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復讐された白魔導師が望むのは平穏  作者: 福留しゅん
復讐対象外の零人目と本人
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死者の都攻略戦⑧・魔王は勇者に倒される

 子供向けの童話にもたまにある内容、それはお姫様が悪い奴にさらわれてしまい、素敵な王子様が駆けつけて助けてくれるものだ。王子様は悪い奴をやっつけて、王子様とお姫様は深く結ばれて幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。


 だが事実は小説よりも奇なり、とは良く言ったものだ。囚われたお姫様が悪い奴を裏から糸を引いていたとは。当然真っ向からこの仮説を否定したかったが、現状を色々と整理していくとどうしてもお姫様が悪い奴を復活させたとしか思えない。

 それも、マリアの語りが真実なら、ミカルが意図的にやった事になる。


「け、けれど、この部屋から動けないミカルがどうやって魔王を蘇らせられたと? だって遺体は悪用されないように厳重に管理されるって……」


 聖者がその生を全うしようと遺骸が奇跡を宿すのと同じで、魔王が倒されてもその死骸はなおも厄災を振りまく元凶となりえる。魔王を倒したからって魔王軍が全滅したわけではないし、残党が遺骸を何らかに利用する可能性は充分にあった。

 だから魔王の遺体は勇者一行によって回収されて、しかるべき処置を行うと伝えられていた。それが聖女の手で長い時間をかけて浄化するのか、または聖騎士が神殿にて封印するのか、様々な憶測が流れたが結局その後は分からずじまいだったような。

 そう、勇者一行の誰かが、だ。当然それにはマリアも含まれる。


「わたし達勇者一行の面々は己の欲望を叶えるべく、イヴを裏切ってアダムを排除した。わたしの場合は、反魂魔法を成功させるためにとあるモノが必要だった」

「……ちょっと待って。それってまさか――」

「そう、そのまさか。死を体感していないわたしが冥府の魔導を手にするには、それ相応の触媒が必要だった」

「マリア、貴女は……!」


 魔王の遺骸を基に、冥府の魔導を会得したのか――!


 言葉にもならない。いや、マリアの事だから最後までイヴを裏切るつもりはなく別の可能性を模索していたかもしれない。それがどうやって魔が差したのか分からないけれど、結果だけを見ればマリアはイヴを騙してまんまとアダムという極上の触媒を手に入れた形になる。

 全ては、かつて失ったかけがえのない存在を取り戻す為に。


「アダムがわたしの所にいたのを知っていたのは実際に反魂魔法の対象になったミカルだけ。最後までイヴにもばれていなかった筈」

「そして、魔王にもなっていたアダム程の者はだだ漏れしている程度の魔導では復活されない、と」

「万が一動き出したとしても理性もないゾンビになるのが関の山。あのように完全な復活になるには、反魂魔法を完全に成功させる必要がある」

「他の可能性を消去していけば残るのはミカル元凶説、ってわけですか……」


 わたしとマリアの会話がミカルにはどう聞こえたのかはさっぱりだ。ただ、困惑と驚愕に染まっていた彼女の表情が徐々に失われていくのを見るとどうやらわたし、というかマリアが一方的にミカルを追い詰めているようだ。

 彼女を助けたい想いで今回の攻略戦に参加していたのに。アダムさえどうにか出来ればこの異変は解決すると思っていたのに。予想もしていなかったこの展開にわたしは裏切られたという怒りや悔しさよりも、日常を取り戻すと伝えたカインへの申し訳なさでいっぱいになっていた。


「……イヴのマインドクラッシュもマインドオーバーライドも存外役に立たないものですのね」


 嘲るように言い放った彼女の言葉はとても冷酷なものだった。

 か弱い儚げな深窓の貴婦人だったミカルの面影はもはやどこにもない。目の前にいる女はわたしを何故か憐れみを込めた目で見下してきていた。


 マリアはそんな豹変が気に障ったのか胸倉を掴む手を更に強くミカルに押し付ける。


「その辺りの事情を貴女に語る義務も義理もない。魔王を安易に復活させてしまったらまた混沌の時代に逆戻りするとはミカルも分かっていた筈。それなのに、何故?」

「何故? 何故って、私の方がマリアに何故って言いたいのですけれど。ねえどうして?」

「……言っている意味がよく分からない」

「これだけ言ってもまだ分からないの? ねえ、どうしてマリアは――」


 ――魔王アダムを見て、何とも思わないの?


