。辺りさえ静かなら中の音が聞こえなくも無い筈だが、特に寝息も鍛錬の為の吐息も聞こえてはこなかった。


 やはりここは意を決して中に入るしかないか。


「イヴ、夢中になるのは構いませんけれどそろそろ夕食の――」


 扉の鍵を開けて部屋の中に一歩踏み込んだ所で……わたしは固まった。

 部屋の中は明かりが灯されておらずとても暗かったけれど、それでも目の前の光景がどんなものなのかははっきりと分かってしまった。


 イヴは扉側を背にして膝を床に付けていた。そして上半身をかがめて一心不乱に口元に何かを運んでいる。イヴの身体に隠れて大半は見えないが、イヴの傍には厚手のシートに置かれたナニかが横たわっており、彼女はそこからナニかを鷲掴みにして食しているのだ。


「ひ、ぃ……っ!?」


 悲鳴が口元から出てくるのはかろうじて手で押さえられた。よろめく身体は扉の縁にもう片方の手を伸ばしてようやく支えられた。体温が冷えていくのを感じる、自分の心臓の高鳴りがやけにうるさい。膝が笑っている。頭が何も考えられずに真っ白になる。

 一体、イヴは何をしているのだ――!


「あら?」


 そこでようやくイヴはわたしに気付いたのか、ゆっくりと顔をこちらに向けてきた。その顔のままで、ナニかを手にしたままで。


 イヴの口元、顔の下半分は真紅に染まり、

 イヴの両手は柔らかく生々しい深紅と桃色の物体が握られ、

 イヴの足元には中央辺りが切り開かれた人型のナニかが置かれている。


 部屋に充満しているのは生臭さと汚物の臭い。部屋が暗かったのもあり、こちらを見つめるイヴの目が光の反射で輝く。


「う……ぐ……おぇ……っ」


 胃液が口からこみあげてくるのを何とか飲み込めた。夕食前かつお昼から何も食べていなくて本当に助かった。でなければ今頃間違いなく床は吐瀉物まみれになっていただろう。


 つまりは、イヴは、ヒトを、食して――。


 イヴはほんのわずかな間考え込むと、めまいを覚えて倒れそうなわたしに対して持っていた瑞々しい真紅の物体、つまりはヒトのナカに詰まるアレを差し出してきた。


「少しいる?」

「要りません……っ!!」


 わたしは気持ち悪さを振り払うように全力で叫んだ。



 ■■■



「で、これは何ですか?」


 鎮静魔法と活性魔法の重ね掛けで何とか気分の悪さから脱出したわたしは、イヴの足元に転がる人型のナニかを指差す。情けない話だが指差す手は力なく震えてしまっているので、もう片方の手で支えていたりする。

 薄暗いので細部までは分からないけれど、そのナニかは二足歩行する動物ではあるまい。肌の色といい質感といい、人類かつ男性のようにしかわたしには見えなかった。


「百歩譲って夕食前に間食していた件は目を瞑ります。ですが、イヴは今自分が何を食べているか分かっているんですか?」

「臭いは漏れ出ないように風魔法で部屋に留めているし、敷物もしているから部屋も汚していないけれど?」

「そう言う問題じゃありません!」


 いや、確かにそれも問題ではある。こうまで強烈な血と汚物の臭いを充満させていると換気した程度では部屋にこびりついた臭いは消えないものだ。それを風属性魔法で漏れ出ないようにして、かつ消臭してくれるなら掃除する身としては実にありがたい。

 あと血や小便が床に染みると落とすのにも多大な労力を要する。わたしは土属性魔法が得意ではないから洗粧魔法を駆使しつつ地道にこすり落とすしかないのだ。これもあらかじめシートを敷いてくれるなら後でそれを処分すれば事足りる。


