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ピクニックでの会談

 イゼベルは左手で日傘の取っ手を遊ばせながら、もう一方の右手で自分の口元を隠す仕草を取る。彼女の傍らには手提げ袋が置かれており、おそらく先ほどまで広げていた敷物や本の類が入っているのだろう。しかしさっきまで日傘はなかった筈だが、初登場の時のように空間を割って取り出したのか?

 彼女の視線はカインだけではなく、わたしやイヴも含めて周りを俯瞰的に捉えているように思えた。


「防戦一方な展開を打開するために数を増やすべく援軍に期待したけれど、それは絶望的になった。そこで一騎当千の魔導師を派遣してもらい、深夜の戦いに一気にけりをつけたい。余力を残したまま夜明けと同時に反撃に出たいから」

「ど、どうしてそれを……!?」

「いえ、今までの会話から憶測で語ったまでの話よ」


 謙虚さを示しつつも全てを把握しているかのような口ぶりに、カインは驚きを隠しきれていない。


「一騎当千……」


 思いがけない発想が出てきたものだ。確かに有効範囲の広い攻撃魔法は存在し、それならアンデッドの軍勢だろうと一掃できるだろう。だが戦局を左右しかねない大規模な魔導の使い手はさすがに多くはない。学院でのわたしの同級生でも上位の成績を収めた数人程度だった筈だ。

 それでも、西の公都ほどの大都市にある魔導協会支部なら必ずそういった魔法を行使できる実力を持つ者が在籍している筈だ。軍が派遣されないと判明してそんな時間が経っていないのにそれを計算に入れた上での案だったなら、カインを素直に称賛するしかないだろう。

 ちなみに、勿論ではあるけれどわたしは広範囲攻撃魔法を使えない。一応それなりに攻撃魔法は嗜むのだけれど、実戦では使えないぐらい熟練度が低いんだよなあ。


「だから魔導師を派遣できる立場にいる者との面会を望んでいる。違うかしら?」

「は、はい、仰る通りです」


 イゼベルの問いかけはとても優しげだったが、その落ち着いた物腰にはむしろ威厳すら備わっているようにも思える。現に、言葉を送られたカインの方は少したじろいでいるのが分かる。子供相手なのだからもう少し穏やかに語りかければいいものを。

 イゼベルは姿勢をそのままに親指と人差し指で輪っかを作る。これは、アレか。


「それで、どれだけ出せるの?」

「はい? え、と、それはどういう……?」

「慈善事業しているんじゃあないの。戦略規模の魔導を行使してほしいのならそれ相応の見返りを頂くのは当然の話。貴方がどれほどの立場にいるのかはさっぱりだけれど、お金でも物でもいいから報酬を支払えるの?」


 それは昨日わたしがカインに述べたものと同じであり、だがそれよりもはるかに事務的にカインに現実を突きつけていた。彼がどんなに困っていようが、報酬のない仕事を受ける気は微塵もなく、慈悲の入り込む余地のない仕事といった位置づけか。

 ふと気が付くと、カインがこちらの方に視線を向けていた。


「マリアさん、戦術として検討出来る実力を持つ魔導師を雇う場合の金額って……」

「おそらく昨日のわたしの報酬の数倍ではないかと」


 わたしはそこまで利益を考えていないし中間マージンの心配が無いから程度安めの価格に出来たけれど、協会に正式に依頼するとなれば正規の額になる。足元を見られる暴利を言い渡されはしないだろうが、それでも決して公爵家三男坊のお小遣い程度で雇えやしない。

 値切るのは到底不可能。カインには申し訳ないがそれが現実というもの、と言おうと思ったら、カインは意を決したのか力強く頷いてみせた。


「……この異変のついての裁量は僕に一任されています。要望を叶えてくださるなら払う準備はするつもりです」


 それにはわたしはおろかイゼベルも軽く驚いたようで、優雅に構えていたイゼベルがわずかに動揺するのが見て取れた。


 だって、カインが異変の裁量を一任されていると誰が信じるだろうか? アンデッド軍の襲来は公爵領を脅かす一大事と言って過言ではないのに、公爵本人どころか跡継ぎたる御曹司ですらなく、まだ子供の彼が責任者?


