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復讐された白魔導師が望むのは平穏  作者: 福留しゅん
復讐対象外の零人目と本人
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死者の都への侵入③・対死霊の騎士団

 死者の都の城壁、トレアント達は雑兵たちを片付け終わると今度は城壁上を闊歩しだした。もしかしてこのまま城壁上の敵軍勢を全て排除していくつもりだろうか?

 一方、ピラミッドを組んでいた六体のトレアントは何をするのかと思いきや、重い鉄格子を二体がかりで持ち上げだした。そして残る四体で次々と扉に体当たり、殴打、蹴りを仕掛けている。あれだけの巨体だから一つ一つの攻撃は破城鎚も同然だろう。


 わたし達はトレアント達が頑張ってくれている隙に侵入を進めていくばかりだ。ロトのおかげで城壁上には彼の縄梯子を昇っていけばたどり着けるようになったし。

 アモスはその場で屈んで、縄梯子の下の方をしっかりと握った。風で幾分揺れていた縄梯子は上下に固定されてたるみもなく張られる。


「俺が下で引っ張っててやるからよ、先に登ってくれ」

「ありがとうございますアモス。それじゃあダニエル、先どうぞ」


 わたしはアモスに感謝の意を込めて頭を少し下げると、手でダニエルに昇るよう促す。何故かダニエルは驚いた様子で自分を指さしてきた。


「えっ、俺かよ。別にいいけどよ、順番なんてどうでもよくねえか?」

「わたしはともかくレイアさんの格好を見てもなお言いますか?」

「うぇっ?」


 わたしの格好は魔導師らしくローブでレイアはドレス、共に下が開いた構造だ。レイアが穿いているのがパンティーだかズロースだかは知った事ではないが、ダニエルが下でわたし達が上になれば思いっきり見えてしまうではないか。まさか下に位置取りしてじっくり弄るように観察するつもりなんじゃあ……。


「ダニエルが鼻の下を伸ばしてドレスの中を覗きたいんだと熱弁するのなら話は違ってきますけれど……」

「い、いや、俺が悪かった。俺が先に登るから!」


 慌てた様子でダニエルは縄梯子に手をかけ足をかけ、軽い調子で昇っていく。男性が体重をかけても縄梯子はびくともしていない。これだけの長さだ、おそらく複数人が一斉に昇っても耐えられる頑丈さになっているのだろう。

 アモスは視線をダニエルが昇っていく上に向けている。縄梯子だけで命綱がないし、おそらく万一彼が体勢を崩して落下した場合に備えて注意深く観察しているのだろう。わたし達が先に昇って下が見えていようが見続ける筈だ。下心一切抜きに。


「先に言っておくけれどよ、俺は別に見たくて見るわけじゃあねえからな」

「不可抗力、ですよね。分かっていますよ」


 しかも先にお断りを入れてくれる気配りだ。ダニエルも少しはこの配慮を見習ってもらいたいものだ。最もわたしは別に下心のある視線を向けられようがどうでもいいのだが。いや、我慢が出来るだけで気分は普通に害しますけれどね。


 わたしは躊躇いなく縄梯子に手をかけた。そして両足を梯子にかけて昇り始めた。えっと、確か梯子を昇降する時は両手足の三点を付けながら、だっけ。万が一足を踏み外したり手を滑らせたりしても残る二点で身体を支えられるから、だよね。

 実際に使ってみて分かったけれど、この縄梯子凄く足がかけやすいし手で握りやすいな。大抵握りやすくすると細くなって足をかけにくいし、逆にしっかりとした足場にすると大きくなるから握りづらくなる。これはその中間辺りだろうか。使いやすさを計算に入れているのだろう。

 しかし、いくら北の城壁より低いからってこの高さを昇るのはさすがに骨が折れる。これだったらもう少し動きやすい服装にしておけばよかったかもしれない。荷物が小道具と魔導書、それから杖だけでそう重くが無いのが救いだが。


「ほら、大丈夫か?」

「ありがとうございます」


 城壁上でダニエルが手を伸ばしてくれたので、その厚意に甘えて彼に身体を引っ張られた。城壁の上はトレアントへの対応で手薄になっていたからか、既にロトやダニエル達の手でアンデッドの兵士達は元の物言わぬ死骸に戻されていた。


