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復讐された白魔導師が望むのは平穏  作者: 福留しゅん
復讐対象外の零人目と本人
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死者の都攻略戦⑥・死霊王攻略

 アタルヤは最後の城壁を攻略後、直ちに占領した上で門を再封鎖して数千名程の分隊を留まらせた。アンデッド化した帝国軍兵が背後から不意打ちしてくる可能性を踏まえて第二の城壁にも数千名程残していたので、最終的に中庭に攻め入ったのは二千名強となっている。

 残念ながら圧倒的強さを見せつけていたアタルヤ軍も度重なる戦いで全くの無傷とはいかず、数百名が負傷し戦線離脱したり、命を落としたそうだ。ただのスケルトン兵にアタルヤ軍の兵士達が後れを取るとはとても思えなかったが、


「どうやら相手も有象無象の雑兵ばかりではなく、指揮官として上級モンスターを紛れ込ませていたらしくてな。想定より被害が多くなった」


 との事だった。

 それでも防衛側のアンデッド軍の方が頭数は多かったはずなので、被害がたった数百名で済んでいるのは称賛すべきだろう。


 アタルヤは広大な中庭をくまなく探索すべく軍を散開させた。ここからは馬の機動力があまり生かせない為、騎乗兵部隊も全員馬から降りて武装を突撃槍から片手剣や斧等に切り替えていた。騎乗兵部隊の兵士三百名ほどがアタルヤに続いて中庭を一直線に駆け抜けていった。

 わたしはイヴと共に先行するアタルヤ軍を見送りながら慎重に中庭を歩んでいた。傍らではイゼベルが馬に横向きに乗ったまま闊歩させている。優雅にも扇子で口元を抑えつつ日傘を広げていて、この美しき中庭の造りもあって単に貴婦人の散歩にしか見えなかった。


「イゼベルさん、その、相談なんですが……」

「皆まで言わなくても分かっていますよ」


 折角の機会だ。わたしはどうしても一つ彼女に確認しておきたかったのだ。結局一週間ほどあれこれ考えはしたのだが結局解決策が見つからずじまいだった。もはや人に聞くか記載があるかも分からないが魔導書を片っ端から読み漁るしかなくなってしまっていた。

 思い切って切り出そうとした最中、イゼベルは手袋を付けた細い人差し指を立ててそっと彼女自身の瑞々しい唇に当てた。妙に艶めかしい動作は同性でありながら色っぽさを感じてしまう。


「アンデッドを次々と生み出すミカルの魔法の暴発をどうすれば、でしょう?」

「はい、そうなんです。この辺り一帯から死体がなくなれば済むと思うんですが、そうなるとミカルは一人きりでここで過ごす破目になってしまいます。それでは根本的解決になりません」

「蘇生させられた挙句にその結末はあんまりだ、かしら? 結論から言えば何とかなるわよ」

「本当ですか?」


 思わずイゼベルの方へと身体を向けた。自分の口から出た確認する問いは自分でも信じられないほど感情がこもっているようだった。我ながららしくないと思ってしまったが、自分が思っている以上にそれほどミカルを按じているのだろう。

 噴水を通り過ぎた辺りで静寂に包まれていた中庭に場違いな轟音が響き渡った。これはあれか、木材が割れる音のようだったから、アタルヤ率いる部隊が固く閉ざされいてる城の門を強引に破壊して侵入したのだろうか。


「一つは彼女が己の魔導を制御できるよう丁寧に、そして気長に指導すればいい」

「それはわたしも考えましたが……イゼベルさんの見立てではどれぐらいの年月がかかります?」

「本人に会っていないので何とも言えないけれど、魔導に手を付けた事もないのに後天的に才能が開花したのなら、最低でも三年かしらね」


 そんなに待てる筈が無い。ただでさえミカルはマリアが失踪してしまったために一年間孤独に過ごしているのに、それから三年も我慢しろだなんて残酷な選択肢を提案出来る筈が無い。一番現実的ではありそうだけれど、その案は最終手段だろう。


