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閑話・魔の森での調査

今回は第三者視点になります。

 -閑話-


 東レモラ帝国。かつて人類圏のほぼ全てを統一した歴史を持つ大帝国を起源とする、今もなお人類圏でも有数の規模を誇る国家である。人類圏の東端でもあるが、帝都ネア・レモリアからやや東を境としてその領土の半分以上が人類圏ではなく別の種族が住む地域となっている。

 帝都ネア・レモリアから西の公都ダキアへと続く街道、とある地域に広がる森林は魔物が跋扈する危険極まりない場所だった。それでも迂回すれば大回りとなってしまう為、森林を貫通するように道が設けられた。街道沿いには魔導仕掛けの防御装置が建てられ、定期的な軍の訓練も踏まえて魔物の間引きも行われている。


 その森林の中、街道から少し外れた地点にその者達はいた。

 帝都を守護する禁軍に所属する兵士達が普段の任務から外れて危険に満ち溢れるその森林に足を踏み入れている理由はただ一つ。数日前から連絡の途絶えていた禁軍の一部隊、騎士団の捜索の為だった。


「これは酷い……」


 捜索隊の結成はつい昨日の事。騎士団から最後の連絡が行われた場所から大よその足取りを辿り、この森林にたどり着いた。が、彼らを待ち受けていたのは決して期待されていた結末ではなかった。

 彼らの眼前に広がっていたのはかつて騎士団の兵士達だった成れの果て。無残に転がる肉片、汚物、装備の残骸等が辺り一面に散乱していたのだ。

 遺体は既に腐敗が始まっており、目を背けたくなるほどの量の蛆と蠅がたかっていた。そして鼻が曲がるほどの腐臭が辺りに漂っており、兵士達の何人かがつい先ほど口にした食事を地面にまき散らしていた。


「この様子だと半分近くが魔物共の餌にされたか」

「原形をとどめている亡骸もありますが、これはあまりにも……」


 死体のどれもが噛み千切られた跡が残されていて、凄惨さに拍車をかけていた。新鮮な肉というご馳走に群がる魔物共を掃討し、現場一帯の安全を確保したのがつい先ほど。現在はこの場で何が起こったのかを確かめるべく現場を検証している最中になる。

 かつて仲間だった遺体を丁寧に観察し、身元の確認を進めていく。既に魔物の胃袋に収まった者については食べられずに放置された装備品からの特定が行われていた。


「粗方は確認できましたが、魔物共の仕業ではなさそうです。誰もが明らかに鋭利な刃物で殺された跡があります」

「とすると、やはり彼らの任務は……」

「はい、噂は本当だったようですね」


 隊員が口から滑らせたその一言に、報告を受けていた部隊長が睨みつける。途端に隊員は己の失言を察し、背筋を正して口をつぐむ。


「憶測で物事を語るのは良くないぞ。思うだけにしておけ」

「も、申し訳ありません!」


 勇者を討伐せよ。そんな馬鹿げた任務がどこかの部隊に下ったと帝都の宮廷で噂されだしたのは何時の頃だったか。


 勇者、それは魔物共が振りまく恐怖を払う者。勇者のパーティーは最終的に八人となり魔物を率いる首魁、すなわち魔王との最終決戦に臨むべく人類未開領域へと旅立っていった。だが最終的に帰還出来たのは六人で、勇者はその中に入っていなかった。

 そんな行方知れずとなった勇者を討ち果たせと、救世の英雄の背に剣を突き立てろと一体誰が命じるのだろうか? とても信じ難い噂話はしかしどういった訳かいつまでも消えずに宮廷内にくすぶり続けていた。


「英雄サウルの亡骸も見つかったようです。魔物共の格好の餌になったようで損傷が激しく、とても何が起こったか究明するのは……」

「困難なのは分かっているが、我々がやらねば誰がやるんだ? 真相を確かめ何者の仕業かを突き止める事こそが犠牲になった者達への供養になるとは思わないのか?」

「も、申し訳――」

「弁明は良いから手を動かせ。時間は待ってくれないぞ」


 と部下達に厳命はしたものの、部隊長自身は事の顛末を何となくだが予測していた。

 勇者一行に加わっていた英雄サウル。彼はその報酬として禁軍の中でも精鋭達が集まる部隊を率いる立場に就いた。彼自身は決して部隊を率いる器ではなかったが、個の強さはそれを補ったあまりあるほどだった。誰もが彼の実力は認めていたし、部隊長も自分では逆立ちしても及ばないだろうとの確信があった。

