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新たな旅の兆

「マリアとアタルヤ、だったかしら? 勇者イヴの件についての忠告はちゃんと受け取ったわ。けれどコレは勇者イヴとデボラ、つまり私達アヴァロンの問題だから。自分達で何とかするわ」

「そう、ですか」


 エリザベトの宣言に傍らで控えるデボラもルデヤも頷いて同意を示す。

 ……正直言うとこの提案には内心複雑だった。


 デボラの味方をしたいとは思わない。かと言ってバラクの時と違ってイヴに手を貸す気も起きない。わたしはただイヴに周囲を巻き込んでまで復讐してほしくないだけなんだ。だってイヴを裏切ったのはあくまで勇者一行であり、マリア達の周りの人達じゃあない。過度な復讐は更に憎悪をもたらす悪循環の始まりでしょう。

 でもエリザベトは国を挙げてデボラを守ると心に決めている。彼女の上、つまり国王がどう判断するかは分からないけれど、デボラが聖騎士としての責務を全うしている上に救世の英雄だと讃えられている現状から見る限り彼女を見捨てるとはとても思えない。


 ……この対抗措置がどう転んでいくかはわたしにはまだ判断が付かなかった。


 エリザベトは深く息を吐くと、玉座の上で力を抜いて肩を落とした。


「ふぅ。悪いわね、休暇を満喫するためにはるばるアヴァロンに来てくれたのにわざわざ知らせに足を運んでくれたんでしょう?」

「いえ、別に大した手間ではありません」

「ああ、それとサライからの手紙は頂いたわ。レモラ皇帝からアヴァロン国王への正式な親書は後日ルデヤから国王陛下に提出させるから安心して」

「えっ?」


 エリザベトはルデヤがサライ陛下から手渡された親書を手にして仰いでみせた。まだ封蝋は割れていないから中身の手紙は露わになっていない。

 それより今エリザベトは陛下を呼び捨てしていなかったか? さすがに列強国の王女とは言え一国の国家元首に向けて馴れ馴れしいような……。もしかしてエリザベトと陛下って互いの立場を超えて名前で呼び合う親しい間柄なのか?


「まあね。同じ年で誕生日も近いし、彼女とは何かと気が合うのよ」


 わたしの疑問を察してかエリザベトは徐に語りだした。

 陛下とは幼い頃に開かれた世界会議の際に知り合った事。お互いに継承権は遠くて成長したら政略結婚の駒に使われるだろう立場だった事。出会ってからずっと文通をしている事。一年前の人類反転攻勢の時に久しぶりに再会した事を。

 そんな彼女の言葉からはサライ陛下への親しみを端々に感じられた。


「全く、サライったら下剋上起こして女帝にまで登り詰めちゃったしさ。私も彼女を女帝陛下とか呼ばないと駄目なのかしら?」

「別に公の場じゃあなかったら構わないんじゃあない? 向こうも気にしていないようだし」

「それもそうね。ルデヤからの報告を聞く限り相変わらず破天荒みたいね。だからこそ獣人圏統合とか政教分離とかキエフ併合とかやってのけたんでしょうけれど」


 ルデヤから話を聞いたんだとしたら多分西の公都で開かれた大会が主な情報源だろう。……あれじゃあやりたい放題だって言われても仕方がない。それでいて帝国を瞬く間に隆盛させていった政治的手腕があるんだから、彼女は讃えられるべき名君に違いない。

 エリザベトはサライ陛下を思い返して懐かんだようがすぐに気を取り直して手で遊んでいた親書をルデヤに渡し返した。ルデヤの方は一歩前に進み出て恭しく受け取り、丁寧に懐にしまい込む。


「とにかく、サライはこっちが危機に窮したら助けてくれるって言ってくれているみたい。正直すっごく助かる提案だけれど、お父様が許してくださるか……」

「無理でしょうよ。だって彼ったらこのアヴァロンを人類圏の盟主だって自負しているもの」

「んー。西方諸国側で異端扱いの帝国の手を借りるなんて死んでもごめんだー、なんて言いそうっすねー」

「……収める自国を誇りに思うのは大事だけれど、虚勢を張ったって身を滅ぼすだけじゃあないかしらね」


 エリザベトの呟きはここにいるアヴァロンに属する一同の総意なのか、誰も反対意見を述べようとしなかった。にしても以前のルデヤの口ぶりからするとデボラは現国王に心酔しているみたいだったけれど、こうして直に会ってみると盲信している程ではなさそうだ。


