死者の都への侵入⑤・城内探索
死者の都。その文字から連想される姿は生きる者が誰一人としておらず、手入れさずに寂れた廃墟、伸び放題となった草木、そして散乱する壊れた生活用品だろうか。決して晴れない淀んだ空と凍える寒さがあればなおそれらしい。
いるのは永遠なる眠りから無理矢理呼び覚まされたアンデッドのみ。亡者共はただ何の目的もなく街を彷徨い歩く。その在り様は神の定めた摂理に真っ向から背いており、そして何も生み出さない彼らは正に無意味以外の何者でもない。
ところがこの都市はそういったわたしの印象を悉く打ち砕いてきてくれた。街は発展していて住み心地よく整備されていたし、傍目からはただ寝静まった都にしか思えなかった。遠目から目にした白き城も中々に壮観だったし、今度はどういったものが見られるか楽しみな程だ。
そしてわたし達が門を潜り抜けるとその先に広がっていたのは、予想を超えたものだった。
「……――」
言葉も出なかった。それは前を走っていたアモスやダニエル、隣にいるロトも同じだったようで、足を止まってただその景色に圧倒されるばかりだった。
そこは丁寧に手入れが施された中庭だった。中央の噴水の彫刻は細部まで緻密に彫り込まれ、植え込みは綺麗に剪定され、床板が敷き詰められた道は雑草一本たりとも生えていない。薔薇の花が辺り一面に咲き誇る様子はきっと昼間や月夜なら素晴らしい情景だっただろう。
知らない人が目隠しをされてここに連れて来られたとしたら、どこかの王宮に迷い込んだのではと錯覚するに違いない。個人的な印象だが、先日訪れた魔導協会支部の庭園や年に数回一般に公開される公爵邸の庭にも勝る壮大な出来ではないだろうか?
異変の元凶が何者であれこれほどの園を形にした見事な仕事は尊敬に値するだろう。
「ここまで来ると凄いとしか言いようがありませんね……」
「そうね。ここを作った職人の業には敬意を表したいわ」
わたし達が感動すら覚える中でただ一人、少し違った所に関心を示していたのはレイアだった。違和感があるのは彼女がここまでの芸術品を作り上げた過程を称えているからだ。彼女はこの庭の在り方自体には触れていない。
「……レイアさん、この庭を目にしてもあまり感動はしないんですね」
「あいにく私の種族は自然崇拝なの。こうやって人の手で造られた庭園はどうも好きになれなくて」
「あー、成程」
ここの庭は草木を綺麗に刈り、花を植え、噴水を設け、彫刻を飾り、通路を整備する。そのどれもが自然界には存在しない姿。作り手が理想とする園を現実のものとしたこの箱庭は、確かに自然の中に生きる者には強烈な違和感や窮屈な圧迫感を与えるだろう。
レイアは笑みを浮かべながら両手を広げて一回りした。まだ外見上は成長しきっていない硬さの残る少女である彼女のしぐさは可憐に舞っているように見え、この中庭の景色と合わせてとても幻想的な印象を見る者に与えた。
「こういった美しさもあるんだって理解はしてるわよ。理解はね」
「けれど好みとは話が完全に別ってか。別にそれでいいんじゃねえか?」
「人の感性なんてそれぞれだしな。強要する気もねえし」
アモスやダニエル達も庭に見惚れていた気を引き締め直し、武器を携えながら再び歩み始める。前衛の二人が動いた為、わたし達も彼らに続く。視界一面に映る壮大な景色にどこか後ろ髪を引かれる思いを持ちながら。
警戒はしていたものの結局敵兵とは遭遇せずに中庭を後にした。抜けた先に見えてきたのは山の斜面に築かれた立つ白き城。城壁ごしでは分からなかったが、白く見えていた理由は仕上げ材として大理石を使用していたからか。
その作りは平地に築かれた西の公都の城とは違って狭く、しかし天に伸びる形で幾重もの階層が重なる設計がされていた。おそらくは山間部に建てる際に空間を考慮してだろうが、むしろそびえ立つ城は有無を言わさぬ迫力をわたし達に与えてきていた。
物陰から城の正門の方を窺うと、アンデッド兵が門の左右に配置され微動もせず起立していた。城壁外ではトレアントが大暴れしていたのに気にする様子もない。すぐにこちらまで波及するかもしれないのに何とも呑気なものだ。逆に外で何が起ころうが己の責務を全うし配置から離れない様子は優秀とも評価できる。
