旅は安心を求められる(前)
次の日、王都の宿で一晩明かしたわたしとアタルヤは王宮前の広場で待ち合わせをしていた。
複雑な構造をさせた噴水や丁寧に手入れが行き届いた植え込みと木々があり、王都の民の憩いの場となっているようだ。帝都と比べてもそん色ない発展を遂げているようだけれど、文化の違いにより建物や道の造りから人々の服装まで全く異なっている。わたしの目には新鮮に映る。
そんな広場へゆっくりとした速度で一匹の飛竜が降下してきた。アヴァロンが誇る飛竜を駆る竜騎士を目にするのは初めてになる。竜騎士は飛竜の背中をさすってから軽く跳び上がり、わたし達の目の前に着地した。
「すまない、待たせたか?」
「いえ、こちらも来たばかりです。問題ありません」
竜騎士として現れたルデヤは飛竜にその場にうずくまるよう声をかけた。こうしてみるとダキアでの大会では彼女は本気じゃなかったんだろう。竜騎士は人竜一体となって戦場と飛翔するって文献で見た。もしかしたら今戦ったら飛竜に乗った彼女には敵わないかもしれない。
「今回は飛竜を連れていくんだな」
「当然だぞ。帝国での視察はあまり目立ちたくなかったから置いてきたけれど、ここではそんなの気にする必要ないしな」
そんな飛竜の鞍には長旅に備えた荷物を括りつけている。本来飛竜の飛行速度だったらそんな長旅にはならないのだけれど、同行するわたし達に合わせて荷造りしたんだろう。もしかしたら野宿用品も持参しているのかしら?
「ところでマリア殿やアタルヤ殿はどうやってアヴァロンを旅するつもりなんだ?」
「自分の足で、と言いたい所なんだが休みを取れる日数がそう多くない。馬車を使って移動しようと思っている」
「アヴァロンは帝国と違って乗合馬車の交通網がそこまで発達していないぞ」
「期間を区切った貸し馬車があるらしい。昨日のうちに手続きは済ませておいた」
旅は過程も楽しいとは旅人が謳うけれど、それはあくまで時間を気にしない場合の話だ。有限の時間を効率よく使うなら移動手段は早いに越した事はない。まあ、だからって魔導であっという間に移動するなんて情調が無くて嫌だけれど。
ちなみに貸し馬車の手配は先日王宮を後にしてから行った。とは言え事前に調べていたわけじゃなくて宿を探していたらたまたま見つけただけだ。値は張るけれどその分乗合馬車と違って伸び伸びとした旅を楽しめるだろう。
「ですがわたし達が馬車で移動するってなったらルデヤが困るんじゃないですか?」
「あー、別にそれは構わないさ。私だけ馬車に乗ってこの子だけを自由に飛び回らせたっていい。後は周囲を警戒しながら付いて行ってもいいし、やりようはいくらでもあるよ」
雑談で時間を潰していると、やがて王宮の方から二人組の姿が見えた。一人は相変わらず自分自身より大きな縫いぐるみを背負った深紅の長髪の少女で、もう一人は軽装鎧の上に外套を着込んだ少し気弱そうに見える赤銅の少女だった。
「お、お待たせしました」
「いや、待ち合わせ時間通りだ。問題は無い」
深紅の少女アビガイルは特に表情を動かさずにわたし達を見上げ、赤銅の少女マルタはわたし達に丁寧な物腰でお辞儀をした。マルタの装備は先日の凱旋パレードの武具から一新されていて、ルデヤら聖堂騎士のとそん色ない装飾と煌びやかさが伴っていた。
「マルタさん、装備一新したんですね。とても良く似合っていますよ」
「えへへ、どうもありがとうございます。姫様がどうせだったらと用意して下さったんです」
ただ、マルタが背負う剣だけはパレードで見た時のままのようだ。見たところ勇者としてのイヴが所持していた光の剣ともまた違った趣のある得物のようだ。てっきり新たな勇者に選出されたって聞いたからイヴの光の剣を受け継いだのかとも思ったけれど。
マルタは無邪気に笑いながら鎧や籠手、それから具足を誇示する。よっぽどエリザベトからの贈り物が嬉しかったようだ。こうしていると本当にただのあどけない少女にも思える。とても勇者に目覚めて魔の者を退けたとは信じられなかった。
「では早速出発しようか。何、死地に赴くわけじゃないから気楽に旅を楽しめばいい」
王宮前広場から歩み始めたわたし達は一路貸し馬車やへと向かう。事務所は王都の中でも実際に貸し馬車用の馬小屋や車庫は王都やや外れに位置するので、そこまでの移動は乗合馬車を使ってだ。さすがに街中で飛竜を闊歩させるわけにもいかないとルデヤは飛竜を駆って先行する。