 さて、とエリザベトは一度仕切り直すかのように手を叩いた。


「それで、マリア達はアヴァロンに何日間滞在するの? 王都に留まるなら結構見どころ沢山あるわよ。宿とかはもう手配済み?」

「いえ、今日王都で宿泊した後は西のカムリに向けて出立したいと考えています」

「……カムリ、ですって?」


 カムリ、確か西の公都での大会の時にルデヤが口にしたアヴァロンの一地方の名称だったっけ。アタルヤは航海中もアヴァロンでどう過ごすつもりなのか全く語らなかったから、てっきり風の向くままに行き当たりばったりかと失礼にも思っていた。

 カムリと聞いてエリザベトの眉が釣り上がる。ルデヤの言葉が正しいならエリザベトは赤竜の騎士王に傾倒する現行の円卓の騎士制度に反対しているんだったっけ。なのにその地域の名が挙がったら過度に反応するのも仕方がないかもしれない。


「ふぅん、わざわざ帝国からやってきてあっちの方に、ね。騎士王物語でも読んでその舞台になった地域を直に周りたくなった?」

「あの脚色された話も好きではありますが、その程度の動機と思われるのは心外です」

「……っ」


 アタルヤは僅かに嘲りの入ったエリザベトの投げかけに若干鋭い口調で返した。傍にいるわたしですら感じ取れる気迫にエリザベトも圧されたのか、やや怯みを見せる。


「じゃ、じゃあ何よ? あっちに知り合いでもいるの?」

「かつてこの大地を駆け抜けた際は平穏とは程遠かったので、ゆっくりと見て回りたいと考えています」


 その時のアタルヤの心境は如何ばかりだったか。今のわたしには残念ながら推し量る事は出来なかった。ただ一つ言えるのは彼女が並々ならぬ想いを抱いてこの地を訪れたって意気込みが伝わってくるって点だ。


 アタルヤの凛として厳かな回答にエリザベトは何が思う所があったのか。目を丸くしたかと思うと腕を組んで呻り声を挙げた。やがて彼女は妙案を思いついたとばかりに手で膝を叩いた。そんな主を目の当たりにしてホルダが悪い笑顔を浮かべ、ルデヤが露骨に嫌そうな顔をした。


「ふぅん、貴女ってアヴァロン来るの随分久しぶりみたいね。誰か道案内付けましょうか?」

「道案内ですか? 旅の仲間は少し多い方が賑やかで楽しいですが……」

「じゃあルデヤ、折角帝国からの帰り道を共にしたんだし、悪いんだけれど頼んでいいかしら?」

「わ、私が!? ……いえ、姫様の御命令とあらば」


 今思いついたらしい王女様の指示に驚きの声をあげたルデヤだったけれど、すぐに気持ちを切り替えたらしく恭しく一礼した。さすがアヴァロンの誇る騎士だけあってその動作一つ一つが気品に溢れている。きっと同性であっても惚れ惚れするだろうなあ、と感想を浮かべた。


「それとアタルヤ。帝国で開かれたって大会の話は聞いたわ。その腕を見込んで貴女に預けたい子がいるんだけれど、いいかしら?」

「預けたい子、ですか?」

「さっきの凱旋パレードの時にデボラが声をかけたのが貴女達だったら見ていたかもしれないけれど……ほら。私の傍にいたあの赤髪の女の子よ」


 赤髪の女の子、赤竜の騎士王を髣髴とさせると語られた、あの。

 意外な提案にさすがのアタルヤも目を丸くさせた。それもそうだろう、先ほど大層驚いたと語り合ったばかりなのに、そんな彼女と関わり合うようになるなんて誰が想像しただろうか? そもそもわたしやアタルヤは彼女が何者かも知らないのに。