「で、あれどうする?」
アモスは指を動かして剣を握りしめ、前方を睨みつける。いつでも飛び出せるように身をわずかにかがめて剣先を少しだけ上げた。臨戦態勢、切り伏せる気満々である。これまでレイアがほぼ一人で色々やってくれたから彼の出番はなかったし、逸る気持ちもあるのだろう。
ほぼ間違いなく彼一人に任せてもあの雑兵を片付けられる。先ほど現れたデスナイトやリッチと違って正門に配置されているのは普通のスケルトン兵、手慣れた傭兵ならそつなく倒せる相手だ。
だが応援を呼ばれる事なく済ませるという条件を付けると途端に難易度が上がるだろう。この物陰から正面の敵までの距離は中々開いている。ここは接近戦に持ち込むより遠距離から狙撃した方がいいと思うのだが……。
「こうした方が手っ取り早いわよ」
「そうだな」
アモスに意見を言おうとした矢先に行動に移っていたのはレイナとロトだった。レイナは先ほどデスナイトを狙った炎の矢を上空に向けて放ち、ロトも投石紐を高速回転させて石を高く放り投げた。やがて二つの飛び道具は放物線を描いて落下していき、鮮やかにスケルトン兵の頭部を穿った。
正面から狙わなかったのは撃ち落とされる可能性を考慮してか。と言っても城門から中庭を抜けて城の正門までは一本道と言って差し支えない。熟練した兵士なら物陰の怪しい様子に気づいてもおかしくなかっただろうが、知性の無い死霊の兵士ではこんなものか。
音を立てて崩れ落ちる骸骨の兵士を目の当たりにしたアモスが口笛を吹く。
「やるねえ。こりゃ俺達の出番はなさそうだな」
「今のところはってだけだろ。乱戦になったらアンタ等二人に頑張ってもらわないと」
「それもそうか」
今のところは順調ではある。城壁で暴れ回ったのはほぼトレアントで、今もなお敵兵を掃除している真っ最中だ。わたし達の存在は目立っていないしおそらく発覚すらしていない。このままの調子で城に乗り込んでしまってもいいだろう。
問題はこのまま馬鹿正直に正門から乗り込んでいいものか、か。中にどれだけの敵がいるか分からない以上は正面突破はさすがに最後の手段にしたい。城内で見つかったら最後、袋小路に追い込まれて全滅、なんて未来予想図も大いに考えられる。
「外城壁と同じ要領で二階の窓辺から侵入します?」
「そうした方がいいか。正面から入った大広間に何が待ち受けてるのか分かったもんじゃない」
ロトは周囲を警戒しながら物陰から出て城に近寄っていく。彼は再び装置から縄を射出させて、金具がひっかかると紐を引っ張って上手く固定出来ている事を確認する。そして、重い荷物を背負っているとは思えない身軽さで二階の縁へと昇った。
彼は硝子張りされている窓の角部に何やらテープを貼っているようだった。
「あれ、何してるんです?」
何をしているかさっぱりだったので、手持無沙汰にしていたダニエルに話題を振ってみた。
「窓から入るには内側の施錠をどうにかしないといけねえだろ。で、硝子ってのは簡単に割れるだろ。だから硝子壊して内側の金具をいじるんだよ」
「テープを貼る意味は?」
「脆すぎてヒビ入れた瞬間に全部割れ落ちたんじゃあ話にならねえだろ。テープ貼りゃあヒビ割れを抑えられて音も出ねえし破片はテープにくっ付いたまま、じゃねえか?」
「成程、そんな意味があったなんて」
良く考えているなあ、と感心してしまう。戦争で放棄された城に侵入する際などで培われた経験というものだろうか? さすがに貴族の屋敷などから金品を失敬する為の技術とはあまり考えないようにしておこう。
彼は片手槌で数回窓硝子を叩くと、次には丁寧にテープを剥がして腕を中を入れた。程なくしてゆっくりと鍵を壊した窓を開いていき、中の様子をいているようだ。顔を右、左と動かし、次には身を翻して窓から建物の中へと入っていく。一連の手慣れた行動はとても鮮やかだった。
やがてロトは窓の内側から先ほど城壁突破に使用した縄梯子を降ろす。先ほどと同じ要領でダニエル、わたし、レイア、最後にアモスが城の中へと侵入した。
