知れ渡る勇者の死(大嘘)
家の中では男達が後片付けに取り掛かっており、イヴは作業を行う彼らにお構いなしに読書を続けていた。わたしは作業がひと段落終えた段階で男たちにも座るように促し、人数分のティーセットをテーブルに並べていく。
わたしは各々のカップに紅茶を注いでいく。わたしは砂糖一杯、イヴは甘党なのか砂糖三杯にミルクを入れ、カインは意外にも何も入れずにカップに口を付けた。ふう、わたしもこれでひと段落だ。
「そう言えばあの魔法を発動させてから一晩経ちましたけれど、どんな具合ですか?」
「病院に収容されていた人達は一晩で快方に向かいました。重体だった方も峠を越したりと、見違えたと先生も仰っていました」
そうか、どうやら魔法は上手く機能しているらしい。試しに使った事は何回かあるけれど実践するのは今回が初めてなもので、効果が本当に持続するかは未知数だったんだ。
ほっと胸をなでおろしていると、カインはやや興奮気味に身体を乗り出してくる。
「それだけではないんです。昨晩の戦いで負傷した兵士達も病院に運び込まれた途端に傷が癒え出したらしいんです」
「再調整さえ怠らなければ当分の間は効き目がありますからね。一日一回点検してほしいと昨日は言いましたけど、大丈夫でした?」
「その件なのですが、効果の範囲内にいる人が多いせいか、昨夜に何度か調整したと聞いています」
対象が多いと効果の度合いが早く減衰するのはさすがに予想外だな。広範囲に効果を及ぼす魔法はアレを含めてほんのわずか習得できていないから、特性がまだ掴みきれてないんだったっけ。これは要研究と言った所か。
「マリアさんのおかげで昨日の戦いは非常に上手く事が運んだそうです。今日に引きずるような結果にもなりませんでした」
「なら、近日中に昨日も言っていた追撃戦を実行するんですか?」
余裕が生まれたのならいつまでも受け身じゃなくていい。相手が夜明けとともに撤退するのなら、その背を追いかけて剣を突き立てるまでだ。カインは首を縦に振る。
「辛抱強く粘っていましたが、討伐軍が派遣されれば全て解決です。これでこの公都にもようやく平穏が戻ります」
カインの言葉からはただ安堵ばかりではなく、強い願いが込められていた。あくまでわたしの想像でしかないけれど、これまで彼は必死になって事態を打開出来るよう動き回っていたんだろう。その到着点がやっと見え始めたのだから、その喜びも半端なものではないだろう。
彼が見せた笑みはこれまでの愛嬌ある子供のものではなく、やり遂げた者のみが出す達成感に満ちたものだった。
「誰もがマリアさんに感謝の意を述べていましたよ。今度またいらしてください」
「そうですね、機会があればまたいつか」
ともあれこれで西の公都を騒がせていたアンデッド軍襲来は一件落着か。わたしにとってはここ二日間程度の出来事だからいまいち実感がわかないが、街の雰囲気もどこか緊張感に包まれ張り詰めていたものから変わっていくだろう。
丁度紅茶の一杯目を飲み終えた頃だろうか、玄関の戸がやや乱暴に叩かれる。どんな無法者がやって来たのかと一瞬身構えてしまったが、少し様子が異なる事に気づく。何というか、人や物を気にしている余裕なんてない、と言った焦りから来るのか?
