死者の都攻略戦③・外城壁での戦い
「イゼベル、無駄話はそこまでだ。そろそろのようだぞ」
「ええ、分かっているわ」
丁度帝国軍騎乗兵が教授の階段を駆けあがった辺りでアタルヤ軍の歩兵達が矢や投石を凌いでそろそろ城壁にたどり着かんとする手前まで来ていた。こちらは教授のように敵陣営への道を即席で建設する必要はない。ある物を持って来ればいいだけだ。
アタルヤに促されるより早くイゼベルは扇を前方へと向け、手首だけでそれを振り下ろす。
「生と死の境目」
途端、前方の空間が大きく割れた。割れたけれど、空間の先の深淵が開かれているのはアンデッド軍共から見た方向でこちらにとっては反対側な為か、裏から見ると空間に歪にヒビが入っているようにしか見えなかった。
そして、割れ目からその巨大な姿を現したのはアンデッド軍が北の城壁攻略に使用してきた攻城塔だった。押収した二台共が並び立つ様子は味方ながら圧巻だった。けれど死者の都の城塞は北の城壁より低いのにあれだけの大きさもあると過剰な気がするんだけれど、果たして大丈夫だろうか?
「問題ない。あの戦いの後に確認したが、より低い高さの城壁へも使えるように渡し板が複数違う高さに設置されていた。一段か二段低い位置の渡し板を降ろせば問題ないだろう」
「成程、ではあの攻城塔はこの戦いにも流用できるわけですか」
「既に攻城塔内にも私の部下を待機させている。渡し板を降ろせたら後は突撃させるだけだ」
アタルヤの言葉通り、出現からそう間もおかずに攻城塔は城壁へと接近し、勢いよく渡し板が降ろされたようだ。その直後に城壁上から声が上がった。どうやらアタルヤが待機させていた兵士達が攻城塔内から城壁上へとなだれ込んだらしい。
……つまりあの深遠の空間に収納されていた時点から塔の中に待機していたのか。あの奈落、冥府の深淵の中に。考えるだけで身震いしてくる。アタルヤにわたし達も待機するだなんて言われなくて本当に良かった、と心の底から安心してしまう。
アタルヤ軍の歩兵達は弓や投石器で城壁上を攻撃しつつ次々と攻城塔へと突入していく。騎乗兵部隊はどうするのかと思っていたら、馬を走らせながら武器を弓や弩に切り替えて次々と矢を放っていた。アタルヤもいつの間にか突撃槍ではなく長弓を手にしている。
「こちらの歩兵が城壁に展開しきるまで我々は飛び道具で敵を牽制する」
「この間みたいに馬を下りて攻城塔から敵陣に侵入しないんです?」
「城門を制圧したら門を開けさせ、騎乗兵の突撃で内側を蹂躙する」
なるほど、あくまで騎乗兵はその機動力を存分に発揮する舞台まで出番はお預けか。この間みたいにアタルヤ自ら下馬して城壁上に躍り出ると思っていたのだけれど。多分城壁が三重構造になっているから体力を温存したいとかか?
「……マリア」
「……ええ、分かっていますよイヴ」
理に叶っているし長期戦を踏まえれば最良の選択と言えなくもない。けれど、それはわたし達帝国軍全体の勝敗を考えればの話でありわたし達には当てはまらない。多対多で安穏としている余裕は、今のわたし達には皆無だ。
アタルヤ率いる騎乗兵の部隊が左方向へと曲がっていく中、わたしの馬だけが一直線に突き進んだ。攻城塔が配置された場所でも階段が設けられた場所でもない、本当にただ城壁がそびえる方向へと進路を向けて。
「マリア、一体何を――!」
「マリア、頼んでもいいのよね?」
「ええ、任せて下さい。しっかり掴まっていて下さいね」
この間侵入した際は敵に見つからないように控えていたけれど、今回は正面から堂々と攻め入っているからこの方法を披露してもいいだろう。ただあまり上手く制御できないので多用はしたくないのだが。マリアは上手く運用出来たんだろうか?
