表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/148

昼食はピクニック

 本屋を後にしたわたしとイヴが向かったのは服屋だったが、ここは特筆するような出来事はなかった。わたし自身が服にそこまでこだわりがないのもあったけれど、イヴもまた着られればそれでいいとばかりに無頓着だったのが主な原因だった。

 結局わたしもイヴも服は店員さんに相談した上で何着か見繕ってもらった。下着の方も今流行しているとお勧めされた、決して世の中の殿方を満足させるような派手さはない質素な、種類を揃えて購入した。

 しかし帝都にいた頃も何回か服屋に行った時はもっと楽しかったような……。


「あー、あの時は他の同級生達がいたからか」


 服選びを心から楽しんでいた人と一緒だからわたしも楽しかったのか。確かに自分一人で足を向けた時はただ必要分だけ買って終了という味気ないものだったような。だから今回もそうなってしまったのは別に不思議でも何でもなかったのか。

 まあいい。買い物自体を楽しめた方がいいけれど、他の人と同じ時間を過ごすのも重要だ。今回は十分に達成できたのだからおおむね満足と言っていいだろう。


 帰路についた頃には日は真上に昇っており、ちょうど時刻は昼ぐらいになっただろうか。本屋に行く際に人々の間に広がっていた噂話も落ち着いてきたようで、繁華街は昨日の賑やかな姿を取り戻していた。

 しかし今日はいい天気だ。雲は所々でうっすらと空を彩っているけれど、概ね快晴と言っていいだろう。こんな時の昼食は何処かの広場で敷物を広げて昼食を取るのも乙かもしれない。ちょうど昼食時だし、今から帰って飯の支度はさすがに面倒に思えてきた。


「折角外出していますし、昼食はどこかで弁当でも買って広場で食べませんか?」


 イヴの車椅子のハンドルには購入した服が入った袋がかけられている。ちょっとした荷車代わりにもなってしまっているけれどまあいいか。ちなみにアタルヤに勧められた本もイヴと相談して購入に踏み切った。おそらく、イヴの方がああも言われたのだから先に目を通すのだろう。

 彼女は私が話題を振った事に気づき、こちらに顔を向けてくる。癖のない瑞々しい髪がレースのカーテンが風で揺れるように流れる。


「賛成ね。いいお天気なのに屋内で黙々と食べるのはさすがに気が滅入るし」


 おや、失礼ながらその感想がイヴから出たのはちょっと意外だった。わたしのそんな思いがにじみ出ていたのか、イヴはむっと頬を膨らませて反目でわたしを見つめてくる。その仕草は不覚ながら可愛いと思ってしまった。


「何よ、私だってそれぐらいは思う事があるわ」

「あ、いえ、別に文句があるとかじゃあなくて……」


 と、とにかく、イヴが賛成してくれたのなら遠慮なしで今日は屋外での昼食に決定だ。

 と言ってもまずはイヴの車椅子にぶら下がった本や服が入った袋を置くために一旦帰宅した。いくら治安が比較的良好な公都でも、購入品をそのままにのんびり昼食を取っていたら掠め取られる可能性は大いにあるからだ。家は繁華街のすぐそばだからちょっと寄り道すればいいだけだし、少しの手間で安全策が選択出来るなら惜しむのは馬鹿げているだろう。


 服がしわにならないよう畳んでから再び繁華街へと出た。心なしか先ほどよりも少し人が増えただろうか? 少し遠くの大聖堂で鐘が鳴っていたから、丁度働いていた人達が昼休憩に入ったんだろう。お店の前のテーブルで力仕事をひと段落させただろう男性が談笑で盛り上がる姿が良く見られた。


「では何にします? 揚げ物のお店なら何件かあるみたいですね」

「普通のパン買うくらいならサンドイッチと果物でいいんじゃない?」


 なるほどそれはいい考えだ。繁華街の中だけでも色とりどりなサンドイッチがあったから、きっと気に入るのも見つかるだろう。思い立ったら吉日、さあパン屋さんを巡ろうじゃないか。まるでピクニックの準備をしているようで心が高揚するね。


「実際にピクニックじゃないの?」

「わ、わたしの考えを読まないでください……」


 そ、そんなに顔に出ていたのかな……?