 だからこそ、そんな精鋭部隊ごとサウルを殺害してのけた者決して森林に生息する魔物などではない。知られざる達人や魔王を慕う者の敵討ち、などという滑稽な仮説を立てるぐらいならおそらくは噂通りだったのだ、と。


「サウルが勇者イヴの始末を命じられて、逆に返り討ちにあった、か」


 何がそうさせたのか、誰の意志なのか。それを推理できる情報を部隊長は持ち合わせていない。いや、この場の誰もが結局真相を究明できずに憶測だけで考察するしかないだろう。彼らに出来るとすれば、目の前の現実をそのまま真実として捉えるぐらいか。


 やがて検証を終えた遺体が布に包まれて運ばれていく。犠牲となった騎士達の中には天涯孤独だった者もいるにはいるが、大半が家族、または親が健在な者達ばかり。物言わぬ帰還になろうと帰りを待ち望まれているのであれば、放置して魔物の餌にさせるつもりはない。そういった想いでこの場の誰もが一致していた。


「悪かったね。力になれなくてさ」

「そんな事はありません。貴女がいなければここまで早く彼らを見つけ出せなかった」


 矢継ぎ早に命令を下していく部隊長に近寄る影が一つ。彼女は部隊長の隣に立つと軽く彼の肩を叩いた。表面上は冷静に徹していても動揺が内心渦巻いていた部隊長は、彼女の気遣いに心の中で感謝をする。


 連絡の途絶えた位置からの追跡は決して当てずっぽうには出来ない。人海戦術で手当たり次第に出る手も一時は検討されたが、あまりにも非効率的だと最終的には却下された。と言って街道沿いを除いて人気の無い広大な範囲で物証を見つけていく地道な捜査をしていては莫大な時間を要しただろう。

 そのため、帝国に所属する魔導師の中でも選りすぐりの者で構成された宮廷魔導師から人員が選出され、捜索隊に加えられていた。部隊長の隣にいるその人物は帝国が誇る一流の魔導師だった。


「しっかし派手にやってくれたもんだねえ。軍を相手に出来る一騎当千の強者がいるのは頭では分かっちゃいるんだが、いざ実際にやられると驚くばかりだよ」

「勇者……いや、失礼。この犯人は我々の予想を上回る実力の持ち主のようですね」

「ん、勇者が狙われてるとか眉唾って思ってたんだが、この有様じゃあ本当だったか」


 部下を嗜めたばかりなのに自分から口にしてしまった為に慌てて訂正する部隊長だったが、魔導師は気にも留めずに彼の憶測に賛同した。彼女等の会話を耳に入れた周囲のわずかな隊員達が驚いて彼らへと顔を向けたものの、やがては目の前の仕事に戻っていく。

 部隊長は気まずく少しの間辺りの様子を確かめると、再び魔導師の方へと顔を向ける。


「……まさか再び貴女とこうして肩を並べられるとは思っていませんでしたよ」

「そうだね。あたしだって勅命を受けてなかったら、またこんな風に宮廷魔導師として仕事をする気にはならなかったさ」

「今は学院で教鞭を振って後進の育成をしているんでしたっけ?」

「いや、元々二足わらじだったって。いい加減身体に堪えるようになってきたもんで、宮廷魔導師を辞めて教師に専念してるってだけさ」


 魔導師が大げさに肩をすくめてみせると部隊長は同意とも否定とも取れる苦笑いを浮かべた。


「それでも腕は全く鈍っていなかったじゃありませんか。こんな簡単に彼らの居場所を割り出せるなんて」

「魔導の腕はそう易々と、それも一年ぐらいで鈍りやしないよ」

「確か地属性魔法のちょっとした応用でしたっけ?」

「そんなもんだね」


 魔導師はまず捜索にあたり行方をくらます直前に報告を行った場所、土地に刻まれた記録を魔法を使って手繰り寄せ、騎士団がどちらへと向かったかを調べ上げた。それを何回か繰り返して部隊の足取りを追っていき、最終的にこの場に行きついたのだった。この間わずか一日だった。

 遺留品と遺体を回収した後、この現場の土地から記録を引っ張り出せばこの惨劇の当日に何があったかを突き止められる。少なくとも部隊長は傍らの魔導師にはそれが可能だとの確信があった。片や禁軍の一部隊を率いる者、片や宮廷魔導師に籍を置く者として、彼らは何度も共に任務に携わっていた経験からの信頼を部隊長は持っていたのだ。

