閑話・一人目
今回は虹のマリア視点の過去話になります。
-閑話-
人類未開発領域。人類圏の東に広がる極寒の地は人にとっては死地も同然。人類の活動圏は土地はあまり豊かではないが比較的温暖な西方に集中している。歴史上未開発領域からは招かれざる者達が襲来するばかりだった。
魔物、と呼ばれる存在がどれだけ前から世界に生息していたかは未だ分かっていない。人類史が始まった時には既に生息しており、神の創造した天使達の当て馬、地獄から這い上がる悪魔の使い等様々な憶測が流布していた。
普通の動物たちとの決定的な違いはただ一つ、魔王に服従するか否か、だ。
魔王と名乗る者、つまりは自称は数知れなかったが、魔王と呼ばれる存在は人類史上でも片手で数えられる程度しか出現していない。逆を言えば、歴史上何名かが魔物を率いて人類圏に混沌をまき散らしていたのだ。存亡の危機に何度も経たされた最中、光を湛えた勇者が現れて魔王を打ち倒す。そうした伝説が繰り返されてきた。
二年前、人類圏で生息する魔物達が突然凶悪化して人類に牙を向けてきた。人々は嘆いた、物語でしか知られていない魔王が復活したと。世界中に殺戮と破壊に包まれ、人々から安息は失われた。昨日挨拶を交わした相手が今日には命を落とす、などよくある光景でしかない。
そして悲劇はわたし、マリアにも降りかかってきた。
わたしの両親もまた魔王が率いる魔物の軍勢の爪と牙にかかって殺された。西の公都で発生した惨劇は帝都の学院で学んでいたわたしの耳に時間をおいて届いてきた。怒りも悲しみもなかった。ただ非現実的だと頭が真っ白になるばかりだった。
敵討ちも考えたけれどそんなのはわたしの憂さ晴らしに過ぎない。これ以上私と同じ目に他の人が合わないように、等と言った正義感は勇者に任せておけばいい。わたしが学んでいるのは何だ? 神の創造した節理を覆す神秘ではないのか?
なら話は簡単だ。わたしは悲劇を覆す。それだけだった。
だが学院で学んでいる限り悲願は達成できないという確信があった。何故か、そんなの学院には死を超越するほどの腕を持つ魔導師がいないからだ。人類史を紐解けば神の定めた運命を書き換えた者が稀少ではあったが確かに存在していた。だがあいにく今の時代にはいないようだった。
だからわたしは学院を飛び出た。世界を救済する勇者と旅をしていればわたしの求める魔導を会得する機会に巡り合えるかもしれない。そう信じて……。
今思えば何の根拠もなくただそう思い込みたかっただけなのだろう。それでも不思議なもので次第に目途が立ってきたのだから分からないものだ。
勇者との旅路で行く先々で調べに調べて、最終的に死者蘇生の方法は二つあると分かった。神の御業である光属性の蘇生魔法か、悪魔の所業である冥属性の反魂魔法のどちらか。無論わたしは神に選ばれた聖者でもなければ、人を救う宿命を持った勇者でもない。わたしには後者しか残されていなかった。
だが、冥府の魔導については手がかりが本当に少なく、偶然にも発見できた魔導書の写本自体も何となくだが所々間違っているようだった。おそらく写本した者も冥府の魔導がどんなものか分からずに右から左だったに違いない。そして少ない情報を頼りに習得を試みた所で、わたしには半分どころか全く理解の及ばぬ知識としか思えなかった。
光の奇跡が神に選ばれし者のみに行使出来るのなら、冥府の魔導もまた悪魔に魂を売り渡さない限り無理なのではないか。調べれば調べるだけ無情な現実がわたしの前に突きつけらるようだった。
それでも、旅路の果てに何とか光明を見つけられた。足りない才能は別で補えばいい、と考えを改めたわたしは方法を模索し、とうとう突き止められたのだ。後はいつ実行に移すか、だったが、正直方法が方法なだけに躊躇いがあった。
最適解を見つけておきながら結局わたしは他にも無いのかと研究を重ねていた。魔王が居を構える大魔宮まであと半日の距離にいるその時に至ってもまだわたしは葛藤の中にいた。