 けれど、今は後始末よりもその行為自体に問題があるのは明白だろう。


「イヴ、何てモノを食して……!」

「生で食べないと意味が無いのよ。煮たり焼いたりすると色々と劣化しちゃうから」

「料理すればいいってもんじゃありません! だって、それは――!」

「冗談よ。この食べているモノが問題なんでしょう?」


 イヴはわずかに笑みをこぼす。いつも見る笑い方ではあったけれど、血塗られた彼女がするそれは実に背筋を凍らせるほど恐ろしく、そして魔性の魅力を感じてしまった。

 彼女は手にする内臓を人型のナニかに戻すと、その手を上の方へとかざす。


「闇夜に一時の光を!」


 力ある言葉によって彼女の手から光を発する球体が現れる。それは部屋の上の方へと浮遊していき、暗かった部屋の様子を明らかにしていった。


「……っ」


 今この瞬間ほど補助魔法に感謝した事なんて無かったと思う。

 彼女の部屋は、もはや酷いなんて表現では済まされない凄惨な光景に覆い尽くされていた。


 イヴは口元ばかりではなく、手も、腕も、上半身も膝上も、前側がほぼ全て鮮血で真っ赤に染まっていた。しかも肉片らしき破片が所々彼女の身体や顔元に付着している。服は汚さない為か分からないが下着の上に一枚羽織っているだけの薄着さだった。髪はさすがに頭部でまとめ上げていたけれど、これで髪まで振り乱れていたら今頃わたしは絶叫をあげていただろう。


 イヴは腕から指の先に舌を這わせ、付着した血と肉片を舐め取りながらわたしに流し目を送ってきた。


「ご覧のとおり、私が喰っているのはあるヒトの内臓ね」

「か、カニバリズム……」


 人類史を紐解けば食人が無かったわけではないが、大抵理由に挙げられるのは飢饉や戦争といった極限状態まで追い込まれた際の最終手段だ。金さえ払えば食べていけるぐらいには豊富に食材が揃う西の公都において、人を食べる必要性は全くない。

 宗教的儀礼にも人身御供による人肉は全く必要とはならないし、そもそも雑食である人間は草食動物である家畜達に比べても美味くないと文献に書いてあった覚えがある。イヴが突如偏食に目覚めたのでなければ、食人そのものに意味があると考えられるが……。


 既にある程度を胃袋に納めているのか、切り開かれたソレの腹部は一部空間があるようにも見える。今日も開業魔導師の店で受付を手伝ってもらったから、それから今までずっと胃に納めていたとしても食べ切れる量ではない。

 もしかして、ここ最近彼女はずっと一心不乱にこんな食事を……?


「お、美味しいんですか……?」

「当然不味いわね。だから味覚を狂わせて美味しく感じさせているし、新陳代謝を促進させて多くの量を食べられるようにしているのよ。それでも気が狂いそうになるし何度も吐き出しそうになるしでもう散々ね」


 どうやらわたしの理解の及ばない食文化が存在したわけではないようだ。とは言え無理矢理詰め込んでいるのだから、三食だけでは不足しているわけでもないのか。


「では、魔王には食人の風習でもあると?」

「鋭いわね。この遺体を取り込んでいるのもれっきとした理由がある」


 イヴは舐め取ってもまだ血が残る手で、横たわる人型のナニかの頭部に相当する辺りを指差した。わたしは唾を飲み込んで意を決すると、怖いもの見たさで近づいていき、腹部を何とか視界に入れないようにその方向に視線を向ける。


「う、嘘……!?」


 わたしは口元を押さえて今度こそ腰を抜かした。


 何で、どうして、と頭の中で疑問ばかりが湧きあがって答えが導き出されそうにない。それだけ目の前に提示された現実はわたしの理解を越えている。


 間違いない。横たわっている男性は、魔王アダムその人の死体。

 イヴは、かつての自分を喰らっている――!