「あら、私は少なからず公爵家の面々とは顔を合わせた事があるけれど、中々器量の備わった方達だったと記憶しているけれど。それこそ貴方のような若輩者以前のお子様に事態を丸投げするような輩ではない。それが一体どうして?」

「そ、それが……僕にも分からないんです。どうしてかこの一件に関しては僕に全て任せる、と父上も兄上も」


 カインは苦虫をかみつぶした表情でうつむく。だがそれは彼に全てを押し付けた父親、おそらく公爵か、や御曹司への憤りではなく、ただ純粋にその采配の意図を彼が把握できていないからだろう。無論、当の公爵すら行事で数回遠目にしただけのわたしが彼らの思惑など分かる筈もない。

 無責任だな、とわたしはただそんな感想を思い浮かべ、イヴは事実をありのまま受け止めたのか聞いて頷くだけで、イゼベルは逆に興味惹かれたとばかりに目を細めて唇を吊り上げる。何か彼女の琴線に触れたのだろうか?


「そうなった要因は大変興味深い。何か面白い思惑が隠されていそうね」

「父上たちのお考えは僕には分かりませんが、任されたからには全力で公爵領に住むみんなを守らないといけないんです。だから僕は、後で父上から叱られる金額だろうと払って、事態をどうにかしたいんです」


 カインの面持ちは力強い決意を秘めていた。なんていう責任感だろうか、彼は本当にこの公都を、そして市民の為にその身を削ってでも異変を解決したいのだろう。その熱い想いが傍らにいるわたしにも伝わってくるようだった。

 果たしてこれだけ使命感に燃えている貴族が他にいるだろうか? 帝国中には暴利を貪り食うだけの貴族の風下にも置けない輩も少なくない中で、この幼い少年は明らかに民の為に心血を注いでいる。これだけ立派な貴族……いや、大人がいるだろうか?


 不意に、イゼベルが拍手する音が聞こえてくる。彼女はカインの決意に心動かされたのか、嬉しそうに笑いながら目を輝かせていた。


「素晴らしい、実に素晴らしいわ。正直貴方を見くびっていました」

「え、えっと……」


 当のカイン本人は当惑するばかりで返答に窮していた。イゼベルの感想もさる事ながら、そもそもわたし達の会話に入り込んできた彼女をカインが知っているかも怪しい。反応に困るのは当然とも言えるだろう。


「よろしい、私が話を通しておきましょう」

「え……っ?」


 イゼベルは日傘を一回転させて再び地面に突き立て、イゼベルは堂々とした佇まいでカインを見据える。ちなみに日傘は開いたわけでもカインに先端を向けたわけでもないので、単にかっこつけたかったか間を置きたかっただけか?

 カインはあまりにその言葉が唐突だったため更に当惑する様子を見せるが、イゼベルはお構いなしに続ける。


「詳細な契約はこの後協会の方で行うものとして、今この場ではそれ相応の者を今晩何名か派遣する事を誓いましょう」

「ほ、本当ですか……!?」

「さて。今は本気で言っているけれど私ったら気まぐれを起こしやすくて。早く契約しないと忘れてしまいそうね」


 あまりにカインが彼女の提案に食いついてくるからか、イゼベルはからかい交じりに冗談にとぼけてみせる。意地が悪い、と言葉に出そうになる所をかろうじて飲み込んだ。最も、カインの反応があまりに素直なのでそうしたくなる気持ちも分からなくも。

 カインはまだ名も知らないだろうイゼベルに対し、深々と頭を下げた。感無量、それが今のカインの心境を表す言葉だろうか。


「ありがとうございます! これで、やっと公都の人達が安心して眠る事が……!」

「こらこら、そう終了を宣言するのはまだ早いでしょう。まだ突破口を提示しただけで、異変の全容すらまだ掴めていないのだから」

「あ……、すみません」

「そうそう、こっちが貴方の事を知っていたせいでわたしの自己紹介をしていなかったわね。私は――」


 そんな彼らのやりとりを眺めているとローブを引っ張られる感覚がする。下を窺うとイヴがこちらを見上げて、首を横に振ってきた。ああ、その表情、何となく言いたい事は分かってしまった。


