死者の都への侵入④・対死霊の魔導師
トレアントの群れは三体ほどデスナイトに倒されたので残りは九体。彼らはそのままその巨体で進撃していき、茨の根で閉じられなくなった門へと突入していく。城壁上から放たれる矢や石の雨にはびくともしなかったのは先ほどの焼き増しのようだった。
少し経つと城壁上が騒がしくなってきた。目を凝らしてみると、トレアント達が次々と城壁上の弓兵や投擲兵を吹っ飛ばしているのが確認できた。内側の階段を使って城壁上に昇ったのか。トレアントが腕を振るうたびにスケルトンアーチャーがばらばらになっていく有様は爽快とまで感じた。
「連中がアレに気を取られている間に俺達も行くぞ」
「了解だぜ」
アモスとダニエルが駆けだす。わたし達残りの三人も彼らを追う様に足を動かし始めた。やはり第一の城壁と同じく第二の城壁上の兵士達もトレアントの対処で精一杯らしく、わたし達に矢を放ってくる敵兵は誰一人としていなかった。
これが全てレイアの魔導によってもたらされた結果、か。
「……恐ろしくなってくるほど卓越した魔導ですね」
「そんな自分を過小評価しなくってもいいじゃないの。マリアだってデスナイトを射抜く威力のマジックアロー使えていたじゃない」
「えっ!? い、いや、こんな筈じゃあないんですよ普段は」
わたしの独り言が聞こえていたらしくレイアがわたしの背中を軽く叩いてくる。けれどいくら相手にも個体差があるとはいえ、デスナイトをああまで容易く撃ち砕けるものだっただろうか? マジックアローぐらいだと体制を少し崩すぐらいにしかならないと思っていたのに。
それに何かこう、いつもより調子がいいような気がする。術式を構築する精度も敵への命中率も飛躍的に向上しているような。そう、どうも冴え渡って集中力が増している感じなのだ。わたし自身は補助魔法を使っていなかったから、もしかして……。
「レイアさん、何か範囲補助魔法を使っていました?」
「『トゥルーショットオーラ』って飛び道具の破壊力を少し上げる魔法は常時発動させているかな。けれど命中率とか集中力までは特に影響ない筈よ」
成程、それでデスナイトをああも簡単に射抜けたのか。使い魔使役も攻撃も補助も独りでこなす、それが一流魔導師の技術……。学院を卒業したからってそれはまだ出発地点に立っただけに過ぎないのだろう。
けれど、レイアの補助魔法は面白いように敵に当たった理由づけにはなっていないのか。確かに属性の無い基本魔法攻撃系統はわたしでもそこそこ使えたけれど、こんなに精度は良くなかった筈なんだけれどなあ。まあ、今は戦場に立って集中出来ているって考えておこうか。
第二の城壁に設けられた門を潜り抜ける。その先の光景もまた街並みだったが、今度広がっていたのは立派な屋敷が立ち並ぶものだった。先ほどまでが一般市民の生活範囲だとしたら、こちらは貴族や大富豪の屋敷と言った所か。
「なんつーか、凝りすぎじゃねえか? ここの造り」
「誰一人として住んでいないのにこうまで趣向を凝らして都市を整備するだなんて……」
蘇った亡者共が生きる人の真似をして生活している様子もないし、この死者の都が築かれた意味自体が謎に満ちている。正直、この異変の元凶には懇切丁寧に動機を語って欲しいと切に願うほどだ。軍と都市を整備するアンデッドの創造だなんて、変人もいい所じゃないか。
そんな無機質で冷たく物静かな街並みを眺めながら進んでいても、一向に敵がわたし達に襲い掛かってくる様子はなかった。先行するトレアントに次々と薙ぎ払われているからだろうけれど、これだと散々西の公都を悩ませてきた異変のわりには肩透かしな気もする。
「……妙だよな」
「えっ?」
わずかに気を緩めていたら、並走するロトが口を開いてきた。彼は重い荷物を背負って走っているのにあまり息が上がっておらず、まだ疲れる様子はない。いくら魔導師だからって体力は大切だから、わたしも少し見習わないとな。
「妙って、何がですか?」
「スケルトンの兵士といい騎士といい、さっきから出てくるのってみんな人の死体が素材になってるよな」
「……言われてみればそうですね」