「いや、これ半分はマリアのせいだからね?」


 イヴは口調をアダムのものに切り替えて軽くため息を漏らす。

 いきなり原因はわたしにあると言われても反論するほど頭は回ってこなかった。


「強大な存在は死してもその躯が多大な影響を及ぼす。魔導の触媒に用いれば大規模な魔法の行使を可能とし、召喚の贄にすれば強力な下僕を呼び出せるだろうね。特に僕は魔王と呼ばれる程の存在だったから、死骸にだって計り知れない価値がある。それはマリアだって分かるだろう?」

「……冥府の魔導に適性の無かったマリアが反魂魔法を成功出来るほど、ですよね」

「けれど僕等はそういった遺体は決して便利な道具として扱わない。僕らから見ればこれはご馳走なんだよ」

「ご馳走……?」


 けれどさっきもイヴは死体がまずくて無理して食らいついていると白状したばかりではないか。

 ……いや、ご馳走という表現は食欲を満たすものでも味覚を満足させるものでもない?


「脳を食らって叡智を、瞳で世を見通す力を、心臓で身体の流れを、肺で持久力を、腕と手で技術力を……といった具合に、喰らった対象の能力を自分の物としてしまう。そうした儀式のようなものだよ」

「対象の能力を捕食で奪うんですか!?」

「もちろん全ては継承出来ない。むしろ引き継げるのはほんのわずかでしかない。けれど己を強化する手段には変わりがなかったから、僕達魔の者にはそんな風習があると言っていい」


 おぞましい、と思いながらも成程、とも納得してしまった。

 倒した敵を食するだけで己の能力を微々たるものでも向上できるなら、躊躇いなく実行に移す手段を選ばない輩は大勢いるだろう。


「いくらマリアの魔法で僕の魂も魔力も残らず私に取り込まれていても、長年僕だったこの身体の影響力はまだ残っている。二度と利用されないように僕の遺体は処理しなくちゃあいけない」

「けれど勿体ないから自分のものにする、と」

「表向き今回の異変は勇敢なる女剣士が死霊を生み出す悪の魔導師を討伐したって体裁だ。その報酬として悪の魔導師の亡骸を頂いただけさ。なら僕は、かつて僕だったモノから全てを継承しようと思い至ったわけさ」


 けれどその主張には穴がある。

 わたしは勇者イヴに魔王アダムを封印した。ただしそれは魂、意志、叡智ばかりではない。死してなお肉体に残された魔王アダムとしての全てを摘出しイヴに詰め込んだのだ。でなければ人類救済の究極手段である封印魔法に価値はない。

 つまりは魔王アダムの遺体は絞りカスも同然。これは一年前にただイヴの手で命を落とした際と決定的に異なる点だ。その遺体を更に出し汁にして何が起こるんだろうか?


「ああ、その考えはもっともだよ。マリアは魔王アダムのほぼ全てを勇者イヴに封じ込めたのだからね。けれど、完全じゃあない。何が残されたかは分かるかな?」

「い、いえ、全く」

「肉体に刻まれた経験だ。それとも身体の流れと表現すべきかな?」

「そ、そうか……!」


 やっと理解できた。イヴの身体にアダムをより馴染ませるためにアダムの身体を取り込むのか。


 封印魔法は本来対象がこれ以上脅威を及ぼさない為に編み出された技術だ。だから対象が生贄を乗っ取って復活したとしても入れ物は生贄のままだ。魂に引きずられて肉体も幾分かは変貌を遂げるかもしれないけれど、封印前には決して戻れやしない。

 いくらイヴがアダムに全て譲り渡したとしても今のイヴはイヴの身体にアダムの魂。知識や魔力はアダムから引き継がれていても、生命力ないしは魔力の流れまではイヴのままだろう。いずれは最適化されるかもしれないが、それは今のイヴという存在に負担がかからないような静定に過ぎない。


 イヴは、勇者のみまらず魔王の能力や強さを備えるつもりか。


「結局、僕も私も弱かったんだ。僕の力が及ばなかったから私は嘆き悲しんだ。私が脆かったから僕は私に全て託してしまおうと思った。僕は私の為に、私は僕の為に、魔王アダムの力が欲しい」

