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女勇者の復讐劇(済)

「へえ、そんな事があったの」

「ええ、とてもしっかりした子……いえ、人でしたよ」


 夕食、わたしはイヴと共にテーブルについていた。イヴは自分の左手にスプーンを括り付けて食事を口に運んでいる。指先が思うように動かないのもあるからわたしが縛り付けたんだけど、その左腕も震えが止まっていない。イヴの表情は崩れていないけれど、きっと必死になって動かしている筈だ。

 ちなみに夕食はわたしが作った。最初の一日ぐらい外食で済まそうとも思ったけれど、最初から外食に頼るのもと思い直して奮起してみました。料理の出来栄えはわたしの実力通り、可もなく不可もなくで感想に困る出来になった。


「妙にべた惚れしているけれど、マリアはここ出身よね。公爵家の人間と会った事ないの?」

「顔は見た事ありますが、会話は今日が初めてです」


 そんなわたしのような一般市民が公爵家の人に声をかけられるような出来事はまず起こらないからね。だからカインが名乗った時もにわかには信じられなかったものだ。人生思わぬ所で意外な出来事が起こるものだな。


「それにしても……」

「あー、やっぱ気になります?」


 日は既に沈み、空を支配するのは太陽ではなく月となった。今日は雲もあまりないので一面の星空がこの大地を見下ろしていた。ベランダから見える公都の夜はまだ明かりが多くともっていて活気づいている。眠りにつくのはもう少し経ってからだろう。

 カインと別れる直前、窓や戸を覆うカーテンを買ってない事に気付いて非常に慌てたのは内緒だ。カインに頭を何度も下げて何とかカーテンだけ持ちかえった次第だ。これが無いと街の明かりや日の出の光を遮れないから、良かった良かった。


 ……いや、分かってる。イヴが言いたいのは夜の景色じゃない。


「覚悟はしてたけど、やっぱりうるさいわね」

「聞いていた通りですね……」


 言ってしまっては悪いけれど、静寂が包み込む筈の夜の世界に響き渡るのは多くの咆哮や叫び、それから轟音だった。時々振動がここまで響いてきてスープの入った器が細かく揺れる。原因は勿論分かりきっている。


「アンデッド軍、本当に夜になったら攻城戦を仕掛けてくるのね」

「みんなしてわたし達を騙しているだけだったらよかったんですけれどね」


 日が暮れてアンデッド軍が再び襲来してきたんだろう。防衛軍はそれを迎え撃つ形で戦闘に入ったに違いない。アンデッド共は声を発しないから、声の正体は守備をする兵士や傭兵達のもの。轟音は噂のアンデッド共の攻城兵器が城壁や門を壊そうと試みるものだろう。

 北の城壁からここまでは結構離れていた筈だけれど、それでもこう大きな音と振動が伝わるのだから、これでは城壁周辺住民が根こそぎいなくなるわけだ。むしろこんな様子なのに街の活気があるのをたくましいと言うべきか頼もしいと表現すべきか。

 あ、また揺れた。天井から埃が落ちて食事にかからないといいんだけど。これは天井の掃除も入念にしないといけないようだ。


「そう言えば、もしイヴが五体満足だったら、この一件って解決しに行きます?」

「今は絶対にしないわね。勇者だとか持てはやされてた時は迷わず行ったんじゃない?」


 ふと思いついた疑問を口にしてみたが、イヴはまるで他人事のように冷淡に言い放った。勇者時代、と強調するあたり、おそらく今のイヴは完治した後も人々を救おうとはしないだろう。自分の為にならない善行は積まない、そんな辺りだろうか?


「では普通に冒険者として依頼を受けたら?」

「仕事としてなら請け負うけれど、報酬次第よ。その辺りは要相談ね」


 やはり、引き受けるからにはその働きに応じた対価を頂き、一線引いた立場でい続けるつもりなのだろう。人の為に剣を振るう勇者はもはや夢物語、幻想に消えてしまったか。いや、その善意を差し伸べていた勇者を裏切ったのはその仲間達だ。夢想となるのは当然か。

 そう言えば、とふとイヴの言葉が頭をよぎる。彼女は確かあの騎士団長を始末した時点であと三人だと言っていたか。多分四肢が完治したらまた復讐の旅に出るんだろうけれど、今ものうのうと生きているという勇者の仲間とは一体誰なんだろう?

