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復讐された白魔導師が望むのは平穏  作者: 福留しゅん
復讐対象外の零人目と本人
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死者の都攻略戦⑤・対死霊の魔導師(別解)

 アンデッドと化した帝国軍の軍勢の上を通り抜け、丁度外の城壁と第二の城壁の間ぐらいの位置で大地へと着陸した。打上魔法マジックラウンチは常時発動型なので、持続させればさせるほど消耗していく代物だ。この先も長いからなるべく温存しておきたい意図もあった。


「イヴ、この先は自分の足になりますけれど大丈夫です?」

「ええ、マリアの補助魔法があるからまだ楽なものよ」


 わたし達は戦の音を背後にして街道を駆けだした。辺りにはアタルヤ達が進軍の際に蹴散らしただろうスケルトンの残骸が散らばっている。それ以外は西の公都……いや、下手をすると帝都と同じような街並みが広がっていた。

 この間侵入した際は脇道をひた走っていた上に夜だったからいまいち良くわからなかったけれど、こうして表通りを進んでいると精巧な作りには驚かされるばかりだ。ミカルの無意識をアンデッド達が反映させて築き上げたそうだけれど、圧巻の一言に尽きる。


「帝国の都市と変わり映えしないって説明、分かった気がするわ」

「ええ、立派なものですよね」


 ここまで都市としても城塞としても立派に整備された都市を破壊するなんて勿体ない。いっそここと西の公都の間の街道を整備して第二の公都にしてしまうか? 魔の者との戦争も一年前に集結したばかりで難民も少なからずいるから、ここに移住してもらうのもいいかもしれない。


 やがて次の城壁が見えてきた。既に先行していた討伐軍とアンデッド軍との間に戦闘が勃発しているようで、にわかに騒がしくなってくる。散乱する骨の量が多くなってきているから、アタルヤ達が迎え撃ってきたアンデッド兵を蹴散らしていた事が分かる。


「確かこの間侵入した時はデスナイトが出てきたのよね」

「ええ、ですがデスナイトの部隊はアタルヤさん達に一蹴されていました。きっと今回もあっという間に壊滅させられたんじゃないです?」


 他愛ない話をしながら進んで程なく、予測通りデスナイトの死骸が、という表現は絶対におかしいと思うけれど、散らばっていた。急所攻撃があまり効き目からだろう、行動不能となるよう徹底的に破壊されている。

 この間はトレアントに前衛を任せつつ後方からの狙撃で何とか撃退したものだけれど、アタルヤ達にとってはただのアンデッド兵と同じで雑兵扱いなんだろうか。何故アタルヤ軍にそこまでの武力があるかは見当もつかないが、本当に味方で良かったと思う。


「マリアか、遅かったな」


 わたし達の到着に気付いたアタルヤの一言がそれである。既に第二の城壁には骨組みだけの簡易攻城塔や梯子いくつも立てかけられており、それらを起点にアタルヤ軍の兵士達が次々と城壁上に乗り込んでいた。城壁上に配備されたスケルトン兵など敵ではなく、いともたやすく蹴散らされている。

 アタルヤ本人は馬上より陣頭指揮を執るだけに留まっており、彼女自身は戦っていなかった。彼女自らが率いる騎馬部隊も同様に待機していた。淡々と戦闘を有利に進めていくアタルヤ軍全体には余裕すら見て取れた。

 まるで、帝国軍全体のアンデッド化が夢のように。


「アタルヤさん、ご無事だったんですね」

「経験のないスケルトン兵など赤子を捻るよりも容易い。こんなものは戦闘とは呼べん、ただの処理に過ぎん」

「いえ、そうではなくて、その……本当に大丈夫だったんですか?」

「? 何をそんなに危惧して……ああ、先ほどの敵の魔法か?」


 アタルヤがようやく思い当たったのかわざとらしく手を付いた。わたしは頷く。

 あれほど大規模に展開された魔法なのだから、第二の城壁で攻略戦を行うアタルヤ軍が射程外だった筈が無い。わたしはてっきりアタルヤ達までもが犠牲になったとまで思ったほどだ。なのに、どうしてアンデッド化どころか消耗すらなく攻略戦を続行出来るのだろうか?