「一つは彼女を再び眠りにつかせる。元々亡くなっていたんだもの、いいでしょう?」

「それも考えましたが……彼女に死ね、と?」

「ミカル一人が犠牲になればこれ以上被害が増えなくなるのだけれど?」


 九を救うために一を捨てる考えなんてわたしは嫌いだ。我儘ではあるけれど、わたしは死と言う眠りから無理矢理覚めてしまい苦しんだミカルには救いがあっていい筈だ。悪夢のまま終わらせるなんて、わたしはしたくない。絶対に嫌だ。

 答えないで口を閉ざすわたしを窺ってイゼベルはおおげさに肩をすくめてみせたが、呆れた様子は見られなかった。多分選択肢としては挙げるけれど、わたしは決して選ばないと初めから確信していたのだろう。


「なら、彼女が二度と魔法を発動出来ないよう封じてしまえばいい」

「それ可能なんですか? 考えましたけれど方法が全く思い浮かばなくて」

「出来るわよ。手間はかかるけれどね」


 魔導は学問であり魔法はそれを現実の現象として顕在させる手段だ。だから魔法は料理や剣術といった技能と同等とばかりわたしは思っていた。魔導が担えない者が多いのも単に得手不得手とか才能の為なのではないか、と。

 だがどうもイゼベルの説明によれば若干原理が違うらしい。料理や剣術と言った技能は身体の動きで伴うものだが、魔法は身体の筋肉や神経とは全く異なる、所謂魔力の流れにより担うものだとか。その辺りの魔導の根本的原理については学院でも修士課程で学ぶらしく、わたしは知らなかった。


「人は何故二足歩行が出来るのか、なんて原理を知らなくたって歩けるでしょう? それと同じよ、感覚で魔導は出来るものって分かっていれば、魔導の根源なんて知らなくたっていいもの」

「でも、大元の原理を知っているか知らないかで理解が全く違うじゃありませんか」

「優れた魔導師達が長い年月を重ねて培われたのが今の魔導だもの。大半の魔導師にとっては長きにわたって培われた技術を応用させる形で十分なのよ。勿論、源流を理解した方が術式の構築はやりやすくなるかもしれないけれど。学びたいなら今度参考書を貸しましょうか?」

「またの機会にお願いします」


 無論、わたしにとって大元の仕組みを理解した所で何も変わりやしない。新たな魔導理論の構築だとか魔法の開発に挑むのなら話は別だが、開業魔導師を営むわたしには大して関係ない。根本的な所を学びたかったらそれこそ修士課程に進めば良かっただけの話なのだから。

 だが、さすがに完全には断りきれなかった。人々の生活に役立ちたい気持ちから今の道を選んだけれど、学問自体が嫌になったわけではない。学ぶ機会があるなら、知識は多いに越した事はない。どんな形で役立つかは分からないのだから。


「で、話が脱線していますけれど、その魔力がどうかしたんです?」

「湧水を想像してみなさい。こんこんと湧き出る水の量は場所によって違うでしょう。少量をただ垂れ流しているのが一般人、一定方向に流れを作るのが魔導師ね。魔法の発動は流れの形、方向、勢いを決めるものと思えばいい。ミカルの場合は水の量が多い感じかしら?」

「……その例えですと栓をした所で別のところから水が吹き出るんじゃないです?」

「ええ、だから一流の魔導師による魔法の発動を封じるなんて無理だって考えられてるわね」


 川の水をせき止めた所でいつかは決壊するか別の場所を迂回して結局流れてしまうものだ。無理に魔法を封じてしまうと、無力化されるのではなく暴発させる形になってしまう。敵対する魔導師相手ならそれで十分だろうが、それではミカルが無事では済まない。

 じゃあどうすれば、と言おうとした所、イゼベルはあさっての方向に口元にやっていた扇を向けると、勢いよくそれを閉じた。思わず扇の先の方を見てみると、その方向には中庭の中央でひときわ存在感を放つ、精巧な作りがされた噴水があった。


 ただ、先ほどまで流れていた筈の水が一滴も噴き出していない。


「なら、湧き出る水を全く別の場所に転移させてしまえばいい」

「……そう言う事ですか」


 魔力が枯渇すればそれを元に発動される筈の魔法は無力化する。全く別方向に水が流れてしまえば冥府の魔法が自然に発動するほどの原動力は失われる。元々魔導師でも何でもないミカルの生活に支障は出ないから、特に不利益になるわけでもない、か。

