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復讐された白魔導師が望むのは平穏  作者: 福留しゅん
復讐対象外の零人目と本人
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真夜中の来訪者

 共同墓地を立ち去ったわたしは何とか北地区まで戻り、市場で買い物を済ませてきたようだ。所々断片的には覚えているけれど、どのように市場を回ったかは全く頭に残っていない。家族を失った筈なのに哀しみより喪失感の方がより強いままだ。そんな事実にそこまでの冷血だったのかと自分自身に驚くばかりだろう。

 既に西の方角が紅色に染まりつつある。昼過ぎにはすぐ出かけた筈だから、随分と長く外出していたようだ。最も、本当に実家に帰れていたなら顔見せ程度では済まなかった筈だから、もっと遅くなっていたかもしれない。


 重い荷物を運びながら家に帰ると、階段を上がった先で車椅子に座ったイヴが出迎えてくれた。リビングからはわずかな距離ではあるが、背もたれに寄りかかったまま息を上げて、腕を力なくたれ下げている。

 どうやらわたしが玄関の戸を開けてから車椅子を動かしてこちらに来たらしい。となると、早くも一人で移動できるほどに回復したのか。


「おかりなさい。その様子だと、どうやらあまりよくなかったみたいね」


 あっけらかんと言い放つイヴはどうやらわたしの異変を敏感に察してくれたらしい。だからと特にわたしに同情を示す様子もない。けれど微笑のまま語りかけてくれるいつも通りの彼女に今は感謝したい気持ちでいっぱいになった。

 自分を迎えてくれる人がいる、その事実に。


「……まさかイヴ、知っていたの?」

「マリアがいない間にこの都市で一度市街戦が起こったのはね。ここの防衛隊と冒険者達が対処したって聞いてるけれど」


 十中八九彼女はマリアがその際家族を失ったとは知っている筈だ。あえて口にしないのは単に語る必要が無いと判断してだろう。そもそも彼女にとってはマリアへの復讐は完了済みで、過去なんだと気にしていないだけかもしれないが。


「そう。もしかしたらとだけ思っていたのだけれど、本当に亡くなっていたのね。ご冥福を祈るわ」

「……ありがとうございます」


 何とか彼女に笑顔を見せたつもりだったけれど、上手くいっただろうか? いや、多分失敗したんだろうな。顔が引きつるだけだったのが自分でも分かる。


 家族を失った。帰る場所がなくなった。

 嗚呼、わたしはもう戻れないのか。


 マリアは救世の英雄として勝ち得た名誉も地位も投げ捨ててでも、失われた日常を取り戻そうとした。その為に彼女は平穏に背を向け、仲間を見捨てた。結果は確かに失敗に終わったけれど、もしわたしも当時にその惨劇を耳に入れていたら同じようにしたかもしれない。

 そんな彼女の悲願の集大成と言っていい生死の理を覆す魔導書は、わたしが握っている。本当にこれで失われた過去を取り戻せるなら……。


 いや、マリアの忠告には必ず意味がある。それにこの惨劇には謎がいくつも残されているから、それを明らかにしてからでも遅くはない。

 まず第一に、どうしてわたしは三年前の惨劇を思い出せないか、だ。マリアが知りえたのだから同級生だったわたしも耳に入れていた筈だ。別にわたしは学院でのけ者ではなかったから、情報を遮断されていた可能性はまず排除していい。

 としたら、当時真実を突きつけられたわたしが取り乱してしまい、記憶を封印された、とかか? そうなるとかけられた術式を解明すればいいのだけれど、そんな技能はわたしに無い。解除を協会に頼もうにも莫大な費用が必要になるのは目に見えている。

 悔しいが現時点では思い出す現実的な方法は無いだろう。


 第二に、わたしはマリアと同じく三年前に家族を失っている。だがわたしには一年ほど前まで家族からお便りの返事をもらっていた覚えがある。西の公都に戻ってくる際に可能な限り荷物を少なくしようとお便りを処分してしまったから確認するすべがないのだが。

 まさか家族からのお便りはわたしの妄想だった? それともわたしの精神を安定させるために幻術にでもかけられていたとか? これも正直分からない。


 第三に、家族は亡くなってから既に三年も経つ。マリアの反魂魔法はおそらく天国か地獄に旅立った魂を引き戻す効果だろう。魔法で戻す身体は三年もの月日もあれば腐敗が進んでいる。これでは生きる屍、アンデッドを召喚するだけで蘇生とは断じて呼べない。