廊下には緻密な文様が施された絨毯がしかれ、ふと頬を撫でたカーテンはとてもさわり心地が良い。調度品や全身鎧が飾られていたり灯されていない燭台がかけられている。さすがに帝都の宮殿ほどの豪華絢爛さはなかったが、どう眺めても必要最低限以上の品ではないだろうか。
だが、そのどれでもなく何より目を引いたのは旗だった。城壁や城では一切なかったそれが城内では所々で掲げられていた。描かれた紋章は公家の公章でも隣国の国章でも、ましてや魔王のものでもなかった。
「そ、双頭の鷲……?」
それは帝国の国章だった。歴史はあまり専攻していなかったから経緯はあまり覚えていないが、確か同じ人類圏でありながら西方諸国との亀裂が決定的になった際に単頭の鷲から変更された筈だ。西と東、二つの権威を手中とせんとする意志の現れだったか。
西の公爵家は未だに単頭の鷲を使っていたはずだから、帝国そのものにに由縁ある人がこの異変に関わっているのだろうか?
「いや、これ厳密には国章じゃねえぞ」
「えっ?」
旗を前に首を傾げているといつの間にかアモスがわたしの隣に来ていて、険しい表情を見せていた。彼は旗に触れると指で軽く弾く。
「ほら、細部の模様が違えだろ。こりゃあ国章じゃねえ、個人のもんだな」
「で、でも個人で鷲を使用するのは帝国の法で固く禁じられてる筈……!」
「始祖から続く皇帝個人の紋章は単頭の鷲だがよ、皇族の個人紋は双頭の鷲に切り替わってるよな」
思わず息をのむ。帝国では帝国の権威に与ろうとする者が非常に多く、紋章もその一つ。なので皇族と始祖から分かれた家柄である西の公爵家を除いて鷲は使用できなくなっている。ちなみに南と東の公爵はそれぞれ大分昔に違う紋章に変えているらしいが。
ますます分からなくなる。皇族を示す双頭の鷲がどうして城内とは言え一切隠さずに堂々と掲げられているのだ? 単に帝国の威光を借りるだけではない、深い由縁がある気がしてならない。もしかしてこの辺りが今回公爵家があまり表に出てこない理由なのだろうか?
「一体どうしてここにこれが……」
「それを含めてこの異変の謎を暴くのが今回の目的だろ。ぼさっとしてる暇があるなら探しちまおうぜ」
ダニエルから実にごもっともな指摘が飛び出してきた。まあ確かにこの場であれこれ考えたって所詮は推察に過ぎない。実際にこの目で確かめた方がはるかに確実だろう。
「んで、どうする? このまま五人固まったままで行動するか?」
今の所侵入してきたわたし達に対して何者かが現れる気配はない。辺りは遠くから聞こえてくるトレアントが暴れ回る音や風が吹く音ぐらいしか聞こえてこず、城内は異様なほど静まり返っていた。ここからは左右どちらの方にも廊下は伸びていて、見える範囲ですら少なくない数の部屋がある。
「外から見た限りでもこの城は結構広そうだったぞ。さすがに分かれた方がいいんじゃないか?」
「でも折角パーティー組んだんだからよ、二手ぐらいに別れねえか?」
「そうね、さすがに全員ばらばらになって各個撃破されたんじゃあたまらないし」
「んじゃあ決まりだな。集合時間決めてまたここに集まるか」
わたしもその意見に賛成だ。五人まとめて探索していたんじゃあ日が暮れて……もとい、夜が明けてしまう。多少の危険性は覚悟の上で別れるべきだろう。
問題はどう別れるか、か。さすがに前衛のアモスとダニエル、後衛のわたし、レイナ、ロトで分かれたんではいざと言う時に厄介な事になりかねないし、せめてお互いにばらばらになった方がいいだろう。六人パーティーだったら丁度良く分けられたのだが。
「ここで時間を取っていても仕方がありません。レイアさん、そちらが三人のパーティーになります?」
「いえ、私の方は二人でいいわよ。アモス、悪いけれど付き合ってもらえる?」
「ん、分かった。んじゃあお前らまたな」
決断が早いな。レイアはこちらが相談を持ちかけてすぐにアモスを引っ張って窓を背にして左の方へと進んでいった。というかこの辺りの部屋に入る気配がないが奥から探るつもりか?