わたし達を制止させようとするアタルヤの声は既に遠い。密集する歩兵達をある程度すり抜けた所で馬から降りて大地を踏みしめた。この方法は馬上では到底出来ない。大地のように固定された床面が欲しかったし、何より馬を殺したくはなかった。
城壁の高さと現在の距離を大まかに目測して、最適となる軌道を計算する。イヴがわたしの腕を肩口に回して背中にしっかりとしがみついたのを確認して、それを解き放った。
「マジックラウンチ!」
力ある言葉と共にわたしの身体がゆっくりと持ち上がっていく。周りの者から見れば今のわたしは淡く光っているように見えただろう。そして全身から発せられる光の粒子が下方向へと噴射されているのも確認できたはずだ。
やがて浮かぶ速度は増していき、わたし達は飛行を開始していた。戦いで頭がいっぱいになっているだろう兵士達も結構な数がわたしに注目していた。まあ、轟音を立てつつ飛び上がるものだから目立って仕方がないのは認める。
「いつも思っていたんだけれど、これどういう原理で飛んでいるの?」
「魔法を推進剤として進行方向とは逆に噴射しているんです」
例えば圧力容器に入った水を一気に前方に解き放つと反動で後方に押されたりする。巨大な弩から矢を発射する際の反動でもいい。要は魔法を後方に噴射してその反動で前方へと飛んでいるのだ。大地を蹴って跳び上がればその初速度だけで終わりになって、後は慣性に従うしかない。この場合は大地に引っ張られようとそれ以上の推力を常に後方へと放ち続けているから飛べるわけだ。
問題なのは風属性の浮遊魔法や飛行魔法と違ってこの打上魔法は風や大気に乗らずに強引に飛ぶので、凄まじく音がうるさいし急激な速度の緩急は付けられない。そして何より推進剤として魔法を飛ばさないと飛べないので、日常生活では物凄く使いづらいのだ。
そんなわけで使い所が限定されているものの、高い城壁上に移動するぐらいならさほど問題ではない。ないけれど、もっと魔導の腕が伴ってたら他の見栄えと効率のいい飛び方があるんだよね。地属性を極めると大地が万物を引っ張る力を弱めて浮かんだりも出来るらしいし。
ある程度の高さになり距離も稼げた所で今度は進行方向に逆噴射させる。さすがに速度と伴ったまま着陸なんてわたしには出来ない。城壁上の床面が迫ってくる頃には十分に減速を終えて、ほんのわずかな段差から降りる程度の反動で降り立った。
「じゃあ行きましょうか、イヴ」
「ええそうね、マリア」
わたしは杖を、イヴは剣と盾を素早く構えた。攻城塔からやや離れた位置に着陸したわたし達の周りにはスケルトンの雑兵達であふれている。減速の際の逆噴射の巻き添えを食って周囲のスケルトンは蹴散らされたが、まだ一足一刀の間合いには大勢いるようだ。
一閃、目にも止まらぬ速さで剣を抜いたイヴはそれを水平方向に薙ぎ払った。剣を構えていたスケルトンも盾を掲げた敵も関係なく、イヴの間合いに入っていたスケルトンの群れが一刀両断される。更にイヴは一歩踏み込むと奥にいたスケルトン共を捉え、再び剣を走らせる。
勇者というからにはもっと舞っているような優雅な戦いぶりで魅せてくれるのかと思ったけれど、イヴのそれは少し離れた位置で展開されている兵士ないしは戦士とさほど変わりはなかった。躊躇いなく己の間合いに入るよう踏み込んで力強く剣を振り下ろす、それだけだ。
ただ一つ違いを述べるなら、彼女の立ち回りは熟練の戦士もかくやと言わんばかりに洗練されている。剣の形を含めて機能性、実用性重視でありながらどこか美しいと感じるのは、どんな事柄でも極めれば芸術性を持つのと同じだろうか。
けれどそんなイヴは苦虫を噛み潰したように顔をしかめていた。
「くっ……このっ……!」
