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旅は安心を求められる(後)

(前半からの続きになります)

「あ、あの。もしかして聖堂騎士様でいらっしゃいますか?」

「ん? ああ、そうだが?」


 堀にかけられた橋を渡る最中、男女入り混じった集団が飛竜を見やるルデヤへと声をかけてきた。格好を見る限りだとどうやら魔導師を志す人達って言ったらいいんだろうか? わたしよりも若い子もいれば一回り年齢を重ねた方もいて、わたしに帝国学院を思い起こさせた。

 ルデヤが肯定を示すと誰もが歓喜の声をあげてルデヤへと集まってくる。こちらが馬車をゆっくりと走らせているので誰もがせわしなく小走りで付いてくる。御者代わりのアタルヤは馬車を止めようとしないのでそんな彼らに配慮する気はないらしい。


「本当ですか!? うわあ、お会いできて光栄です!」

「わたしもわたしも! きゃー、本物初めてこんなに近くで見ちゃった!」

「すっげえ、これが飛竜かー! こんなのに乗るなんて無茶苦茶やばいじゃん!」


 歓声は更に呼び水になって段々と人がこちらに寄ってきた。終いには進行方向まで集うので、さすがのアタルヤもため息を漏らしながら馬車を更に減速させる。ただ停止させようとしていないのは相手も分かるらしく、少しずつは進めている。


「聖堂騎士様はこれからどちらかに任務に?」

「いや、任務じゃあ……待てよ、姫様の勅命だから任務と言えば任務なのか?」

「姫様ってもしかして第三王女のエリザベト様!? うっわぁぁ、俺もあんな感じに立派ななりてえなぁぁ」

「こらこらみんな、聖堂騎士様も困っていらっしゃるじゃないの。道を開けてあげなさい」

「はぁい、お師匠様ぁ」


 引率と思われる初老に入った女性がルデヤを囲って喜ぶ若い子達を窘める。さすがに自重したのか渋々ながら魔導師の卵達はわたし達の馬車から離れた。他の行き交う旅人達も自分の旅路へと戻っていく。


「……よし、良い子だ。先にお行き」


 その間にルデヤは目立つ飛竜に先に行くよう声をかけた。飛竜は一度鳴くと翼をはためかせて大空を飛び立った。その姿はすぐに小さくなっていき、やがて消えて……いかない。どうやらルデヤの見える範囲を把握した上で軽く上空を飛び回っているようだ。


「この子達が無礼を働いて申し訳ありません、聖堂騎士様」

「いえ、そんなへりくだらなくても構いません。聖堂騎士と言えども国に忠誠を誓う剣士に過ぎませんから」

「まあ、謙虚で御立派なのですね。これからも私共の国をお守りくださるようお願いします」

「……この身に代えても守ります」


 それにしてもこの魔導師の卵達は随分と大荷物を背負っている。どう考えても日帰りで外出する気配じゃあないし、むしろ遠くの地に移住すると説明されても納得するだろう。誰もが剣や盾の代わりに杖を手にしている。年齢が上の方ほど使い古されているのが見て取れた。

 みんながさせるその表情に共通するのは期待、だろうか? これから待ち受ける何らかの出来事に対して膨らませているのか。わたしも公都から初めて飛び出て帝都の学院に向かう時はこんな感じにわくわくが沸き上がったものだ。


 ルデヤにはどうやら心当たりがあるのか、けれどどうしてか複雑な表情をさせてくる。


「もしかして皆はこれからレティヒェンの学院に?」

「はいっ、ここにいるみんなが試験に合格してこれから学院に進学するんです!」


 歓喜に満ちた笑顔で女の子が頷いた。その声も嬉しさで若干高めになっている。


 レティヒェン! 遠く離れた帝国でもその名は聞き及んでいる。西方諸国の頂点と評して差し支えない程に魔導が発達した都市だ。魔導都市を巣立った魔導師達がアヴァロン王国の発展に尽力し、都市に残った者も魔導を更に発展させるべく研究に打ち込む。

 噂を聞く限りだと帝国学院とは別の分野の魔導が探求されているんだとか。それもそうだろう、主に人間と獣人が集う帝国学園と違ってレディヒェンは人類四種族が集まってくる。それぞれの種族が持つ文化、文明の違いが現れているって言っていいか。


 アヴァロンにも魔導を学ぶ場は何箇所かあるけれど、レティヒェンでの時間はきっと大きく魔導師達の魔導を飛躍させるだろう。わたしも学院とは違う体系の魔導にはかなり興味をひかれる。時間が許すなら少しの間お邪魔させてほしいぐらいに。


 だからこそ不可解だ。どうしてルデヤは浮かない顔をさせるんだろう?