 上から死者の都の内側を眺めてみる。驚くべき事にここと次の城壁までの間に広がっていたのは西の公都と比べてもそん色ない街並みだった。整備された道路、建物、植え込みまであって、帝国に点在する地方都市より規模が大きい。人が住まない点を除けば、だが。

 外観からの印象で死者の都と例えたけれど、もはやここは人さえ住めば一大都市と呼んでもいいだろう。アンデッドを発生させたり城塞を築くのはまだ話が分かる。けれど都市まで整備する意図は一体何だろうか? ますます分からなくなってきた。


「立派なもんだな。都市開発でもしたかったのかな?」

「確かに何も考えずに自由気ままに都市を作れるなら一度はやってみたいですけど……」


 そんな疑問を察したのか、ロトがいつの間にかわたしの隣に近寄って声をかけてきた。縄梯子は城壁の上で固定されており、ダニエルが下の様子を窺っている。


「けれど、人々の営みの無い都なんて、寂しすぎます」

「だろうな。おれもあっちの方が好きだ」

「えっ?」


 ロトに指差されて初めて気づいた。ここからだと西の公都が見えるんだと。

 確かに早馬ですぐに来れる距離にあるんだから、城壁ぐらいの高さまで来れば遮蔽物も無くて充分確認出来るんだろう。逆にあちら側からだとこちらはあまり目立たないし夜も灯りが一切ないから分からないだろうが。

 夜の西の公都は煌々と灯りがともっていた。眠りについている時刻なのに遠くからでも確認できるほど明るいから、今日もまたアンデッド軍の襲来に備えて松明を灯して厳戒態勢なのだろう。ただ現時点で特に死者の都に動きはないから、侵攻軍は既に出陣したかもはやそれだけの戦力が整えられないかのどちらかだろう。


「わたし達の公都って、夜でもあんなに明るかったんですね……」

「警戒態勢に入ってる今だけだろ。早く俺達の故郷に眠れる時間を戻してやらないとな」

「……はいっ」


 ロトの言い回しは随分と洒落ていたが、わたしの想いは彼と同じだ。わたしにとっては西の公都は生まれ育った大切な場所なのだから。是が非でも安息を再び取り戻さないと。

 ロトとわたしで周囲を警戒している間にレイア、最後にアモスが城壁上まで昇ってくる。アモスはともかくレイアも息を切らさず平然としているから、彼女も本屋の店主とは別の顔を持っているのかもしれない。


「それで、これからどうするんだ? あっちの方に内側に降りる階段は見つけたからよ、そこから先に向かって入り込めるぜ」

「暴れ回ってるトレアント達も特に被害ありませんし、彼らと合流するのは?」

「いえ、アイツ等には引き続いて盛大に目立ってもらった方がいいと思うわ。伏兵がいてもあっちに行ってもらうようにね」

「なら俺達は先を急ごう。俺達の存在を気付かれて囲まれたら意味ないしな」


 ロトが縄梯子を回収するのを待ってからわたし達は出発する。ここの城壁も内側からは階段で上り下り出来る構造になっていて、何の工夫もなく城壁内側に侵入できた。何か仕掛けがあって階段の壁がせり出してきたり罠で崩れちたりも一応警戒したけれど、杞憂に終わった。

 階段を下りている時にふとトレアント達の様子を窺ったら、城壁を昇っていた個体はわたし達と同じように階段を使って内側に侵入しているようだった。アンデッド兵を蹴散らしながら進む先は城門。おそらく内側からも城門を攻撃して外にいるトレアント達と合流するつもりか。


「少し野暮用があるから私も城門の方寄っていくね」

「あ、おい、ちょっと待てよ!」


 階段を降り切って死者の街を進もうとした矢先、レイアは城壁沿いに城門の方へと駆けだした。何の相談もなしにである。別に納得する理由さえ聞かせてくれれば賛同したんだから一声かけてくれれば良かったのに。