「もうアイツ等に付き合う義理はないでしょう。昼食も食べ終わってるし、さっさと移動しましょうよ」

「……ええ、そうですね」


 確かに後はあの二人が勝手に話を進めていくだろう。今日中に実力者が防衛戦に派遣されてアンデッド軍は撃退、その後早朝に反撃に出る、という既定路線が見えてしまっている以上、わたし達の出る幕はまずない。


 わたしはまず車椅子を展開してからイヴを乗せる。やはり何度やっても重いものは重い。これはある程度力作業に耐えうる身体づくりは当面の課題と言っていいだろう。で、敷物を折りたたんで車椅子にかけられた袋に入れる。


「それではカインさん、イゼベルさん。わたし達はこれで失礼させていただきます」

「あ、マリア。ちょっと待って頂戴」


 黙って去る事も出来たが一応挨拶は、と一礼して去ろうとしたらイゼベルに止められた。はて、わたしに何か用かしら?

 イゼベルはカインに顔も身体も向けたままで、手だけをこちらに向けてきた。


「彼女なんてどう?」

「……へ?」


 思わず間の抜けた声が上がる。少しの間その言葉の意味をそのまま受け取ったので戸惑ってしまったが、次第にその真意が分かってくると驚きが生じてしまう。


「うちの支部って広範囲白魔導の使える腕の立つ魔導師が少なくて。丁度マリアがこっちに籍を移してくれて助かったわー」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 どうしてわたしが頭数に入ってるんです? 籍は移しても協会直属の魔導師ではないんですけれど? その手続きは昨日したばかりですよね?

 だが当のイゼベルは「どうして抗議するの?」などとばかりに当惑の表情を浮かべてきた。いや、そう当然と捉えてもらっても大いに困る。貴女がその反応をしてくるのはどう考えたっておかしいでしょうよ。


「もしかして報酬の事を言ってるの? 勿論支部から必要経費として払うつもりよ。極力あなたの要望に沿った金額にするつもりだけれど、何が不満なのかしら?」

「いや、まずそのお値段の話ですけど、協会の方はカインに協会としての正当な見積もりをするおつもりですよね?」

「ええ、そうね」

「で、わたしには協会からわたしが設定する金額を払うんですよね?」

「ええ、そうね。何なら値切らないように私から言っておくけれど?」


 それはぜひお願いしたい。下請けの経費を抑えたいのは分かるけれども、抑えられる側としてはたまったものではないし。というか、それよりも肝心な事柄があると思うんですけれど?


「経費と見積もりの差額は丸々支部の利益に早変わりですか?」

「紹介料、と言ってもらえる? まるでこっちが金をむしり取ってるみたいに聞こえるんだけれど」


 き、きたない。性質が悪いのはそれが真っ当に算出された金勘定だという点だろう。文句はあるのだが不当ではない。文句を挟む余地はない。

 更に言うなら、わたしは協会からの依頼を受ける形で協会から派遣する魔導師達と共に任務に携わる事となる。そこには連携が欠かせなくなるから、カインがわたしを直接雇う場合とは全く異なる仕事内容となってしまう。

 だからカインがこの提案を断ってわたしに話題を振る形も取れない。……最も、提案されたカインの喜びようを見る限り、その発想はないようだけれど。


「マリアさんでしたら僕からもお願いします。昨日マリアさんの魔法を見たんですけど、凄いの一言です」

「ええ、学院出身の実力派だもの、今晩も期待してもらっていいわ」


 何か持ち上げられ方が半端じゃなく高いんですけど? このまま担いだ手を放して落とさないですよね?


