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閑話・大魔宮攻略(後)

(前半からの続きになります)

「大魔宮、浮上せよ!」


 ナオミの命と共に大魔宮が大きく震えだした。地震か火山噴火かと思ったエヴァは咄嗟に壁に手をついて周囲に注意を払う。

 が、次の瞬間、急激な浮遊感がエヴァを襲った。大地へと引かれる力が急激に増した為、脚を踏ん張って体勢を保つ。


「一体何が……!?」


 エヴァは身体をよろめかせながらも魔王の間で左右一ヶ所ずつ解放されたバルコニーから外を確認する。奇しくもそれは勇者イヴが魔王アダムを討ち果たした後に勇者一行によってはるか地平へと突き落とされた場所だとはエヴァもナオミも知る由もなかった。


 そしてエヴァは信じられない物を目にして声を失った。

 なんと、先ほど自分達が攻略した大魔宮が浮上しているのだ。


「嘘……こんな巨大な建造物が浮かぶだなんて」


 中央宮殿のみがややゆっくりと浮上しておりすぐ下にはまだ各軍団長の居城が確認出来る。、軍団長の居城と中央宮殿に挟まれた中庭の土砂が地面へと落下していく。その光景には周囲の区域に住む魔の者や、無力化された親衛軍の者達もただ茫然と見上げるばかりだった。


 エヴァがナオミへと振り向くと、大魔宮を操縦していると思われるナオミは特に表情を変化させずに淡々と浮かび上がる映像を確認し、展開された各部隊へと連絡を行っていた。映像を窺う限りでも自分が付き従えた妖魔達ばかりかナオミの部下すら混乱の極みにいるようだった。


「大魔宮が移動可能だと知る者はもう私だけなんだろうな」

「ど、どうやったら巨大な質量を浮上させられるんですか?」

「古の魔王様の絶大な魔力と叡智によるものだ。この大魔宮全体に術式が施されていて、魔力を伝達させればその意向一つでこのように動かせる」

「こんな現象を一個人のみが可能とするなんて信じられません……」


 エヴァは目を凝らしながら魔王の間を左右に見渡してみると、確かに浮上の魔導が作動した大魔宮の建物全体に緻密な術式が走っているようだった。それが一定間隔で波打つようにほんのわずかに淡く輝く。まるで魔王の魔力が大魔宮の中を走って伝わっていくように。


「ですが貴女様に相当の負担がかかるのではありませんか?」

「問題ない。大魔宮中枢に安置されている黒水晶に魔力が込められている。私はそれを駆使して制御しているに過ぎない」

「かつての魔王の術式を貴女様が行使出来るのは?」

「……それは、私がこの仕組みを構築した魔王様の武具だったから」


 ナオミは腰に下げていた剣を収めた漆黒の鞘を愛おしそうに撫でる。妖魔と化したエヴァから見てもその仕草は妙に艶めかしく、気を引いた。


「私が自我に目覚めたのは魔王様が当時の勇者に討ち果たされてから大分経ってからだった。それでも私は私の所有者だった魔王様を鮮明に覚えている。私の全ては魔王様と共にある」

「つまりは、今魔王軍に身を置くのもその当時の魔王の意に沿ってでしょうか?」

「物が担い手の意を叶えようとするのは当然だ。違うか?」

「いえ、違いありませんね」


 エヴァは唇に指を軽く当てて微笑む。ナオミもまた微笑を浮かべる。


 やがて大魔宮は森を、山を超える高度へと到達した。空に浮かぶ雲も大魔宮の上方にあったり下方にあったりとエヴァにとっては不思議な光景が広がっていた。既に大地ははるか遠くにあり、豆粒よりも小さく都や街道が広がっていた。


「曇ってどれも同じ高度にあるんじゃあないんですね」

「ただ移動するだけならもっと低い高度で十分なんだが、通過する国々と衝突するのは面倒だからな。この高度を維持して目的地まで移動する」

「移動宮殿、ですか。要塞ごと敵地へ攻め込むようなものなのですね」

「『彼女』は目標に与える影響を最も重要視しているようだからな。でなければ軍のみを当該の地へ進撃させればいいだけの話だ」


 エヴァははるか下に広がる大地の景色を見渡して大魔宮が西進していると気付いた。ここまで大々的に行動を起こしたのなら必ず侵攻に利用するだろうと考えていたエヴァはさして驚きはしなかったが、進む方向には疑問が浮かんだ。

 大魔宮はルーシ公国連合の公都ミエナの北東部に位置する。このまま西進した所でルーシ公国連合をかすめるだけで、そのまま海へと至ってしまう。エヴァはもう一度人類圏の地図を思い浮かべてその上で大魔宮に見立てた駒を進めていく。

