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復讐された白魔導師が望むのは平穏  作者: 福留しゅん
復讐対象外の零人目と本人
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死者の都への侵入①・宵時の出発

 日は完全に西へと沈み、再び闇夜が世界を支配する。今日はあいにくの曇りのようで、月明かりすら見えやしなかった。北の城門へと足を進める今は街道沿いに設けられた外灯に照らされているからまだいいが、外に出ればすぐ先も見えなくなってしまうだろう。

 まだアンデッド軍が襲来してくる時刻にはなっていない。昨日壊滅させたとは言え今日来襲しないとは断定出来ない。その為か、城壁上では煌々と松明が灯されており、弓兵と歩兵が整列して敵軍を待ち構えているようだ。


 あの後わたし達は夕食を取り、今はカインに北の城門へと案内されている最中だった。正直彼の歩調に合わせてゆっくり歩くのは地味に面倒なのだが、まあ些事だろう。

 勿論だがイヴはお留守番だ。あの短期間で歩けるようになったのは驚きものだが、戦えるようになるのはあの調子でもずっと先の話だろうから。それを彼女も分かっていたのか、それとも単に興味ないのかはわたしには分からなかったが、わたしに微笑んで見送ってくれた。


「報告にあった死者の都に正面からぶつかろうにも準備が足りません。そこは先ほど話した通りなんですが、それまで手をこまねくだけにはいきません」

「ええ。折角昨日苦労して敵軍をやっつけたんですから、敵軍が勢いを取り戻す前に次の一手を進めておきたいですね」

「ですので、今回は死者の都に潜入して内情を視察、あわよくば異変の全容を暴ければと考えています」


 あら、元凶の撃破ではなく調査を主体とした任務なのか。さすがに突撃して解決してこいなどと無茶振りされるとは考えすぎだったか。だが真夜中に危険を迫られる事に変わりはないから、単に予想よりは少しマシになっただけだろう。

 だがわたしが戦闘向きの魔導師ではない。こうして重要な任務に引っ張り出してもらったのは光栄に思うんだけれど、喜ばしいかは全くの別問題だ。


「言っておきますが、わたしはそんなに攻撃魔法を使えませんよ」

「そんなのは謙遜だろう、とイゼベルさんは笑っていましたよ。でもさすがにマリアさん一人を死地に放り出す真似はしませんって」

「そこで『他に呼びつけた方々』の出番になるんですか」

「ええ、マリアさんが僕の願いを聞いてくれようと断っていようと関係なく、とにかく北の城門前に集まってもらっています」


 つまり即席のパーティーを結成してこの異変に挑んでほしいのか。となると矛役であり盾役となる前衛を誰かに任せてわたしは回復役に徹した方がいいだろう。上手く敵の本拠地に侵入できる技能を持った人がいれば難易度も大幅に下げられるのだが。

 カインの事だし人選の心配は無用だろうけれど、それでも一抹の不安は拭いきれないでいた。


「あ、見えてきましたよ。あの方々です」


 城壁の足元に差し掛かった辺りでカインは城門のふもとにいた三人の男性と一人の少女へと手を向けた。年齢も服装もばらばらなこの組み合わせは非常に奇妙に映ったものの、それ以上に驚いたのは……。


「ん?」

「あれ?」

「あっ」

「あら」


 四人共わたしがこの数日間で出会った人達ばかりだった為だろう。


 カインと同行しながら接近してくるわたしに気が付いたのか、四人そろって声をあげてきた。わたしも唖然としながら彼らを見つめるしかない。


「アモスさん、ダニエルさん、ロトさん、それにレイアさん!」

「白魔導師って聞いてたから誰かと思ったらおまえかよ!」


 声を上げたわたしを指差してきたのはダニエルだった。彼は乗合馬車の時とは異なり革の胸、腕、肘、膝当てを装備し、革のベルトにはいくつものナイフを下げていた。頭に被る形の兜をしていたもので一瞬誰だか分からなかった。

 あれ、でも確か冒険者である彼はわたしと別れた後すぐに新たな依頼を受けて別の場所に旅立つ予定、とか聞いていたけれど?