 ミカルは、恋い焦がれる少女のように頬を紅潮させていた。わずかにうるんだ眼でアダムを眺めてながら、甘いため息を漏らす。

 それで気付いた。そう言えばアダムからは妙に魅力を感じる。風格というか言動と言うか、仕草の一つ一つから雰囲気まで全てが惹きつけられるのだ。けれどそれは決して彼が好青年なだけではない。明らかに魅了の効果を伴う魔導か何かを発しているとしか思えなかった。

 魔導師のわたしでも精神的に疲れ果てた時に彼を目にしたならば何も考えられない虜になっていたかもしれない。何の耐性もないただの婦人だったミカルに魔王の魅了から逃れるすべはない。例えそれが遺骸だったとしても、一目見た瞬間に虜になってもおかしくはなかった。


 結局、全部わたしのせいじゃないか……!


 愕然とする。結局わたしの想いはわたしの行いが踏み躙る。わたしの願いはそんなに叶えられてはいけない事なんだろうか?


「夫は勿論素晴らしい殿方だし、あの人との子供を授かった事を誇りに思っています。けれど、マリアに蘇らせられた直後に目にした彼は、とても美しい様子で眠りについていました」


 ミカルの襟首を掴んで彼女を追い詰めていたマリアは、ここに来て初めてわずかにたじろいだ。静かに怒りを湛えていたマリアに明らかな焦りが見られる。このマリアの様子、原因の発端が自分にもあるんだと悟ったか?


「マリアがイヴの来訪する直前にアダムをわたしのベッドの下に隠したのは運命かと思いました。おかげでイヴに彼が見つからずに済んだもの」

「今思えば失敗だった。アダムの復活を条件に見逃してもらう取引をするべきだった」

「全てを失ったマリアをこの都から放逐して、後はマリアの見よう見まねでアダムを蘇らせるだけ。そしてただ復活させるだけではなく、私だけを見てもらうよう術式に細工して!」


 わたしは思わずこの部屋の床をよく眺めてみる。絨毯がしかれていたので意識していなかったけれど、絨毯の無い床と壁の境辺りにはびっしりと何かが書き込まれていた。漠然としか見えないけれど、あれは魔術式ではないだろうか?


「ありがとうございますねマリア。貴女の残してくださった叡智で私はアダムにそばにいてもらえるんだもの」


 つまり、マリアはここでミカルを蘇生させ、両親を蘇らせようとした所を殺され、残された術式を改造してミカルが魔王を復活させた、と。

 マリアの表情がより一層険しくなる。感情を表に出さない印象しかなかったマリアがここまで露わにするなんて、学院時代には想像も出来なかったものだ。やはりマリアも喜怒哀楽のある普通の女の子だったんだと、場違いだが安心してしまった。


「アダムアダムと、ミカルは禁忌に手を伸ばしてでも貴女を取り戻そうとした公爵に申し訳はないの?」

「ああ、そう言えばマリアが私を蘇らせたのは夫からの依頼でしたね。無論危ない橋を渡ってでも私を想ってくださった夫には感動していますけれど、だからって私のこの想いには抗えない」

「貴女を迎えてくるように必死になってこの状況を作ったカインの想いを踏み躙るの?」

「心痛むか? それもこの情熱と比べてしまったら取るに足らない些事ですね」


 小さな、つまらない事だと言ったか? あんな少年が身を削る思いで駆けずり回って、先の見えない脅威と戦って、ようやくここまでたどり着ける所までこぎつけた彼の想いを、つまらないと?

