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魔導都市(前)

 魔導都市レティヒェン。

 二日間に及ぶ旅の末にわたし達はまず最初の目的地に到着した。


 城壁の外にはいくつもの魔導塔が建てられている。帝国で採用される魔導塔は塔の頂点に巨大な魔導水晶が置かれ、迎撃体制に入るとそれから魔法が射出される。一方こちらの魔導塔は攻城塔のように塔に幾つもの穴があって奥側に魔導水晶があるようだ。弾幕を射出する感じか。


 城壁自体は帝国でも見られる都市のものと大差無いようだ。ただし都市の外側と内側を隔てる門の左右には巨大な像が建てられていた。これも緊急時には動き出して敵を蹴散らすんだろう。さすがに教授が作り上げたゴーレムよりは小さいけれど、これだけ巨体なら防衛と抑止には十分だ。


 更には意識しなければ分からないぐらいに薄い光の幕が城壁沿いに張られているようだ。マジックシールドのような魔導壁の一種か。敵が遠距離から攻撃を仕掛けても自動的に阻むように常時展開されているのかな?


「……随分と防御が強固ですね。外敵が襲ってきやすいんですか?」

「まさか。アヴァロン国のある島は既に統一されていて争いがない。他国が攻めてくるとしたら海峡を隔てた南側から、魔の者が押し寄せてくるならこちらも海の向こうの東側からだ」

「……明らかに王都の方が地理的にも要ですね」

「だからこれらはこの魔導都市で学んだ魔導師達が研究成果をお披露目しているだけさ」


 これほどの規模の防衛網が単に魔導技術の実証に過ぎないなんて。多分ここでの研究の成果を各都市にも広めているんだろうけれど、それにしたって勿体ない。もしわたしがこんな感じに大規模に魔導の実験をしようと画策したら……いや、その結果が西の公都北にある旧死者の都だったか。

 マルタはアタルヤの傍らに座って前方を眺めていた。と、彼女は何か疑問が思い浮かんだのか、首をわずかに傾げてからルデヤの方へと向き直った。


「あの、ルデヤさん。今わたし達って入門の列に並んでるんだよね?」

「んん、そうだな。陸路と空路で手続きする場所が違うんだ。私は陸路からは初めてだ」

「アレだけ守りが厳重なのに皆さんの進みが早い気が……」


 確かに門へと続く人の列は結構順調に都市の中へと入れているみたいだ。それに魔導都市から出発する人の流れもわりと多いように感じる。帝都や西の公都を始め、わたしが今まで巡ってきたどの都市よりも検査が緩くてみんな素通りになっているのか?

 いや、そんな筈はない。これだけ警固な守りをさせておいて人を寛大に受け入れていたんじゃあ治安がすぐに悪くなる。それに魔導は技能の面が強いけれど知的財産って側面もある。盗難などの良からぬ事を企む者は門前払いしておくべきだろう。


「もしかして、入出門の手続きを簡素化しているんですか?」

「ホルダの受け売りを信じるなら、これでも持ち物や荷物の検査は王都よりも厳重で、門を通る動機もすぐ調べられるらしい」


 基本的に都市の門では身分証明書を提示して手荷物検査を受け、役人に質問された内容に正直に答え、最後に通行料を払ってお終いだ。危険物を持ち込ませない、犯罪者や逃亡者を外に逃がさない、などの効果がある。

 そんな感じに一人一人を取り調べするんだから列が詰まるのは当然だ。街道沿いに関所がある国は関所の周りが宿泊街になるって聞いた覚えがある。帝国では人の流れが悪くなれば経済が停滞するからってほとんどの関所が廃止されて、都市への出入りのみに絞られているけれど。


 詳しい調査と滞らない人の流れ、両立させるには旧来の方法だとまず不可能だ。だとしたら役人が一人一人応対するやり方を根本的に見直した、って考えるのが妥当か。効率よく取り調べって目的を果たすなら、やっぱり魔導に頼るのが一番だろうか。


「何か、もう私達の番になったね」

「アタルヤ殿、このまま前の人に続いて馬車を進めてくれ」

「分かった」


 高くそびえ立つ魔導塔と共に魔導都市を守る城壁を潜っていく。城壁をくり抜いた横穴はわりと広めに作られていて、わたし達の馬車が都市部へと進んでいる間も商人らしき一団が横を通って新たな旅路に出て行っている。

 床は石畳、側面や天井は歪み一つなく楕円面が作られている。横穴の側面には火属性魔導を用いた灯りが燈っていた。入口と出口付近は他の都市の門と同じく鉄格子が降りる仕組みのようだけれど、その他は一見何の変哲もない横穴だ。


「……成程、そういう事でしたか」

「えっ? マリアさんは何か分かったの?」

「はい。わたし達が今通っている通路ですけれど、この穴の全周に渡って魔導の術式が書かれていますね」

「……本当だ、どんな奴なんだろう?」


 けれど違う。確かにここは噂に違わぬぐらい厳重に取り締まられている。


 おそらく天井からは透過魔法で全員の荷物を透かして確認しているんだろう。壁にかかっている灯りは通行人に害意や悪意が無いかを探知している筈だ。床は通行者の重量を計って出入りの情報を記憶しているのかしら?