「これはイゼベルの受け売りだが、先ほど発動された魔法は生者を即死させてアンデッド化させる二段階の効果を持っているわけではない。あくまで生きる者をアンデッド化させた結果対象者が死亡するだけだ」

「? 同じではないんですか?」

「過程が全く逆だ。生命体を直接アンデッド化出来るならわざわざ殺す過程を挟まなくてもいい」


 要領を得ないわたしと受け売りに過ぎないアタルヤであれこれ意見を交わしてようやく理解できた。

 基本的にアンデッドモンスターの創造は生物だった者の身体、ないしは魂を素体としなければいけない。当たり前だ、生者と使者の狭間にいるのが不死者、アンデッドなのだから。命ある者へ冥府の魔法をかけようとしても生命力が術式を阻むとか何とか。

 だが、優れた術者なら生物だろうと強制的に生きる屍へと変貌させられるんだそうだ。対抗するには術式を跳ね返すだけの強い意志を保つか、別の魔導で対抗するしかない。大抵は強制アンデッド化に耐え切れずに即死するらしい。にわかには信じられなかったが、帝国軍の全滅はおまけで兵士達のアンデッド化こそ本命なのだ。

 無論、そんな芸当をミカルが出来るとは思えない。才能があったとしても知識が無い筈だ。やはり先ほど考えた通り、これは……。


「アダムの仕業か? 多分その予測だと不完全だと思うけれど」

「っ……!? わ、わたし、何も言ってないのに……!」

「さっきから顔に書いてあるわよ。ハッキリ言ってくれた方がこちらとしてはいいんだけれど?」


 不意を突かれた形での背後からのイヴの一言に衝撃を走らせるわたし。思わず口元を手で覆って彼女へと振り向くと、意外にもいつもの様子をさせたイヴの顔が目に写った。彼女はむしろ動揺を隠せないわたしに少し困惑気味のようだ。

 アダムに関して口にしただけで殺されかけた事を考えると、普通に接してくるイヴには違和感を禁じ得ない。内心ハラワタ煮えくり返ってないだろうか? いや、そんな様子は見られないし、でもどうしてこうまで割り切って――。


「マリア、相手がいるのにそうして自分の世界に入り浸るのは悪い癖だと思うわよ」

「ご、ごめんなさい、でも……」

「帝国軍の全滅はミカル叔母様の才能をアダムが利用したものね。有効活用しているって言えばいいのかしら? 彼って人の秘めた力の運用もとても上手かったから」


 わたしの懸念をよそにイヴは己の予測をわたしへと提示してきた。……そうだな。今からあれこれ考えたって始まらない、順調にいけば直にアダムとイヴは顔を合わせる。その時になったら深く按ずればいいだろう。

 そして、イヴの知るアダムにはミカルを大いに活用出来るらしい。強制アンデッド化だなんて、恐ろしいくて身震いしてしまうな。死者に効果を発揮する、とぐらいしか教わらなかった常識がこの数日で完膚なきまでに打ち砕かれていくものだ。


「そ、それで、先ほどの魔法が直接アンデッド化させるとアタルヤさん方が無事になるのは?」

「生命体を衰弱死させる効果もある魔法なら私達にも影響があっただろうが、アンデッド化だけなら効き目はない。それだけに過ぎん」


 それは生命力ないしは活力はアンデッド化の際におまけとして失われていくからだけれど、それがアタルヤ達が健在な理由立てには……。


「えっ?」


 いや、待て。アンデッド化だけなら全く効果が無い?

 あれほど大規模な魔法はこの死者の都にミカル以外の生き物がいないから初めて実行できる策だろう。対象を選ぶような手間をかける術式の構築は非常に複雑になるだろうし。即死魔法を併用しないのは射程範囲内の敵アンデッド軍が効果対象外になるように、と推察できる。


「何だ、マリアだったらとっくに気づいているものと思っていたのだが」


 アタルヤが唇を吊り上げる。いつものような笑いだったが、今のわたしからすれば全くの別のモノに見えてならず、末恐ろしく感じてしまった。

 なら、アタルヤ軍が敵アンデッド軍同様全くの無傷なのは――。


「そうだ、私を含めこの軍は全てアンデッドだ」


 既に生を終えた者達だから、か……。



 ■■■



「アタルヤ達はファントムウォリアーやファントムナイトと言った、亡霊のアンデッドなのよ」


 貴族や大富豪が住むような立派な屋敷が立ち並ぶ区域を進む。日が昇っている間に見るとこの辺りの趣向を凝らした街並みはやはり素晴らしく感じてしまう。芸術性があると言っていい。アンデッド達もミカルの構想からよくここまで整備したものだ。