イヴはわたしよりもはっきりと家の前にいるだろう者の人物像を掴めたらしく、笑みをこぼす。
「動揺していても冷静に努めようとしている辺り、礼儀を重んじている人みたいね」
「ちょっと出てきますね」
わたしは一礼してから席を立ち、玄関の戸を開けた。目に入ってきたのは執事服に身を包んだ初老と老人の間ぐらいの年齢をした紳士だった。髪色は白に染まっていて顔にもしわが刻まれていたが、その眼光は力強ささえ感じさせる。
「はい、どちらさまでしょうか?」
「私、公爵家に務めております執事でございます」
彼はその後続けて自分の名を名乗って一礼する。礼儀正しさもそうだがむしろ優雅さの方がより印象深かった。それでもイヴも言った通りどこか焦り、慌ただしさも見て取れる。
「もしかしてカインに用が? すみません、わたしが勝手に彼を引き留めています。よろしければお連れしてきますが?」
「いえ、早急にお伝えしなければならない事がございますので、よろしければ中に入れていただきたく」
「え、ええ、問題ありません」
「それでは、失礼いたします」
困惑するわたしに改めて一礼すると、彼は家の中へと入っていった。普通は案内するわたしに付いてくるものだろうけれど、そんな悠長な事はしてられないと言った所か。無礼と表現すればそれまでだが、むしろ彼をそうさせる事態が何なのかが興味惹かれる。
わたしも彼を追いかけて居間へと戻ると、カインはその執事を見て仰天しているのを隠し切れていなかった。やはり普段の姿からは考えられない有様なのか。突然の登場に屈強の男二人もざわついており、落ち着いたままなのは我関せずを絵に描いたようなイヴだけだった。
「ど、どうかしたの? 仕事中の僕の所に来るなんて初めてじゃなかった?」
「申し訳ございません。礼儀を欠いている事につきましても後ほど謝罪いたします。が、直ちにお耳に入れたき事態が生じてしまいました。申し上げてよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。もちろんだよ」
執事は咳払いを一つすると、どもってしまうほど驚くカインに深刻な面持ちで近づき、口元を隠しながら何やら囁いた。途端にカインは顔色を変えて執事を凝視するけれど、執事が首を横に振ると彼は頭を抱えながら顔を落とした。
動かし始めた柱時計が刻む音だけが流れる時間がどれだけ流れたか、カインは意を決したのか、先ほどまでの表情に戻り、正しくはそう取り繕って、わたしたちに笑顔を向けてくる。
「ごめんなさい、火急の用事が入ってしまいまして、僕らはこれで失礼いたします。お茶の方ご馳走様でした」
「いえ、お粗末さまでした。また気軽にいらしてください」
カインは深く頭を下げると、速足で執事と共に立ち去っていく。屈強の男二人はただ茫然と見つめていたが、やがて自分達の前に置かれた皿を一か所に集めて立ち上がり、一礼するとわたしがサインした報告書を手に家を後にする。
残されたわたしは首をかしげながらイヴに対面する席に座り直した。イヴは丁度二杯目の紅茶を入れている最中で、まだ腕に力が入りきらないからか、いくばくかカップの外にこぼしている。彼女は嫌な顔をしながらも布巾で丁寧にこぼした紅茶を拭きとった後に紅茶を飲む。
「もしかして身内に不幸でもあったんでしょうか?」
「さあ? 突然死は大いに考えられるけれど」
カインが公爵家から仕事場に毎日通っているなら年を重ねた人や病人の訃報は覚悟済みのはずだから、あの様子はおかしい。兆候も何もない不幸がやってきたんだろうか?
「おそらくそれとは全く違った想定外の事態に出くわしたんでしょうね」
「けれど、カインがあそこまで狼狽える出来事って身内の不幸以外なんです?」
「あら、分かってるくせにマリアったらとぼけるの? 貴女も人が悪いのね」
イヴは鈴の音を転がしたように笑った。嘲笑にも近いそれで馬鹿にされたようにも思えてわずかに気分を悪くしたものの、彼女の言う分かっている可能性に思い当たらない苛立ちの方を強く覚えた。
「帝都から帰ってきてまだ二日ですよ。今現在の西の公爵領の事情なんて分かる筈ないじゃないですか」
「あるじゃないの。私達が大きく関わっていてあの子が血相を変える異変が、一つだけね」
わたし達と来たか。と言っても公都に来てからこれと言って何かしでかした覚えもないし、そもそもイヴと出会ったのは公都への帰路の途中であって――。
「え、いや、まさか……」
イヴとの出会いは彼女を裏切ったかつての仲間の騎士団長に復讐を果たした場面だった。確かに騎士団が一人残らず全滅したのが発覚するのは時間の問題だろう。けれど同時にイヴが勇者だという証拠の数々もその場に放棄してきたから、今のわたし達にはそう簡単には結び付かない筈だ。
肝心なのは、勇者イヴが復讐の刃で血に染まった点ではなく、団長率いる騎士団の全滅自体――。
「禁軍と呼ばれる帝国第一軍の精鋭がそろった騎士団と、彼らを率いる英雄サマがごっそり消えたんだもの」
辺境を安定させる軍なんて送ってる場合ではないでしょう、と彼女は静かに続けた。
イヴは手にしていた紅茶のカップを皿に置き、菓子に手を伸ばす。つまんで食べようと何回か試したものの悉く指先から零れ落ちたため、やがて手の平にそれを乗せてそのまま口に運ぶ。
「あらマリア、貴女が責任を感じる必要は全くないのよ。様々な影響を及ぼすのを承知の上で奴を手にかけたのは私なんだから」
「元の要因は勇者一行の裏切りなんでしょうけれど、巻き込まれる他の一般市民にはたまったものではありませんね」
「それをいちいち気にしていたら泣き寝入りするだけだもの。覚悟の上よ」
これでカインが期待していた討伐軍は組織されない。公爵家単独で事態の収拾に動かないといけないけれど、国境警備と公都の防衛で手一杯な現状ではアンデッド軍の攻略は極めて厳しいと言っていいだろう。カインはこの事態をどう乗り切るつもりだろう?
