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都市防衛戦③・殲滅

 やがて、わたし達は再び敵陣を突き抜けて元の場所に戻ってくる。後ろを振り向くとこれまでの猛攻で敵軍後衛はもはや体を成しておらず、完全に崩壊状態だった。これなら前列と後列を入れ替えての絶え間ない攻勢はもはや不可能だろう。


「このまま次は中衛に仕掛けるんですか?」

「いや、城壁や城門の前に並べられた攻城兵器を攻略する」


 城壁を見上げると先ほどよりもやや飛び道具の密度が減ったように思われる。矢も投擲も有限だから薄くなるのは当然と言っていいが、城壁上の攻防で形勢が芳しくなく手が付けられないという可能性はあまり考えたくない所だ。


 再びアタルヤは部隊を率いて旋回を開始、次は敵軍前衛へと刃先を向ける。いくらそのほとんどが一般的なスケルトンで構成された軍勢とはいえ、万単位はいるのをここまで蹂躙するとは。本当にこの百人だけの部隊で敵軍を殲滅させるつもりなのか。

 今度の突撃では特にわたし達を阻む部隊は現れず、積み木細工が崩れる瞬間でも見ているようにアンデッド軍は崩壊していく。途中城壁に立てかけられていた梯子を破壊し、根元から崩れ落としていく。魔法を展開し続けているだけで特に攻撃はしていない自分だったが、ここまで圧倒的だと自分事のように気分が高揚していくものだな。


 そして城壁傍で佇む攻城塔の前までやってきた。素材は軽量化の為か木材が主で、火矢対策の為に鉄板が張られている。中身は四角螺旋階段か梯子だろうか。大車輪が左右で計八つと多めな気もするが、これだけの大物の重量を支える為かもしれない。

 あれだけ高くそびえ立つ城壁上にもアンデッド兵を送り出せるよう建造された移動式の塔、そのあまりにも壮大な規模に思わず圧倒される。


「破壊するんですか?」

「これだけの建造物を破壊したら後処理が大変だろう。だからこうする」

「えっ!?」


 直後、アタルヤは今もなお攻城塔の中へと入っていくアンデッドの群れめがけて槍を投げ放った。獰猛な野生動物もかくやという身体のしなやかさと力溢れる腕から放たれたそれは、周辺にいたスケルトンを破砕しながら突き進んでいく。やがてその暴力が使い果たされて地面に転がる頃には眼前の敵陣は大きく割れていた。

 驚く暇もない。アタルヤは至高の逸品と呼んでも差し支えない己の武器を何の躊躇いもなく投擲したのだ。ただの量産品ならまだ分かるが、あんな立派な逸品はそう容易く手に入る代物では無い筈なのに、惜しむ様子もない。


「呆けている暇はないぞ。攻城塔を攻略する。私に続け」


 更に、いつの間にかアタルヤの手には片手剣が握られていた。装飾も先ほど手放した槍に見劣りしないほど趣向が凝らされているのが一目見ただけで分かる。同じ鍛冶屋による兄弟作品と言っていい逸品なんだろう。

 だが確かに彼女は先ほどまでそんな武具を腰にも肩にも差していなかった。馬にかけていなかったし敵の装備を奪ったわけでもない。虚空から出現させた、が一番表現としては正しい。どうやって?


 混乱するわたしをよそにアタルヤは割れた敵陣の中を突き進み、攻城塔入口手前で勢いそのままに馬から飛び降りた。アタルヤが指示するまでもなく部下の何名かが彼女に続いて下馬していく。もしかして続けとわたしに述べたのはコレの事か?