 ダニエルはため息を隠そうともせずにレイアを指さした。完全に呆れている様子だ。


「どうすんだよあれ。放っておくか?」

「いや、何の相談もしてねえしこんな広大な規模なんだ、はぐれたらそれっきりにもなりかねねえぞ」

「それに次の城壁を抜けるにもやはり陽動があった方がいいかと。トレアント達が先に行くにも時間がいるでしょうし、彼女を追ってもいいのでは?」


 わたし達は特に隠密行動に長けたわけじゃないから、いざ分かれてしまったら立て直しが難しくなってしまうだろう。この段階でレイアと別行動を取るのは得策じゃないと思う。

 アモスとダニエルは肩をすくめると、レイアの後を追う様に駆けだし、わたしとロトもそれに続く。それにしてもロトの荷物は非常に大きい。あれだけの高さのある城壁を昇りきれるほどの縄梯子ばかりではなく、縄射出装置等他にも色々とありそうだった。彼は平然と背負っているけれど、見ているこちらの方が押しつぶされそうだった。


「ロト、その荷物が重いようでしたら少しぐらいわたしが持ちますけれど?」

「いや、自分で運用できるぐらいに軽くしてるから問題ない。性能ばかりじゃなくて持ち運びもしっかり考えているさ。重かったら次に軽量化に励めるだろ?」

「成程」


 と、ある程度進んだ所でレイアがこちらの方に戻ってくる。階段上から見た距離感だと城門との往復が出来なくもなさそうだったけれど、それにしたって早い。これだと城門にたどり着いていたとしても様子を確かめる程度しか出来なかった筈だが。


「終わったわ。トレアント達はある程度損傷していたけれど、全個体戦闘続行に支障はなさそうだったから」

「ならあいつ等には城門同士を繋げる表街道を進んでもらうのか?」

「ええ、私達は脇道を進んだ方がいいかしらね」


 いや、たったそれだけの為にはぐれる危険を冒してまで独断行動に出る必要はない。きっと城門までたどり着いた彼女は何かをやって来たんだろう。トレアントの回復? それとも城門破壊の補助か? まあいい、あえてこの場で聞かなくてもまだ城壁はある。その時に確認させてもらおう。


 死者の街を進んでいく。その街並みは本当に帝国の都と変わり映えしない。ただ住宅が並ぶばかりではなく、生活に欠かせない店の看板も所々かけられていた。これでは人々が住んでいたけれどある日忽然と姿を消した、と説明された方が納得できてしまう。


「この異変を解決した暁にはここを新しい都市として開放してもいいかもしれねえな」

「確かに、ここまで色々と作り込まれていると使わない方が勿体ないですね」


 ある程度進んだ所で次の城壁が見えてきた。先ほどより高さは無いものの城壁上に配備されるアンデッド兵の数はトレアントが巻き起こす騒ぎがあった後でも減っている様子は無い。このまま進んでいけば縄梯子をかける前に弓兵の手で蜂の巣にされてしまうだろう。

 トレアント達は……聞こえてくる大きな足音からするとやや後方だろうか。ここは彼らは次の城壁の攻略に着手するまでは待った方が得策だろう。


「またトレアントに組体操っていうのをやらせて城壁を突破させるんです?」

「いや、多分その必要はなくなると思うわよ」

「えっ? それ、どういう……」


 わたしがレイアに疑問を投げかけ終わる前に、彼女の言いたかった懸念が目の前で提示されていく。降ろされていた城門の鉄格子が上げられていくのだ。固く閉ざされていた扉も音を立ててゆっくりと開かれる。


 そして、門の内側から何かが一斉に飛び出してきた。


 それは丁度昨日も対峙したアンデッドの騎乗兵、デスナイトの部隊。敵の集団は突撃槍を構えて馬を駆り、トレアント達めがけて突撃していく。


「デスナイト!? そんな上位種までいるのかよ!?」


 あ、そうか。昨日の戦いに参加していたアモスと違ってダニエルは始めて見るのか。けれど彼の驚きは無理もない。

 昨日はアタルヤ達が軽く蹴散らしてくれたものだから大した相手ではないと錯覚してしまいそうけれど、本来は中途半端な腕の傭兵や冒険者などいともたやすく葬り去っるほどの強さを持つ魔物だ。それが部隊を組んでいるなど悪夢としか言いようがないだろう。

