死者の都攻略戦②・外城壁の突破(別解)
わたしは今、死者の都と見つめていた。相対したのは三度目になる。一度目は現実離れした光景に言葉を失った。二度目は命からがら逃げ延びた。そして今日は味方が大勢いるからか実に心強く感じる。あのアダムの圧倒的強さを鮮明に思い出せるにも関わらず、だ。
わたし達西の公都軍が死者の都に到着した頃には既に帝国軍は城塞の真正面で展開を完了させていた。アンデッド軍は城塞から出撃してきていない。あくまで籠城してわたし達を迎え撃つ算段らしい。その証拠に城壁上では弓兵達が所狭しと並び、少しでも踏み込めば矢の雨あられだろう。
正面中央に陣形を組んだ帝国軍を避けるようにアタルヤ軍は左翼、公都軍は右翼に回る。総勢は三万ほどで、内訳は帝国軍一万五千、公都軍が傭兵を雇ったり周辺地域からかき集めて合計八千、アタルヤ軍が七千五百だそうだ。
「壮観ですね。これだけの大軍勢を見るなんて初めてです」
「ああ、一都市を守るにしては大人数だが、国同士の全面戦争になれば十万ぐらいはざらになるぞ」
「じゅ、十万って、想像も出来ないですね……」
ちなみに帝国軍の一万五千は全員が職業兵士らしいが、普段は鍛錬の他に治安維持や公共施設整備、災害救助等に携わる。むしろ平時ではそちらの方に重点を置かれていると言っていい。けれど十万にもなったらさすがに傭兵や民兵の動員が必要となってくるんだろうな。
それにしても、いくら数を増したからってどうやって三重の城壁を攻略するんだろう? アンデッド軍は北の公都攻略の為に攻城塔や投石器、バリスタを用意してきた。一方のアタルヤ軍は特に何も攻城兵器を用意している様子が無いのだけれど。
「……アタルヤさん。死者の都攻略戦ですけど、城壁をどうやって突破するんです?」
「あらマリアったらとぼけちゃって。私達にはこの間の戦利品があるでしょうよ」
「あっ」
「それを城壁手前で引っ張り出して、はいおしまい」
わたしの質問を聞いていたのか、イゼベルは扇子を動かして縦に長い長方形を描いてみせる。それで思い出した。わたし達にはこの間の公都防衛戦でアンデッド軍から押収した攻城兵器があるんだった。確かに公都から運んでくるより現地で引っ張り出した方が効率的か。
あれ、それなら様々な攻城兵器、例えばカタパルトやバリスタ、を結構な数用意していた公都軍って無駄な時間と手間を費やして馬鹿を見たんじゃないだろうか? い、いや、そう断じるのは早計だろう。開戦してみなければ何が起こるか分からないんだし。
「第一それは帝国軍に言ってやれ。連中、特に攻城兵器を準備している様子が無かったぞ」
「何も、ですか」
「ああ、あのままだと城壁に群がるだけで格好の的になるだけだな」
死者の都の情報はイゼベルを経由してちゃんと伝えられている。それでも帝国軍が攻城兵器を準備する期間は無かったに等しい。籠城された城の攻略戦はいかに城壁を突破するかにかかっているのにその有様では、ただ格好の標的を提供しているだけと思われても仕方がないだろう。
けれど、実はその点についてわたしは何も心配していない。むしろ攻城兵器を用意した公都軍より、敵のものを流用予定のアタルヤ軍より、効率的に素早く攻城戦に取り掛かれるのだ。兵器も無しにそんな戦術を実行できる鍵を握るのは……。
「ふふ、こればっかりは実際に見てもらった方がいいですね。きっと驚きますよ」
「ほう、随分と言うじゃないか。それならお手並み拝見といこうか」
わたしが自信満々に含み笑いしてみせると、アタルヤも唇を吊り上げてきた。お互いに決戦直前にも関わらず落ち着いているようにも見えるけれど、わたしは緊張で心臓が高鳴っているし少し気分も悪い。呑気に会話を持ちかけたのは気を紛らわす意味もあった。
やがて、中央に展開した帝国軍より旗で合図が送られた。それが何を意味するかは知らなかったけれど、ご武運を、辺りか? それとも具体的な指示が送られてきているのだろうか?
