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閑話・大魔宮攻略(前)

 ―閑話―


 アルビオン王国王女エリザベト率いる人類連合軍第一陣がルーシ公国連合に到着した頃、その東側、かつて人類圏国家が総出となり死力を尽くして攻め込んだ魔王の居城大魔宮がそびえ立つ地では壮絶な死闘が繰り広げられていた。

 しかしそれは人類史を紐解いても例を見ない事態だった。人類圏の学者が目の当たりにしていたら間違いなく一大事だと書物に記していただろう。


 大魔宮を防衛するのは魔王直属の親衛軍。絶対の主君を失った親衛軍はいつか再び魔王が降臨する次の時代の為に空位の王座、王宮を守り続ける。その為求心力を失ってもなお親衛軍の士気、練度は非常に高いままだった。

 つい最近に勇者一行が攻め入った際は魔王の意向で人類連合軍を足止めしつつ勇者のみが魔王の間へと至れるように展開されたが、今度はそうした不可解な命令も無く、ただ魔王に仇名す連中を排除しようと全力を注いでいる。


「まさか帝国西の公爵領ダキアから戻ってくるなり大魔宮を攻め落とそうとするとは……」

「目的を達成するには守備隊は邪魔だからな。排除する」


 一方、大魔宮へと攻め入る軍を構成していたのは同じく魔の者達だった。

 命を宿した武具達は独りでに歩く全身鎧もいれば所有者を魔へと誘って己を振るわせる剣や槍もいた。杖が魔導を行使して炎を射出し、竜をかたどった動く像が爪や牙で相手を引き裂いていた。更には建造物を思わせる巨人像が大剣を轟音を立てて一閃させていた。

 吸血鬼がいた。夢魔がいた。羊や牛の頭を持つ悪魔もいれば下半身だけが蛇や蜘蛛等の魔物と化した女がいた。誰も彼もが相対する魔の者達を貪り、喰らっていく。その有様は捕食行為でもあり生殖行為でもあり、生物の性を包み隠さず体現させていた。


 魔王軍対魔王軍、それが大魔宮で繰り広げられる戦争模様だった。


 そもそもの発端は付喪神を率いる軍団長ナオミが帝国ダキアより帰還する少し前の事だった。大陸東へ遠征していた付喪軍がその半数近くを大魔宮南側に集結し始めたのだ。ノアの意向でキエフや帝国より撤退した魔人軍に引き続く、今は亡き魔王が残した方針への造反だった。

 魔王の命こそ絶対だとする親衛軍は直ちに元の担当地域に戻るよう魔王の名において命じたものの、物が命を宿した付喪神達は全く聞く耳持たずに大魔宮近くに陣を敷く。やがてキエフより撤退した妖魔の軍勢が合流し、大魔宮を守護する親衛軍を超す規模となった。


「我ら付喪の軍勢はこれより大魔宮に攻め入る!」


 そして、軍団長を出迎えた軍勢はあろう事か大魔宮へと刃を向けたのだった。


 先陣を切って親衛軍に切り込む女性が二人。二人とも人間とそう変わらない背丈をしていたが、その振るう剣は正に死神の鎌のように敵対する魔の者の命を刈り取っていく。立ちはだかる者達は成す術無く彼女達に蹴散らされていく。


「何故だ! どうして今になって反旗を翻すんだ……!」

「それをお前達が知る必要は無い」


 付喪軍と妖魔軍の大魔宮攻略戦は二人の女戦士、付喪長のナオミと妖魔長代理のエヴァの快進撃により終始攻め手が有利に傾いていた。ナオミもエヴァも同じ旗の下に集った魔の者達を容赦なく斬り伏せていった。


 結局その戦局が覆る事も無く、エリザベト達がアルビオンへと退却した同じ頃には大局は決していた。ナオミは攻城戦より残存勢力の掃討戦に切り替え、自身は大魔宮中心部の魔王の間へと足を進めていく。


「ご苦労だった。エヴァ、と言ったか。サロメの後始末を押し付けられるとはな」

「いえ、微力ながらお力添え出来て光栄です」


 ナオミは魔王の間の扉を開いた。主無きがらんどうの魔王の間は豪奢と質素が絶妙な均衡と成しており、見る者を圧倒する。調度品や壁画、そして像が飾られており、彫刻が彫られた柱の全てには魔王軍や魔王を示す旗が掲げられていた。

 既に勇者と魔王が興じた死闘で生じた破壊の跡が修復されている。幾何学模様が編み込まれたカーペットの上をナオミは歩んでいく。ただやみくもに空の宮殿を攻略したのではなく、明らかに目的を持った確かな足取りだった。