 大魔宮の行きつく先、そこは――。


「念のためにお聞きいたしますが、もしや貴女様の向かう先は……」

「それ以外に『彼女』が我々に呼びかけると思っていたか?」

「……いえ、ございませんね」


 冷淡にも思えるナオミの指摘にエヴァは自然と納得がいってしまった。

 もはや『主』が最優先事項として掲げるのは自分を、そして最愛の存在を裏切った者達への復讐のみ。エヴァやナオミへの命令もその手段に過ぎないだろう。『主』の思惑はとっくの昔に大義ではなく個人的な勘定で動いているのだから。


「どうなると一つ解せないのですが、どうして貴女様は我が主の命に従うのです?」

「と言うと?」

「我が主は決して貴女様方の魔王ではございません。魔王軍に組する貴女様が従う義務も義理も無いのではありませんか?」


 至極尤もな指摘にナオミは確かにと軽くうなり声を挙げた。


「確かに『彼女』はもう魔王であって魔王ではない別の存在だ。エヴァの言った通りだろう」

「ではどうしてです?」

「私はな、『彼女』の誕生で大きな流れが出来ているんじゃないかって思うんだ」

「……貴女様の仰る意味が良く分かりません」

「魔王が現れ、勇者に討ち果たされる。それは歴史上繰り返されてきた。勇者が人類に裏切られるその後の顛末だって今回だけじゃなく何度かはあった」


 ナオミはどこから取り出したのか、ボードゲームの駒を取り出した。黒き王の駒と白き女王の駒を上へ放り投げると、漆黒の鞘から素早く剣を抜き放ち、それぞれを上下真っ二つに割った。四つの破片のうち二つを掴み取ると両手で丁寧に切断面を合わせる。


「だが、決して勇者と魔王が互いに惹かれ合いはしなかった。ましてや勇者と魔王が備わった新たな存在になるなんて」


 ナオミは黒き王と白き女王が半々となった駒をエヴァへと差し出した。エヴァはそれを受け取ると天上へとかざしつつ眺め、やがて少しの間手で弄んだ後に胸の谷間へとしまい込んだ。ナオミはその間に床に転がるもう二つの欠片を剣で掬い上げ、開いたもう片方の手に収める。


「つまり貴女様は我が主やあのお方を取り巻く事象がこれまでの魔の者の在り方を覆すかも、と考えておられるのですか?」

「勇者と魔王がどうして時代を経て現れるのか、それも私達は分かっていない。だが『彼女』をきっかけにこの世界の理とでも言うべき現象を明らかに出来るかもしれない」

「そうなれば人類にせよ魔の者にせよ、新たな時代を迎えるだろう、と」

「だから私は『彼女』の願いに乗った。先が見えるなら、とな」


 生まれたばかりのエヴァにはナオミがその『先』とやらを求める意思は理解しきれない。けれど長年魔王軍に籍を置いた古参の戦士は自分よりもはるかに多くの物事をその目で見てきた。だからこそ追い求めたい真理もあるんだろう、と納得はいった。


「このまま進めば人類圏の西側に位置する島国に到着しますね」

「『彼女』は今そこにいる。勇者一行の一人が彼の国に属しているらしいからな」

「あのお方自らの手ではなく貴女様の軍勢をお借りすると言う事は……」

「相手をするのは国、だな。『彼女』は言っていた」


 ――アイツが最も大切にする国そのものを脅かして欲しいの。


 ナオミにそんな連絡が入ったのはダキア公都からの帰還を控えていた頃だった。通信魔法の相手はダキア公都を不在にしている筈の『彼女』からだった。『彼女』は自身に起こった経緯を包み隠さずにナオミに明かした。それはある程度憶測通りだったとはいえやはり驚いてしまった。

 そして『彼女』はナオミにお願いした。命令でもないし決して殺戮と破壊を振りまけとも言わなかった。単に危機に貶めるだけに自分を利用しようとする図々しさには呆れも感じたが、それ以上にその行動がもたらす結果に期待感に胸躍らせていた。


「進軍する! 目標は人類圏国家、アヴァロン王国!」


 故にナオミはその願いを承諾した。もはや勇者イヴでも魔王アダムでもなくなった『彼女』の願いを。


 浮上した大魔宮はゆっくりとした速度で西へと動き始めた。その様子は地上からは距離があったために気付く者は少なく、目にした者は上空を飛ぶ鳥か何かかと自分を納得させた。結局大魔宮はどの人物、どの国家にも悟られずに旅程をこなしていった。


 そして、アヴァロンへと魔の手が降り注ぐ――。


 ―閑話終幕―

お読みくださりありがとうございました。

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