昨日の大軍勢も今日の防衛する敵兵もそうだけれど、確かに人間の亡者共ばかりだな。例外は騎乗兵の駆る馬ぐらいで、他種族や動物、ましてや魔物を素体としたアンデッドモンスターが一切出現していない。
素体が無い? いや、動物や魔物なら広大な西の公爵領ではいくらでも生息している。領土が国境に接しているから頻繁に起こる戦争で死体が多いからと思っていたけれど、ここまで徹底しているとどうも違うような気がしてきた。
「それに、何でスケルトン兵ばっかなんだ? ゾンビ兵もいたっていいのにさ」
「あっ……!」
ロトの指摘を受けて初めて気付いた。今までスケルトンとしか遭遇していないと。
そう、確かに初めに発生したアンデッドは古の戦場の死骸を素体としていただろうから、既に肉体は朽ち果てて骨しか残っていなかっただろう。けれど、西の公都は防衛戦で少なからず被害を出している。全ての犠牲者を守りきったとは言い難く、劣勢となった日は死体を回収されていたらしい。無論、新たなアンデッド兵として使役するために。
けれどただゾンビ化させればいいだけの所をご丁寧に肉をそぎ落とすか焼くかしてわざわざ骨にしたのか? 冥府の術にかかればゾンビもスケルトンも製作には同じ手間がかかると思っていたけれど、もしかしてわたしが知らないだけで何か制約があるのかもしれない。
「スケルトンに限定しないと運用出来ない、とかなんでしょうか?」
「……その辺りも調べる必要がありそうだな」
山の麓に築かれた都市だからか、街道は上り坂になっている。斜面を登る為に所々で道が折れ曲がっており、ジグザグに進んでいく形となっている。ふと来た方向に顔を向けてみると、いつの間にか結構昇ってきたらしく、元来た場所が麓になって見えてくるようになっていた。
今朝平原から見えていた城壁は確か残り一つ。この無駄に豪華な屋敷群と白い城を隔てる最も奥にあるものだけだ。あれを突破すれば残るは白い城のみ。おそらくそこに今回の異変の発生源があるに違いない。
先行するトレアント達が第三の城壁へと迫る。門を閉じ切った所で組体操っていうやり方で容易く侵入されてしまうのは分かった筈だ。今度も第二の城壁と同じ様に何者かが迎撃に向かわなければトレアントは止められやしないだろう。
けれど先ほど死者の都の中腹で相手にしたのがアンデッドでも上位種のデスナイト。それ以上奥を守る存在となると……。
「……っ!? やべえ、一旦隠れろ!」
「えっ……!?」
先頭を走っていたアモスが急に脇に逸れて身を隠す。あまりに突然だったのでとっさには反応できなかったものの、大慌てでアモスとは反対側の遮蔽物に身を転がした。ダニエルとレイアはアモス側に身を寄せ、こちら側ではロトが先の様子を窺っていた。
注意を払いながらトレアント達の様子を覗き見る。彼らが突破の為に再びピラミッドを組もうと試みる矢先、先ほどと同じように鉄格子と門が重苦しく音を立てて開かれていた。だが、奥のより現れたのはウォリアーでもナイトでもなかった。
ソレはローブを深く被り、己の身長よりも長い杖を携えていた。だが双眸は深くくぼんでおり杖を持つ指は白くか細い。三体のあれらもやはりスケルトン系の魔物だろう。
「スケルトンメイジ……?」
「いや、あれはまさか……」
スケルトンメイジとは死した魔法使いがアンデッド化した魔物だ。素体となった魔法使いが生前に会得していた魔導をある程度使えた筈だが、所詮は知性のかけらも残されていない亡者。その術式の精度は生前より大きく劣る。ある程度経験を積んだ傭兵や冒険者なら容易く対処可能だろう。
だが、アレ等は違う。あの三体から感じる重圧と悪寒は決して奴らが雑兵ではないのだとわたしに強く訴えてくる。冷や汗が流れ落ちるのを袖でぬぐいながら、わたしは一つの可能性が頭に浮かんでいた。デスナイトの後に現れたのだから、まさかアレの正体は……。
城門の前で立ちはだかる三体のスケルトンは一斉に、そして素早く鋭く杖をトレアント達に向けてきた。そして顎を動かして詠唱を行うと、杖先端に取り付けられた水晶玉を赤く光らせた。黒が混じった赤の光はまるで血を思わせる禍々しさを感じさせる。