「大魔宮、と一口に言ってもいくつも区画が分かれているのは知っているか?」

「いえ。そもそも私めは大魔宮に足を踏み入れるのも初めてです」

「大魔宮の外周に広がるのが魔の者達が住まう都だ。扇形に六つの区画に分かれている。その内側にはやはり六つの城があり、それぞれ軍団長が守護出来る仕組みになっている。魔王のいるこの中央宮殿に攻め入るには六つの城を攻略し、魔力障壁を解除する必要がある」

「その割に今回は素通りでしたが?」

「軍団長は出払い、代理の者を立てて任せてもいないからな。それに大魔宮の守護は我々だけで十分との親衛軍の自負もあったんだろう」

「役に立たない誇り程空しいものはありませんね」


 ナオミはとうとう魔王が君臨する王座の前へとたどり着く。彼女は王のいないその席に腰をかける……わけでもなく、足場として昇っていく。そして彼女は首に下げていた袋から複雑な形状をさせた濃い紫色の鍵を取り出し、王座の上のレリーフへと差し込んだ。


「ところで、エヴァは今回の攻略戦について何か聞いているか?」

「いえ。我が主からはただ貴女様に付き従え、としか命を受けておりません」


 実の所エヴァはナオミの真意を全く分からない。そもそも彼女が妖魔軍に籍を置くのも主の命。妖魔軍を従えてナオミ達に従軍したのも主の命による。同行していれば分かる、などと意味深な言葉を頂いたのみでその意義までは教えてもらっていなかった。


「まさかこの大魔宮のからくりを把握した魔王が再び現れるとは思ってもいなかった」

「からくり、ですか?」

「そうだ。我々六軍が健在で各地域に攻め入められるならこんな仕組みは要らなかったのだがな」


 大魔宮攻略に費やした軍勢は付喪軍と妖魔軍のおおよそ半数ほど。残りは未だ東征を進めている最中。魔人軍はキエフ公国オデッサでの攻防で一旦引き下がり立て直しの最中。冥法軍は東征には参加しているもののその全容は一向に見えず。百獣軍や堕霊軍は半壊したままだ。

 そんな二人はルーシ公国連合の地にて蘇った堕霊長ラバンや百獣長ガトーについても既に耳に入れていた。何者が永遠の眠りから目覚めさせたかは一切の手がかりも無い。だがナオミはかの地にて巻き起こった元凶を漠然と頭に思い描いていた。


(冥法長が動き出した? しかしどうして今頃、何の為に……?)


 生と死を司る冥府の軍勢を従える冥法長、その正体は魔王軍の中でも古参となったナオミも会った事が無かった。冥法軍は姿も見せぬ軍団長の命を受けてその時々の魔王の意向に従っている。もしかしたら冥法長自体存在しないのでは、とまで囁かれる程その足跡は残されていない。

 人類の手で破られたラバンやガトー達が率いた軍勢と共に生者の世界に呼び戻された現象。十中八九冥法長の仕業だろうとナオミは辺りを付けていた。しかしナオミが知る限り初めて自主的に起こした行動がアンデッドの軍勢でのルーシ公国侵略。その動機は見当もつかなかった。


(これも彼女の意向なのか、それとも偶然行動が重なっただけなのか……)


 ナオミは鍵を刺し込んでから捻った。すると内側のからくりが働き出したのか、歯車や鎖が動く音が壁の向こうから聞こえてくる。それを確認したナオミは軽やかな足取りで王座の前に降り立ち、魔王不在のその席へと腰を落ち着けた。


「今回の戦だが、エヴァは『彼女』の命令に従ったんだろう?」

「貴女様の仰る『彼女』が我が主を指すのかは存じません」

「アダムに忠誠を誓った親衛軍の者達が大人しく『彼女』の命令に従うとは思えない。それが奴らを排除した理由だ」

「興味がありません。私は我が主の命に従うのみです。貴女様の指示に従い私めが率いていた妖魔軍は皆この中央宮殿へと集結させています」

「どうやら私が率いる者達も六宮殿を抜けてここに来れたようだな。では、私に与えられた任務を遂行しよう」

「任務、ですか?」


 ナオミは王座の肘掛けに手を置き、指を動かしていく。すると王座を中心として中央宮殿各所の映像が二次元的に映し出された。細かい操作で次々と映像を切り替えて目を通していき、更に中央宮殿を取り囲む六軍団長の居城の外部映像も確認した。


 そして、ナオミは高らかに宣言した。


「大魔宮、浮上せよ!」

(後半へ続く)


別作品との同時連載のために週一にしようと考えていましたが、6500字前後ではなく3000字強を二回に分けて投稿するようにします。

当面はこれで様子見とさせていただきます。

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