確かに敵スケルトンの群れは彼女の相手になっていない。けれどやはり動きがぎこちない。手足を重たそうにしているし剣を振りきれずに振り回されているようにすら見える。目や首の動きからすると間違いなく敵の挙動に反応出来ているのに、対処する剣捌き、足捌きが追い付いていないのだ。
今はいい。イヴが対処しきれない攻撃を仕掛けるスケルトンはわたしがマジックアローで撃ち抜けば事足りる。けれどそれが強敵相手になったら? 一瞬の隙が即座に命取りに繋がりかねない。この先に待ち受ける者達を考えると今の調子では対峙しない方がいいように思えてしまう。
だが四肢が鈍いのはまだイヴが自分の手足だと認識しきれてないからだろう。その為にこうして雑兵を他の兵士達に任せずにリハビリに利用しているのだから。急がば回れとは確か極東の言葉だった筈だけれど、着実に進展させていくべきだ。
「イヴ、焦る必要はありません。徐々にその四肢を慣らしていけばいいんです」
「違、う……それだけ、じゃない!」
吐き捨てるように言葉を綴るイヴはスケルトン兵の剣を盾で正面から受け止めながら身をかがめて足元に剣を一閃させる。その勢いのままで続けざまに隣のスケルトン兵を斬り上げようとした。
途端、イヴの手から剣が離れていこうとする。
「いけない……!」
わたしはイヴの指を遠隔で操作して改めて剣を握りしめ直させた。誰かに聞いた話では剣の握り方は親指と薬指と小指が肝心で人差し指と中指は軽く握るだけらしい。多分手の平の上で上手く剣を動かせるようにする工夫なんだろうけれど、今は拳を握るように完全に固定させてしまう。多少動かしづらくても剣を滑らせるよりはるかにましだ。
「この腕も脚も、思ったよりずっと軟弱なのよ! 動かしたくてももう疲れ果ててて棒のようになっている!」
「あ……っ!」
そうか、イヴに四肢を馴染ませる事ばかり考えていたけれど、例え違和感が無くなろうとその腕は元々イヴのものではない。名も知らぬ女騎士のものだったんだ。勇者と一騎士では経験値が段違いだし、筋力の付き方も異なるだろう。無論、悪い方向に。
それにその四肢を頂戴してから今までリハビリばかりやっていて鍛練を詰んだわけではない。この二週間ほどでただでさえ劣る筋力も余計に落ちてしまっているだろう。なんたる盲点、今まで気づかなかった方がどうにかしているけれど、これはまずい。
「アクティベイトアザー!」
なら、それは補助魔法で援護するだけだ。わたしが力ある言葉でイヴへと放ったのは他者活性魔法。自分や触れた相手の身体の流れを整えるアクティベイションと違って、遠く離れた人を対象にする。触れて直接術式を流し入れない分効果は薄まるのが難点だが。
それでも疲労回復、身体能力向上の効果は十分見込まれる。現に魔法をかけてからイヴの動きも徐々に良くなっていく。振り遅れていた腕も次第に身体全体の動きに付いていけるようになっているし、踏み込む脚捌きも軽快に運ぶようになってきている。
どれだけのスケルトン兵を斬り倒したか、やがて攻城塔より攻め込んできたアタルヤ軍の兵士達と合流した。わたし達の着陸地点は二つの攻城塔の間で、それぞれの塔からは左右に向けて部隊が展開されている。後ろを振り返ると左端の塔より攻め込んできた部隊がすぐそこまで迫ってきている。
「ひとまず第一の城壁の戦いは制しましたか」
「……そのようね」
城壁上から身を乗り出して内側を眺めてみると、既に城門を制して開門出来たのか、アタルヤ軍の騎乗兵部隊が次の城壁へと続く街道を駆け抜けていた。城壁上は既に残存勢力の掃討に移っており、教授が使い潰していない別の城壁内側の階段から市街地へと攻め入っているようだ。
討伐軍としての戦いはここまで順調だ。けれど第二の城壁は市街地と高級居住区の間に挟まれており、攻め手が軍を展開できない構造になっている。勿論攻城塔を設置する空間もない。この間はトレアントの組体操で難なく突破出来たけれど、今度はどうするつもりなんだろう?