 いや、止めておこう。いくらイヴと打ち解けても彼女の復讐に付き合うつもりはない。こちらはまだ片方の言い分しか聞いていない、もしかしたらイヴの方が悪かもしれないし、お互い身勝手に自己主張してるだけって可能性もある。

 今はただ目先の課題、イヴの完治に向けて努力するだけだ。


「気になるの? 私の復讐相手が」


 見透かされた……!? いや、驚愕は胸の内にしまって、あくまで平静を装おう。要らない疑いをイヴに抱かせるわけにはいかない。


「気にならないと言えば嘘になりますけれど、イヴに聞こうとは思いません」

「あら、虹のマリアと勘違いされて命を失いかけたのに?」


 イヴは嘲笑に近い微笑を浮かべてくる。髪をかきあげる仕草をしたかったのか、右腕が肩口からわずかに動いた。燦然と魔の物に立ち向かう勇者という偶像からは考えられない、黒さに満ちた表情でありながら、その整った顔立ちはなお綺麗だった。

 わたしは野菜炒めを口に放り込んでいく。ドレッシングが効いていて程よくおいしい。


「聞いた所で復讐の旅路には付き合いませんから、無駄な知識になりますし」

「そう? 私と関わった以上、マリアだって無関係ではないでしょうよ」

「語りたいなら世間話の延長としては聞きますし答えも返します。けれど復讐劇には手を貸しませんし、関わる気もありません」


 そこは断言させてもらいたい。例えどれほどイヴと絆を深めたとしても、イヴの血で染まり続ける茨の道はわたしの道じゃないのだ。彼女がなお刃を復讐相手の喉に突き立てるのなら、その傍らにはわたしは絶対にいない。

 イヴはそんなわたしの頑なな意思表示を受けてもなお笑みを浮かべたままだった。


「そう言えばマリアはどこかで勇者一行の凱旋とか見なかったの? 私達、何回か帝都に来ていた筈だけれど」

「興味が無かったもので。同級生達は見に行ったようでしたけど」


 騎士団長と会った時もそんな経歴の持ち主とは全く分からなかったし、イヴが勇者だと知って助けたわけでもない。ましてやマリアの姿を見たのは彼女が勇者一行に加わる直前で、その後どうしてたかは全て人づてに聞いただけだ。

 だから、彼女がどんな相手に復讐を成そうとしているかなんて、これっぽっちも分からない。


「なら説明するけど、わた……勇者イヴ一行は最終的に七人。その中にはマリアのお友達な魔導師や、この前始末してやった戦士もいるわ」

「一つ訂正を。虹のマリアとは同級生ですが友達じゃあありません。そこは改めてほしい」

「私にとってはそれこそ無駄な知識よ」


 ぐ、確かにわたしとマリアの関係がどうだろうとイヴには関係ないか。けれど彼女と友人関係だと思われるのは正直なところ心外だ。わたしにだって交友関係ぐらいはあったけれどその中にマリアは含まれていなかったし、必要以上の会話もなかった。

 彼女を友人と評価してしまうと友人という存在のハードルが下がってしまう。それは嫌だ。


 そんな私の想いをよそに、イヴはただ淡々と話を続ける。


「勇者一行を構成する面々は勇者、戦士、魔導師、弓使い、聖女、擲弾兵、聖騎士。戦士と弓使いには既に復讐を遂げているわね」


 彼女はもはやかつて旅を共にした人々の名前すら呼ぼうとしない。それにさっきは勇者としての自分自身すら他人事のように言い直したから、完全に勇者時代の過去とは決別しているような印象を感じてしまう。それとも、イヴは自分自身にそう言い聞かせているのだろうか?


「復讐を遂げるって、先日の騎士団長みたいに……」

「殺したか? それは正しくもあり間違ってもいるわ」

「えっ?」


 刃にかけるのが最終目的じゃないのか? 死を持って裏切りを償ってもらうとばかり……。


「大切なのは奴らを絶頂から奈落の底まで突き落す事。一番の近道が命を奪うだけに過ぎないだけね。もっと深遠まで叩き込めるならそっちの方を選択するでしょうね」


 そう述べるイヴの表情は憤怒も冷酷さも感じなかった。ましてや正義感など微塵もない。


「イヴ、貴女、嗤って――」


 彼女が彩られていたのはそう、愉悦。彼女はいかにかつての仲間を絶望を与えるかを企んで愉しんでいる――。

 おぞましく、恐ろしく感じるのに、その魔性の笑みはどことなく人の気を惹く魅力があった。


「弓使いは彼女の尊厳を根こそぎ踏み躙ってやって命だけは助けてやったかしら。今頃どこぞで慰み者になってたりしてね」

「……イヴ、その発言は止めた方がいい。わたしは我慢できますが、聞く人が聞けば憤りますよ」


 彼女の笑みが失われる。これはわたしの反論が癪に障ったのではなく、理解できないモノを見る視線だった。


「マリア、憤る価値もない輩に慈悲はないわよ」

「もう罰を下し終わったなら後は罪を償うだけです。もしかしたらイヴともう一度会って謝罪したいと思っているかもしれないでしょう?」

「……そんな愁傷な心がけをした連中じゃないわよ」


 イヴはわたしから視線を逸らし、どこか遠くを見つめる。この時イヴの胸の内に何が去来したかは分からないけれど、無慈悲なものばかりではないとわたしは思いたい。


「戦士はマリアも見たとおりこの手にかけてやったわ。アイツは騎士になって出世して、自分好みの美女をはべらせる事で頭が一杯だったから、そうなった直後に蹴落としてあげたの」