 本当に行方不明の勇者の仕業なのか、それがあと少しで明らかになる。普段は淡々と任務をこなすと評価される部隊長も緊張を抑えられないでいた。


「隊長! これを……!」

「何だそんなに慌てて。そう急がなくても真実は変わりやしな……!」


 続けようとした部隊長の言葉が固まる。隊員が狼狽えながら持ってくるその代物を目撃した誰もが作業の手を止めて凝視した。魔導師も目を丸くして手に持っていた杖を取り落としそうになり、慌てて掬い上げた。


 それは、剣と腕だった。それもただの武器ではなく、刃の輝き、柄の造り、そして鍔近くの宝飾、あらゆる箇所が存在感を放っており、惹きつけられずにはいられない凄みがあった。美しい、と隊員が呟くほどの逸品は、貴い光を湛えているようにも見受けられた。

 剣に伴って運ばれてきた腕は文字通り何者かの右腕だった。手と腕の肉の付き具合から鍛えこまれていると一目で分かるほどだが、同時に繊細さと柔らかさも兼ね備えている。女性のものだろう、と部隊長は何となく判断した。


「光の、剣……?」


 思い出すのは一年以上前、帝国が魔王軍による侵略を受けた際に力を貸してくれた勇者の凱旋式の一幕。勇者イヴが高々と掲げた、選ばれし勇者にしか装備できないとされる光の剣が正に目の前にあるそれだったではないか。

 辺りが静まり返る。サウルほどの強者を打ち倒され、勇者が所有する光の剣がここにある。ここから導ける結論は一つしか考えられなかった。


「ま、まあ、重大な証拠ではあるようだがこれで真相が暴かれたわけじゃない。気を取り直して皆も作業を続けるんだ」


 確信をあえて飲み込んだ部隊長は激を飛ばす。いかに目の前に美味しそうな餌がぶら下げられていようと、それにまんまと食いついてしまっては本当の真実は決して見えて来ないものだ。そんな例えを思い浮かべながら、部隊長は発した言葉は改めて戒めるベく自分自身にも放ったものだった。

 部隊長がその場の異様な雰囲気を紛らわす為に必死になって話題を考えていると、ふと一つの事柄が思い浮かぶ。


「そう言えば、西の公爵領でアンデッドによる襲撃が頻発しているらしいですね」

「ああ、毎晩アンデッド軍が襲来するって奴か。報告だけは受け取っているよ」


 西の公都にアンデッド軍が毎晩攻め込んでくる。その情報は帝都の上層部にも届いていた。ただ届く情報は要点だけに絞られており、現在も城壁は破られずに敵軍を毎回撃退出来ている、というものだった。その為、帝都ではそれほど危険性の高い異変とは思われておらず、対岸の火事程度の認識でしかなかった。

 その地を治める公爵が動く気配がないのも楽観視に拍車をかけている要因の一つだった。対応に当たっている公爵の子息からは現場の責任者として応援要請が届くものの、公爵直々が動いていない為、あまり重要視されていないのだ。

 最近になってようやく重い腰を上げて討伐軍を組織し始めた段階で今回の事件が起こってしまった。事後処理や追悼式など今後やるべき課題が山積みになってしまったため、しばらく討伐軍の編成は見送られるだろう、との認識で禁軍の中では一致していた。


「そう言えば教え子の一人がつい最近卒業してね。西の公都に戻っていったんだ」

「それじゃあ丁度異変とかち合うじゃないですか。大丈夫なんです?」

「ま、アイツなら自分で何とかするだろうさ。要領はいい子だったからね」


 魔導師と部隊長が見守る中、やがて全ての回収作業が終了した。遺体と遺留品は全て街道沿いに待機している荷馬車に乗せられ、辺り一面に残るのは血と汚物ぐらいだった。血の匂いに誘われて当面魔物の出現率は増えるかもしれないが、やがては普段の姿へと落ち着いていくだろう、との判断で掃除は見送られた。


 捜索隊が部隊長の前に一同整列する。誰もが先ほど回収された光の剣に視線を釘付けにされており、起立していても落ち着かない様子が容易く窺えた。


「回収作業終わりました。いつでも撤収できます。次の指示を」

「腐敗が進んだ部位についても応急処置したため、帝都に運ぶまでの愛大は問題ありません」

「死因は全員その剣での殺傷と思われます。剣の形と傷跡が一致しましたので」

「よし、全員街道に戻り一時待機だ。俺は彼女と残って真相を確かめる」


 部隊長の一言で部隊がざわめいた。魔導師と共に真相を確かめる、それはこの部隊が過去に何度も行った調査方法だったが、わざわざ隊員達を退かせるのはまれだった為だ。だが、もし真相が自分達の思っている通りだったらどうすればいいか考えつかない者も多かったため、安堵の色も見て取れた。