残されたわたし達はお互いに顔を見合わせる。ロトは少し大げさに肩をすくめ、ダニエルは頭を軽く抱えてため息を漏らした。
「仕方がねえ。とりあえず俺達はまずこの辺りの部屋を手当たり次第に見ていくか」
「扉を少し開けたままにして一人が入口を見張りを、残る二人が探る形にするか」
「そうですね。では早速手前の部屋から行きましょうか」
わたしは一番手前側にあった部屋の扉の取っ手に手をかけた。
■■■
「ここにも特に怪しげなものはありませんね」
「それじゃあ次行くか」
「廊下には今誰もいない。出てもいいぜ」
城内に進入してから結構時間が経ったけれど、未だに異変に直接結びつくような目ぼしい成果はなかった。
いくつもの部屋の中はそれぞれ調度品、木製の寝具、柔らかそうなソファーや凝った作りの椅子まで備え付けられていて、いつ客を招き入れても問題なさそうだった。掃除も行き届いていて埃っぽさは微塵も無い。試しに箪笥の縁を指で撫でてみたけれど付いた埃はほんのわずか。これは夜が明けてそう時間が経たないうちに掃除を実施しているからだろう。
三列の城壁に囲まれていたから城塞として籠城に向いた作りをしていると思っていたけれど、どちらかと言えばここは宮殿に近いと思う。夜な夜な盛大な宴が開かれていたって驚くに値しないな。死者の宴なんて想像するだけで震えてきそうだけれど。
部屋に立てかけられている絵画は帝国で伝えられる神話や聖典に記される話を題材としているようだ。あまり芸術方面の知識は明るくないけれど、見る者を惹きつける力強さは伝わってくる。亡くなった名のある芸術家がスケルトンになって描いている、とかだろうか。
だが、あまりにも整いすぎている。例え毎日の掃除が徹底されていても本や化粧品が机の上に出しっぱなしになっていたりと、ほんのわずかでもだらしなさは出てくるものだ。それなのに寝具にはしわ一つなく、化粧台には何一つ小物が置かれていない。
「ここまで使用感が全くないと本当に不気味ですね……」
「客人の来ない客間かあ、何か空しいものがあるな」
そう、部屋には使用感が一切なかった。棚を開ければアクセサリーが並べられていたし、箪笥を開ければ服がかけられていて、化粧台には化粧もしまわれているほどの徹底ぶり。だがそれは見栄えだけを追求していて肝心の見せる相手がここには誰もいないのだ。
アンデッド達がここで生活するわけでもないし、今のところは街も庭も城も準備するのが手段ではなく目的になってしまっている気がしてならない。それとも誰もいないこの死者の都には見た目とは異なる目的に沿って作られたのだろうか?