 屋台を出しているお店でサンドイッチと飲み物を購入したわたし達は、公都の北地区でも有数の広場へと足を向けた。この辺りには来た事もないわたしでも、市民の憩いの場として人の集まるこの広場の耳に入れていたものだ。

 天気がいいお昼だけあって多くの人がわたし達と同じ考えになったらしく、広場のベンチや芝生に敷物を広げて昼食を取っていた。わたしも荷物を置くついでに敷物を持ってきたから、結構埋まっているベンチから空きを探す必要なく、どこかの芝生の上に座って食べられる。


「それで、どの辺りにするの? さすがに車椅子で芝生の上は走りにくいから、適当な所にした方がいいと思うんだけれど」

「どこか木陰を見つけましょうか。さすがに日向だと暑くなるでしょうし」


 別にこの時期どこかの木で花が咲いているわけでもないから、少し静かで日陰だったらどこでもいいかな。風通しが悪くなければより一層気持ちがいいのだけれど。

 広場の大通りを歩みながら周りを確認していると、丁度日が隠れそうなぐらい葉が生い茂る木々が目に飛び込んできた。少し通りから外れているからそこまで人も多くないだろう、と踏んだわたしはそちらの方へと進んでいった。

 そこで、予想外の人物を目の当たりにした。うん、本当に全くの想定外だった。


「マリア、彼女って……」

「ええ、間違いないですね……」


 木陰の下、敷物を広げて顔に本をかぶせて昼寝をしていたのは、昨日出会ったイゼベルだった。

 彼女から昨日どこか感じた得体のしれない胡散臭さはすっかり鳴りを潜め、小さな寝息が聞こえてくる。服装は昨日魔導協会で出会った時と同じで、白いシックなローブの上に紫色の衣を纏っている。昼休み時間だからちょっと抜け出して仮眠を取っているんだろう。


「枕まで用意しているなんて、随分と準備がいいんですね」

「もしかしたらさぼって惰眠を貪ってるんじゃないの?」

「いや、それはないでしょう。だって魔導協会の支部長ですよ?」

「仕事は部下に全部丸投げしていたりしてね」


 学院に行く前に彼女を見かけなかったのは部屋から出てこれないほど忙しくしていたからだと信じたい。決してアタルヤ達他の魔導師達に仕事を振り分けて自分は楽をしていたんじゃあない筈だ。


「で、どうするの? このままここで昼食取るの?」

「誰かがいるのは想定の範囲内です。それがこの人だろうと昼寝しているのであればあまり関係ですしね」

「それもそうね。別に彼女がここにいるからって避ける理由にもならないし」


 とはいえ、それを彼女を起こしてまで確認する必要もないし、まあこのまま放置でいいだろう。木の反対側に行けば視界にも入らないし。

 眠れるイゼベルをしり目にわたし達は敷物を広げ、先ほど買ったばかりの昼食を並べていく。イヴはさすがにまだ足を組む事が出来ないものの、足を伸ばせば地面に座れるようだ。よかった、さすがに寝ながら食べるのはあまり行儀が良いとは言えないだろうし。 

 神に祈りと感謝をささげ、サンドイッチを口に入れた。中々パン生地が柔らかく思った以上に食べやすい。ただ野菜を挟んだだけではなくチーズがお供していたりきちんとバターが塗られていたりと、中々凝った作りをしていた。

 ほっぺたが落ちる、とまではいかなくとも十分すぎるほど美味しく出来上がっていた。


「中々味がいいじゃないのこれ」

「ええ、これならたまにはこのお店でパンを買ってもいいかもしれません」

「たまにはならね。パンってお腹は膨れるけれど腹もちがあまり良くないから」

「あー、すぐにお腹がすくんですよね」


 座学に勤しむ事が多かったわたしはパンで十分だが、イヴは諸国を旅し回り激しく動いていたのだから物足りなくなってしまうのか。気持ちは分かるけれど、今のイヴが以前のように食べていたらすぐ太ってしまうんじゃないだろうか? と、少し心配になる。