決戦前夜、わたし達勇者一行の八人は各々の時を過ごしていた。始めは利害の一致で手を組んで結成した仲だったが、旅を共にするにつれて絆が生まれてきたと感じたものだ。魔王を討ち果たした後はそれぞれが自分の道に戻っていくのだろうが、仕事仲間という言葉では表現しきれない関係が後にも残るのか実に興味深かった。
――彼女があんな風に言い出すまでは。
「勇者を、排除する?」
「はい、主の御名において、勇者イヴには退場していただこうかと」
それぞれが思い思いの時間を持っていた筈の中、わたし達六人は集まっていた。聖女を中心に戦士、弓使い、投擲手、聖騎士。いないのは勇者と賢者だけ。二人を省いた六人が集まるという異質な光景で、聖女はそんな悪魔のささやきにも思える提案をわたしに投げてきたのだ。
怖ろしかったのは既に他の四人が賛同済みでだった事ではない。そして聖女の提案そのものでもなかった。聖女は苦渋の決断をしたそぶりも私利私欲に走る愚者のような腐り肥えきった醜悪さも見せず、いつものような慈母のように人を安心させる微笑みのままだったからだ。
「何故?」
「何故って、イヴが勇者である前に一人の女としての選択をしないようにですね」
それは暗に勇者イヴと賢者アダムの関係性を指しているんだとわたしにも察しがついた。いつの頃だっただろうか、イヴがアダムに向ける視線に熱が帯びてきたのは。別にパーティー内で恋愛をしようが旅路で邪魔にならなければそれでいいとわたしは思っていたので何も言っていなかった。剣士ははやし立てて弓使いは苦言を呈して聖騎士は素直に祝福していた。
なのにどうして今更になってと疑問が積もったものだが、その答えは聖女から出てきた。
「勿論マリアは気付いていたかと思いますが、賢者アダムには魅了の効果が備わっています」
「無論、気付いている」
アダムは瞳や言葉だけではなく、彼の外見と言動、身に纏う空気まで含めて全てが魅了の効果があるのではと疑ってくるほど彼には惹きつけられた。それはとても強力で、女性が相手なら瞬く間に虜にして、男性が相手なら畏怖と共に傅かせた。おかげで人類圏の権力者達の説得とかの時には大いに役に立ったものだ。正直わたしも少し気を緩めるととてつもなく抗い難い程心がぐらいついた。
けれどそう言った精神操作は精神を強く持ったり耐性魔導である程度は緩和できるものだ。現にわたしだって我を忘れるほどの衝動は起こらなかったし、聖女は暖簾に腕押しと言っていいほど涼しげに受け流していたっけ。
当然光が備わる勇者だって魅了にかかるほど弱い精神をしてなかった。影響を受けて虜になっているならそれだけアダムの魅力が強大か、もしくはイヴが一切抵抗していないかしかない。イヴの場合、それは後者だった。
「勇者として剣を振るい続けてきたイヴは、アダムからの魅了で初めて乙女らしい感情を抱いたみたいなんです。抵抗できるのにあえてかかって、自分の中に湧き起こる恋とか愛に溺れているといいますか」
「現を抜かすから魔王を倒して用済みになるだろう勇者を排除すると? 馬鹿げている」
「ええ、別に私だってパーティー内で恋愛しようとイヴが破滅しようと、役目さえ全うしていただけたら何も言う事はありませんでした。けれど、アダムだけは駄目です」
「――アダムが魔王だから?」
わたしが聖女が核心を口にする前に推測を提示にした際、聖女は驚きのあまりに目を丸くしていて、他の四人は驚愕とわずかな怒りの中でわたしの方を睨みつけてきた。
「……驚きましたね。マリアはご存じでしたか。何時から?」
「いや、何となくそうだろうと思っていただけだから確信はなかった」
これまで賢者アダムは人類圏各国で繰り広げられた魔王軍との戦いで大活躍をしてきた。わたし達勇者一行でも頼もしい仲間って認識で一致していた筈だ。イヴと肩を並べて敵を倒していく姿は雄々しくも美しく感じたものだ。
だが、アダムはあまりにも出来過ぎた。剣の腕も魔導の行使も人間性も、どれをとっても非の打ち所が無い。彼を指して完璧と呼ぶのが相応しいだろうとは今でも確信している。そんな偉大な人物が一介の賢者として勇者を手助け? 彼なら勇者とは行動を別にしたとしても卓越した実力を持つ者達が集い、やがては魔王に届くに違いなかった筈だ。