 慌ててわたしが馬から降りる頃にはアタルヤの部隊が攻城塔周囲の敵の掃討に入っていく。わたしは攻城塔内部へと入っていくアタルヤと副官一名を含む何名かに続いた。内部は思った通り階層構造となっており梯子が幾重にもかけられている。既にアタルヤ達は何階か上に昇っており、蹴散らしたスケルトン兵が上からがれきのように降り注いでくる。


「一体どれだけ頑張るんだろう、アタルヤさん達」


 あきれ果てながらも梯子を昇る事何度か、息絶え絶えになって腕に力が入ってこなくなってきた辺りでようやく頂上階までたどり着けた。てっきり城壁上へとかけられた渡し板を破壊するかと思っていたけれど、アタルヤ達はそのまま城壁上に躍り出て、攻め込んでいたアンデッド軍の撃破に移っていた。


 下馬して武器を剣に変えてもなおアタルヤはほぼ敵なしと言って良かった。舞うような美しさはなく嵐のような力強さと荒々しさで敵兵を次々と切り伏せる姿は、かつて信仰されていたと言われる戦神を思い起こさせた。今では遺跡に像で、美術館に絵画でしか見られないが、古の人々はこんな光景を目の当たりにしつつ神として讃えたのだろうか?


 攻城塔から侵入してきたスケルトン兵が一掃させるまでそう時間はかからなかった。武勇伝を直に見ていると表現すれば聞こえがいいが、わたしにはただ淡々と敵を処理しているだけに見えてならなかった。それほどアタルヤ達は事も無さげに雑兵を片付けていた。

 アタルヤが無言で剣を空高く掲げると城壁上の兵士達から勝鬨が上がった。城壁上の防衛に成功しただけでこの歓声だ。戦争に勝利したらどれほどの反応になるのか想像もできない。


「アタルヤさん!」


 ふと、この戦場には似つかわしくない声変わりもしてない少年の声が聞こえてきた。この場面での該当者は一人だけしかいないだろう、と思いを巡らせていたら、案の定その人物が笑顔でこちらへと駆け寄ってきた。

 少年、この異変の責任者に担ぎ上げられているカインと隣に控えた指揮官と思われし将校は、共に背筋を正した。彼の指揮下に入っているアタルヤは恭しく頭を下げる。


「救援感謝いたします、アタルヤさん!」

「問題ありません。ひとまず北の城壁東側の攻城兵器は全て片付けましたから、一旦は落ち着きましょう。攻城塔の下は我々が抑えていますから、このまま逆侵攻するのも手として考えられます」


 既に城壁上の兵士達はアンデッド軍が送り出したその攻城兵器を逆に利用し、城壁外地上へと降り始めている。攻城兵器が無力化して城壁上が脅かされる心配がなくなったからだろうか。いかに敵軍が山のよう多くいようと一体一体はそこまで強力ではないスケルトンウォリアー共だ。注意を払い手堅くいけば有利に局面を動かせるだろう。

 ところで、とアタルヤは続けて攻城塔を指差した。


「今日の戦が終わったらこの攻城塔は我々が頂いてもいいでしょうか?」

「もちろん構いません、むしろそうしていただけると助かります。けれどこれだけの建造物を支部まで運び入れるんですよね。一旦解体するんですか?」

「構いません。全て支部長に一任しますので」


 もしかして、攻城塔をさっさと破壊せずに無傷のままアンデッド共だけ掃討したのはその為か。確かにここまで立派な攻城兵器は中々お目にかかれないし、ましてや同じものを造ろうとしても資材や資金が目が飛び出るほどかかるだろう。なら余力があるなら頂いた方がいいか。

 あと聞き捨てならなかったが、まさかイゼベルは自分自分や小物だけではなくここまで大きな建造物すら空間を割って移動させられるのか? 空間転移自体が高度な技術を要する魔導なのに、もはや規格外では済ませられない。

 何かわたし、学院卒業してから驚きっぱなしだな。単にわたしが世間知らずだったとは信じたくないんだけれど。


 ふと城壁外を眺めると、後衛はほぼ壊滅、中衛は城壁上からの矢や投擲が功を奏していたのか、明らかに陣形を崩していた。前衛は中央と西側がまだ健在だが、東側は今さっき攻略した攻城塔を奪還しようとアタルヤの部隊に群がるものの悉く返り討ちにあっている。そこに攻城塔を降った兵士達が加わり、敵軍への攻勢を強めていた。

 今夜戦い、戦局は完全にこちら側に傾いたと言えるだろう。


「助力いただいて本当に助かりました。これでこの異変も一気に解決まで持ち込めます」

「いえ、安心するのはまだ早いかと。西側に佇んでいるもう一つの攻城塔もこの勢いで攻略致しますので、我々はこれで」


 喜びの声を上げるぶカインに一礼すると、アタルヤは踵を返してそのまま駆けだした。彼女の部下達も命を受けずとも無言でつき従う。何か、もうわたしこのままここに留まってても問題ないんじゃないかしら?