「大体、朝もパン昼もパンって、飽きない?」

「飽きますね。なので朝パンを食べる生活を送っているわたしが昼もパンを選ぶ日はあまりありません」


 そこはこだわりがあってですね。例え研究に追われていてもパンを片手にながら族をしたくはなかったわたしは、例え貴重な時間を費やしてでも食事の時間は取ったものだ。頭の休憩、と言うより気分転換には丁度いいし最適なのだ。それがほんのわずかで食べ切れてしまう軽食であっても、だ。

 サンドイッチが半分ほどになった所でわたしは果物の皮をナイフで剥き始める。器用とは言えないがそれなりに経験も積んでいるから、皮は綺麗に繋がったまま剥けていく。


「逆に聞きますけれど、旅する上で携帯に優れて日持ちする食糧とか持ち運びしていたんですよね。パンも立派な保存食だと思いますが?」

「旅路でパンなんて滅多に口にしないわよ。美味しくもない団子みたいな物体とか野生動物を狩って焼くとかかしら」


 そう言えばここの繁華街にも冒険者用の保存食を売っているお店がいくつもあったっけ。色々なものを詰め込んで一日数個食べれば他の食事をとる必要もない、などと豪語していたものもあった。きっと食べられなくもないだけで、決して美味しくないんだろうなぁ。

 果物の種の部分を切り取って皿に並べる頃にはほとんどのサンドイッチを食べきっていた。自然とわたし達の手は果物の方へと向けられる。


「この果物、今が丁度旬らしくて、もうちょっと後になるとまた別の果物が運ばれるらしいですよ」

「へえ、そうなの。この辺りで取れる物なの?」

「ここは隣国と接する都市ですから、隣国より運ばれてくる品も数多くあります」


 そんな他愛ない話で盛り上がりながらゆっくりと時は流れていく。木々の隙間からもれる日光も頬をなでる涼風もとても気持ちがいい。心休まる時間が過ごせるとはなんて贅沢だろう。


 ふと広場の大通りの方へと視線が向いた。行き交う人たちは市民だったり冒険者だったり業者だったりと様々で、たまに貴族を乗せているだろう馬車が通り過ぎていく。そんな中、肩を落として北の門へと向かっていく一人の少年が妙に目についた。

 それは午前中、火急の用事があるとかで慌ただしく去っていった、カインだった。


「あの様子だとあの子にとっては芳しくない事態になったようね」

「どうやらそのようですね」


 イヴも彼には気づいたらしく、だが微塵も心配していなさそうに淡白に呟いた。確かに公爵家の三男坊がどんな事情に陥ろうが所詮他人事と割り切れるだろう。後々公都を脅かす形で降りかかろうと、その時は彼ではなくもっと上の立場の物が動く筈だ。

 カインもわたし達の存在に気づいたらしく、笑いを浮かべて手を振る……のみならず、こっちにやって来る? 明らかに目的をもって歩いていたのにそれをそっちのけでこっちに寄り道する理由があるのだろうか?


「こんにちはマリアさん。今朝は途中で抜けてしまい申し訳ありませんでした」

「いえ、どうぞお構いなく」


 わたし達の前に立った彼は上手く取り繕うように笑顔を向けてくれたが、朝から比べてもだいぶ疲れが見て取れた。少しの時間経っただけなのにこうも変わるものなのか。他人事だとは思ったものの、目の前に来られるとやはり心配になってしまう。


 ここは「昼食取ったんですか?」とか「随分とお疲れのようですけど……」と声をかけるか、「何があったんですか?」と事情を窺おうと頭をよぎったものの、あえて親身になって首を突っ込む必要性もないだろうと思い直した。