 ミカルの悪びれもしない言い方に、マリアの怒りが冷めていくのを肌で感じる。かく言う自分も途端に冷えていく感情があるのを自覚してしまった。マリアは胸倉を掴んでいた方とは別の手でミカルの首を締め上げ始めた。


「……そう、分かった。貴女には魔導を使うまでもない。このまま再び眠りにつけばいい」

「だ、駄目ですマリア! ここで彼女を殺しては……!」


 ここで怒りに身を任せてミカルを手にかけるのは駄目だ。確かにそれでこのアンデッド発生の異変は片が付くかもしれない。けれど彼女の帰りを待つカイン達にどう申し開きをする? わたしの想い、決意は間違っていたんだと簡単に受け入れていいのか?

 わたしは慌てて彼女の手を離そうとするので、マリアも思ったように手に力を込められないようだ。マリアの腕はどうしても剥がせないけれど、少なくともミカルの呼吸が止まるほど締め上げられてはいないようだし、首の骨もこれでは折れないだろう。

 マリアが底冷えする殺意をこめて私を睨んできたので、わたしも負けじと強く見つめ返す。


「止めないでマリア。必要だったとはいえこの女を蘇らせたのは間違いだった」

「ミカルは魔王の魅了で虜になっているだけです。それなら無効化すればこの異常は治せます」

「甘い。一度魅了されたら魔導の影響が無くなっても心は縛られたまま。レジストチャームで阻もうともうどうしようもない」

「それはマリアの憶測でしょう! わたしは、ミカルと家族の絆を信じます」


 わたしがここにいるのはミカルの日常を取り戻す為だ。そしてそれは魔王の虜になる事でも死霊の女王となる事でもない。カイン達と平穏な毎日を送る事だ。彼女に罪があるんだとしても、それは償われるべき物であって、ここでわたし達が私刑にするのはおかしいだろう。

 わたしはマリアと違って、人々に手を差し伸べる白魔導師なのだから……!


 どれだけの時間が流れたか。わたしとマリアは見つめ合っている。剣戟の音がうるさく響き渡る筈だけれど全く気にも留まらない。多分一瞬の間だっただろうけれど、とてつもなく長い時間が過ぎたように感じた。


「……分かった。マリアがそこまで言うならわたしもマリアを信じる」

「ありがとう、マリア」

「……っっ。かは……っ!」


 マリアはミカルから離れ、ローブを手で軽く払った。ミカルの胸倉を掴んだ手はよほど強く握りしめていたのか、紅色に染まっている。ミカルの首も同様にマリアの手の跡がくっきりと残っていた。そんな彼女はマリアに首を絞められていた時にも見せなかった恐怖が宿っていた。


「や、止めて……! 私からアダムを引き剥がすつもり!?」

「アンデッド共に身体を囚われ、魔王に心を奪われる。そんな悪夢から覚めるだけです」

「何の権利があってそんな真似をっ。私を誰だと思っているんですか!」

「勇者すら騙し討ちにしたらしいわたしに身分を見せびらかしても無駄です」


 ありったけの呪詛を並べられるのは鬱陶しいので、まずは黙っていてもらおうか。


「そんな事をしたら、私はマリアを一生許さな――!」

「スランベロース・セダティブ」


 わたしは手早く術式を構築すると、ミカルの目元を手で覆う。途端にミカルの意識が落ちたので、慌ててわたしはミカルの身体を支えながら寝具へと横たえさせた。

 わたしの使った睡眠魔法は水属性で原理は簡単、興奮を冷ます鎮静によって眠気を誘発させるものだ。手か杖を直接相手に触れないと身体の流れを整えられないので戦闘には不向きだが、眠れない日や悪条件での休憩にはもってこいな魔法なのだ。


「次は耐魅了魔法ですね……」


 丹念に頭の中で術式を構築していく。属性攻撃に対する耐性魔法の場合はその属性に秀でていないと使えないけれど、チャームやフィアーといった精神攻撃に対抗する魔法は無属性。つまりわたしでも使えるのだ。

 耐魅了魔法は心の衝動を抑制する効果がある。その効果は大きく分けて二つあり、魔導での精神干渉を防いで、かつ心に沸き立つ急激な欲情を抑える。これでミカルの感情は魔王の魅了から守られ、かつ魔王の外見に引きずられる事もなくなる。