 第二の城壁はわたし達がアタルヤに追いついてから程なくアンデッド軍の掃討を終了し、開かれた門を悠々とくぐる事が出来た。梯子や先ほどと違う攻城塔はどこから持ち出してきたんだ? とイゼベルに聞いてみたら、


「追加の攻城兵器はロトの工房でこの一週間で作ってもらった品ね。人員と資材はこっちから出すから、製造指揮と工程管理と設計はお願いしてね」


 と答えられた。

 いくらなんでも一週間とは無茶振りもいい所だ。ロトもロトでよくイゼベルの依頼を達成できたものだ。職人芸というものだろうか? それに人員ってまさかアタルヤ達の事だろうか? 騎士達が大工作業に従事する姿はあまり想像したくなかったが。

 攻城兵器の持ち運び、運用はイゼベルの担当だが、梯子は第一の城壁攻略時に事前にアタルヤに渡したらしい。イゼベルがアタルヤと合流した時には既にアタルヤ軍の兵士達が城壁上にある程度の数だけ攻め込んでいたんだとか。


 にしても、アタルヤ達がアンデッドだったとは……言われるまで全く分からなかった。今でも注視してみたところで普通に生きる者と何ら変わりないように見える。特にアタルヤは血色もあるし呼吸もしているから、わたし達と何が違うのかさっぱりだ。


「アタルヤは私の傑作だもの。そんじょそこらの亡者共と一緒にしないで欲しいわね」

「……では、アタルヤ軍はイゼベルさんの仕業なんです?」

「ええそうよ。素晴らしいでしょう、私の白竜王の軍は。覇者の軍勢は見ていて心躍るものよ」


 とはイゼベルの弁だ。冥府の魔導の影響下にあるだけでイゼベルには血肉があり魂も定着しているそうだ。つまり生物と何ら変わりないらしい。ただし成長こそすれ老いはしない。姿は不死者として蘇らせた当時のままなんだとか。

 そしてアタルヤが率いる軍勢はファントム、亡霊兵士として蘇らせた。さすがに生前と同じとまではいかないそうだが、例えば生活面とかが全く異なるらしい、戦闘になれば生前以上の強さを発揮するんだとか。

 イゼベルがアタルヤの事を語る様子は恋い焦がれる乙女のそれと言うよりは英雄に憧れる少年、王子や王女にあこがれる少女のようだった。そんなイゼベルを横目で眺めつつアタルヤはため息を一つ漏らした。


「……そんな憧れで蘇らされた私達の身にもなってもらいたいものだがな」

「あら、別に奴隷として蘇生させたわけではないのだから、自由に振舞ってくれていいのよ。私は単にアタルヤの生き様を見たかっただけだし」

「イゼベルに刃を向ける自由もあるんだったな。無意味だからやらないが」

「第二の終着点はアタルヤ自身が決めればいい。私はただそれを観劇出来ればそれでいいのだから」

「……悪趣味な奴」

「褒め言葉として受け取っておくわ」


 不満を口にするアタルヤだったが、どこかまんざらでもなさそうに見える。イゼベルは実に嬉しそうに言葉を弾ませる。やはり表面上からはうかがい知れない深い絆が二人の間にはあるんだろう。それならわたしから述べる言葉は何もない。

 それよりアタルヤ軍が健在なのは僥倖だ。これなら第三の城壁、更には城内にも圧倒的軍勢で踏み込める。特に逃げ回っていた城内ではワイトキング以外の最上級モンスターがいないとも限らない。数の暴力で袋叩きに出来るならそれに越した事はないだろう。


 表通りを大分進んでいったところで第三の城壁が見えてきた。これもまたこの間の焼き増しのようにアンデッド兵が展開されており、更には開け放たれた門にはリッチが三体配置されている。そしてわたし達の接近を見計らって、こちらへと杖を向けてきた。


「へえ、本当にリッチがいるのね」

「感心していないでどうします? 結構強力な攻撃魔法を使ってくると思われますけど」

「構わない。そのまま突撃して」


 リッチが顎を動かして魔法の詠唱に入る中、イヴはわたしの肩を掴みながら馬上で器用に立ち上がった。ちなみに懸念していたわたし達の騎乗した馬だが、それもまたファントムライダーと呼ばれるアンデッドモンスターらしく、無事だったりする。