「どうやら帝国軍の誰かが開戦前に何か言うようだな」
「えっ、開戦前に、ですか?」
「大一番の戦では始め方も士気に関わるからな。皆を奮起させたいんだろう」
そうアタルヤと話している間に中央の帝国軍より二名が前方に出てきた。一人は大きな体格をした如何にもな歴戦の武人で、他の者達と比べて豪奢な作りをした、それでもアタルヤの逸品には及ばないが、武具を身にしているから彼が指揮官だろうか。そしてその傍らには……まさか教授?
「三年前、我ら人類は魔の者の手によって絶望の淵に立たされた! 幾重の国が滅ぼされ、数多の尊い命が失われた!」
この場一帯、左翼のわたし達どころか相手側の陣地にも響き渡るほど大きな、しかし凛とした声は指揮官らしき者からではなく教授から発せられていた。彼女は身の丈ほどの長さがある杖を天高くかざした。
「だが我々は家族を失っても生まれ故郷を追われても、決して諦めなかった。そして我々は勝利し、世界に平穏と安寧を取り戻した! 確かに勇者の活躍もあっただろうが、それは我らが前へと歩み続けたからに他ならない!」
「多くの犠牲を代償に取り戻した平和が再び脅かされようとしている! だが我らは背を向けて逃げてばかりではない! 剣を取り、盾を構え、祖国の為、帰りを待つ者の為、そして己の為に立ち向かう勇気を持っている!」
「それを今、魔の者達に再び見せつけようではないか! 我ら人類の強さをここに!」
指揮官が教授の宣言と同時に剣を高々と掲げて呼応した。帝国軍の者達もまた一斉に己の得物を上げて、力の限り雄叫びをあげる。空気が震えんばかりの鬨は兵士ではないわたしも否応なしに高揚させられる。意外にもこの間の防衛戦では一切声を上げていなかったアタルヤや彼女の部下達も合わせて鬨をあげていた。
イゼベルはそんなアタルヤを目を丸くして眺めながらも、興奮しているのか頬をわずかに紅色に染めて唇を吊り上げていた。
「珍しいわね。アタルヤが鬨を合わすなんて」
「私だって気合ぐらい入れるさ。もはや自分らで率先してやる気は無いが、折角やってくれるなら便乗しない手はない」
鬨が収まらぬうちに、教授はかかげた杖の先を振りおろし、敵方向へと指し示した。
「全軍、突撃ぃっ!」
教授の宣言の瞬間、堰を切ったように帝国軍が一斉に飛び出した。怒涛の勢いで先陣を奔るのは帝国軍の騎乗兵部隊で、軽装歩兵、重装歩兵が続いていく。後詰めも何もない、本当に全軍一斉に死者の都めがけて突撃している。
先の防衛戦では、アンデッド軍は歩兵部隊を突撃させて攻城兵器にて攻め立てて騎乗兵部隊は後衛で待機していたけれど、帝国軍はまるで逆。騎馬がその力を発揮するのは敵陣に突撃した時であり、城壁めがけて闇雲に駆け抜ける姿は事情を知らなければ正気の沙汰とは思えなかっただろう。
「我々も行くぞ、本軍に遅れるな」
直後にアタルヤも突撃槍を敵へと指し示すと、アタルヤ軍も突撃を開始した。こちらは城壁を突破すべく重装歩兵を先頭に軽装歩兵、そしてわたし達が加わっている騎乗兵部隊が後方となって突き進んでいく。
ある程度城壁に近づいた途端、城壁上から一斉に矢が放たれた。アタルヤの部隊は彼女が何の合図も送らずに身をかがめつつ盾で頭部を覆う。一方のわたしの方は他の騎士達より深く身を沈めたものの手綱から両手を離さなかった。代わりにその大きな盾を上方に掲げたのはイヴだ。
「話には聞いていたけれど、アンデッド共は驚くぐらい統率がとれているのね」
「そうでしょう。ミカルが自然発生させているのに何でなんでしょうね?」
「叔母様ったら兵法や都市開発とか妙な所に精通していたから。その影響を受けているんじゃない?」
「そ、そうなんですか?」
特に目的も方針もなく自然発生されているアンデッドなら、術者であるミカルに沿った在り方をしていても不思議はないか。だとしたらここが都として整備されているのはミカルの意思が無意識に反映されているからか? アンデッド軍が軍として機能していたのもミカルのせい?