「私の腕を買っていただけるのは光栄ですが、見ず知らずの私に託して問題ございませんか?」

「問題は無いわ。むしろ今はあの子を手元に置いておきたくないの」

「ですがアレだけ赤竜の騎士王の帰還だと騒がれた彼女はこの国では特別視される存在かと思われます。その意向に逆らうと?」

「……お父様の事だから、赤竜の騎士王の再来だとかで絶対に彼女、マルタを祀り上げるに決まっているわ。そうマルタを扱って欲しくないし、そもそも讃えるにはあの子の実力はまだ足りていないのよ」


 そうしてエリザベトから語られたのはわたし達が大会に興じている間に勃発していた戦争についてだった。再び最果ての地に襲い掛かった悲劇、かつてイヴとアダムが撃破した軍団長の復活、赤銅の少女の勇者としての覚醒、そして公都の復興まで。


 中でも新たな勇者として目覚めたばかりのマルタが死闘の末に蘇った軍団長を下した活躍には驚きを禁じ得なかった。だって軍団長ってノアやナオミと同等の強さなんでしょう? わたし一人じゃあ到底太刀打ち出来なかった相手だ。そんな脅威に立ち向かう勇気も凄いし、退ける強さも尋常ではないだろう。


「ただね、あの子はまだ不完全なのよ。天から授けられた力に振り回されているって言えばいいのかしらね」

「だから崇め奉られるよりも旅をさせてもっと経験を積んでほしい、と」

「そうね。それに……王宮に閉じ込めていたんじゃあマルタの悲願は絶対に叶わないもの」


 ――あの子は、自分の生まれた意味を知りたいんですって。

 そのように物悲しげに王女エリザベトは呟いた。



 ■■■



 赤銅の少女マルタは縫いぐるみを背負う幼女と共にわたし達に与えられた部屋とは別の貴賓室で休憩を取っていた。わたし達の入室にマルタは立ち上がって深くお辞儀をしてくる。どうやらアタルヤがドレス姿なせいで高貴な貴婦人に見えたようだ。


「ああ、そんなに畏まらなくてもいい。私達だって単なる来訪者に過ぎないからな」

「えっ? えっと、じゃあ貴女方は……?」

「私はアタルヤ、こちらはマリア。遠くレモラ帝国より足を運んできた魔導師だ。すまないが向かい側に座っていいか?」

「あ、別に構いません。特に何もしていませんでしたし……」


 アタルヤは軽く会釈をした後に裾を軽く持ち上げてソファーに腰を落ち着けた。わたしも一回自分のローブを払ってから座り込んだ。さすがに王宮の家具だけあって物凄く柔らかくて適度な硬さもあり、凄く座り心地が良い。全体重を預けたらすぐに夢の世界に旅立つだろう。

 マルタは僅かながら怯えの色が見られ、どうやら突然現れたわたし達を警戒しているようだ。一方のアタルヤは先ほどとは打って変わっていつものように感情を起伏させずに凛々しいままでいる。マルタの奥で佇む少女は……正直感情が読めない。ただ心なしかアタルヤを注視しているか?


「あっと、遅れました。私はマルタで、こっちの子はアビィ、アビガイルです」

「……」

「よろしく。それと別に私は貴族でも富豪でも何でもない。遠慮せずに喋ってもらえないか?」

「あ、と、分かりまし……うん、分かった」


 マルタは丁寧にお辞儀をして、アビガイルは全くの無反応。アタルヤは特に気分を害さずに軽く頭を下げた。彼女の願いでマルタは言葉づかいを崩す。聞き比べるとどちらも彼女らしく思えるのは不思議な感じだ。


「単刀直入に言わせてもらうと、貴女をここに連れてきたエリザベト王女が今度は私達と旅に出ないかと勧めてきた」

「えっと、貴女方と……?」

「私達は明日か明後日に王都スィンダインを出発、カムリを旅して回るつもりでいる」

「カムリ……」


 少女アビガイルが初めて僅かに目を細めて反応を示す。彼女がカムリって地方にどのような思う所があるのかはさすがに判断材料が少なすぎる。


「勿論断ってここに留まってもらってもいいそうだ。来賓として扱うとエリザベト殿下は仰っていた。しばらくもてなされるのも一つの道だと私は思う」

「……ううん、違う。私の道はきっとここじゃあない」

「断言か。よかったらどうしてそう思うか聞かせてもらえないか?」

「何だかここにいると眩しくて息苦しくて、それから冷たくて……。それでも姫様もホルダさんはもデボラさんも、みんな優しかったからここでもやっていけるとは思う。でも、きっと私がここにいてもみんなに迷惑がかかるばっかかな、って」