初めは単に彼自身が表舞台に出たくないから勇者に助力しているんだと思った。けれど、次第に彼の虜になっていくイヴを見ていてそれは違うと思い始めた。人々を助ける時も魔王軍を撃退する時も、彼の行動や言動のどれもが最終的にイヴに向けられているような気がしてきたのだ。
つまり答えは簡単、アダムにとっては勇者イヴと行動を共にする事こそが目的なのだろう。
実力、人柄、動機、その全てを考慮に入れて幾度となく考えた結果、魔王が己を偽って勇者一行に紛れ込んだのではないか、と推察した。
分からなかったのはアダムからはイヴを騙している様子が見られなかったのだ。イヴの前で仮面を被っているようでもなく、彼の一挙一動が彼の素直な想いから来ている印象を感じたのだ。それに彼が対峙した魔王軍、つまり彼の部下と思われる者共、が演技している様子もなく本気で彼を殺しにかかり、彼もまた容赦なく相対した者達を蹴散らしてきた。
色々と推察は可能だったが、アダムがどんな企みで勇者一行に紛れ込んだかはどうでもよかった。肝心なのは彼のおかげで魔王まで目前に迫れている事実だけだ。その先に何が待ち受けていようが、わたし達はわたし達のやるべき事をこなせばいいだろう、そんな考えでいた。
「なので、イヴにはアダムが魔王だと知らないまま討伐していただこうかなって」
「そんなのアダムが暴露してしまえば水の泡。意味が無い」
「そう出来ないようにするんですよ。方法は私が神の奇跡で何とかしますのでマリアは見ているだけで結構です」
「……つまり、貴女の懸念は魔王の討伐後にイヴの剣がこちらに向けられる可能性?」
「はい、私達は彼が魔王だって知っていたのにイヴに彼と戦わせるんです。当然彼女は私達を裏切り者だと罵るでしょうね」
わたし達にとっての最善はわたし達が何も関わらないままでイヴが魔王の正体を察してもらい、苦渋の決断の末で一人の女の子ではなく勇者の道を選択してもらう形だろう。けれど聖女の言った通り一度甘い果実を味わってしまったイヴが使命を選ぶ可能性はそう高くない。だからこそ、イヴにはアダムの真実が分からないまま使命を全うしてもらおうとしているのだ。
だが、聖女の悪質さはそこではない。何となく察していたわたしや聖女本人ばかりではなく、他の四人を己の姦計に巻き込んだ事だろう。今となっては各々がどのような私利私欲で勇者を裏切る決心をしたのか知る由もないが、間違いなく勇者にとっては理不尽に思える動機ばかりの筈だ。
「勇者は神より授かりし使命を全うし、諸悪の根源たる魔王を討伐した。そこで勇者の冒険はお終いです。今後人類史で語り継がれる英雄譚に醜い後日談なんてあってはいけないのです」
勧善懲悪、とは聞こえがいいが、この時の聖女の発言が建前だとは何となく察した。けれどわたしから言わせれば聖女こそが何を考えているのか底が見えずにいて、警戒と畏れを抱いている対象だった。心からの願いだと祈る聖女の姿はまさしく世界と人類を強く想う聖者の鏡ではあったが、実際どんな腹積もりだったか。
「……静観はしていいけれど、手出しはしない。見返りが無いもの」
「十分すぎる見返りがありますよ。だって、踏み切ってしまえば決断できるでしょう?」
「――ッ!?」
聖女は一体どこまで把握しているのだ、と末恐ろしくなったものだ。ただの綺麗ごとを並べる小娘かと思えば策略家も舌を巻く立ち回りと頭の回転と、極端な二面性を持ち合わせておりそれらを駆使して自分の思い通りに事を持っていこうとする彼女こそ排除すべきではないのか、とさえ思えてくるほどだった。
けれど、わたしは彼女を非難できるような聖人君子ではなかった。様々な事柄を天秤にかけた上で、結局は聖女の提案に乗ってしまったのだから。
「協力、して下さりますよね?」
「……ええ、分かった」
同じようにして他の四人も聖女に唆されたのだろう。己の悲願に向けて勇者を切り捨てるように、という神の啓示を装った悪魔のささやきに魅入られて。
そこから語る事はあまりない。魔王の居城である大魔宮を突破すべくわたし達は勇者の為に道を切り開いた。神に選ばれた聖女を傍らに勇者は最奥の間で待つ魔王……アダムを討ち果たすべく進んでいった。