……いや、ここはアダムのせいにしてしまおう。異変の元凶はミカルを利用するアダムの仕業、うん、ソレに間違いない。よし、この話はこれでお終いだ。これ以上は考えないようにしようじゃないか。だからマリアのせいでもわたしのせいでもないよね?
帝国軍の方は騎乗兵が先頭だからかアタルヤ軍よりいち早く城壁へと到達しそうな勢いだった。何名かが矢で射ぬかれて落馬しているようだけれど、大半がこちらと同じように身を守りながら突撃の速度を緩めずにいた。隊列もさほど崩れずにまとまっている。
その先頭を駆け抜けていたのは、まぎれもなく教授だった。
「彼女は学院でマリアが教示した魔導師、だったかしら? あのまま城壁を破壊して突き進むつもりかしらね?」
「いえ、多分教授はそんな面倒な事はしないでしょう」
イゼベルは横向き座りのままなのにアタルヤの騎乗兵部隊に平然と付いてきていた。普通に馬を走らせているわたしが四苦八苦しながらこの部隊に縋り付いているのとは違う。余裕というか優雅さすら彼女からは感じられた。
「学院のアンナって言ったら地方勤めの私でも耳にするほどの地属性の第一人者でしょう? あのまま壁を駆けあがっていくのかしらね? 地属性を極めると大地に引っ張る力すら御するそうだけれど」
「イゼベルさんの想像とは違いますけれど、概ねそれで合っていますよ」
「……? それどういう意――?」
イゼベルが疑問符をわたしに投げてくる頃には教授の目の前には城壁は迫りつつあった。さすがに教授本人はこのまま激突しないように速度を緩めていくものの、後を追う帝国軍の騎乗兵は未だに馬を全速力で走らせていた。
教授は杖を一回転させると、多分この動作には意味が無いただの格好付けだろう、鋭く城壁へと突き出した。
「シフトステアウェイ!」
軍が大地を駆ける足音や気合入れの咆哮が至る所から巻き起こるこの戦場においても教授の力ある言葉は響き渡る。教授が杖を突き立てたのは死者の都の城門よりやや右寄りの位置。後方の帝国軍は教授の右脇を通り抜けて、右方向に曲がりながら城壁に沿って突き進んでいく。
直後、騎乗していても分かるほどの地響きが生じた。地震とも思える激しい揺れで前方で敵めがけて突撃するアタルヤ軍の兵士達の間にも動揺が走ったのか、進行速度が目に見えて落ち始めた。歩兵の部隊長らしき者達が意にも介さずに疾走しているので何とか止まらずに済んでいるが。
「彼女は一体何をしたのかマリアは分かるか?」
「分かりますけれど、実際に目にするのは初めてです」
さすがのアタルヤの言葉にも動揺と警戒が入り混じっていた。無理もない。先ほどイゼベルの発言にもあったように、地属性は極めると地震や雪崩といった、かつては神の所業と畏れられた天災すら起こせるのだ。教授は帝国における魔導の頂点に君臨する学院で教鞭を振るう魔導師、何が起こるかは予想もつかないだろう。
地響きは次第に大きくなっていき、突然大地が跳ねた。馬を御しきれずに落馬する者も少なからずいる中で、わたしは体勢を崩して馬から危うく落ちそうになる所をイヴが後ろからとっさに手を伸ばして上手く手綱を捌いたおかげで立て直せた。アタルヤ軍の歩兵にも転倒者が出ているようで、混乱が至る所で生じている。
けれど、それは教授が起こした結果に比べれば些事と言っていいだろう。
「へえ、魔法であんな事まで出来るんだ」
「……驚いたな。一流の魔導師は戦略級とは良く言ったものだ」
それを目の当たりにしたイヴは感心したようにつぶやき、アタルヤは衝撃を受けているようだった。かく言うわたしも教授本人から出来るとは聞いていたけれど、実際その光景を目の当たりにするとあまりに規格外で圧倒されるしかなかった。
イゼベルは扇で口元を覆い隠しながらそれを凝視していた。温かみのある笑みを絶やさない彼女は真剣な面持ちで鋭く観察をするようにその双眸で教授を捉えて離さない。
「城壁上に続く階段を出してくる、なんてね。評判以上の手並みね」
城壁の前に造られたのは階段だった。見たままを語るなら、城壁から突如として階段状に構造物が生えてきた、だろうか。それも徐々にではなく、大地が跳ねた瞬間に勢いよく飛び出てきた、が正しいだろう。