わたしはよほどの顔をしていたのか、イヴは眉をひそめながらわたしを覗き込んできた。
「まさかマリア、深く介入するつもりなんじゃないでしょうね?」
「それこそまさかですよ。わたしが事態収拾に動いたってやれる事はたかが知れています」
そんな他人を引っ張って解決に導ける主導者的役割には適さないのはわたし自身がよく分かっている。そう言ったのは、ここではカインやイゼベルの役目だろう。わたしか彼らから何かしらの依頼があったらその通りにこなすだけの話だ。
ならわたしが今やれる事はない。予定通りに日常を過ごすだけの話だろう。
腹が決まったら気持ちがやや落ち着いてきた。全く、焦ってしまうと物事を俯瞰的に見れなくなってしまうのは問題だな。もう少し自分自身の制御に力を入れた方がいいかもしれない。
「今は余計な真似を謹んで、カインが助けを求めてきたら手を貸すだけです」
「そう割り切っているのなら別にいいのだけれど」
イヴは悪びえた様子もなく空になったカップと皿をわきに除ける。わたしはそれを含めた皆が手に付けた食器を全て盆に乗せて台所へと運び、水の入った桶に入れてから軽く洗った。今の時期はまだ水が温かいからいいけれど冬に入ったら痛いほど冷たくなるし、どうしたものか。
ともかくこれで家での用事は全部済ませたし、朝話し合った通りにイヴと買い物に出かけよう。この多少晴れない気分も紛れるだろうし。
「イヴ、その読んでる本がきり良くなったところで買い物に出かけませんか?」
「あら、私は別に退屈がしのげたらってだけで手に取ってるだけだから、いつだっていいのよ」
「そうですか。なら行きましょうか」
その後出かける準備をして、イヴを一階に降ろし終わって玄関の鍵をかけた頃には日が高く昇っていた。表通りの繁華街は昨日にも負けないぐらい多くの人で賑わいを見せていた。けれどどこか不穏な空気が流れているような、昨日と様子がどうも違うような気がした。
何と言うか、すれ違う人々の間に何やら噂話が流れているようだった。ただそれ以上に賑やかな繁華街の声が飛び交っていたため、内容までは耳には出来ない。
「そう言えばイヴ、一つ気になっていたのですが聞いてもいいです?」
「ええ、別にいいわよ。一体何かしら?」
まずはと本屋へ足を向けている間に世間話がてらにイヴに話しかけた。
「イヴ……いえ、勇者はどうして帝国軍に追われていたんです?」
と言うのも、どうして勇者だったイヴが騎士団から追われていたか、がまだ不明だからだ。彼女がかつての仲間をおびき出す為だとか、マリアをその手にかけたせいだとか色々と予想は出来るけれど、実際に彼女の口からは聞いてなかった筈だ。
それに思い出すのはイヴの四肢の持ち主だった女騎士との会話だ。今から思えば彼女らは自分達が追う相手が勇者であると分かったうえで任務に就いていた。だとしたら、世間一般では未だ帰還していない勇者の生存を帝国上層部は把握している事になる。
「まさかとは思いますが、帝国の上の方々はマリア達が勇者を裏切った事実を掴んでいる、と?」
「そう推察はしているし、むしろ帝国の誰かが連中を唆していたっておかしくはないんじゃない?」
あまりに淡白につぶやくものだから聞き流す所だったけれど、よくよく今のを噛み締めるととんでもない爆弾発言だったのではないか? 思わず辺りを見渡したが私達の会話が聞かれている様子はどこも見られなかった。
わたしは声を落としながらもなお続ける。
「連中を唆したって、誰かが勇者一行を唆して勇者を裏切るように仕向けたと?」
「別に裏で糸を引く奴がいようがいまいが復讐する相手の数に変動はないわよ」
「そうではなくて……!」
あくまでイヴは彼女を裏切ったかつての仲間を対象としているから他に興味はないんだろうけれど、それは由々しき真実だろう。だって人類を救うために己の全てをかけて魔の物を倒した勇者を国を挙げて葬るなんて、どうかしている……!