 いかにトレアント十二体と言えどもアンデッドの騎乗兵部隊を相手にするのは分が悪い。このままだと成す術もなく蹂躙されてしまうかもしれない。


「レイアさん、このままだとトレアントがやられてしまいます。城壁は今見えているもの以外にもう一つ内側にもありましたから、まだ彼らは必要です」

「ま、確かに何体かはやられるでしょうね。けれど今はそんな事より重大な事柄がある」

「重大なって、何が?」

「あれよ、あれ」


 レイアが落ち着いた物腰で指し示したのは、デスナイト出撃の為に開かれた城門だった。しかしデスナイトは出撃しきっていて、アレもじきに再び固く閉ざされてしまうだろう。いかに目と鼻の先の距離とは言え、今から駆けだした所で間に合う保証はどこにもない。

 大抵城門の構造は二重だ。城壁の厚み分外扉と内扉の間には空間があり、開いた門めがけて侵入してきた愚か者共をまず内扉を閉めて侵入経路を阻み、次に外扉を閉ざして退路を無くす。城門内の空間に閉じ込められた間抜け共は、後は煮るなり焼くなり好きに出来るってわけだ。

 開いた城門からの侵入は完全に無理ではないだろうか?


「どうぞ入ってくださいと口を広げて待っているばかりのあれがどうしたと?」

「こうするのさ」


 レイアは杖を舗装された地面に突き立てる。城門を破壊するために攻撃魔法でも唱えたのか、と思ったら、全く予想もしていなかった現象が目の前に現れた。

 どこから生えてきたのか、木の根っこのようなものが城門に張り巡らされていき、開かれた扉と上げられた鉄格子を覆っていく。年月を経た城なんかでは蔦が生い茂るものだけれど、これはそう言った類ではなく木に侵食されていくのだ。

 アンデッド兵達が斬り飛ばそうとしても次から次へと伸びていくから意味が全くない。炎で焼きらおうともあの勢いは止まりはしないだろう。遂には門と鉄格子は完全に固定されてびくともしなくなり、無力化された。


「『ソルンズストレイン』、本来は敵を一定時間拘束する茨の根を伸ばす魔法ね。今回はその対象を扉と鉄格子にして、口を開けたまま固定したのよ」

「……――」


 わたしを含めてこの場の一同は言葉が見つからなかった。いとも容易くやっているようにレイアは言ってくれるけれど、ここまで高度な魔導を使いこなす者は出会った事が無かった。しかしこの魔法もやはりわざわざ木の根っこを生やさなくたって水属性や火属性ならもっと簡単に、かつ手軽に同じ結果に出来た筈だ。

 やっている魔導は非常に高度、しかしそれによって引き起こす事象はまあそれなり。違和感が拭えないのだけれど、それはレイアという魔導師の嗜好や思想に基づいてなのかもしれないし、わたしが言うべき事柄でもないだろう。


「もしかしてさっきの城門での野暮用ってこれですか?」

「ご明察。帰る時にわざわざ梯子を降ろさなくっても退路を確保したくてね」


 確かに、警護に当たっていたアンデッド兵は軒並みトレアントに蹴散らされているし、これで依頼を達成した後は悠々と門を素通りできるだろう。凄いな、そんな事まで考えているのか。


「んで、俺達はどうする? 確保した侵入経路使ってとっとと次に進んじまうか?」

「いや、まだどれだけ敵がいるのか把握できてないから、しばらくあの木の魔物に先行かせた方がいいんじゃないか?」

「だとしてもデスナイトの部隊を相手にして無傷で済むわけねえだろ。下手すっと片を付けられちまうぞ」

「かと言ってまだ私達の存在を敵に知られたくないしねえ」


 道は開かれた。後はどうするかか。このままトレアント放置で先に進むと次の城壁はわたし達だけでどうにかしないといけないだろう。それでもトレアント達の勝利を願ってこの場に待機するぐらいならわたし達の存在が発覚しても構わずに進んだ方がマシだろう。


 四人の意見はばらばらだが、最善に向けての方法が違うだけで理想は同じだ。要はトレアント達は残したい、けれどデスナイト部隊は対処したい、かつわたし達の存在をばれないように、か。随分と我儘な目標だけれど、これなら達成できなくもないな。