「話には聞いていたけれど、実際に目の当たりにすると壮観なものね」
「イヴもやっぱりそう思います?」
イヴは胸壁に寄りかかって眼下に広がる都市を眺める。イヴは多少息は上がっているものの疲れそのものは見られない。ただ力なくたれ下げる腕と小刻みに震える脚はごまかしようもなく、不安を浮き彫りにしていた。
ただ自分の思い通りに動かない手足への苛立ちを表に出していた先ほどとは異なり、普段の日常で見せる余裕を持って優雅な佇まいに戻っている。課題は多いけれどまだ改善していける機会は多くあるから、焦るのは早いだろう。
「二人とも、お疲れさま。復帰戦はどうだったかしら?」
「イゼベルさん」
完全武装されたアタルヤ軍に交じって場違いにも思えるほど優雅にドレスを翻したのはイゼベルだった。汗一つ流していないから、おそらくこの城壁上にも空間を割って転移してきたんだろう。彼女の戦いがどんなものかも見てみたい気持ちに駆られたものの、お預けのようだ。
「出だしにしてはまずまず、でしょうか」
「そう、徐々に慣らしていけばいいわよ。本命と対峙するまでまだ色々とありそうだしね」
イゼベルはわたし達に顔も身体も向けながら、扇を持つ手だけを肩の上から後ろに向け、器用に手首の動きだけで扇を広げた。直後、後方に配置されていた攻城塔が背後の空間を割って現れた無数の手によって引きずり込まれていく。
生と死の境目と死界への躯手、だったか。冥府へ続く境界を創りだして死者の国へと誘う魔法。やるはらやると言ってほしかったものだ。おかげでまた直視してしまった。二度目になるけれどやはり心臓に悪いし視界に入れて凍えるほどの寒気がする。
イゼベルは更にこちらの方、正確には後方の攻城塔の方へ扇を向けて、同じような動作を取る。あえてそちらの方を振り向かなかったが、同じように攻城塔を回収したんだろう。それにしてもアタルヤはイゼベルと付き合いが長いようだけれど、冥府の魔法をどう感じているんだろう?
「第一の城壁右翼は帝国軍が制したようだから、完全制圧ね」
「この後どうするんです? 上から眺めるとどうも軍を分けているように見えるのですが」
わたしは城壁上から死者の都を眺める。ここから第二の城壁までは中々に距離がある。さすがに西の公都ほどの規模はないけれど、軽く数えても数千人が住めるだけの家が立ち並んでいるようだ。一体ミカルは何を想ってこの都市を構想したんだろうか?
そんな街の一角、こちら側から見て手前側の家に帝国軍が班規模の数名がかりで戸を破って中へと入っていく。それも一件だけではなく、かなりの人員を割いて虱潰しに家屋という家屋に対してだ。中から出てくる兵士達は特に物を持ち出したりはしていないようだが……。
「ああ、広がっている市街地にどんな伏兵が潜んでいるか分かったものではないでしょう。だから一軒一軒をああして調査しているのよ」
「金品を略奪強奪したりはしないんですね」
「皇族かつ公爵夫人のミカルが築いた都市だから、末端の兵士までちゃんと厳命を受けているそうよ」
「規律は正されているわけですか」
アンデッド共が公共設備や家屋はともかく家財道具や小物をどうやって揃えたのか非常に知りたい所だが、目の前に広がる壮大な都市全てがミカルの所有物って考えも出来るのか。おそらくミカルがこの異変に関わっているのを把握しているのは首脳陣ばかりで一般兵は知らないだろうけれど。
帝国軍だけでも一万五千ほど。人海戦術で取り掛かれば広大な敷地に広がる街の全面調査もそこまで長時間は取られないだろう。この間突入した際も特に伏兵が潜んでいる様子はなかったが、勝手が同じだと思い込まない方がいいだろう。慎重に越した事はない。
「街の調査は主に派遣された帝国軍がやっているわ。アタルヤ達は勢いのままに第二の城壁に向かって進軍しているようね」
「あの、右翼を担っていたカインが集めた公都の軍は?」
「それは実際見てもらった方が早いわね」
イゼベルは閉じた扇でわたし……ではなくわたしの後方を指し示しす。振り返ると周囲はアタルヤ軍の兵士達が慌ただしく通り過ぎていき、城壁内側の階段から死者の都へと進行しているようだ。代わりに城壁中央の方より別の部隊がこちらの方へと具足の音を鳴り響かせて向かってきていた。
装備品一式と旗持ちの持つ旗の紋章で分かった。彼らはわたしが確認できた限り、現時点で死者の都に誰一人として進行させていない公都軍の者達だった。兵士達は隊長らしき人物に命じられると、いつもの防衛戦の時のように弓矢と投擲器具等、防衛の準備に入り始めた。