魔王が倒された事で大魔宮に巣食っていた魔物の凶暴性が和らいだため一気に攻勢をかけて退けたわたし達勇者一行も後を追って最奥の間へと入った。そこでは魔王からの返り血で真紅に染まって茫然自失と己の手を見つめるイヴと、ただそれを笑みのまま見つめる聖女の姿があった。
「お疲れ様です、皆さん。ご覧のとおり勇者は魔王を見事討ち果たしました。これで世界に平和が戻るでしょう」
本来ならそれは長きにわたる戦いの終焉を祝福するものであり、締めくくりに相応しいものだっただろう。けれど事前に聞かされていたとはいえ、そして彼女に同意していたとはいえ、イヴが愛したかけがえのない存在を己の手で殺させたその光景はとても見ていられなかった。
聖女の綺麗ごとにわずかに反応を示したイヴだったが、聖女はなおも白々しく続けた。呆れるとか憤りとかそんなものではなく、もはや賛辞を送りたいほどだった。
「実はみなさん、我々と行動を共にしていたアダムの正体が魔王でして……勇者様にとってはとても辛かった決断だったと思います。それでも勇者様は神より授かりし己の使命を全うしたのです。私達……いえ、人類は未来永劫この功績を讃えるでしょう」
「……功、績?」
「はい、勇者の旅は歴史で語り継がれていき、後の世の道しるべとなるでしょう」
イヴは呆けながらも聖女へと反応を示す。聖女はそんなイヴを賛美する。怖ろしかったのは勇者を欺いたにも拘らずに聖女は特に悪い顔も醜い魂胆もさらけ出さず、本当にイヴを心底から賛美しているようにしか見えなかった為だろう。
「お前が、お前のせいで――ッ!」
勇者が動く。魔王の心臓に突き刺さったままだった光の剣を取り、聖女の首めがけて一閃させたのだ。しかし、彼女の一撃が聖女の首を跳ね飛ばす結果は起こらなかった。
「それで私は考えたのですが、この後勇者でなくなったイヴが美談で終わると思うんです。恋に溺れる乙女はいても問題になりませんが、それが勇者で相手が魔王なのはまずいですからね」
剣を取ろうと踏み出す両脚をわたしと投擲手が穿つ。剣へと伸ばす左腕を聖騎士が斬り落とし、盾で阻もうとした右腕を弓使いが射抜く。そして最後に戦士が勇者を取り押さえて這い蹲らせたのだ。あまりにも鮮やかな連携でさしもの勇者も反応しきれなかったようだ。
勇者は人を惹きつける端正だった顔を憤怒でゆがませて、目を血走らせながら聖女を睨みつけた。威圧、殺気とでも言えばいいだろうか、ほんの少し見ただけでも背筋が凍るほどのものを感じたものだ。正直刹那でも早くその場から飛び出したかったぐらいだ。
「勇者は魔王を討ち果たした後、力尽きた。人類の皆々様にはそのようにお伝えしておきます。今までのお勤め、大変お疲れ様でした」
「よくも私にアダムを……大切だったあの人を、この手で殺させたな! 絶対に、絶対にわたしはアンタ達を許さない……ッ!」
この時イヴがどのように聖女を、わたし達を怨み罵ったかはもう思い出したくもない。それでもわたしはあの時の一言一句をこの胸に刻みつけた。わたし達は聖女の語る綺麗ごとを建前に己の欲望を満たす為に勇者を切り捨てる。わたしが選んだ選択が伴った結果から目を逸らしてはいけないのだ。
勇者は天高くそびえ立つ大魔宮から突き落とされた。せめて自分達の手にかけないように、そうした思いから止めは刺さなかったが、いくら勇者でもこれだけ高くからの落下は耐えられないだろうと考えてだ。無論、何もできないよう更なる深手は与えていたのだが。
あまりにもあっけない勇者と魔王の最後で現実感が全く伴わなかったが、そうしてわたし達勇者一行の旅は終わった。
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凱旋の後、各々それぞれの道に戻っていった。わたしは報酬としてとあるモノを貰い受けて、その結果とうとう悲願だった冥府の魔導の会得に成功した。この達成を他者に知られる前にわたしは凱旋後所属していた帝都の研究機関から早々と姿を消した。