「お前達は全員レディヒェンは初めてか?」

「ええ。ですからわたし達、もう楽しみで仕方がありません」

「そうか。魔導師でもない私が多くを語る資格も無いんだが……」


 ルデヤは初老の女性とまだ幼さを残す女の子それぞれの方に手を置いた。それは新たなる旅立ち、門出への祝いでもなければ発破でもなかった。その真剣な眼差しは浮かれるこれから成長していく魔導師達を戒めるように鋭かった。


「――魔には溺れるなよ。踏み込めば最後、戻れなくなるぞ」


 ルデヤの忠告には一体どんな真意が隠されているのか。わたしには想像もつかなかった。



 ■■■



 アタルヤの目指すカムリの地は王都スィンダインから西北西の方角に位置する。王都で購入した王国地図を見渡すと、どうやらカムリへの道中でレティヒェンに寄る形になりそうだった。それを知ったルデヤは露骨に嫌そうな顔をさせていた。

 レティヒェンはスィンダインからほど近い都市なのもあって街道が整備されていて人の通りもやや多い。王都から出発してすぐは周囲の町や村へにも伸びていく枝道が集合しているのもあって多くの人が往来していたけれど、程なくそこそこの姿しか見えなくなった。

 ただ、馬車から眺められる景色は単なる平野や荒野ではなかった。人の営みを感じさせる田園風景が広がっていた。まだ育てている最中のようなので実りあるとは表現できないけれど、遠くまで続く緑の海は圧倒されるばかりだった。


「アヴァロンはあまり土地が豊かじゃないって聞いた覚えがありますけれど、噂はあてになりませんね」

「レティヒェンの魔導師達が辛抱強く肥沃にさせてきたからな。おかげでいい麦や農作物が取れるようになったんだ」

「へええ、魔導が人々の生活を支えているんですか。素敵ですね」

「あいにく利点ばっかじゃないんだけどな」


 ルデヤの話だとスィンダインからレティヒェンまでは馬車で二日かかる距離らしい。徒歩だと四日ほどかかるんだとか。早馬で休まず駆け抜けたら日が昇っているうちにたどり着けるそうだ。ダキア公都から帝都よりはるかに近くて正直羨ましい。

 ちなみに飛竜なら半日もかからずに飛べる距離とはルデヤ談。そのせいでたまに日帰りの任務を命じられて朝早くに出発、夜遅くに帰宅してへとへとになる時もあるんだとか。なお、先日エリザベトの傍らにいた賢者ホルダは魔導都市から王都に通勤しているとの事だ。


「あの、ところでルデヤさん。どうして先程レティヒェンと聞いて渋い顔をしたんですか?」


 おずおずと手を挙げてルデヤに質問を投げかけたのはマルタだった。まだ道中は長いので馬車の中では逃げようもない。ルデヤは最初こそ言葉を濁していたけれど、やがて観念したのかため息を漏らした。


「あそこはな、確かにアヴァロンの中でも突出した魔導都市なんだ。その歴史は長くて、アヴァロン建国当初からあったって伝えられてるぐらいだし」

「えっと、そんなに由緒正しいなら誇ってもいいと思うんだけれど……」

「確かにその一面だけを見たら胸を張れるぞ。けれどな、魔導都市は同時に解放都市でもあるんだ」

「解放都市?」


 随分と聞き慣れない言い回しだ。

 解放? 何から? 人のしがらみ? 人を律する法? 人を貪る税?


 ルデヤはどこか嫌悪感すら露わにしながらその重い口を開いた。


「息苦しい人類社会から解放された都市、だ」


 人類圏国家でも列強国に数えられるアヴァロンの大地に一際名が轟く魔導都市。しかしルデヤが口にするのも憚られるといった具合に説明した解放都市の呼び方は聞いた事もない。けれど先程のこれから本格的に魔導の道を歩もうとする者達も知った様子ではなかった。


「ルデヤさんはあまり良い印象を持っていないようですね」

「当たり前だ。騎士は主に、そして国に忠誠を誓うものだぞ。あの都市に長居していたらそんな価値観が塗り替えられそうで恐ろしい」

「塗り替えられるって、どんな風に?」

「愛こそが至高だって聞いたぞ。自分の身も心も魂も全部伴侶に捧げる。それがレティヒェンでの正しい在り方なんだってな」


 愛に溺れてこそ生きると言う事。その在り方はわたしにとある存在を彷彿とさせた。

 それがルデヤの忠告に結びつくんだとしたら……。


「レティヒェンは素通りすべきだ。カムリまでまだ半分も行ってないし、急いだっていいと思うぞ」

「身の危険を感じたなら一目散に逃げればいい。幸いにも五人旅なんだから、一人がその解放都市とやらの空気に当てられても他の者が止めてくれるさ」


 ルデヤの深刻な忠告にもアタルヤは表情を全く崩さずに淡々と答えてきた。ここまでぶれないとむしろ頼もしさすら感じてくる。いや、元々アタルヤは頼もしい女性だったけれど。揺るぎないアタルヤの背中にルデヤもとうとう観念したらしく、頭を軽く抱えて項垂れた。


「どうなっても知らないぞ、私は……」


 わたしはこれまで様々に讃えられた魔導都市とルデヤが心配する解放都市、双方のレティヒェンの姿に俄然興味がわいてきた。魔導と言う叡智の結晶とあらゆる束縛からの解放だと実に両極端だ。この矛盾がどんな形で現れているのか実に気になる。

 一体どんな場所なんだろうか?

お読み下さりありがとうございました。

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