 イヴが何かをすると悟ったのか、若干アタルヤ達の行進の速度が緩くなった。自然とわたし達が隊列の先頭を走る形となった。射程距離に入ったのか、城壁上のスケルトンアーチャーから矢が放たれ、直後にリッチから火球が射出された。

 迫りくる飛び道具を前に、イヴは盾を前方斜め上方向へと掲げた。先ほど外側の城壁攻略の際も帝国軍が同じ大勢で突撃していたけれど、これではリッチの火球を受け止められないし、乗っている馬は間違いなくやられる。


「イヴ、回避を……」

「駄目、そのまま全速前進よ」


 避けようと手綱を操作しようとしたら肩を掴んでいるイヴの手の力が増した。正直つねるどころか肉が引きちぎれるんじゃないかと思うぐらい結構痛いんだけど。盾だけでは決して防ぎきれないこの攻撃を凌ぎ切るのは物理的には無理だ。つまり……。


「阻め光の障壁よ!」


 イヴにも魔法が使える――!


 わたし達の前方に淡く光る透過率の高い半球状の壁が瞬時に構成された。矢のあられは半球状の壁に当たると跳ね返されてあさっての方へと落ちていく。正面からぶつかった火球はあろうことか接触した瞬間に霧散してしまったではないか。

 わたしも同じように障壁を作る事は出来る。リッチがこの間の夜に構成したのと同じ魔法、つまりマジックシールドだが、それは防御であってこんなにも鮮やかな無力化は不可能だ。それに、これはわたしが学院で学んできた四属性や無属性には当てはまらない系統の魔導だ。


「進め光の奔流よ!」


 つまりこれは選ばれし勇者が行使する技術、光の魔法に他ならない。


 イヴは盾を背中に背負って即座に剣を抜き放ち、下から上へ縦に一閃させる。力ある言葉はわたし達の前方に次々と光の柱が立ち上る形で現れる。眩しいと目を補足させるほど輝くそれは、やがてリッチの配置された地点にも噴き上がった。


「凄い……」


 勇者は一振りで百体の魔物をなぎ倒す、とは実しやかに語られていたような気はするけれど、これを見ていると脚色ではなかったんだと実感するしかないだろう。今わたしは正に勇者の力を目の当たりにしているのだ。

 見た目は派手で綺麗なものだったイヴの一撃は、意外にも光の柱が走った道には傷一つ付けていなかった。特に光の柱が貫通していた筈の門がひび割れ一つも起こしていないのには呆気にとられるしかなかった。

 ただ一つ違いがあるとすれば、正面に立ちはだかっていたリッチが消滅している点か。


「私の攻撃魔法は魔の者を祓うだけだから、物理的な破壊はもたらさないわよ。今の場合はリッチが直撃を受けて消し飛んだだけね」

「そんな効果があったんですか……」


 魔の者だけを滅する、まさしく闇より出でし者達より世界を救う勇者の技と言えるだろう。リッチをこうも容易く撃破できたのだから相当強力な魔法だった筈だ。これほどの結果をもたらすなんてわたしどころか学院中探しても到底不可能に違いない。

 マリアはこの勇者と共に旅していたのか……。


「これはもう圧倒されるしかありませんね……」

「あら、この程度で驚いていたんじゃあ虹のマリアの魔法を知ったら顎が外れるんじゃない?」

「えっ? マリアってそんなすごい事やってたんですか?」

「時間があれば情報を集めてみたら面白いんじゃない?」


 本当か。マリアったらやっぱりわたしなんかと違って優秀な魔導師だったんじゃないか。とてもかつてとは言え自分の事とは思えないな。今度マリアに勇者イヴとの旅でしでかした所業を詳しく聞いてみるとしよう。


 リッチがいなくなれば後は容易いものだった。第三の城壁も第二の城壁同様にイゼベルが攻城兵器を即座に配備、アタルヤ軍の兵士が城壁上に駆け上がって敵アンデッド兵を蹂躙。そう時間をかけずに攻略に成功、アタルヤ軍の手に落ちた。

 残るはこの先に広がる中庭と奥にそびえ立つ白き城のみ。そこでミカルがわたしの帰りを待っており、そしてその前には魔王アダムを名乗る者が待ち構えている……。

お読みくださりありがとうございました。

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