 マリアは反魂魔法とやらの為に儀式を、と語っていた。魂を呼び戻すそれとは別に、亡骸を生きた状態に戻す別の魔法があったと思っていいだろう。だがそんなのわたしの復活魔法でも不可能な奇跡。マリアがどんな方法を確立したにせよ、わたしには土台無理な話だ。


 ……いや、よそう。こんな考えは自分一人の時にすればいい。今はイヴが目の前にいるのだからいつまでも自分の世界に浸りきっているわけにもいかない。


「それはそうともう日が沈んでお腹が空いちゃって。今日の夕ご飯は何かしら?」

「そうですね。今日は嬉しい事に大安売りしてた――」


 そんな日常の一幕が再開されようとする矢先、突如玄関の鐘が鳴り渡る。思わずわたしとイヴは顔を見合わせてしまった。

 こんな夕食時間帯に一体誰が何の用だろう? 何も購入していないから荷物の引き渡しはまずないし、かと言ってそもそも開業してないから急患の線も外れる。そうやって一つ一つ排除していくと、妙に嫌な予感がしてくるのだが。


「誰か来たんじゃないの? 応対しなくていいの?」

「……気乗りはしませんが行ってきますね」


 重い足取りで玄関へと向かい、鎖細工と鍵を外していく。強盗の類を想定して施錠を心がけているのだけれど、こうして夜中の来訪者を考えると寝る間際にやってもいいかもしれないな。


「マリアさん。夜更けに訪ねてしまい、ご迷惑おかけします」


 扉を開けた先にいたのは意外にもカインだった。彼はこの前……じゃない、昨日か。あまりに濃厚な時間を過ごしているもので完全に時間感覚が麻痺している。とにかくカインの傍らでは年配の執事だけが控えており、それ以外の護衛は誰もいなかった。

 不用心にもほどがある、とは思ったものの思い直す。ひょっとしたら目の前の執事はわたしの想像を絶する実力を秘めているかもしれない。第一よく考えてみたら、いかに三男坊であろうとこの西の公都で最も高い地位にある公爵家の者が一人ふらりと夜分の外出、なんて出来ないだろうし。


「どうかしました? 話が長くなるようでしたら中入ります?」


 正直な所明日にしろ、と追い払いたかったが、どうにか感情より理性の方が勝ってくれた。


「いえ、とんでもない! 手短に済ませますからどうかお気遣いなく」

「宵時にわざわざ足を運んでまで伝えたい用件なのでしょう?」

「……そうですね。それではお言葉に甘えて」


 少し口調が荒くなってしまったからか、カインがわずかに身体を跳ね上がらせた。後悔と反省で苛んだものだが、まあこれも社会勉強なんだと自分勝手に思い込んでおく。二人を屋内に入れてから玄関の鍵だけを閉めておく。

 玄関の鍵をかけた後に二人を居間に案内し、テーブルを挟んだ反対側に座ってもらった。イヴはわたしの隣に移動してもらっている。相変わらずカインは取り繕ったように笑みを絶やさないが、明らかに浮かない様子したままだった。防衛戦で城壁上の攻防を制した時はあんなに満面の笑顔で駆け寄ってくれたのに。


 とりあえず二人の前には紅茶を置いていく。一応菓子も用意はしたが来客を想定していなかったのでわたし達の間食用。安物なのは許していただきたい。


「それで、用件はなんでしょうか?」


 カインが紅茶に一口飲んで落ち着いた辺りでわたしは切り出した。カインは視線を隣に座る執事の方へと逸らしたり手と手を弄り回してする。本当に何をしに来たのやら。意を決してわたしを訪ねてきたんだろうけれど、今の所わたしが紅茶を差し出したぐらいか全く。


 やがてカインは唾を飲み込むと、わたしの方を丸っこい目で見据えてくる。


「まずは昨日の戦いでは――」

「前置きは良いですから用件をどうぞ。時は金なりとも言うでしょう?」


 出鼻を挫くようで悪いが、単刀直入にどうぞ。

 おそらく今回の依頼は明日朝の来訪では間に合わなかったのだろう。大体からして昨日の戦いはイゼベルから下った正式なる魔導協会の命令だから、いかにカインが依頼人だろうがわたしには直接的関係はない。礼を言われるのは違う。

 駄目だな。どうも日中で打ちのめされたせいで感情が抑えられない。こんな重要な場面こそ冷静に物事を判断しなければいけないのに。カインには分からないように静かに深呼吸して自分自身を静めていこう。