「では隊長、お気をつけて」

「大丈夫だって。俺もすぐ行くからよ」


 部隊の者達は敬礼を行うと各々がその場を離れていく。残ったのは部隊長の命令通り彼と魔導師の二人だけ。部隊長は深呼吸を何回か行うと、自分を発奮させるように意気込んで頷くと、魔導師を見据える。


「部下はいなくなりましたし、やりましょう。お願いします」

「ああ、やろうか」


 魔導師は己の意識を集中させながら詠唱を開始した。この魔導師の場合、大抵の魔導師と同じく言葉を紡いでいき魔法を構築していく。踊りや手で印を結んで構築する者もいるが、その絶対数は少ないと断言してよかった。そう言えば自分の教え子は頭の中だけで術式を構築していたっけ、と魔導師は少し雑念を思い浮かべた。


「大地よ、我の前にその刻まれし記録を示せ!」


 魔導師は高らかな宣言と共に大地へと杖を突き刺す。彼女が構築した魔法は大地を対象とし、この場を広がっていく。その感触で魔法の成功を確信した魔導師は息をついて肩から力を抜いた。部隊長は何度もこの魔導師の魔法の発動を見てきたが、それでも声をあげて感心する。


「毎回思ってたんですけど、どうして他の魔導師みたいに『ファイヤーボルト』とか魔法名を宣言しないんです?」

「別に宣言しなくなってファイヤーボルトって呼ばれる現象を起こせるからさ。術式の構築さえ上手く出来ていれば、極端な話『フリーズブリット』とか宣言しながら『ファイヤーボルト』を放つ芸当も可能だよ」

「うわ、氷の魔法を宣言して火の魔法って、詐欺なんて話じゃないですね」

「最も発動の際に宣言する魔法名だって術式の一部だ。よほどのひねくれものじゃない限りはそんな面倒で馬鹿な真似はしないだろうがね」


 二人が雑談で盛り上がっていると、やがて彼らの前には大地が記録する過去が姿を見せ始めた。


 それは、先ほど遺体として回収された騎士団が勇者イヴを取り囲むものだった。だがかろうじて表情が読み取れるもののその映像はあまりに不鮮明で、詳細の判別は不可能だった。騎士団の誰かが勇者に対して何かを言い放っているようだったが、所々途切れていたり雑音だらけで、その内容は全く理解できなかった。


「その場所が記録する過去を投影する魔法でしたよね。今回はいつにも増して分かりづらいような」

「しょうがないだろう。開けた平地とかならまだしも森林だと情報量が多すぎる。目的の記録もすぐに摩耗、劣化しちまうさ」

「いや、それにしたって普段は誰が何をしゃべってたかぐらいは分かるじゃないですか」

「ここまで不明瞭とはあたしも予想外だったよ。だがこれ以上はどうしようもないね」


 勇者と騎士団との間に戦闘が始められた。いや、戦闘と呼ぶにはあまりに一方的な殺戮劇が二人の前に展開された映像では行われていった。部隊長は次々と勇者の剣によって命を散らされる騎士達の姿に、それが過去の映しだと分かっていても目を逸らしたくなった。

 やがて勇者とサウルの一騎打ちとなった。始めは勇者が有利に立ち回っていたが、やがてサウルが何らかの言葉を浴びせかけた途端に勇者が激情に駆られ、攻撃が単調となった。それを見逃すサウルではなく右腕、右脚と次々と斬り飛ばしていく。彼は脚を失い地面へと這い蹲る勇者の身体を踏みつけながら高らかに笑うと、残った左脚も切断した。

 あまりの惨い仕打ちに、結果を既にこの目にしていても、魔導師は怒りを隠しきれなかった。部隊長もまた顔をしかめて口を手で覆う。


「だからあたしは言っただろう。勇者一行だか世界を救った英雄だか何だか知らないが、こいつを帝国軍の重要な地位に就けるのは反対だ、ってさ」

「そんなの俺に言われても困りますが、確かにこれは……」


 サウルは四肢を失った勇者を蹴り飛ばすと、傍に転がる勇者の右腕と両脚の傷口を徹底的に、執拗に痛めつけていく。二度と繋ぎ合わせられないようにする意図は二人とも察したものの、だからと見ていて気分のいい光景では決してなかった。