 ただ、マリアの言った通り魅了耐性を付けた所でこの一年間ずっと心に抱き続けた想いは抜けないだろう。と言っても頑なな心を解していくのはこの場ではないしわたしの役目でもない。その辺りはカインに押し付けてしまうとしよう。


「レジストチャ――」

「させないよ、そんな事は」


 それは本当に不意打ちだった。

 背中からわき腹にかけて鈍い衝撃が走ったかと思ったら、わたしの身体はいつの間にか床に転がっていた。一瞬意識が飛んでいたのか、ぐらぐらする頭を抱えて何とか身をあげて状況を確認すると、目の前には剣をこちらに向けたアダムが立っているではないか。


「ミカルに何を勝手しようとしているんだい、マリア? そんなの許す筈ないじゃないか」

「あ、ぐ……っ!」

「でもおかしいな。胴体真っ二つにしてやろうって斬ったつもりだったのに、無傷だなんて」


 どうやらわたしは壁まで吹っ飛ばされたらしい。その原因となった衝撃、背中に近いわき腹が物凄く痛む。恐る恐るその辺りを触ってみただけで痛みは増したけれど、どうやら切り裂かれてはいないようだ。アダムの弁では剣での一撃だったらしいが、重く鈍い衝撃はまるで鈍器で殴られたようだ。


「イヴを、どうした……!?」

「ああ、彼女ならそこにいるよ。安心するといい、まだ生きているから」


 アダムが何気ないしぐさで指差した方向では、数多の切創と刺創を受けたイヴがへたり込んでいた。盾はばらばらに斬られ、剣が根元から折られ、防具や衣服はもはや意味をなさないほどに損傷している。ただ致命傷は負っていない。おそらくどの傷も軽傷だろう。

 ただ、今のイヴは満身創痍もいい所ではないか。傷の多さもさることながら虚ろにこちらを見つめる瞳や力なく少し開いた口、振り乱れた髪など、例をあげれば枚挙に暇がない。魔王に弄られた、と聞いても鵜呑みに出来てしまうほどの憔悴ぶりだ。


 この魔王、イヴを弄んで……いや、それもおかしい。勇者で愉悦を満たすなんて今更やるだろうか? 一度は自分を打倒した相手なのに? しかも先ほど切り結んだ時は思いっきりもういいとか言ってたし、飽きたなら遊んでないでとっとと片付ければいいのに?


「……どうして、勇者を一思いに殺さないの?」

「……それはマリアには関係ないね」


 疑問を投げかけてみたが、アダムは表情を曇らせながら今までから考えると要領を得ない答えを返してきた。今まで常に笑みを絶やさず余裕を見せていたアダムから初めて笑みが失われた。

 これは、まさか……?


「いえ、殺さないんじゃなくて、殺せなかったんじゃないんです?」

「そ、んな筈は……。イヴと僕は、勇者と魔王に過ぎない……」


 アダムの頭を強く抑えながら身体がわずかによろめく。彼の呼吸が荒くなっていく。

 間違いない、これはミカルの反魂魔法に付随させた想いの改竄とも言うべき追加効果に拒絶が出ているんだ。マリアは今のアダムはアダムではないと断言していた。ならわたしはイヴの一途な想いとマリアの発言を信じる……!


「わたしは全てを失いましたけどアダムはまだ覚えている筈です、イヴと共に旅をした時間を! その時のイヴはどうでしたか? アダムはそんなイヴをどう思っていたんですか? 本当に勇者を欺いていただけなんですか?」

「違う、僕は、僕は……」

「イヴをこれ以上泣かせないでください、悲しませないで……っ!」

「うるさい……僕は、魔王アダムなんだっ!」


 アダムは自分を惑わせる想いを断ち切るように剣を大きく振りかぶるとわたしに向けて振り下ろし――。


「もう、もうやめてアダム!」


 わたしが魔王からの一撃を受ける前にアダムの腕を抱きかかえたのは、他でもないイヴだった。彼女の脚はもはやかろうじて身体を支えているほど力なく震え、両腕でアダムを止めていると言うより抱きかかえて身体全体で抑えているように見えてならない。