そして、次には火球が一斉に放たれた。それはわたしが両腕を広げた手と手の間より少し小さいぐらいに大きさ。灯りの一切ない夜のこの辺り一帯を昼間のように明るく照らすしながら進んでいく。
「ファイヤーボルト!?」
「いえ、あれはその上位魔法……!」
ファイヤーボール、それが相手が使ってきた火属性の攻撃魔法だろう。
ファイヤーボルトは火属性で最初に学ぶ初歩的な魔法だ。松明に燈る火をそのまま放つ感じだろうか。初歩であり基本でもあるので、一流の魔導師でもファイヤーボルトを愛用している人達は少なからずいる。
対するファイヤーボールはそれなりに経験と知識を得た魔導師がようやく習得する応用の火属性魔法だろう。火を放つだけのファイヤーボルトと異なりこれは着弾と同時に着火爆発する。火球の形で燃焼反応し続ける制御は難しいが、温度、破壊力はファイヤーボルトとは比べ物にならない。
木でできたトレアント達は火属性にめっぽう弱い。湿った木材は燃えにくいらしいけれど、そんな些事など関係ないとばかりに敵から放たれたファイヤーボールはトレアント達に着弾すると、彼らを激しく燃え上がらせた。あまりの眩しさに思わず手で光を遮りながら目を細めてしまう。
「ファイヤーボールを使ってくるスケルトンメイジなんて聞いた事ないぞ……!」
「だからアレはスケルトンメイジではありません! アンデッドの騎士がデスナイトなら、アンデッドの魔導師は――!」
リッチ、それがあの敵の正体だ。
リッチはデスナイト同様上位種に分類される。奴らはスケルトンメイジと違って素体の魔導師が生前習得していた魔法を全て使える。おまけに己の魔導を更に発展させられるのだ。戦争で大量の敵を一網打尽に出来る一流魔導師は重宝される傾向にあったから、アレの素体は戦場に駆り出された魔導師だったんだろう。
これはわりと洒落にならない。リッチ達は第三の城門が開かれてからも全く外扉と内扉の間から動く気配が無い。城壁上に展開されたスケルトンアーチャーは健在のまま。強固な布陣がわたし達の目の前には立ちはだかっていた。
「どうします? トレアント達を助けます?」
わたしは通りを挟んで反対側に位置するレイアに向けて手で信号を送った。折角潜んでいたのに大声で話すわけにもいかないけれど、わたしは無言でも対話が可能になる手話を学んでいない。それでも身振りでわたしの意図を分かってくれたようだが、レイアは自信満々でトレアント達の方を指差すだけだった。
トレアントはリッチの火球をその身に受けても前進を止めていなかった。三体の敵が容赦なく撃ってくる火球は既に所々が燃え広がるトレアントが次々とその身に受けていく。そして後方のトレアント達の盾になるよう前方に躍り出てリッチ達に迫っていく。
分が悪い、と判断したのか、リッチ達はファイヤーボールの連射を止め、三体が各々の杖をそれぞれ交差させた。更にそれぞれ全く同じ動きで顎を動かし始めたのだ。
「アイツ等、顎動かして何やってるんだ?」
「おそらく生前は詠唱して術式を構築していたのでしょう。顎を動かしても喉も舌もありませんから何もしゃべれませんけれど、魔導は基本的に自分の想像をいかに顕在させるか、ですから」
「じゃあ三体が杖を交差させたのは?」
「全く同じ魔法を全く同じ瞬間に発動させる重ね掛けを試みていると思いますが……」
複数の魔導師が全く別の術式構築を受け持つ事で高位で複雑な魔法も発動出来るのだけれど、この場合は同一魔法の重ね掛けによる効果、威力の向上が目的だろう。ファイヤーボールだけでもトレアントが炭になりかけているのに、更に攻撃力が高まったらひとたまりもない。
さすがにこの危機を黙っているわけには、いかない……!
「マジックスピア!」
わたしが放ったのはマジックアローの上位になる無属性攻撃魔法だ。マジックアローが矢の一斉射撃だとしたらマジックスピアは槍の投擲。数や術式の構築の手間は劣るものの、その分威力はアローより強くなっている。
わたしの魔法の槍は進撃するトレアント達をかすめ、潜り抜けていく。淡い光の尾を纏いながら突き進むその様子はさながら夜の空を流れる一滴の流星のように感じた。狙うのは敵が三つの杖を重ねる交差点……!