 血に染まり笑い声をあげたサウルはゆっくりした足取りで勇者へと近づいていき、他の騎士の剣を勇者へと突き立てていく。痛みと苦しみで身体をそり曲げる勇者を何やら御託を並べながらなめまわすように見渡していく彼の有様は、二人から見たら狂人以外の何者でもなかった。


 やがて満足したのか、彼はわざとらしく剣を大きく振りかぶり、勢いよく勇者に向けて振り下ろす――。


「えっ!?」


 驚きの声を上げたのは部隊長だったか魔導師だったか。だがどちらにせよ些細な問題に過ぎないだろう。彼らは信じがたい光景を目の当たりにした為、どちらも思わず声を出してしまったと思ったからだ。


 勇者は頭を地面に打ち付けてその反動で起き上がりながら剣を口に咥え、身体のばねだけでサウルの喉元に剣を突き立てたのだ。完全に勝利を確信し油断しきったサウルが予想外な早い挙動に全く反応できず、剣は吸い込まれるように対象の喉元に突き立てられた。

 勇者は勢いをそのまま地面に倒れ伏す。サウルは喉をかきむしりながら声をあげようとするも、口から出るのは大量に溢れる鮮血だけ。結局彼は何もできずにその場に倒れ込んだ。


「もういいかい?」

「……え、ええ。十分です」


 あまりに衝撃的な映像を目の当たりにした部隊長にとっては魔導師の提案がとてもありがたいものに思えた。魔導師が杖を大地から抜くと過去の映像は姿を消し、辺り一帯は現在だけを映し出す情景を取り戻していった。

 しばらく身動きできなかった部隊長はやがて自分の額からあふれ出る汗を腕でふき取った。まるで雨に晒されたかのような大量の汗に彼自身も驚く。


「サウルの遺体は防具に覆われていない箇所は魔物の餌になっちまったんだっけ。勇者に至っては残ってんのは斬り飛ばされた腕と脚だけ、と」

「あれは両者とも間違いなく致命傷だった筈です。おそらく勇者も生存していないかと」


 言葉にはしなかったが魔導師も部隊長の意見に賛同するように頷いた。

 両者とも剣を突き立てられた状態だった。もし二人が回復魔法が使えたとしても、突き刺さった剣を取り除かない限りその部分は癒せない。四肢を失った勇者はおろか、もがくだけだったサウルも自力ではもはやどうしようもなかった。


「となるとだ。どうしてサウルが勇者をここまで徹底的にいたぶった、なんだが……それをここで考える必要はないか」

「ええ、これ以上この場にいても意味が無いでしょう。あがりますか?」

「あー、悪いけど出発する前に用を足してくるから、先行っててもらえないかい?」

「分かりました。貴女に限って無いとは思いたいですが、どうかお気をつけて」

「心配される程耄碌はしてないって。自分の身は自分で守るよ。気持ちだけ受け取っておくさ」


 部隊長は一礼するとその場を立ち去る。動揺のためにその足取りはおぼつかず、木々を支えにしてかろうじて歩いていけている。


 それを見届けていた魔導師が浮かべていたのは、紛れもなく嘲笑だった。


「はっ、相変わらず頭が回転しない奴だねえ。それが長所でもあるんだが」


 彼女の口から発せられたその感想は、先ほどまでは合った相手を気遣うような温かみが喪失していた。魔導師は無表情で再び地面に杖を突き立てる。まだ術式の構築が生きていたのか、魔導師が詠唱せずとも先ほどと同じ映像、倒れ伏す二人がその場に映し出される。


 程なくして映像として現れたのは今まではいなかった別の三人組だった。そのうちの一人、魔導師らしきローブを身にした者が勇者に治療を施していく。致命傷を負っていた勇者の傷は魔導師が発する魔法の光と共に次第に癒えていく。


「卒業した教え子が最近西の公都に戻っていったって手がかりは出してやっただろう。時期から計算すると丁度重なるとは可能性に入れていたけれど、当たりだったみたいだねえ」


 戦士サウルは息絶え、勇者イヴは生き残った。その結末を確認すると魔導師は今度こそ魔法の発動を打ち切り、踵を返す。


「マリアがイブを救った、か。随分とまあ出来過ぎたもんだねえ、神の綴った脚本って奴はさ」


 魔導師はしっかりとした足取りでその場を立ち去っていく。浮かべた笑みを顔に張り付かせたままで。


 -閑話終劇-

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