「勇者は帝国が敵に回るような罪を犯したんですか?」
「魔導師に復讐を遂げる際の段取りが潔白だったかと問われたら何も言い返せないけれど?」
いや、イヴは復讐相手をその手にかけるまで可能な限り面倒事は避けるようにしていた筈だ。だとしたら一人目と彼女が言っていたマリアへの復讐が成就した段階で、騙し討ちを受けた勇者が生きていたと判断された辺りか。
最初は身にかかる火の粉を払っていただけだったけれど、今やマリアは行方不明、騎士団長は死亡済み。帝国としてはそれだけで十分勇者への罪状を取れるだろう。もはや濡れ衣は着せられたままで逃れようがない。
けれど、意外にもイヴは「どうでもいいわ」とつぶやきながら肩をすくめてみせた。
「別に帝国が勇者が生きてて気が触れたから反逆したとか言いふらさない限りは害はないわ」
「けれど、イヴはこのままでいいんですか? ずっと誤解されっぱなしで」
「だって勇者一行で帝国出身者って魔導師と剣士だけだもの。もう帝国に用はないわ」
だから帝国からどう扱われようがもはやどうでもよかった、か。どうせ後は国境を越えるだけなんだし帝国で汚されていく勇者の名誉も眼中にないのか。
それはとても寂しいと思う反面、それに囚われないのがイヴなんだろうと納得もする。
そんな想いが顔に出ていたのか分からないけれど、イヴはわたしを窺うと軽くため息を漏らしてきた。イヴの事を考えてだったのにそれはあまりに酷くないかしら?
「大体、帝国陰謀説なんて随分と発想が飛躍してない? 剣士辺りが魔導師が行方不明になった段階で大げさに言いまくっただけの可能性だってあるでしょうよ」
「自分達がやった騙し討ちを棚に上げて、ですか?」
「だってアイツ小物だったもの。それぐらいの斜め下を行ってたって不思議じゃないわ」
「そ、そうだったんですか……」
それには賛同も反論も出来ないな。何せわたしは騎士団長についてはほんの少しの間会話を交わした程度だから、あれだけのやりとりで彼の全てを把握できるはずもない。わたしより付き合いの長いイヴがそう言うのだからそうなんだろう。
どの道、陰謀説だろうと棚上げ説だろうとイヴに心当たりがないなら憶測の域を越えない。だったらこれ以上議論した所でまともな結論には至らないだろう。
「それにしても、随分と面白い事になっているようね」
「えっ?」
次の話題は他愛ないものにしよう、とか考えていたら逆にイヴの方から周りを窺うよう首で促された。周りって、昨日と違って何かしらの噂話が所々で囁かれる様子の事か? ちまたを騒がせるような事態が起こったんならこんな感じになるだろうか。
いや、考えなくても分かる。おそらく禁軍騎士団全滅の一報が入ってきたんだろう。わたし達が普通の旅路で北の公都にやって来た期間と全滅発覚から早馬での連絡に費やされた時間を照らし合わせれば、一日ぐらいは誤差の範囲内と言っていい。
勇者と行動を共にした英雄の死、だけでも十分衝撃的だが、彼が率いる騎士団まとめてとなると帝国全土を揺るがしても不思議ではないし。
「イヴがさっき言った通り、森での一件が発見されたんでしょうか?」
「どうもそれだけではないようよ。こちらとしてはとても都合がいいけれど」
イヴは愉快だとばかりに笑い出すのをこらえているのか、顔が笑みのままで引きつっていた。わたしと会話している間も彼女は周囲の様子を窺っていたのだろう。わたしは意識を割かないと物事の同時処理なんて無理だろうな。
気になったので普通に歩きながら聞き耳を立てると、予想通りに騎士団の全滅が暴かれ、話題に持ちきりになっているようだった。ただどちらかと言うと彼らの殉職を惜しむ声より驚愕の声の方が多い感じか。
「やはり、カインは討伐軍の派遣が叶わなくなったから狼狽えたんでしょうね」
「討伐軍の派遣にまで影響を及ぼすって考えが回る人はそう多くないでしょうよ。面白いなのはそこじゃなくて、噂話に含まれる事実無根な所ね」
と、イヴがこう表現するのだからよほどの物なのだろう。伝言されるにつれて話が飛躍するのは良くある話だけれど、今の所そう事実に反していたりこちらが追い込まれるような真実に迫ったものは――。
「お、おい、勇者が死んでたってマジか?」
――っ!?