「そう言えばアタルヤさん、ゆっくりこの大地を見て回りたいって仰ってましたよね。具体的にどこをどう回るか、とかは計画立てているんですか?」
「とりあえず一直線に西進して南から北方向に回ろうかと思っている。後は……まあ行き当たりばったりだな」
「随分と大雑把ですね……」
アタルヤは指でアヴァロンの大陸を描き、更に予定している道筋を指でなぞらせた。中々上手く描くものだからわたしも頭の中で地図を思い浮かべやすい。
「漠然とした目的しか無いからな。最悪いくら旅路の行程が伸びようと迷惑がかかる相手はイゼベルだ。多少の寄り道はいいだろう」
「それ、イゼベルさんが苦労する感じですよね?」
「毎日私に仕事を押し付けてくるんだ。たまには責務を放棄したっていいだろう?」
「その辺りで同意を求められても困るって言いますか……」
そうしている間にわたし達は貸し馬車屋に到着、手続きを済ませた。貸し出された馬車は無駄な装飾が一切ない、機能性重視といった作りをさせていた。おそらくは集団で長旅をする旅芸人や傭兵向けなんだろう。さすがに商人や貴族が使うには地味すぎる。
わたし達全員の荷物を馬車に運び入れた段階でルデヤが着陸し、飛竜に背負わせていた荷物を降ろしていく。わたしとアタルヤで乗せて一連の作業は完了。五人分にもなると結構馬車内の空間を占拠するものだな……。
「しまったな。馬車を用意するって知ってたら天幕なんて持ち込まなかったのに」
「備えあれば憂いなし、は極東の言い回しだったかな?」
わたし達五人が馬車に乗り込んでいざ出発。アタルヤが馬を操縦するけれど中々巧みと言っていい。さすが馬を駆り大地を駆け抜ける騎士なだけある。ルデヤの飛竜は彼女が語った指示に従って先に飛び立っていった。
「このまま街道を西に向かえば王都城壁になる。検問を通過すれば新たな旅の始まりだぞ」
「混み具合はどうなんですか? あまり時間は取られたくないのですが」
「いや、多分帝国よりも簡略化されていると思う。確かにアヴァロンは多種族国家だけれど島国だからな」
「海路を厳重に取り締まれば陸路はそこまできつくしなくても問題は無いって考えなんですか」
ルデヤの言った通り程なくして王都を囲む城壁が見えてきた。さすがについ最近まで戦争のあったダキア公都や帝都ネア・レモリアよりも大分高さが低いけれど、ルデヤが言うにはその分河の水を利用した堀があるらしい。
さすがに交通の要だけあって人の往来が激しい。ただその流れは決して滞ってはおらず、結構矢継ぎ早に手続きは行われているようだ。
「少し南側に水路用の関所もあるんだ。それに帝国と違って王都から放射状に延びる街道の数が多いんだぞ」
「それですと検問を担当する役人の動員数が多くなるんじゃあ?」
「人の往来を活性化させた方がいいって考え方らしいな。私も経済とかの分野は全く駄目だからあまり豪語は出来ないけれど」
「……まあ、公都や帝都の混み具合を味わったらその考え方に賛同したくなりますよね」
検問は特にそう時間もかからずに終わった。西方諸国とは険悪な関係の帝国からやってきただけに結構時間を取られるとも覚悟していたのだけれど、聖騎士ルデヤが同行していたのが功を奏したらしい。特に彼女が携えた王女からの勅命書を見せたら一発だった。
「ちなみに飛竜に乗ったままで王都を出入りする際、つまり空路の検問は城壁の真上でやるんだ。私の乗っていたあの子も今上の方で検査を受けている筈だな」
「しっかりしているんですね」
「ああ、きちんと取り締まっているから王都は治安がいい。どの国に行っても胸を張って誇れる自慢の都市だぞ」
ルデヤが感じている誇りは多分他の多くのアヴァロンの人達も感じているだろう。それこそエリザベス王女や、聖騎士デボラも。わたしもここで生まれ育っていたらきっとそうなっていたに違いない。それだけ魅力ある素敵な都市だとは思えた。
手続きを終えてわたし達はいよいよ城壁の外に出た。堀にかけられた橋を渡っていると城壁から飛竜が飛び立ち、わたし達の馬車の傍で低空飛行する。その様子に飛竜を見慣れている筈のアヴァロンの人達が軽く歓声を挙げていた。
さあ、新たな土地で新しい旅の始まりだ。
(後半へ続く)