「ええっ!? じゃあ荷物だけじゃなくて私達自身もつま先から頭のてっぺんまで……」

「全部丸ごと透けているんでしょうね」

「ああうっ」


 更に付け加えるならそうした探知系の術式は半分ほど。残りの術式は多分攻撃魔法発動の為に組まれているようだ。侵略してくる輩がここを通った際に一網打尽にする為に。逆にこの都市で犯罪を働いた者が逃げ延びようとしても出られないように。


「この都市は滞在期間を申請しなくちゃいけなくてな。学問や就労目的なら長期滞在も出来るけれど、商売目的でもそう長くはいられない筈だな」

「わたし達は事前に何も申請していませんけれど、入れるんですか?」

「大丈夫だぞ。観光目的で来たり旅路の半ばで立ち寄る場合もあるからな。ただし最長でも七日間しかいられなかった筈だ」

「ちょっと寄り道するだけなら十分な滞在期間ですね」


 まあこうして出入りを厳重に管理されていたら申請に背いて不法滞在しようとしたってすぐに居場所を突き止められて強制退去、下手したら投獄されたりするかも。大人しく素直に申告した方が良さそうだ。

 やがてわたし達は短くないアーチ門を通り抜けていよいよ魔導都市の中に……ならなかった。外は塀で囲まれていて壁も窓も無い開放的な建物が左右に建てられていた。どうやらここで簡素化された手続きを行っているようだ。


 すぐにわたし達の番になり、馬車を降りてから受付嬢の傍へと歩み寄った。受付窓口の傍にも簡易的に両手で持てそうなぐらい小型化された魔導塔か設置されていて、魔導水晶がこちらに目を光らせるように輝いていた。


「ようこそレティヒェンへ。まずは身分証の提示をお願いします」


 わたし達はそれぞれ自分の身分を現すものを提示した。わたしとアタルヤは帝国魔導協会所属魔導師の証を、マルタは教会修道女の証を、ルデヤは王国聖堂騎士の証を。アビガイルが何を出すかと思ったら意外にも王国冒険者の証を提示していた。

 アヴァロンと対峙する帝国の魔導師の襲来に受付嬢は露骨に顔をしかめたものの、聖堂騎士ルデヤの来訪には軽く声をあげてきた。いくらこの魔導都市が王都に近いからって聖堂騎士が足を運んでくる頻度は高くないらしい。


「これは聖騎士様、ようこそお越しくださりました。こちらに来た目的は何でしょうか?」

「異国の来賓をカムリに案内する道中で立ち寄っただけだから、手続きは観光扱いでいい」

「畏まりました。ではそのように処理させていただきます。旧市街地の方には?」

「……いや、そっちは無しでいい」


 この場で一番身分が高いルデヤが応対する為か受付嬢の対応はとても丁寧に見える。アタルヤは現金だなと肩をすくめてみせ、マルタも僅かに苦笑いをさせていた。アビガイルはあまり表情が出ない上に口数が少ないから何を考えているのかわたしには不明だ。

 にしても旧市街地って何だ? そっちの方に行くにはまた手続きが必要なのか? ルデヤの嫌悪感の正体はどうもその旧市街地の方にあるようなのだけれど……。まあ、旅の途中で小休止するだけなんだからあまり深く考えなくてもいいか。


「以上になります。滞在は今から七日間、延長する場合は一旦外に出ていただいてから再手続になりますのでご注意を。期日を守らなかった場合は……」

「最初に注意勧告、それに従わなかったら例の騎士団が来るんだろ? 分かってるよ」

「では聖騎士様の心に残る良いひと時を過ごされますよう祈りを捧げましょう」

「祈るって『彼女』にだろう? 悪いがまっぴらごめんだ」


 ルデヤは踵を返すと馬車へと戻っていく。わたし達も後に続いて全員乗り込んだ所でアタルヤが馬を走らせた。城門の施設を抜けていよいよわたし達は魔導都市と讃えられたレティヒェンへと足を踏み入れた。

(後半へ続く)

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