「それで勇者一行の凱旋から一年経った今だったんですか……」


 ただ殺すだけじゃなくて時期も見計らっていたのか。なんて執念だ。その執念には恐怖よりむしろ感服すら抱いてしまった。

 わたしが救ったイヴ、わたしが切り捨てた騎士団長。この選択がもたらした結果をわたしは胸に刻む責任がある。どちらが正しかったかはない筈だけれど、わたしは後悔していない。わたしは選択した真実と共に生きていく。


「……では、騎士団長が選んだというお相手は帰らない人を待ち続けるんですね」

「いえ、仲良くあの世に送ってやったから寂しくないんじゃない?」

「えっ?」


 仲良くって、まさか……!

 思わず立ち上がってしまう。その拍子に皿に残ったスープとグラスに入った水が大きく揺れる。幸いにもこぼれはしなかったけれど、そんな事を気にかけてる余裕はなかった。


「あの騎士達の中に騎士団長の伴侶がいたと!?」

「屠った騎士団の頭数は事前に調べた登録数と同じだったから居たんでしょうね。誰がそうだったかまでは知らないけど」


 確かに騎士団装備は目元以外の頭部を覆う兜だったから、交戦したイヴは顔まで確認できない。わたしがその前に尋問を受けた時は全員兜だけは脱いでいたっけ。確かその中で女騎士は一人か二人しかいなかった筈……。

 ふと、イヴの腕に目が行った。帝国防衛の要たる第一軍にいるにしてはやや華奢めな肉付きをしたその腕は女騎士のものだった。スプーンがくくられたその左腕の薬指には、籠手がはめられた時には気づかなかったけれど、単純ながら値が張りそうな作りをした指輪がはめられていた。

 ……いや、これ以上考えないようにしよう。結果は反省して未来に生かすためにあって、過去を嘆くためには存在しない。今はもうイヴの両手両足なのだから、四の五の言っても始まらない。


「それで、三人目はどなたなんです? 聖女? 聖騎士?」

「あら、いくら勇者一行に興味が無くたって、彼女については貴女も耳にしている筈だけれど?」


 彼女? 聖女や聖騎士の称号は帝国には無い。たしかそれぞれ西方諸国の偉人達だった筈だから、当然わたしとは節点なんてない。擲弾兵は大雑把すぎて見当もつかない。弓使いと戦士にはもう復讐を果たしているから……。


「……えっ?」


 部屋を静寂が支配する。城壁で繰り広げられる戦いの音も果てなく遠くに言ってしまったみたいに聞こえず、ただわたしは微笑を湛えるイヴを視界に入れているだけだった。


「マリアだって聞いてるんじゃないの? 彼女がこの帝国でその活躍に相応しい地位に付いたけれど、突如として行方をくらましたって」


 唐突に頭によぎったのはつい数日前の出来事、三年ぶりの邂逅となったマリアとの語り合いだった。彼女は己の探求の為に勇者を利用して、初めから裏切っていないと断言してきた。彼女が勇者との旅路を終えて帝国でも随一を誇る研究機関に籍を置いたのに突然失踪したのも、突如わたしの前に姿を現したのも……。


「まさか、三人目は……」

「いえ、彼女が最初ね」


 食事を終えたイヴはスプーンを縛った布の結び目を歯で起用にほどいていく。手の平に乗せられるだけになったスプーンは彼女が手を斜めにすると滑り落ち、やがてテーブルに音を立てて転がった。


「マリアを見た時はアイツがまた小賢しい真似をしたかと思ったけれどね」


「容姿が似てたのもあるけれど、何処となくアイツを彷彿とさせたものだから」


「けれど、魔術師としての在り方がまず違った。単に私の杞憂だったようね」


 彼女の口からは次々と文面が並べられていったが、右耳から入って左耳から抜けていくようにわたしの頭にはあまり残らなかった。

 ひょっとしたら? とは考えた。けれど、ただ妄想を思い浮かべるのと実際に目の当たりにするのとはわけが違う。彼女が述べようとしているのは、まぎれもない起きた現実そのもの。


「もう、虹のマリアは探求を続けられやしないわ」


 マリアが彼女に、彼女がマリアに何をしたかはわたしには全く分からない。その結果を受けて今のマリアとイヴが在るなら、決定的な何かがきっとあったのだろう。

 わたしはただ彼女から語られたとうの昔に迎えていた現実に打ちのめされるばかりだった。

お読みくださりありがとうございました。

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