 そんなイヴは、見ているこちらが悲痛になるほど顔を歪ませながら涙を流していた。アダムは苦悶の表情をしつつもイヴから目を離さない。


「こんなのアダムじゃない、絶対に間違ってる! 私はどうなってもいい、だから元のアダムに戻ってよ!」

「イヴ……!? 違う……違う、違う! 君が勘違いしていただけで、これが元の僕だ。そう、これが正しいんだよ……!」

「違うのは今のアダムよ! どうして、どうしてこうなっちゃったの……? 私が望んでいたのはこんな結末なんかじゃない……!」

「やめろ……やめろおおっ!」


 アダムはイヴを力任せに強引に振りほどいた。投げ出されたイヴの身体は床を転がり、布に包まれた長い物にぶつかった。アダムは焦りと驚きを入り混じらせながら、わたしの方を見向きもせずにイヴへと近寄っていく。

 それを見て思い出した。あれは外の城壁を出発する際に教授に渡された物ではないか。確か今まで邪魔だからと背負いっぱなしでここまで運んできたんだっけ。もしかして両断されるはずだった先ほどの魔王の一閃はあれにぶつかった為に未遂に終わったのか? いや、でもアダムの剣を受けても斬られずにわたしを守った一品って……。


 いや、待て。教授が持ってきた? あの先で役に立つから? わたしは杖、ローブ、道具、それに魔導書もあるから別段これ以上必要になるものはない。新たな杖だとしたらあの場で開梱して慣らしておけって言われた筈だろう。起死回生の消耗品だとしても事前情報があると無いでは大違いだろう。そもそもわたしが活用出来る品ならあの場で説明しなかった理由が無い。

 役には立つ、けれど説明できないもので、わたし用ではない。とすると、もしかして――。


「イヴ、それを使ってください! それは――!」

「うあああああっ!」


 わたしが何か言う前にアダムは絶叫をあげて剣を振りかぶる。駄目だ、この距離だとわたしが今すぐに攻撃魔法を放っても間に合わない。駆けだした頃には既にイヴは真っ二つになっているだろう。わたしでは、イヴには届かない……!


「いやああああっ!」


 鮮血が、飛び散った。


 相手に剣を突き刺した人の剣が、剣を持つ手が、腕が、そして身体が鮮やかな深紅色となった。目を見開き、ただ茫然自失と目の前の結果を眺めるしか出来ないでいた。力なく剣を離し、首を横に振りながら頭を抱える。


「ち……違う、違うの……そんな、私、そんな、つもりじゃあ……」

「……いや、これでいい。これでいいんだよ」


 イヴがとっさに取った行動は、わたしがアダムから受けた一撃で布がはだけていた品を取出し、アダムに突き立てたのだ。それは西の公都に来る前にわたしとイヴが初めて出会った、と表現しておく、森に偽造工作の為に置いてきた筈の勇者が担いし光の剣だった。

 アダムの攻撃はアモスを亡き者にしたものとは明らかに異なり、精彩を欠いた剣の振り下ろしだった。対してイヴは泣き叫びながらも体が無意識に動き、鮮やかなほど手早く剣を抜き放っての突き。アダムの剣がイヴの頭をかち割る前にイヴの剣がアダムの心臓を貫いた形だ。


「長い、夢を見ていた……。イヴが泣いているのに僕が嗤っている、そんな悪夢を……」

「い、嫌……。止めて、嫌よ……またなの……?」

「ははっ、ごめんね。けれどイヴの手で終わらせてくれるんなら本望だよ。それはあの時も今も変わらない……」

「嘘だって言ってよ……! 折角元に戻れたのに……!」


 イヴはよろめきながらも何とかアダムの傍に駆け寄った。肩を持って涙ながらに訴えかけても、その間にもアダムの鮮血は流れ出ていくままだった。

 アダムはイヴの頬を優しくなでた。アダムは屈託のない笑顔をイヴに見せる。 


「魔王とか勇者とか関係ない。僕は、君を愛しているよ……」


 彼は力なく膝を崩すと、その場に倒れ込む。


 イヴの絶叫が城の中で響き渡った。

お読みくださりありがとうございました。

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