「それがよ、今日戻ってきたら儲けのありそうな話が舞い込んできたんでな。二つ返事で受けてきたってわけさ」

「あ、成程。行って帰ってきたばかりでしたか」


 依頼と言っても辺境に巣食う魔物退治だとか財宝眠る洞窟や遺跡探検のような華々しい冒険ばかりではない。冒険者が引き受ける依頼には一般市民が都から辺境の村まで移動する間の護衛だってあるし、身近な所では公園のトイレ掃除すら依頼される。きっとダニエルはカインが今回の人員募集で提示した金額に心動かされてこの依頼を引き受けたのだろう。


 アモスは鎧兜に身を包んだ、しかしアタルヤ達のような全身鎧とは違って鎖帷子に腕当て、籠手、膝当てといった動きやすい、いかにも戦士といった装備をしていた。どうも新調したらしく、防具のいくつかが真新しく輝きを放っている。


「アモスさん。別の都市に行く予定だったんでは?」

「北の城壁防衛で随時傭兵募集中だったんでね。昨日も防衛戦に参加してたんだぜ」

「えっ? あの戦いにですか?」

「おう、お前さんが騎士団の連中と一緒に戦場を駆けまわってたのもばっちり見てたぜ」


 うわ、それは気付かなかった。確かに大活躍したアタルヤ部隊に紛れ込んでいたから非常に目立っていた筈だ。もしかして城壁上に配備されていた兵士達全員に見えていたんじゃあ……。今から思い返すと結構恥ずかしいな。


 ロトは義肢職人と冒険者の兼業とは聞いていたが、後者の彼に会うとは思ってもみなかった。彼は先日とは異なり上下共に袖を絞った動きやすそうな服装をしており、腰にはいくつもの道具袋を括った安全帯、そして大きく重そうな荷物を背負っていた。


「えっと……ロト、その装備は一体何です?」

「別に俺は戦士でも弓兵でもない、本当の意味での冒険者だからな。危険な環境、獰猛な魔物にも対処出来るような装備だぞ」


 何となく理解できた。冒険者と一括りにしても魔物や害獣の討伐を主にする者もいれば自然や遺跡の調査を主にする者もいる。ロトはダニエルと違って戦いを主としない後者、正に文字通りの冒険家なのだろう。こういった戦闘ではなく冒険に優れた人物がいるだけでもやりやすさが全く違ってくる。

 ただし、強烈な存在感を放つ彼の武器には顔を引きつらせるしかない。


「いや、それは分かるんですけど、それは……」

「ああ、これか。野外活動する時は普通の剣なんかより便利なんだよ」

「ア、ハイ」


 彼の得物は剣でも槍でも弓でもない。安全帯にかけられたそれは、巨大な肉切り包丁だった。

 いや、確かに肉どころか骨まで叩き斬る武器になるだろうし、料理にも薪の準備にも使えるだろう。探索の邪魔になる草木の除去だってお手のものだろう。何よりこれだけの鉄の塊なら、生半可な剣と打ち合っても見事に真っ二つにしてくれるだろう。

 しかしある意味問題なのは、失った肉と骨を補う義肢職人である彼の武器が肉切り包丁な点だろう。こんな冗談とも思える組み合わせには苦笑いしか出なかった。


 気を取り直して残った少女の方へと顔を向ける。思わず先ほど口に出た名はアタルヤが彼女を読んでいた名前だったか。この本屋の主がいるのには軽く驚いた。彼女の事を良く言えば技術者、悪く言えば一般市民としか思っていなかったので、見事に予想を覆された形になる。


「あんたが街中の話題になってた白魔導師だったのね。今日はよろしく」

「えっ? わ、わたし、そんなに話題になってました?」

「そりゃあアタルヤ達と戦場を縦横無尽に駆け回ったんだもの。ならない筈が無いでしょうよ」


 彼女が気さくな様子で手を差し伸べてくる。彼女の笑顔は夏に咲く花をどうしてか私に思い起こさせる。わたしも手を差しだして握手を交わしたが、それだけだと思ったらレイアは握った手を上下に熱烈に振り出した。

 彼女は眼鏡にドレス、ロングブーツ、そしてエプロンといった装備で、とてもこれから危険な任務に出るとは思えなかった。しかしレイアが背負う彼女の身長より長い木製の杖にその疑問を全て払拭された。


「魔導師、だったんですね……」


 思い返せばレイアはアタルヤから魔導協会で使用する教科書の複製を依頼されていた。魔導は文字という形にしても構成さえ出来ていれば魔法として発動できるから、その扱いは慎重にならなければならない。活版印刷ならただ刷るだけなので危険性はそう高くはないだろうが、それでも魔導師の叡智は門外不出。よほど彼女はアタルヤに信頼されている御用達なのかと思っていたが、そういった事情があったのか。


「私が魔導師だったのがそんなに意外だったかしら? 顔に書いてあるよ」

「い、いや、そんなつもりは……」

「いいっていいって、その感想はむしろ当然だね。私も開業魔導師してるから普段はああして本屋で書物に囲まれてるし、多分こう魔導師らしく振舞うのも随分久々なんじゃないの?」