「……その手段がこれ、と言うわけですか」

「実は僕も初めてなんだけれどね。今まで必要なかったし。正直ここまで辛いとは思ってもいなかったよ。人としての私が悲鳴を上げるって言えば分かる?」

「それは当然でしょう」


 アダムが魔王だった昔はいざ知らず、今の彼女は人間のイヴだ。嫌悪感をぬぐいきれなくても不思議ではない。頭では必要と分かっていて、魔法で感覚をごまかしていても、本能が拒絶するのは至極当然と言えよう。


 それにしても、何と言うか、非効率的過ぎないかしら? アダムの身体は一日中食に没頭したとしても一度に腹に収められる量ではないだろう。何日かに分けて食べるつもりでも明らかに気が遠くなる作業だ。腐敗しないように何らかの魔導的処置をしているとしても一体何日間かける予定なんだ?

 しかも調理すれば鮮度が失われて食する意味が失われる始末。噛み千切ったり切り分けてはいるようだから、生だったらいいんだろうか? 骨はどうやって食べるつもりだ? 大体噛み砕けるのか? まさか髪の毛の一本まで食べきるつもりか?


「……ちなみに、自分の肉体をゆっくり味わおうって気は?」

「無い。強いて言えば多大な効果が見込まれる脳と心臓と生殖器だけれど、既に記憶も知識も僕のものだから脳は要らない。私は僕とは性別が違うからそっちも要らない。意味があるとしたら心臓ぐらいじゃないかな?」

「では、例えばひき肉にしても問題はないと?」

「加工する段階で血液を留められるならね」


 成程、では手は加えても問題はないわけか。なら話は簡単だ……だなんて考える辺り既にわたしも錯乱してしまっていたかもしれない。


「極限まで圧縮して一気に丸のみしたらどうです?」


 と突拍子もない考えを口にはしてみたものの、やれるものなら初めからやっているよなあ。でなかったら勇者と魔王の知識を併せ持つ今のイヴがこんな自分の部屋に引きこもって連日食人に勤しむなんてやっている筈が――。


「……マリア、ひょっとして天才?」

「へ?」


 イヴは目を輝かせながら傍らのナイフを逆手に持つと、一気にアダムの胸元に振り下ろした。手先と腕を動かす事何度か、やがてイヴの手には頭より小さく拳より大きい肉の塊が取り出される。文献でしか見た事が無いので核心は無かったが……。


「これだけは後でゆっくりと味わうとして、と」

「心臓……ですか」

「うん。別にこれも丸ごと頂いても問題は無いんだけれど、心の臓は儀式的な意味が強いからね」


 イヴは取り出した生命の源に口づけをすると、いつの間にか食器棚から持ち出されていたのか、皿に丁寧に置いた。魔導は己の思いを現実のものとして反映させる行いだから、魔導の構築に意味が無かろうとその想いは結果に多大な影響を及ぼすだろう。


 彼女は一息つくと、床に座って片膝だけ立ててもう片方の脚は床に投げ出す。身体はやや後ろ倒しにして右手を後ろに付いて支えている。そしてどこから持ち出したのか、ワイングラスを左手で上へと掲げた。この構図、絵画でもたまに見るものの、血に染まり笑みを張りつかせるイヴは何故か震えるほどの芸術性を感じた。


「供物は酒杯の内に」


 イヴが力ある言葉を放った直後、アダムの死骸が震え始めた。そして、瞬きする間もなく鈍く不快な音を立てて収縮を始めた。唖然としながらも眺めていたが、見事なぐらい縮んでいく死体からは液体一滴もこぼれず、段々と肉の塊と変貌を遂げていった。最終的には拳どころか指先程度の大きさにまで縮小し、ワイングラスに転がり落ちた。

 肉片から真紅の液体がにじみ出てきて酒杯を満たしていく。それをイヴは一気に煽った。唇の端から流れ落ちようとする一滴も指で掬い取って口に含んだ。


 心臓を除くアダムの全てを飲み干したイヴは、深く息を漏らした。感動に打ち震えている、というか恍惚して心ここにあらずに見えてしまう。


「ふぅ……最高だね、この味わい方。他の人にも教えてあげたいぐらいだよ」

「いやいや、お願いですから流行らせないでくださいね」


 わたしの思いつきが魔の者の間に伝わってしまってはたまらない。更には向こう側の文献にでも記された日にはどう弁解すればいいんだ。


「さあ、じゃあ最後に心の臓をいただこうか」

「あ、やっぱりそれも今日中に食すんですね」


 イヴは皿に置かれたアダムの心臓を手にする。そのまま軽くかぶりつくと、中に詰まっている血を吸いだした。喉が動くたびにかつてアダムに流れていた鮮血がイヴの喉を潤していく。そして粗方吸い終わると、味わうようにして食し始めた。