「急いでいたようですが、ここで道草食って大丈夫ですか?」

「いえ、無駄にはならないと思いますので、大丈夫です」


 単刀直入にあえて突き放すように言い放ってみたが、カインは気分を害した様子もない。それどころか彼が返してきた意味深な言葉にわたしの方が困惑してしまう。幼さの残る彼の顔を眺めても何を考えているのかさっぱり分からなかった。

 彼は笑みをやめ、神妙な面持ちでわたしの方を見つめてきた。


「マリアさんは魔導協会にも所属する、れっきとした魔導師なんですよね?」

「え、ええ。昨日籍をここの支部に移してきたばかりですが、それが?」


 ますます頭がこんがらがってくるが、どうも嫌な予感がしてきた。面倒事に巻き込まれる、そんな不穏な気をひしひしと感じる。カインもそれが分かっているのか、少しの間目を逸らして考え込む仕草を見せるものの、やがて意を決したのか強い目線でわたしの目を捉えてくる。


「マリアさん、僕の事を魔導協会に取り次いでもらえませんか?」

「へ? 魔導協会に?」


 話が見えてこないな。今朝イヴと話し合った憶測が正しかったとして、そこでどうして魔導協会が出てくるんだ? 公爵家の者なら公都に所属するあらゆる機関と繋がりがあって、魔導協会も例外ではないように思うのだが。わたしの出る幕など無いのでは?

 第一、事情すら話さないで自分の要望を通そうとするとは、たった二日の付き合いだがカインらしくないと思ってしまう。よほど焦っているんだろうか?


「カイン、経緯を語ってくれないとさすがに協力は出来ません」

「あっ、ご、ごめんなさい。そうでしたね……ちょっとあの後色々ありまして」


 彼は深く頭を下げる。この光景を何度も目の当たりにした気がする。きっと何を言っても彼はまた何かあるたびに頭を下げるんだろう。もう彼の性分だって割り切って気にしないようにしよう。


「実は……一年以上前に僕達人類世界を救った勇者と共に旅をしていた英雄が亡くなったと、今朝早馬が来まして。その為に帝都から当分こちらの方に軍を派遣できないと言われてしまいました」


 ある程度ぼかしてはいるものの、彼の説明はほぼイヴの予想と同じだった。防戦一方だった現在の状況を覆す援軍が派遣される時期が当分遅れてしまう。これでは今は防衛出来ていてもいずれは疲弊して、ここ西の公都が攻め滅ぼされる可能性も強くなってきたわけだ。

 イヴはその事実を真摯に受け止めてはいるものの、反省の色は全く見せていない。やはり復讐劇の余波は覚悟の上で実行に踏み切ったのだろう。彼女は及ぼされた影響を視界に入れつつもそのままになお進んでいくに違いない。

 これで彼が大きく落胆している理由は理解できたが……。


「それで、どうしてわたしに魔導協会に取り次いでほしいと?」

「申し訳もないのですが、父上と違って僕は協会とのつながりが全く無くて……。いくら公爵家の者だからとそう簡単に話が出来ないかと」


 あ、なるほど。公爵家万能説は通じないのか。確かに冷静になって考えてみたら公爵家と言えどもカインは三男坊。しかもまだ子供なのに各機関に繋がりがある方がおかしいか。見た目以上にしっかりしているせいでつい失念してしまっていた。

 協力するのはやぶさかではないけれど、理由はなんだ?


「わたしに仲介に入って欲しいのは分かりましたけど、一体どうして……」

「戦局を覆すほど強力な魔導師を誰か派遣してもらいたい、かしら?」


 わたしの疑問への返答はカインからではなく、不意に昼食を取っていた木の脇から聞こえてきた。振り返るとそこには先ほどまで睡眠を取っていたイゼベルが、寝起きを感じさせない凛々しさで木に寄りかかっていた。


 全てを見透かすような流し目と微笑みからは、彼女の考えを読む事は叶わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