「開業魔導師!」


 それでアタルヤから魔導協会に関連する書物の写本も請け負っているのか。となると彼女はわたしにとっては先輩になる。何か困った事があれば今日をきっかけに築いた縁で相談を持ちかけるのもいいかもしれない。

 わたしが回復役の魔導師として呼ばれたのだから、彼女はおそらく攻撃役の魔導師か。


「今回は私が黒魔導師になるかな。魔導師にとって精神力の疲弊は致命的なミスに直結する。マリアの魔法は当てにしているよ」

「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします」


 即席とは思えないほど役割分担がはっきりとした一行になったものだ。ここは人員を定めたカインの手腕を素直に褒めるしかないだろう。

 そんなカインはお互いに挨拶を交わした後、申し訳なさそうに深々と頭を下げてきた。


「みなさん、今回は僕の身勝手な依頼を引き受けてくださり、本当にありがとうございました」

「んな事気にすんなって。こっちだって強制じゃなくてきちんと正式な依頼として引き受けたんだしな」

「言う通りだわな。そんな顔すんなって、行って帰ってくるだけなんだしよ」


 謝罪の言葉を口にする彼に対し、ダニエルとアモスが気さくに語りかける。大船に乗った気でいられるほど軽い案件ではないのは二人も重々承知している筈だから、おそらくカインを少しでも安心させるよう前向きに言っているんだろう。


「それで、この五人で今回はパーティーになるのか?」

「はい。ここの皆さんで申し訳ないんですが、ここから北にある死者の都に侵入していただき、異変の全容を調べてきてもらいたいんです」

 

 既にアモス達四人の傍らには一台の馬車が待機している。六人掛けが出来る中々の大型だろうか。わたし達への依頼を含めて今朝の結果を踏まえてすぐにこのように段取りできるのだから、やはりカインは彼が言った通り事態を収拾するための様々な権限を与えられているのか。

 死者の都がある地点はアンデッド軍が毎晩来襲、撤退出来る距離に位置しているから、馬車ならそう時間もかからずに今朝目の当たりにした城塞までたどり着けるだろう。

 問題は、移動手段が馬車でいいのか、か。その辺り四人はどう考えているんだろう? カインも疑問だったようで、いぶかしげに眉をひそめていた。


「言われたとおり馬車は用意しましたけど、本当に良かったんですか?」

「傭兵仲間に聞いた話じゃあアンデッド軍はいつの間にか進軍の為の街道を整備してやがったらしいぜ。もし今晩こっちに来るんでもその街道を使ってくるだろうから、脇道使えば鉢合わせの危険性はねえよ」

「加えて、アンデッド達は馬車がけたたましい音立ててようが私達が忍び足で近づこうが同じなんじゃない? だってあいつ等、目ん玉も耳も鼻もないじゃん」


 アモスの情報は初耳だった。攻城兵器のみならず街道の整備もするなんて。いや、城塞もお手製だったか。一応目の当たりにした後にイゼベルに聞いたらあの場所に少し前まであんな死者の都なんて影も形もなかったって聞くし。土木工事に携わるアンデッド、非常に奇妙な光景だろうな。


 一方のレイアの情報は彼女の憶測が混じっている。と言うより自分もスケルトンになった事ないので情報としてもそんなに把握していない。骨だけで五感が全く無いように思える骸骨兵がどういうわけか生者めがけて襲ってくるので、何らかの感覚がある筈なんだけど。冥術に携わる魔導師が稀少だからその分野の研究があまり進んでないのよね。

 いや、そもそも死者の都に着いたとしても、あの中にどう侵入するつもりでいるんだろう? まさかたった五人で正面突破しろとは言わないよね?


「それについては俺に任せてくれないか? 色々と道具を用意してきたんだ」

「えっ、わ、わたし声に出しちゃってました?」

「いや、顔に書いてあるだけだったけど」


 わたしの無駄な思考を打ち切ったのはロトの一言だった。確かに今やわたしだけで悩む必要なんて無い。折角パーティーを組んでいるのだから、ちゃんと話し合って方針を決めていけばいいだろう。

 どの道、何の冒険もしなければ何も得られない。ここは前に踏み出すしかないだろう。


「みなさん、どうかお気をつけて」


 カインが心配そうな眼差しを送ってくるので、わたしは彼の両肩に手を乗せて屈んだ。


「大丈夫ですよ。ちゃんと戻ってきますから」


 この言葉には何の根拠もない。けれど単にカインを安心させるために口から出まかせ言っているだけじゃない。これは絶対に帰ってくるんだという自分自身への決意表明でもあるのだ。

 カインは自信満々に笑みを見せるわたしに対し、力強く頷いてくれた。


「はい、お帰りをお待ちしています!」


 さあ、行こうか。死者の都の全容を暴きに。

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