 その光景は何とも表現しがたかった。人間を食らう悪魔と言うより、禁断の果実を口にする原初の女、が一番的を射ているだろうか。見てはいけない行為を目にしているのは分かっていた。けれど、そのおぞましくも美しい有様はわたしの目を惹きつけて離さなかった。


「満、足。嗚呼、たまらない……っ!」


 イヴはもはやわたしの事など眼中にもなく無我夢中で魔王の心臓にしゃぶつく。頬をわずかに赤く染めて興奮気味につぶやく今の彼女はとても勇者に思えない。どう見ても傾国の魔女です本当にありがとうございました。


 と、見惚れていないで最初の目的を果たさないと。そもそもここには夕食のお知らせに来ていたんだった。


「それで、夕食は要るんですか要らないんですか?」

「んー、悪いけれど今日は下げてもらえる? 明日は三食普通に取るから」

「そうですか」


 再び手に付いた血を舐め取っていくイヴは口調をイヴのものに戻していた。

 そうか、夕食要らずか。不満を漏らしたかったが一気飲みを進めたのはわたしなのであまり強くは言えないだろう。イヴの分は捨てるには勿体ないから痛まないように保存して、明日の朝食として出してしまうとしよう。


 彼女は広げられたシートを畳むと、部屋の窓を開け放った。冷ややかで新鮮な空気が部屋の中へと入り込んでくる。これ外の人にとっては迷惑以外の何物でもないだろうなあ。そして彼女の手で天高く高く放り投げられたシートは一瞬にして塵へと燃え尽きた。何らかを呟いていたから火属性魔法でも発動していたのだろうか?

 後に残ったのはワイングラスと皿ぐらいで、それとてあまり焼かない肉でも食していたのではと思ってしまうぐらい先ほどまでの跡が無い。ただし血染めのイヴ本人を除く。


 そう言えばイヴは自分自身よりも大きい身体をしていたアダムを全て取り込んでいる。体重が怖ろしい事になっていると思うのだ。いくらイヴが身体を鍛えていたって急に二倍以上の質量になっては鈍重になるけれど、上手く燃焼させる手立てがあるんだろうか?


「ところで新陳代謝を挙げて消化を促進させると言っていましたが、ダイエットはどのような予定を? 後学のために聞きたいんですけど」

「えっ?」


 が、わたしが何気なく投げかけた質問に対してイヴは目を丸くしていた。


「えって言われましても、増えた目方分は痩せないと体型にも動きにも支障が出るんじゃあ?」

「……――」


 イヴは頭に指を軽く当てると、少しの間熟考する。そして、がっくりと項垂れた。


「が、頑張らなくちゃ……」

「え、ええ、そうですか……。頑張りましょうね」


 もう色々と衝撃だった自分はそう労いの言葉を送るしかなかった。



 ■■■



 後から聞いた話によれば、アダムの遺骸を食したたイヴは勇者としての経験、能力に加えて魔王としての能力や経験も問題なく会得したらしい。けれどそれは決してイヴの身体が魔に堕ちたわけではなく、イヴは人のままで光と闇の両方を行使出来るようになったのだ。

 これで彼女はアダムとイヴ個人のみならず、勇者と魔王が真に融け混ざった存在となった。


 ちなみに、イヴが取り込んだアダム分の体重を減らすのには一週間要した。

 それから、補助魔法の効果が切れたわたしがこの悪夢にうなされなくなるにも一週間かかったのだった。



-閑話終幕-

お読みくださりありがとうございました。

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