わたしの出身地を治めていた西の公爵に援助を請い、公爵夫人の蘇生を条件に資金と物資を得て、公都より少し外れた場所で研究を重ねた。全ては、わたしが二年前に失ったかけがえのない者達を取り戻す為に。
公爵夫人への反魂魔法は成功であり失敗でもあった。まさか冥府より呼び覚ました者に才能があれば冥府の魔導を開花させてしまうなんて思いもよらなかった。これではわたしの家族を呼び覚ましても同じ結果となる可能性があると思ったわたしは、それからさらに研究を積み重ねた。
そして今日、わたしは神が定めし運命を書き換える。術式は構築済みで触媒も準備済み、術者となるわたしも問題なかった。献身的に神を信じていた家族はきっとわたしを許さないだろうけれど、わたしにとっては家族が戻ってきてくれる事が何よりも大切だった。それこそ、長くを共にした仲間に背を向けてでも。
――結論から言えば大失敗した。いや、初めから失敗だったのだ。
「地獄の底から、舞い戻ってきたわよ」
わたしの目の前で家族の死骸が燃えている。骨も残らず灰にしつくすほどの炎に包まれていく。いくら反魂魔法を習得したからって魂を呼び戻す器が無ければ意味が無い。火を消そうにもわたしは侵入者、復讐鬼と化したかつての勇者イヴの手で壁に縫い付けられていて何も出来ない。
イヴを口汚く罵って呪詛を振りまいてはみたが、不思議とそれほど怒りは湧いていなかった。たった今両親を殺されている筈なのに、だ。どうやってイヴは助かったんだとか、どうしてよりによってこんな大切な日に来襲してくるんだ、等、あまりの理不尽さを恨みたかったけれど、それだってイヴに向けてではない。
全てが巡り巡ってわたしに降りかかってきただけ。結局、この結末がわたしの選択が伴った結果なのだろう。
「ふぅん、これがあんたが私を裏切ってまで果たそうとした悲願、ねえ。もう灰も残らず燃え尽きちゃうでしょうけど」
「……満足したなら帰って欲しい。これでお互い様になったんだから、もういいでしょう」
「マリアって結構自分を過小評価しがちよね。マリアをこのまま放置しておくとまた新たな方法を模索して悲願達成してしまうじゃないの」
「そんなのただの周りの評価――!」
直後、わたしの大切な何かがごっそりとそぎ落とされる、おぞましい感覚に襲われた。これまでの旅路で多くの怪我を負ったし精神攻撃もしかけらた。けれどこれはそのどれとも比較しても異質な気持ち悪さと言ってよかった。
「マインドクラッシュ。マリアにとって魔導が欠かせない手段なんだからそれには消えてもらうわ。それからマインドオーバーライドで今のマリアとは全く別の人格を形成する。全然魔導師らしくない、何処にでもいるような小娘のをね」
「家族を奪っておきながら、なおわたしの全てを踏み躙るの……!?」
「だってマリア達が最初にそうしてきたんじゃないの。何がいけないの?」
抗おうとしても既に体の何か所もイヴの剣で突き刺されていて力が入らない。意識が朦朧とする中でかろうじて喋れるだけだった。わたしがわたしである知識も思い出も、全てが次々と掻き消えていく。抜け落ちて空っぽになっていく喪失感は筆舌に尽くしがたかった。
「さようなら。精々凡百の小娘としてこれからは生きていくのね」
失ったものはもう戻らないし、無理矢理取り戻そうとしたら今度は自分を含めて全てを失った。あの時ああしていれば、等と悔いは多くあるけれど実に今更だ。イヴを恨みながら最期を迎えてもよかったが、わたしの頭を抑えつけてくる彼女の顔を見て考えが変わった。
「泣いて、いるの……?」
復讐が今果たされようとする最中で恍惚でも覚えているかと思ったら、今にも泣き出しそうに苦しく悲しく、こちらの胸を締め付けてくるほどの辛さだけが表情に出ていたのだ。今わたしを殺そうとしているイヴの胸中ではもしかして裏切りの瞬間ではなく共に旅をする光景が広がっているのだろうか?
それなら、かすれていくわたしの意識で願ったのはたった一つだけだった。
次があれば、今度こそイヴと本当の仲間でいたい、と――。
-閑話終劇-
お読みくださりありがとうございました。