階段の出現位置は帝国軍が突撃する方向。階段の出現を始めから分かっていたように騎乗兵の部隊は馬を走らせて階段を駆け上がっていく。思わぬ侵入経路を確保され真下まで迫る帝国軍を撃退しようとスケルトンアーチャーが矢を射かけるものの、決定打にはなっていない。
「地面からではなく城壁から階段が生えてきたのはどうしてだ? 大地を隆起させて坂道を造れる技量もあるようだが」
「おそらくは城壁内側にある階段をスライドさせて城壁に引っ込めて、その分を外側に持ってきたんでしょうね」
シフトステアウェイと教授が名付けた魔法は簡単に言えば階段を移動させる効果だ。ただし木材や鉄材ではなく、あくまで土や岩で出来た構造物でなければ効き目が無い。複雑な洞窟や入り組んだ建造物内でも簡単に階層移動が出来るように土や岩を移動させて、あたかも階段が移動してきたかのようになる。
単に階段を造ればいいだけではないか、に対する答えは確か相手側に階段を使えなくする、だったか。今回の場合は内側の階段を作るために外側の階段を構築していた石積みを使ったため、敵は増援や退却が出来なくなってしまっている。
城壁内側のどの位置に階段があるかは前回の侵入時に報告済みだから位置の特定は容易だ。侵入経路を得つつ敵側の進路と退路を塞ぐ。一石二鳥の一手だろう。
「あれだけの現象を起こせるなら、土と岩で構築された城壁など簡単に破壊出来たのではないか?」
「やれたでしょうけど教授はやらないでしょうね。破壊より創造を好む方ですから」
地属性の第一人者である教授の研究には魔導による大規模な公共設備の整備や建設も含まれている。これほど造り上げられた都をただ破壊するなんて教授の好奇心が許さないだろう。そう言った意味ではミカルはきっと教授の好奇心を満たす対象になるだろう。
それにしても、帝国軍の兵士達は教授が階段を作ると分かっているような立ち回りだった。開戦前から綿密な打ち合わせをした結果なんだろうけれど、それにしたって見事と讃えてもいいぐらいの手際の良さだ。
「戦場において個人の扱われ方、捉えられ方は様々。大半は軍という集合体を構成するだけの一部品に過ぎないけれど、優れた者は戦術級として扱われる」
唐突にイゼベルが語りだした。いや、多分わたしやアタルヤに語っているんじゃなくて独り言をつぶやいているんだろう。彼女が教授を見据える目は尊敬でも畏怖でもなく、関心が一番最適な表現だと思う。
「戦術級、ですか」
「そう、その戦争を左右しかねないほどの人材ね。味方にとっては頼もしいし、敵にとっては恐ろしいでしょう」
「では教授は?」
「あれほどの魔導師なら戦争どころか国の方針すら彼女の存在を考慮に含まれていてもおかしくないわ。攻城戦を有利に進められる人材がどれだけいると思う?」
……指を折る程度、と思う。よほど優れた策や士気の違いがある場合を除けば基本的に戦争は数の暴力が物を言う。ましてや城を攻め落とす際は数倍の兵力と策略を必要とする。なのにたった一人で戦局を覆せる一騎当千の者がいたら?
味方は英雄と讃え、敵は悪魔だと怖れるだろう。
「彼女は戦略級のようね。国には欠かせない人材でしょうよ」
道が切り開かれた帝国軍は城壁上へとなだれ込む。相手はいかに大軍と言えども所詮はスケルトン兵士。精鋭である帝国軍正規兵達には敵うまい。なら後の結果は分かりきっているから、見守る必要もないだろう。
わたしの知る教授はいつも教壇に立ったり研究に勤しむ姿ばかりで、このように軍の中核となり協力する魔導師として目にするのは初めてだ。普段は見られない勇ましさには多少違和感を覚えたものの、その在り様はやはりわたしの教授に変わりない。
嬉しさがこみ上げてきた。教授がわたしの想像をはるかに超える魔導師だったからではない。計り知れないのは初めから分かっている。それよりも、教授が皆から頼りにされて高い評価を得ている事実が自分の事のように嬉しいのだ。
「……ええ、尊敬する師です」
改めて、わたしはあの人に教示出来たことを誇りに思った。
お読みくださりありがとうございました。