「ああ、どうも本当らしいぞ。野獣や怪物どもに食い散らかされた現場から、勇者の腕とか光の剣が見つかったらしい」
「でもよ、今までずっと帰ってこなかった勇者が何で今その場に……?」
「嘘よ、勇者が死んだなんて」
「かつての仲間だったサウルと一緒に亡骸になって発見されたそうよ」
「きっと騎士団と協力してとんでもないものを相手してたんだわ」
「マリアが行方不明になって、次はサウルが倒れて、挙句勇者が命を落としたなんて……」
「そんな、じゃあ折角平和が戻ったのにこれからどうなっちまうんだ……!?」
……あの場に放棄してきたイヴの腕と両脚、勇者の証である光の剣、そして彼女の荷物が、真実とは異なる推測をもたらしている。
凶行から現場発見までは少なく見積もっても丸一日はかかった筈だから、その間あの現場は餌を求めた獣共によって更に凄惨な有様になっていたに違いない。だから勇者の落命が光の剣と腕の一部から判断されてもおかしくはない。
「勇者、死んじゃったんですね」
「ええそうね。人を信じる頭の中お花畑な少女は殺されて当然じゃない?」
わたしの言い回しに乗っかるようにイヴは己の末路を表現する。けれどそれはわたしの冗談とは違って、本当に勇者イヴはとうに亡くなっているんだと主張しているように聞こえてならない。
「見つかった死体が腕の一部だけなんてね。これじゃあ胴体探すのは難しいんじゃない?」
「別に遺体と一緒にされてしまっていたら魔法での探索も困難極まりないですからね」
「それはお気の毒に。なら首なんてもう見つけられないじゃない」
「悲しいですけどそれが限界です」
彼女が言いたいのは、剣や腕が見つかろうと勇者の死をなお疑う者が現れた際にどう見つけ出すのか、だろう。その問いへの答えは、今の魔導の精度ではかなり厳しい、だ。
イヴは現状女騎士の四肢を縫い付けられた状態で、いわば身体の何割かが別人になってしまっている。この状態ではイヴの所持品や体の一部から魔導で首のありかを探そうとしても、交ってしまった今のイヴまで辿るのは非常に難しいのだ。彼女を簡単に発見したければ、女騎士の一部も共に魔法の対象にする必要がある。
最も、冥府の魔導の存在すら怪しまれている有様なのに、女騎士の四肢が奪われて再利用されてると誰が疑うだろうか?
だから今のイヴをかつての勇者と結び付けたいなら、容姿や声から判断するしかないだろう。今の彼女を勇者だと断定できるほど彼女と親しい絆を作った人が現れれば、だが。
「では私は哀れな勇者の冥福を祈るとしましょう」
イヴは手を組んで目を瞑ってみせたが、本当に祈ってるのかただ真似だけなのか、わたしには判断が付かなかった。真相がどちらであれ、彼女にとっては勇者は本当に死んだのだろう。
わたし達は人々から口に出る訃報を背景音楽にしながら歩みを進めるだけだった。
お読みくださりありがとうございました。