 その発想はなかった。確かに他人の力を借りて魔法を発動する魔導もあるとは聞いているけれど、大掛かりな魔導の術式とか特殊な才能とかが必要、みたいに言われていた筈だ。それだけ魔導とは己との勝負の分野、世界なのだから。

 そんな常識を目の前の魔導師は朝飯前のように覆してくれた。全く、つくづくわたしの狭い世界を打ち壊してくれるものだ。ここまでされると感激やら恐怖やらを通り過ぎてもはや笑いしか出てこないものだな。


「やって欲しいなら報酬は高く付くけれど、開店祝いって事で花束代わりにしてあげるわ」

「……ありがとうございます」


 わたしは歩みながら深々とお辞儀をした。

 これでミカルについては目途がたった。あとは彼女を堂々と胸を張って迎えに行けばいい。


 後は、その前に立ちはだかるアダムをどうにかするだけだ。



 ■■■



 わたし達が白き城に攻め入った頃には城内の至る所で戦闘音が聞こえてきた。どうやらアタルヤは城内の敵アンデッド兵を悉く駆逐していくつもりらしく、部下達を散開させたようだ。皆がまとまって最奥に攻め入った所で奇襲を受けるよりは着実に安全を確保していった方がいいのだろう。

 前回の探索でわたしが確認したのは二階と最上階だけだから、スケルトン兵とワイトキングなんて両極端な強さのアンデッドとしか遭遇していない。途中階に何者が待ち受けているかは相対するしかないだろう。

 城の造りもミカルの構想を基に作られたためか、外敵の侵入に備えた迷路のように入り組んだ作りにはなっていない。玄関前の大ホールは最上階までの吹き抜けと、その両脇の階段で構築されている。なんと、玄関正面には巨大なパイプオルガンまであるではないか。


「この間は全力で逃げていたせいで全く気付きませんでした……こんなのまであるんですね」

「趣向を凝らしましたどころじゃあないわね。第一どうやってこんな建物内の内装品や調度品を揃えたのかしら?」


 それはわたしもぜひ知りたい。建造物はスケルトン兵を総動員して築き上げたんだろうが、旗やカーペット、絵画等は外部から仕入れるしかあるまい。まさかスケルトン兵が買い出しに出かけているとかだろうか。まさかアダムが準備しているとか? 

 だがそう言った所まで気を回すには早すぎる。見惚れている隙に狙撃されて終幕、なんて目も当てられない。改めて気を引き締め、ホール上方へと視線を移した。どうやら階段付近でも何か所かでアタルヤ部隊の騎士とアンデッド兵が攻防を繰り広げているようだ。


「……マリアがアダムに遭遇したのは最上階、だったわよね?」

「ええ、最上階にミリアが囚われていて、その部屋で対面しました」

「なら途中には脇目も振らずに一直線に行きましょう」


 イヴは周囲の戦闘には一切目もくれず、階段を足早に昇り始めた。駆け上がらないのは無駄な体力の消耗を抑えるのと、出会い頭での攻撃に備えて注意を配るためだろう。わたしとしても体力にはそれほど自身が無いのでそうしてくれると実にありがたい。


 何階か昇った辺りだったか、突然上の方から骨の残骸が勢いよく転がり落ちてくると、手摺に衝突して砕けた。身構えつつ上方を窺うと、アタルヤが丁度息を軽く吐きながらスケルトン兵を一刀両断している光景が視界に移った。

 彼女はわたし達の接近に気付いたのか、剣先を下に降ろして一息入れた。


「さすがに強力な個体も増えてきたな。一応兵士達には班規模でまとまって調べさせてはいるが、全階層の制圧には時間がかかりそうだ」

「構わないわよ。最奥までの道を切り開いてくれればね」


 イヴは小休止するアタルヤを尻目に階段を更に昇っていく。面を降ろしているのでアタルヤの表情は窺い知れなかったが、どうやらわずかに呆れるようで肩をすくめてみせた。彼女はイゼベルへと顔を向けたものの、そのイゼベルは特に気にも留めていないのか、表情一つ変えていない。