 ちなみにわたしから協会からの任務を断る事は可能だ。これは開業魔導師の強みと言ってもいいけれど、そうすると協会からの支援面で冷遇される、なんて報復措置を取られる可能性が否定できないんだよね。今後も良き関係でいたいなら、真っ当な契約にはえり好みせず答えなくてはならないだろう。

 それが分かっていてあえてとぼけているのか本当に分かっていないのかは判別付かなかったが、イゼベルは特にわたしの反応を気にも留めずにこちらへ顔を向けてくる。


「マリアにもこの後支部での会議に参加してもらいたいのだけれど、時間あるかしら?」

「いえ、今日午後からお店の掃除と整理をしたいので、集合時間と場所さえ連絡いただけたら後で赴きますので」


 どうせイゼベルとカインの契約上のやりとりとか、任務に就く上での方針とか魔導士間の連携とか話し合うんだろうけれど、わたしから意見はない。ならそんなものは後で決定事項を現地で聞けばいいから、わたしが参加する利点はないだろう。

 大体ただでさえ開店を明後日と決めた上で予定を万遍なく入れているのに、そこに余計な事柄を入れたくはない。仕事だからと割り切る選択肢もあるけれど、利点が無い以上は論外だろう。


 イゼベルにとってもわたしの返答は想定内だったようで、特に驚く様子もなくただ頷いてきた。


「そう、後で郵便受けに入れておくから確認よろしくね。報酬は後払いでいいかしら?」

「構いません」


 協会が相手なら前払いなしでもいい。支払いを渋るような機関ではない。そんな金勘定に目がくらんで魔導師の本懐たる探求を忘れた組織に墜ちていたら、とっくに魔導士達は見限っている。

 ならもうこの場で話し合う事柄はない。わたし達はこの場を立ち去らせてもらおう。


「ではわたし達は席を外してもいいでしょうか?」

「あら、意外ね。てっきりマリアを選定した理由を尋ねてくると思ったのだけれど」


 む、言われてみれば確かにそうだった。広範囲攻撃魔法でアンデッド軍を殲滅するなら、いくら広範囲回復魔法の使えるわたしがいても意味ないじゃないか。だって魔法で片を付けるなら守備軍の出番は少ないだろうし。

 イゼベルはよほど喋りたいらしく、わたしが興味をひかれて立ち止まったのを確認するとわずかに嬉しそうに目を細めた。


「まず、今回の依頼でアンデッド軍を大規模魔法で殲滅するつもりはありません。そうしてしまう処置も出来るけれど、それを目の当たりにするだろう今まで善戦していたこちらの軍の士気は下がってしまうでしょうね。そうなると追撃戦に響くでしょうから」


 あー、自分達の今までの頑張りは一体何だったのか、みたいな感じか。それは納得できる理由だろう。あと他に要員を挙げるなら、軍に対する魔法は少なからず周辺環境に悪影響を与えてしまうから、土地の回復が著しく遅くなるだろう懸念もあるかな。

 けれど、そうなったらどうやってアンデッド軍を相手するつもりだろう?


「なので、一騎当千の実力を誇る者で打って出ます。マリアも昨日会っている彼女にね」

「もしかしてアタルヤさんですか?」

「あら、貴女が学院に行く前には顔を合わせていなかった筈だし、昨日も自己紹介させていなかったけれど」

「今日偶然会ったんです。それで、彼女の専攻ってもしかして……」

「ええ、彼女は近接戦闘に特化した魔導師よ。彼女が敵軍を蹂躙していくさまを今晩久しぶりに見られるのでしょうね」


 イゼベルはまるで自分の事のように嬉しそうに語る。よほどアタルヤと親しく、そして彼女を信頼しているのだろう。

 あのアタルヤが……。確かに本屋で会った時の佇まいは只者ではない、歴戦の武人が発する気配を纏っていた。ではあの時彼女から抱いた印象、そして推察は間違っていなかったようだ。


 ……いや、待てよ。近接戦闘に特化した魔導師と共にわたしが派遣される? 所謂白魔導師と呼べるわたしがか? 嫌な予感が脳裏によぎるけれど、きっとこれは的中するんだろう。聞くまでもないが、一応念の為伺ってみよう。


「あの、もしかしてわたしに与えられる任務って……」

「察しがいい人はわたし好みよ、マリア」


 イゼベルは満足そうに微笑みを湛えたまま、わたしに容赦ない命を下すのだった。勘弁してください、と言っても聞かないだろう。

 もはや、覚悟を決めるしかない、か。


「マリアにはアタルヤとその部下たちの補助を命じます。つまり、彼女達と共に戦場を駆け抜けてもらいましょう」

お読みくださりありがとうございました。

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