ところがわたしの奇襲に気付かれたのか、リッチのうち一体が術式の構築を中断して杖を横に振ったかと思うと、同じような淡い光を発する槍が放たれる。わたしより魔法の構築時間が大幅に短かったが、それは間違いなく同一の魔法、マジックスピアだった。
「反応が早い……!」
とっさの判断で撃墜を試みた為に構築が甘かったからか、敵の魔法の槍はわたしのと衝突し合うと粉々に霧散してしまう。それでも妨害には充分だったのか、わたしの攻撃魔法は大きく上側に逸れて杖はおろかリッチ達にも全く当たらずにあさっての場所に突き刺さってしまった。
けれど、わたしの狙撃が対処されるのは想定の範囲内だ。
「シーリングランス!」
ほんのわずかな時間差でレイアから放たれていた炎の槍が既にリッチ達の目の前まで迫っていた。どうやらレイアの方もわたしと同じ考えだったらしく。先手に打って出たわたしに合わせて魔法を発動させたようだ。
今度はもう一体のリッチが合同での術式の構築を中断して杖を思いっきり横方向に薙ぎ払ってきた。遠くからでは何が起こったのか全く分からなかったが、レイアの炎の槍が大きく振れたかと思うとリッチを掠めて奥の方へと消えていった。
「急に逸れたけれど何が起こったんだ?」
「おそらく風属性の魔法で炎の槍に衝撃を与えて逸らしたんでしょう」
とロトの呟いた疑問にはわたしなりの推察を答えておいたけれど、可能性は他にも考えられる。しかしこの場で複数の可能性を並べて考察する時間や意味なんてないい。敵がどの系統、属性の魔法を使ってきたにせよ、リッチ一体を妨害した事実さえあればいい。
あとは、第三手があれば片が付く。
「で、それ初めて見たんですけれど、何なんです?」
「これか。拳ぐらいの大きさの石をただ遠投より遠く速く飛ばす道具だな。投石紐って言うんだ」
わたしが物陰から魔法の槍を放つ丁度その辺りでロトはわたしの後ろで手首をうまく動かして何かを頭上で振り回し始めたのだ。そしてレイアが攻撃魔法を放った直後、彼は思いっきり腕を上から下に振り下ろしていた。
ロトが放った石は投擲とは思えないほど鋭く速く飛んでいき、二体目のリッチがレイアの炎の槍を逸らした時には既に三体目のリッチに迫っていた。時間差を置いての三連続攻撃。何の打ち合わせもしないでの連携にわたしは思わずうなってしまう。
だが、それに対して三体目のリッチも魔法の詠唱を中断したようで、杖を前方に掲げた。直後、大きな破砕音が轟き、リッチ眼前の虚空でロトが放った投擲石が砕け散った。まるで見えない壁がリッチの前に張り巡らされたかのように。
「マジックシールド! あんな一瞬で防御魔法を組み立てるなんて……!」
「防御魔法かよ! あれさえなければ今ので敵の頭を吹っ飛ばせてたのに!」
ロトの悔しがりは誇張でも何でもないだろう。マジックシールドはただ目の前に魔法の盾を張るだけで、別に攻撃してきた敵を迎撃する追加効果は無い。にも拘らず石は跳ね返りも我もせずに粉々にかったのだから、それだけ勢いがあった筈だ。
けれどそれで十分。このリッチ三体がそれぞれわたし達の攻撃に対応した、という過程が目の前の結果に結びつくのだから。
そう、もうトレアント達の手が敵魔導師に届く……!
リッチが次なる手を講じようとした時には既に遅かった。燃え上がるトレアントはそのままリッチの一体を掴みあげると、己の身に抱き寄せたのだ。残る二体のリッチも同じように燃え上がるトレアント達に捕らえられていく。
炎が勢いを増し、焼け焦げる煙が立ち上る。リッチを抱えた三体のトレアントはそのまま脇にそれると、敵を抱え込むようにして倒れ込んだ。燃え上がる巨体ののしかかりにはいかに魔導師の叡智を携えたリッチと言えども対応できないようだ。
骨は文献を読み解くと確か普通の炎では燃え尽きないらしい。肉を炭に変えるよりも凄まじい火力でようやく灰になるんだとか。目の前でもがく骨は抱き込まれているせいで熱の逃げ場もない上にその発端は己の火球魔法。同情の余地は微塵もない。
リッチ三体に倒されたトレアントは今その身を犠牲にしている三体を含めて五体。まだ四体が健在のまま残っている。リッチが鷲掴みにされたと同時に四体は門を潜り抜けていき、少し時間をおいて城壁上に現れた。勿論配備されるスケルトンアーチャーを蹴散らす為に。
「まさかリッチが複数体現れるなんて……」
「ああ、俺もリッチなんて始めて見たぞ」
敵守備隊が騒がしくなった所でわたし達はそれぞれ物陰から身を出してくる。ダニエルはリッチの末路に素直に関心を示していて、アモスは燃え上がるトレアントを複雑な表情で眺めていた。レイアだけが何の感慨も湧かずに前方を見据えていた。
「これで障害は全部排除できたっぽいな」
「ええ、後は城に乗り込むだけですね」
門はレイアが茨の根で固定していなくても開きっぱなし。切り札らしきリッチは炎の寝具を堪能中、守備隊はトレアントの残りと戯れている。増援が来る様子も見られないから、あとは悠々と最後の城門を潜り抜けるだけだった。
不安は残る。城門の守護兵がアンデッド上位種のデスナイトやリッチだったのだ。城を守護する者はより強力で上位な個体である可能性も十分に考えられる。うん、想像もしたくないね。
けれど、この奥に西の公都を日々脅かす異変の正体が潜んでいる。ここで立ち止まるわけにはいかない。他のみんなも各々で改めて腹を決めたようで、意気込んで自分を奮い立たせていた。
「じゃあ行くぞ。警戒は怠るなよ」
「ええ」
わたし達は白き城が佇む先の方を目指し、最後の城門を潜り抜けた。
お読みくださりありがとうございました。