「ごめんカイン、わたしも行かなきゃ!」

「分かりました、どうかお気をつけて!」


 そう嘆いてもいられないか。命じられたからには勤めはちゃんと果たさないと。わたしはカインに頭を下げて、急いでアタルヤを追いかける。城壁上は守備を固める兵士たちでごった返しているのに、見事なまでに間を縫うように進むアタルヤに中々追いつけない。


 やがて西側までたどり着くと、既にアタルヤ達が城壁上に侵入していたアンデッド兵達を次々と切り伏せていた。物言わぬ白骨へと戻っていくスケルトン共を踏みしめながら前進する姿に味方からは歓声があがる。アンデッド兵はそれに怯みもせずになお襲ってくるが、劣勢を感じ取る知性がないからか。


 アタルヤ達に追いついた頃には彼女はもう一つの攻城塔内部へ侵入していた。なおも下から昇り上がってくるアンデッドの群れを一方的に粉砕していき、逆に塔を降っていく。というか彼女ったら梯子を使わずに下の階層に飛び降りてないか?


 どれだけ降りたのか数えていなかったが、何とか一番下の階層まで降り立つ。そこではアタルヤの部隊が敵軍と激突していた。もしかして東側の攻城塔は確保出来たから、わたし達を追う形でこちら側まで部隊を移動させていたのだろうか。アタルヤは何も合図を送っていなかったから、正に阿吽の呼吸なのだろう。


「ご苦労だった。このままこの攻城塔を拠点として敵軍を退けていくぞ」


 アタルヤは先ほど彼女が降りた馬、部隊の誰かがここまで引っ張ってきたのか、に再び騎乗する。そして剣を、再び自分自身の武器を敵めがけて勢いよく投げ放った。それは凄まじい勢いで回転しながらスケルトンを引き伏せていく。


「また……! どうしてそれほど高価そうな一品を使い捨てに?」

「ああ、疑問だったか。無理もないが、これが私が魔導師である所以だな」


 混乱するばかりのわたしに気付いたのか、アタルヤはゆっくりとした動作で先ほどまで剣を持って今空になっている手を振り下ろした。するとどうした事だろう、彼女の手には先ほど投げつけて失った筈の突撃槍が握られているではないか。

 まさか、彼女もイゼベルと同じように別の空間と繋げて物を取り出したり出来るのだろうか? いや、空間は割れも歪みも、ましてや切れたり開いたりもしてもいなかった。見たままを真実とするなら、ほんの刹那でそれは彼女の手元に出現した、だろうか。


 わたしの反応が面白かったのか、アタルヤは兜の面をあげて笑みをこぼした。


「私は魔導で自分自身の武器防具を構成出来るんだよ。この突撃槍も先ほどの片手剣も、私の魔法による産物だ」

「そ、装備の生成!」


 錬金術、いや、素材もなしに物は造れない。虚空から物を創造するなんてさすがに神の所業だろう。ならアタルヤの装備は魔法を使って製造した物ではなく、本当に魔法だけで出来た一時だけの幻影なのか。


「ああ、この槍も鎧も魔法で構成している。先ほど敵めがけて投げ捨てた槍と剣を最後まで見ていたか? 初めからなかったかのように霧散していただろう?」

「そ、そこまでは見ていませんでした……」

「戦局に応じて武装を切り替えられて便利がいいのもあるが、一番の利点は私の思うとおりの武装を造れる事か」


 彼女は戦争の真っただ中にいるにも関わらず、何かを思い出すように自分の槍を眺めていた。最も、彼女の部下達が周囲に展開してアンデッド兵達を寄せ付けていないのだから、今この場は安全と言っても過言ではないのだが。