「アタルヤはこのまま着実に敵を排除すればいいわよ。彼女が待ち受ける敵を倒してくれるならそれで良し、しくじったってこちらに支障はないもの。淡々といつも通りに事を進めていればいいわ」

「我らは彼女には関せず、か。分かった」

「ただ件のワイトキング二体はこっちで引き受けたいわね。折角の最上位個体だもの、ただ倒すなんて勿体ないでしょう」

「欲張りだな。確約は出来んが努力はしよう」


 世間話の延長のように意見を交わす二人。とても死地の真っただ中とは思えない調子だ。あとアンデッドモンスター最上位のワイトキングの話題になってもこの余裕だ。というか生け捕りにでもするつもりなのか、それとも配下に加えるつもりか?

 アタルヤの後衛に収まれば安全に進めるのだろう。それでも今はイヴの後を追わないと。彼女はアダムの事となると見境が無くなるからどんな無茶をしでかすか分かったものではない。それに、そのまま彼女を放置しておけるほどもはや関係が薄い仲ではなくなっているから。


 わたしはイゼベルとアタルヤに一礼すると、最もお互い会話していて気付いたかは分からないが、イヴが昇った階段を駆け上がった。更に一階昇った所でイヴが敵アンデッド兵へと剣を叩き込む場面に遭遇する。


「マジックアロー!」


 多対一になっていたイヴを援護すべく、わたしは攻撃魔法の矢を即座に構築して射出した。魔法の矢は吸い込まれるようにイヴから狙いにくい位置にいるアンデッド兵達に次々と命中、頭蓋骨を破砕していく。前回もそうだったけれど我ながら随分と冴えた腕前を披露しているような気もする。


「ありがとう、援護は任せるわよ」

「ええ、任されました。思う存分やってください」


 イヴは剣ばかりではなく時には盾で敵を殴打したり、盾の縁を叩きつけて相手の膝やつま先を粉砕したりと、優雅さのかけらもない立ち回りを披露している。彼女にとってあの大きな盾は防具であり武器でもあるのか。道理で腕に固定しない訳だ。

 ただ、その泥臭い戦いぶりにも関わらず、やはりどこか惹きつける魅力があった。


 わたしは彼女の背後や側面の敵アンデッドを中心に攻撃魔法を放っていく。今のところはスケルトン兵に毛が生えた程度の魔物ばかりで、わたしの攻撃一発でも仕留めきれる程度の敵ばかりのようだ。上位の魔物だったらこんな手際よくいかないだろうなあ。


「全滅させる必要はないわ。後方の憂いはアタルヤ達に払ってもらいましょう。わたし達は先に進むわよ」

「分かりました」


 進路を阻む敵を粗方片付けた所でイヴは更に上へと足を進める。わたしも背後から追ってくる死霊の兵士達に向けて魔法で構成した弾幕をばらまいて、結果を見届けずにイヴの後を追った。


 そうして何度かやり過ごしている内に、ついに階段の終着までわたし達は辿り着いた。ここまで来ると軽く対処出来てしまうアンデッドの雑兵は全く姿を見せなくなっていた。奥まで到達する侵入者相手に雑兵は数を増しても無意味、強力な個体で一気に叩き潰す、みたいな感じだろうか。

 やはり前回と同様に大廊下の最奥にはワイトキング二体が部屋の扉の前で警備に当たっている。階段から昇ってきたわたし達の姿は捉えている筈だが、まだこちらに襲い掛かってくる気配はない。この辺りの融通が利かない有様は経験値が足りていないためだろうか?