事情を良く知らないわたしが首を傾げていると、程なく今朝方顔を合わせた将官らしき人物がやってきて、イゼベルに対して一礼した。イゼベルもまた慇懃にお辞儀をして返す。あまりに洗練された動作だったためか、一瞬ここが戦場である事を忘れかけてしまった。
「お疲れさまでした。後詰めなんか任せてしまって悪かったわね」
「いえ、これもまた重要な役割と思っていますので。配下の者達、とりわけ非正規の傭兵達から不平不満も出ていますが、概ね許容範囲内です」
「後詰め? 公都軍が? それはまたどうしてです?」
イゼベルと将官の会話につい口を挟んでしまった。よく考えたら公都軍がどう展開しようとわたしにはあまり関係が無いのに、好奇心につられた形になってしまった。わずかに恥ながら軽く俯くと、イゼベルは扇を頭上で城壁と同じ線上に大きく左右に振った。
「今回の戦の主目的はアンデッド発生という異変の解決にあるけれど、これ以上ここで発生するアンデッド共より被る損害を抑えるのだって重要なのよ。帝国軍の者達にはああやって端から伏兵が潜んでいないか確認してもらっているけれど、それだって完璧に確認できるとは断言できないの」
「攻め落としたこの城壁に防衛線を構築し、ここより外へ死霊共が湧き出ないようにするんですよ。アンデッドからの防衛は我々に一日の長がありますからね」
「万一に備えて外にある程度の人数を残した上で本陣を設けて、西の公都軍総勢八千名ほどが守護する防衛線の出来上がりってわけよ」
成程、ただ攻め入って敵軍勢を殲滅するばかりでなく零れ落ちないような工夫も凝らしているのか。その辺りは正直全く思いつかなかったが言われてみたら納得できた。ただ、戦場での功績や名声、略奪した金品を目的にしていたかもしれない雇われた者達にはたまらないだろうが。
既に城壁上に展開されていたアタルヤ軍の兵士達は内側階段から降りていき死者の都内部に侵入し終えている。帝国軍も同様に内側階段で、どうやら城壁上で勝敗を決した段階で教授が新たに地面から生やしたらしい、降りている。既に正門も制圧を終えて開け放たれている為、そちらからも堂々と入場している状態だ。
「それじゃあ私はアタルヤの後を追うけれど、マリア達はどうするのかしら?」
「勿論わたし達もアタルヤさんを追います。城にたどり着くまでに少しでも多く経験を積まないと」
「そう、さっきまでマリアの乗っていた馬は城壁内側に縄を繋いでいるから、使いなさいな」
今の戦いで何となく分かってきたが、現状のイヴでもわたしの補助魔法があればそれなりには戦えている。あとはイヴがコツさえ掴めば以前と遜色ない戦いが出来るようになるかもしれない。その為にも少ない機会を活かしながら何度も戦いを繰り返して四肢に覚え込ませるしかない。
周囲を慌ただしくアタルヤ軍の兵士達が通り過ぎていく中でイゼベルは場違いなほど静かに、そして優雅に歩み始めた。空間を割って移動しようとせずに自分の足を使うのはこの戦争の空気を味わいたいからだろうか。
「待ちなさい」
不意に、と言えば適切だろうか。イヴがイゼベルの肩を掴んで静止させた。イゼベルは体勢を崩しそうになる所を脚を思いっきり後ろへ下げる事で何とか転ばずに済んだ。ただ、イヴの方もイゼベルの勢いを抑えきれなかったのか前のめりに倒れそうになってしまったようだが。
「ちょっと、急に止めないでよ。せめて最初ぐらい声をかける程度で良かったんじゃない?」
「いいから、少しの間ここにいなさい」
イゼベルは若干不機嫌そうに軽くイヴを睨むものの怒ってはいない。いたずら程度に受け取ったのだろうが、彼女は振り返った直後に息を呑んだ。イヴは表情一つも浮かべずにただイゼベルを見つめていたからだ。わたしもイヴのあまりに真剣な様子に言葉を失ってしまった。
イヴは顔はイゼベルに向けたまま、死者の街の方へと横眼を振った。
「ある程度ここに兵力を残せたのを幸いと受け取るべきかしら。既に進軍したアタルヤ達は……ご愁傷様としか言えないわ」
「イヴ、一体何を……」
「デスナイトやリッチの部隊を構成出来るアンデッド軍が、どうして防衛の要である一番外の防衛を雑兵だけに任せているなんておかしいとは思わない?」
「それって――」
イヴの指摘に思考を巡らせる暇は無かった。直後に起こった現象にこの場にいた誰もが圧倒され、何も出来ないままそれを見つめるしかなかった。
世界が、様変わりした。
お読みくださりありがとうございました。