結局疑問は晴れないまま今の部屋を後にする。さすがに城内は無人ではなかったらしく、時折スケルトン兵が見回りに来たりもしたが、部屋に身をひそめたため戦闘には発展していない。さすがに階段には正門と同じく微動だにしないスケルトン兵が待ち受けており、階をまたぐなら戦闘の上で排除しなければならないだろう。
「にしてもあいつ等やる気あんのか? 遠目でも俺達の姿は分かりそうなもんだがな」
「一定距離まで近づかないと探知できないんでしょうかね?」
スケルトン兵はどうも認識力が優れていないようで、わたし達が肉眼で把握できる距離にいても気付く様子が無いのだ。これならざるもいい所である。もっと他の魔物がいたらとっくに見つかっていただろうに。
「じゃあ次の階に行くか。もういっそ最上階から降りてってもいいんじゃねえか?」
「レイアやアモスはきっと下から上へと昇っているでしょうし、その方がいいかもしれませんね」
「なら一旦縄梯子を設置した部屋に戻るか」
わたし達は来た廊下を引き返し、一番端の部屋に入り込んだ。そこも特に他と変わった様子の無い客間だったが、ただ一つ違うのは窓の外にロトの縄梯子がぶら下がっている点だった。
アモス達と別れたわたし達が二階部分の探索を終えて三階に昇ろうとした所、階段の前でスケルトン兵が待ち受けているのに気付いた。一旦退き返して方針を打ち合わせした結果、出した結論は縄梯子という全く別の昇降手段を使うものだった。
原理はいたって簡単、最上階までは例の昇降装置でロト一人で昇り、上から一階まで縄梯子をたれ下げて途中階は紐で仮止めするだけ。それぞれの階の安全は扉の鍵をかけたりして確保済みだから、簡単に階同士が繋がったわけだ。
「もうロト一人でいいんじゃないかな?」
「何言ってるんだよ。俺は自分の実力不足を道具で補ってるだけだ」
「冗談ですって。そんなおんぶだっこになるつもりはこちらだってありませんから」
他愛ない話を出来るぐらいに余裕が生まれてきた。デスナイトもリッチも拍子抜けするぐらいに簡単に対処出来てしまったからそうなってしまっていてもおかしくないのだけれど、一瞬の油断が命取りに繋がってしまう。改めて気を引き締め直さないと。
縄梯子で最上階まで昇る間は山間部だけあって冷たい風が強く吹き付けてくる。そのせいで身体が非常に揺らされてしまうから怖いなんてものじゃない。ロトには次に手を滑らせても大丈夫な落下防止装置を開発してもらいたいものだ。
最上階の部屋は客間より豪奢な作りをしており、壁の装飾、照明、家具、絨毯、どれを取ってもわたしの寂しい懐事情では手に入れられそうにないほど精巧で緻密な出来栄えだった。おそらくは城の主、またはそれに準ずる者の部屋を想定して作られたのだろう。
「それじゃあ扉開けるぞ」
「ゆっくりだぞ、少し伺い見れる程度でいいからな」
部屋を見て回った後内側から鍵をかけて下の階に移ってしまったものだから、まだ最上階はこの部屋しか確認できていない。何が待ち受けているのか分からない以上、用心に越した事はないだろう。
ダニエルは扉の取っ手に触れ、音を立てずにゆっくりと回した。扉は指二本ほど入れられる隙間が開けられる。ダニエルが片目を瞑って廊下の様子を窺うと……。
「……っ!!」
声を漏らしそうになり口を慌てて手で塞いだ。音を立てずに引き下がったり絶叫しなかったのはさすがだと言いたかったけれど、大層な驚きようだ。デスナイトやリッチが現れた時もここまでの反応は示していなかったのに。
「一体何を見たのです?」
「やべえぞこれ。下手すると俺の想像をはるかに超えてたかもしれねえ」
「?」
必死になって落ち着こうと深呼吸を何度も繰り返しながらダニエルは扉のそばから離れた。あまりの狼狽ぶりが非常に気になったので次はわたしが扉から外の様子を窺ってみた。
「――!?」
口から軽く悲鳴が出そうになったので慌てて口に両手を当てる。蛇に睨まれた蛙とはどこの国の言い回しだったか、今のわたしは正にそんな状態で声も出ず身動きも取れない。喉が渇きだして水が飲みたくなってしまう。
ダニエルに続いてわたしまでこんな反応を示したので、ロトがわずかに怪訝な表情を見せる。
「廊下に何がいたんだ? そんな驚くものがあったのか?」
「ワイトキング……」
今のわたしには相手の名称、スケルトン系列のアンデッドモンスター最上位の存在を呟くのが精一杯だった。
お読みくださりありがとうございました。