「遠距離から隠れてトレアント達を援護しましょう。幸い街中で遮蔽物も多いし、そう簡単にわたし達の居場所はばれない筈です」

「飛び道具を使ってか。弓も投擲道具もアンデッドには効き目が薄いだろ」


 ロトの懸念は十分に分かる。アンデッドは痛みによる怯みがないから、打撃攻撃があまり有効ではないし急所への一撃が通用しないのだ。頭部を打ち砕いてもスケルトンもゾンビも平然としているし。アンデッドに対しては斬るか壊すか、極端に言えばこれに尽きる。昨日の戦いも矢を雨あられのように射ての徹底的破壊に従事したし。

 けれどそれは敵アンデッドを行動不能にまで追い込みたい場合の話だ。その役目はトレアントに押し付けて、こっちは単にデスナイトに隙を与えればいいだけだろう。


「大丈夫、わたしに任せてください」

「あら、美味しい所だけ持っていこうなんてそうはいかないわよ。私もやらせてもらうから」


 その場から少しだけ移動して、トレアントとデスナイトが戦いを繰り広げている場所が見える物陰に身をひそめる。思った通りいかに巨体のトレアントと言えどもデスナイトの一斉突撃には対応しきれておらず、何体かが突撃槍の餌食にされている。

 水がこの場に無いから水属性攻撃魔法は効果が少ない。ならわたしが思い浮かべるのは、属性を持たない純粋に魔導によってもたらされる現象のみ……!


「マジックアロー!」


 杖の先から解き放たれたのは魔法で練られた複数の矢だった。属性を伴わなず習得難易度も高くない。魔導においては初歩的な分類に入るけれど、極めれば必中必殺にまで昇華出来てる。正に使う者によって大きく左右される魔導と言っていいだろう。


 わたしの放った魔法の矢は音を立てずに高速で飛んでいき、今まさにトレアントに向けて突撃槍を突き刺そうとするデスナイトの腕と頭を直撃していく。相手の耐久力が低いのか、魔法の矢はわたしの予想以上に容易く敵を砕いてくれた。

 休む暇は与えない。連射して迫りくる敵部隊全てを撃退する……!


「シーリングアロー!」


 一方、レイアが放ったのはわたしの魔法とは原理の異なる魔法の矢だった。ただ彼女の矢が直撃する様子を見るに、着弾と同時に小規模の爆発を起こしている。どうやら完全な物理現象を起こすわたしの魔法と違って、レイアの矢は火属性の追加効果をもたらしているようだ。

 わたしたちの強襲で怯むデスナイト達をトレアント達が容赦なく蹴散らしていく。方法はいたって簡単で、その腕や脚を振るって倒れた敵を叩いたり踏み潰すだけだった。トレアント達はレイアがある程度操っているからか決して前へと出ようとせず、常にデスナイトをわたし達に見える位置に誘い込んでくれている。


「凄いですねあのトレアント達。まさかレイアさんが全部動かしているんですか?」

「まさか。こっちはある程度命令しているだけよ。彼らはそれを受けて自立行動してるの」

「それにしては随分と知性的な行動を取るような……。何か色々と複雑な術式で構成しています?」

「創意工夫と言ってほしいわ」


 成程、これもレイアの叡智の一旦と言った所か。おそらく彼女の積み重ねた経験、年月はその見た目からは全く想像もできない長い期間なのだろう。それこそ若輩者のわたしなんかが足元も及ばないほどの。

 どれだけのマジックアローを放ったかは全く数えていなかったが、それほど時間も経たずに敵デスナイトの軍勢はトレアントの部隊によって駆逐された。わたしの前方に広がるのはかつて死霊の騎士だった敵部隊の残骸と、それを踏み潰し進んでいくトレアントの群れだった。


 魔物の中でも強敵に分類されるデスナイトのこんなにも呆気なく処理できるなんて。わたしの魔法の矢も思った以上の威力を発揮したけれど、恐るべきはデスナイトを沈黙させるほどのトレアント達の暴力だろう。

 そして、そのトレアントを使役し今も攻撃魔法で的確に敵を射抜いていた、術者であるレイアだろう。これほどの人物が帝国で立場を持たずに開業魔導師になっているとは。


「帝国中から魔導師が結集する学院すら井の中、か」


 わたしはいとも容易くもたらされた目の前の結果にそう独り言つしかなかった。

お読みくださりありがとうございました。

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