 カインは一瞬たじろいだものの、突然テーブルに両手をついて頭を下げてきた。


「きょ、今日の夜、どうか僕に時間を下さい!」


 ……しばしの沈黙が流れる。


 冷静になって考えれば純粋に真夜中に何かしてほしいと言いたいんだろう。けれど必死になって殿方が夜中に女性を誘っている、と文章にすると意味深になってしまうな。最も、発言の主はまだ少年のカインなのだから、その発想を浮かべるわたしの方が汚れているのだろうが。

 曖昧な表情で返事を返さないでいると、さすがにカインも自分の発言が招いた誤解に気付いたようで、慌てふためきだした。


「ご、ごめんなさい! そんな夜に誘うだなんて決してやましい心は――!」 

「わたしの時間って、急にまたどうして?」


 このままだとまた少なくない時間を謝罪に取られそうだったので、適当な所で割り込んだ。カインも一旦押し黙ると咳払いをして間を置いた。どうやら冷静さを取り戻したようで、わたしの瞳を見据えてくる。


「昨晩の戦いで勝利を収めたのは良かったんですが、まさかアンデッド軍の発生源で城塞が築かれていたなんて夢にも思っていませんでした」

「ええ、誰だってそう高をくくってたでしょうね」


 戦術を取るという知性的行動を目の当たりにしているにも関わらず、どこかわたし達はアンデッド共を過小評価していたのだろう。考える頭も持たない亡者共が知恵など笑わせる、と侮っていたかもしれない。だから軍として整然としている様も生前の経験が残っているんだと決めつけていた。

 だが実際は攻城兵器は作る、城塞は築くで、帝国全土を見渡してもこれだけ戦略的に長ける軍はごくわずかだろう。防衛戦で余力を残しつつ反撃に転じるのは厳しいものだと思い知らされた形になってしまった。戦略の変更を余儀なくされて今に至る、か。


「それで、戦略の方針は変わったんですか?」

「いえ、侵攻軍を撃退して一転攻勢に出る方針に変わりはありません。ただ報告のあったとおりの規模の城塞を攻略するとなると、そう簡単には準備が整えられません」

「もうここまで来てしまってはカイン一人の手に余るんじゃあ?」

「今日も父上に直訴したんですけど突っぱねられました。負けてもいないのに甘えた事を言うな、と一蹴されてしまって……」


 事態は想定よりはるかに重くなってしまっている。これはもはや異変と呼べる規模ではなく正に侵略を受けていると表現していい。ならばこれは西の公都だけにとどまらず、帝国そのものの危機であるだろう。それをこんな子供が責任者など、公爵家の者共は何を考えている?


「第一、カインには今どれぐらいの権限が与えられているんです?」

「異変解決に限定するなら西の公爵領の全てを自由に使っていい、だった筈ですが……」

「なら周辺地区から人員をかき集めては?」

「既にやって日に日に強くなっていくアンデッド軍に対応している有様でして……」


 遠まわしな死刑宣告ではなく一応丸投げではあるのか。だが西の公爵領は複数の国家と隣接しているから国境の防衛をおろそかにはできない。現在の軍事力では敵軍を追い払うのがせいぜいで、城塞を攻め落とすほどの規模を揃える事叶わず、か。


「内側に余力が無いなら外側から補充するしかありませんね。帝国直轄軍が動けない以上、他の貴族に救援を求めては?」

「公爵の父上ならまだしも、一介の子供に過ぎない僕に発言力なんてないです」


 ごもっともだ。鼻で嗤われるのが関の山だろう。貴族の抱える私兵を危険に晒してでも公爵に恩を売るより、公爵に失態を犯させて利権をかすめ取る方がいいのかもしれない。かき集められる軍は現状が精一杯、援軍は望めず。完全に息詰まっているのが素人のわたしでも分かる。

 ふと目線を逸らすと、イヴは優雅に紅茶を飲んでいた。完全に我関せずといった構えだ。


「イヴ、何か逆転の手段とかあります?」

「あるわよ」

「やっぱりそうですよね……って、あるんですか?」


 さも簡単だとばかりにあっさり述べてくれたおかげで一瞬聞き落とす所だった。どうやらカインと執事もイヴの答えには驚いたようで、声こそ上げなかったものの目を見開いて立ち上がっている。少しの間固まってから、カインは前のめりになってイヴに迫る。