 達人は得物を選ばない、とは確か極東から伝わった言葉だった気がするけれど、むしろ熟練者になればなるほど量産品ではその卓越した腕に追いつかなくなるものだ。実力を引き出す優れた装備を、と求めるのは熟練者なら至極当然の願いだろう。

 アタルヤはきっと、自分に見合う装備を追い求めた果てで得た結論として、満足いくものが無いから自分で創ってしまえ、となったのだろう。


「武装生成の魔導、それがアタルヤさんの到達点ですか」

「いや、これでもまだ及第点だ。かつて所持していた装備が残っていれば充分だったんだがな。中々再現は厳しいな」


 自分の思い描いた通りの武装を出現させる魔導、それが現在アタルヤが魔導師でいる所以か。彼女の魔導、その技術は決して学院では学ばない特殊なものだ。ここまで至るのにも相当な苦労を積み重ねている筈だ。

 アタルヤはそのまま辺り一面を見渡した。まだ攻城塔に乗ったままのわたしの目線も少し高いままなので彼女の視線を追う様に一望してみたが、攻城兵器を悉く潰されたアンデッド軍は攻め手にあぐねているようだ。こちら側は先ほどまでとは一転して攻勢に転じているから、今晩の戦いは雌雄を決したと言っていいだろう。


「ご苦労だったなマリア。これでひとまず今日の戦いは目途がたったと言っていいだろう」

「そんな、わたしは何もしていません。アタルヤさん方だけでも何とかなったのでは?」

「否定はしないがここまでの快進撃にはならなかった筈だぞ」

「んー、にわかには信じがたい事ですけど」


 確かにわたしの補助魔法が背中を押したのは間違いないが、あくまで一要素に過ぎない筈だ。最大の勝因は、単にアタルヤの部隊が凄かっただけだ。

 ちなみに先ほど解き放った範囲補助魔法は今も行使しっぱなしだ。おかげでこちらは集中力が大分落ちてきており、少し気を許すと途端に構築が崩れそうになってしまう。そろそろ一旦止めて別の集中力向上の魔法を再構築すべきだろうか?


「なあに、範囲補助魔法の担い手は戦場でも重宝されるものだ。此度の評判を耳にすれば、帝国どころか隣国の軍からお呼びがかかるかもしれないぞ」

「冗談でも止めてください。わたしの夢はしがない一市民としてささやかに魔導で人の役に立つ、ですよ」

「貴様ほどの腕を持つ者が学院では下の方の成績とはな。最近の若き魔導師はとても優秀らしい」


 確かに回復、治療、活性はわたしが誇れる数少ない魔導ではあるが、学院での成績が芳しくなかったのはそれ以外がお察しだったためだ。わたしもマリアの何割かでも他系統の才能があったら今頃は帝国の誇るいずれかの魔導機関に属していたかもしれない。


 アタルヤが片手をあげて合図を送ると、彼女の部下が騎乗者のいない馬を引き連れてやって来る。それはわたしが先ほどまで乗っていた馬で、もしかして乗り捨てたのをわざわざこちら側まで引き連れてきてくれたのか。よく周囲に目を凝らすと、城壁上までアタルヤに同行していた部下達も既に騎乗している。


「この戦いは馬を消耗品として扱うほどでもない」

「ありがとうございます。けれどまた騎乗するのなら、まだ攻め手を緩めないと?」

「残存勢力は一掃する。アンデッド共は時間まで決して退却しないし、現状の戦局なら充分に掃討可能だろう」


 アンデッド軍が毎日夜襲を仕掛けてこれたのは、日の出直前に速やかに退却していたのが大きい。その日の戦いで健在な個体はそのまま次の日も参戦し、倒された個体だけを補充すれば軍としては十分機能し続けるだろう。

 だが今日は敵軍を壊滅させる。零から軍を再構築するとなれば決して容易ではない。ましてやこのそびえ立つ大規模な建造物ほどの攻城兵器をそう簡単に用意出来るとも思えない。大打撃を受けた敵が盛り返してくるまでは相当な時間を要する筈だ。

 そうなる前に元凶を叩く事が出来れば、異変は解決だ。


「ではいくぞマリア。私に続け」

「はい!」


 まだ、わたし達の夜は終わらない。

お読みくださりありがとうございました。

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