 そう言えばアンデッドに成長とか経験値とかってあるんだろうか? 今だ神経や肉が繋がっていないイヴの腕は冥府の魔導が馴染めば万全に動かせるんだろうけれど、筋力とか感度とかが進歩しないのは結構不便なんだが。その辺りは実に興味深いと少し感じる。


「本当にいるのね、ワイトキングが」

「どうします? 彼らを撃破してから進みます?」

「……いえ、奴らは下の連中に任せた方がよさそうね。無駄に手間がかかる戦闘は避けたいもの」

「なら、少しの間アタルヤ達が昇ってくるのを待つ――」


 少し休憩しようと壁に寄り掛かろうとした所で、後方から一斉に矢がわたし達を通り過ぎていった。高密度に展開されたそれらは廊下の奥にいるワイトキング達目がけて突き進んでいく。廊下を埋め尽くす程の量で逃げ場が無かったが、ワイトキングの一体が前に躍り出ると剣を高速で振り回すと迫りくる矢を次々と撃ち落としていく。空気を切る甲高い音がこちらまで聞こえてくるほど鋭い反応だった。

 そこでようやく階段付近にいるわたし達の存在を脅威と判断したのか、床を蹴ってこちらへと突撃してくる。前回で身を持って経験しているとはいえ、瞬きしている内にも距離を詰めてくるその瞬発力を前にすると圧倒されて身動きが取れなくなってしまいそうだ。


「盾兵は前方へ、槍兵はその後方につけ! 弓兵は次の命令あるまでそのまま待機だ!」


 イゼベルの矢継ぎ早の命令により素早く部隊が展開される。あっという間にワイトキングの目の前には盾の壁が出来上がっていた。外の城壁で教授の命で動いていた帝国軍も一糸乱れぬ行動だったが、素人目に見てもアタルヤ軍の統率力は帝国軍を越えていた。

 ワイトキングは向けられた長槍を意にも介さず大剣を振るって跳ね除けると、そのまま盾もろとも兵士と薙ぎ払おうと剣を振りかぶった。


「盾兵突進! 槍兵、そのまま敵を囲め!」


 直前、盾兵が飛び出す。己の身体ごと盾をワイトキングめがけてぶつけてきたのだ。ただでさえ向けられた長槍を掃う攻撃で体勢を崩していたのに更に追撃の挙動に入っていたのだ。その隙を突かれて一気に間合いを詰めた形になっていた。

 盾兵の突撃で怯んだ拍子を見逃さず、アタルヤ軍の槍兵達が素早くワイトキングを取り囲んでいき、包囲が完成する。ワイトキングの武装は大剣なのでアタルヤ軍兵士が所有する剣より間合いが広いのだが、槍よりは当然短い。

 よって、アタルヤ側は何時でも攻撃が仕掛けられるがワイトキングは手も足も出ない、絶妙な位置取りとなっていた。更に槍兵の後方には弓兵が展開されて狙いを定めている。盾兵も片手剣を抜いているから、あさっての方から不意を突かれても難なく対応できるだろう。


「ワイトキング共は私達で引き受ける。お前達は隙を見つけて奴らを潜り抜け、先に行くがいい」

「分かりました。ありがとうございます」


 アタルヤは手にしていた剣を霧散させると、腕を一振りさせて突撃槍を造りだした。そのままワイトキングを仕留める腹のようだ。この様子なら彼女達が突破されて背後から奇襲を受ける憂いはないだろう。安心して先に進められる。

 わたしはイヴと共に前回は命からがらやり過ごした廊下を堂々と進んでいく。最奥の扉の前に立って、イヴの方にふと目をやった。彼女もこちらを見つめていて、いつになく真剣な面持ちでわたしへと頷いてくる。


 ここまで来たなら言葉の掛け合いは必要ない。後は真相と向かい合うのみだろう。

 わたしは取っ手を掴み、一気に扉を開け放つ――。


「えっ?」


 そこは確かにミカルが寝具で身体を横にしていた部屋に間違いなかった。家具の配置や調度品の数々も見覚えがある。現に青白い肌をして肉付きが頼りない貴婦人が上半身だけを起こして侵入者たるわたし達の方へと目を向けてきている。

 ただ一つ決定的に異なるのは、ワイトキングとはまた異質な、禍々しい邪気を発するスケルトンがこちらへと手の平を向けてきている。顎を小刻みに動かしながら空気が漏れる音が耳に入ってくるから、リッチと同じように魔法の詠唱に入っているようだ。


「エルダーリッチ……」


 わたし達が目にした現実を飲み込む前に、敵アンデッドが解き放った漆黒の瘴気がわたし達へと迫って来ていた――。

お読みくださりありがとうございました。

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