「正規軍だの私兵だの、軍って体裁にこだわっているからいけないのよ。数だけ揃えるならそう難しくはないでしょう」

「す、既に公爵領全土の傭兵をかき集めています。さすがに一般市民を徴兵する総力戦まで発展させたくは……」

「公爵領に留まらずに帝国中から徴集したらどう? 何なら隣国から義勇兵を募ってもいいし」


 カインが酷く驚いているのがよく分かる。それもそうだろう、帝国は基本どことも同盟を結んでいないから、いくら隣とは言え国境を越えれば別世界も同然。この発想は世界を股にかける商人や冒険者にしか出来ないだろう。おそらくこの公都から出た事のないだろうカインならなおさらだ。


 ちなみに西の公爵領には北に大公国、北東に三侯国が接し、南が帝都方面の帝国領、東西は海に囲まれている。大公国との仲はっきり言うとあまりよろしくない。国教の宗派が違う為に度々侵略戦争を仕掛けてくる辺り相容れないのだが、一定の交易はある。あれか、それとこれとは話が別か。北東の三侯国は合せると西の公爵領より大きな領土となる。関係は良好と言っていいだろう。

 だから財政面での権限が与えられているなら攻城戦を実施できる規模の動員も不可能ではない。敵が籠城して長期戦となった場合でもこの公都とは日帰りできる距離だから、後退しながら気長に包囲し続けていればいい。

 肝心の攻城に関してはまあ攻城兵器を使うなり大規模魔法を撃ち込むなり、地面に穴を掘って侵入してもいいし、何なら山の反対側を昇って背後から攻め込んだっていい。実行できる人員さえそろえばやり様はいくらでもあるだろう。


 だがカインの表情は次第に曇っていく。顔色の変容を窺う限り、どうやらまずい事実に気付いたようだ。彼は頭を片手で抱えて俯いた。


「凄く魅力的な案なのですが、周辺諸国に貸しを作る形になるので最後の手段にさせてください」

「ふぅん、まだ体裁に拘れる余裕があるんならもう何も言う事なんてないわね」

「すみません、折角意見を出していただいたのに……」


 冷たく突き放して睨むように目を細めるイヴに対してカインはますます身体を小さくして頭を下げるばかりだった。意見を述べるのはただなものでこちらは言いたい放題出来るが、責任者にもなると解決後を考慮する必要もあるのが辛い所だな。

 となると軍を起こして攻め落とすのは現時点では無理と断じてよさそうだ。この方法で状況を打開できるとしたら、騎士団長の死を収拾させた帝国の討伐軍が派遣されるまで粘るぐらいか。

 けれどこんな夜更けにわざわざ足を運んでまでカインが訪ねてきたのは、単に私達に今後の方針を相談する為ではあるまい。おそらくそれが彼のお願いに繋がるのだろう。


「で、今晩わたしの時間をもらうって、何をしてほしいんです?」

「そう、それです! 話にあった通り戦争で解決させるのが凄く難しくなりまして、そちらの方は保留にしようかと思っています」


 この辺りは意見が一致しているか。けれどアンデッドの大軍を一掃したいなら大軍をもって殲滅する以外……。


 いや、待てよ。もう一つだけあった。途端に嫌な予感がしてくる。まさかこの少年、わたしを何でもそつなくこなせるとても優秀な大魔導師か何かと勘違いしているんじゃあ……!


「あの、カイン。まさかとは思いますが、今晩わたしにやらせたいのは……」

「ええ。とても心苦しいんですけど、白魔導師でマリアさんより優れた方がいないとイゼベルさんに言われまして……」


 何を口から出まかせな事言ってくれてるんだあの人はっ。いくら支部だからってここは帝国の誇る三大公爵領公都の一つ、わたしより優秀な魔導師だって在籍してるだろうに。可愛い子には旅をさせろとは極東のことわざだったが、これはもはや陰険な嫌がらせの類だろう。

 だがここの支部に籍を移してしまった以上、支部長アタルヤの命令は絶対。さすがに支部の援助なしではここでの開業魔導師は成り立たないし、きちんと報酬も発生するから訴えられも出来ない。

 完全にはめられた。おそらくカインのお願いとやらは……。


「すみませんが今晩、他に呼びかけた方々と共にあの死者の都に行ってもらえませんか?」


 アンデッドの発生源潰し、つまりは術者の撃破だろう。

お読みくださりありがとうございました。

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