 どうしてマルタがそのような結論に至ったか思考を巡らせられたけれど、止めておいた。何しろわたしと彼女は今日が初対面。なのに憶測ばかりの勘繰りは彼女への冒涜に他ならないだろうから。今はそう思う芯のある自分の考えが彼女にはあるんだって思っておこう。

 現にマルタは逃げるような臆病な目つきではなく、遠くを見据えた強い眼差しをさせていた。


「私達二人で旅して回ろうかって言い合ってたところなんだ。でも姫様がそう言っているんだったら、きっと私を考えてくれてなんだよね?」

「世界は広い。まだ見聞きしていない土地へ足を運び、様々な人と交流を深めるのは決して無駄にはならない。ただ、殿下や私からは誘うだけだから、結論はマルタが出してほしい」


 アタルヤはやや前のめりになって手を差し出した。マルタは目を丸くしてアタルヤの手の平を煮詰めていたけれど、やがて静かに手を差し伸べると、アタルヤの手の上に置いた。お互いの手が軽く握られる。


「うん、じゃあよろしくお願いします」

「ああ、よろしく」


 アタルヤがわずかに微笑みを浮かべた。マルタも笑顔を見せて大きく頷いた。

 新たな旅の仲間がここの二人。それも今回は異変も魔の者の兆候もない、純粋に漫遊を楽しめるわけだ。今度はどのような毎日になるのか、今からでも心がはしゃぐ気持ちが湧くのを実感した。


 そんな新たな絆を築いた二人を眺めていたアビガイルの瞳は沈み込んでしまいそうなとても深い色を讃えていた。ただ、先程の無表情とは打って変わっている。その双眸はただ目の前の光景を映すだけではなく、憎悪にも似たわだかまりを帯びているようだった。


「……何を企んでいるの、白竜の覇王?」


 アビガイルの声は少女らしい軽やかな音色をさせていたけれど、口調は全くの逆で怒りと怨みに彩られていた。わたしの背筋に冷たいものが走り、マルタも驚いた様子でアビガイルの方へと振り向く。当のアタルヤは感情の塊をぶつけられても涼しい顔をしたままでテーブルの上に置かれた菓子を摘まんで口に運んだ。


「別に何も。しかし驚いた。イゼベル以外に私をその称号で呼ぶ者がいたとはな」

「そんな事はどうでもいい。マルタをどうするつもりなの?」

「正直に興味が湧いたと打ち明ければ満足か? 別にマルタに危害を加えるつもりは無いぞ。ただし……」


 ――このアヴァロンに害意が無い限りは、な。


 アタルヤがそう付け加えた際、彼女は視線を鋭くさせてアビガイルを睨みつける。気が付いたらいつの間にかアタルヤはわずかに上半身を前のめりにさせて両脚共足裏をしっかりと床に付けていた。踏み込んで剣を一閃、既に攻撃の前段階まで準備を整えている。

 対するアビガイルは己に向けられた殺意を心地よさそうに受け止め、微笑を浮かべた。


「赤竜の騎士王は確かに偉人だが、同時に歴史の敗北者でもあるだろう。今更帰還させて何をするつもりだ?」

「赤竜の騎士王? 冗談、貴女も言った通り昔を繰り返したって意味は無い」

「なら、選ばれた彼女をどう導くつもりだ? 見た所既に四元素の二つを物にしているようだが、その果てに何を求める?」

「決まっている。私はただ今度こそ見たいだけ」


 ――理想郷。かつてもう少しだったのに幻に終わってしまった尊き世界を。


 ハッキリ言うとアビガイルの言っている事はさっぱりだし、アタルヤが何となく察している彼女の真実も全く見えてこない。ただ一つ言えるのは、目の前の少女の姿をさせた何かがとてつもない大きな悲願を抱いているってぐらいだろう。


 赤銅のマルタ、新たなる勇者。

 彼女に待ち受ける道は既に壮大なものになっている気がしてならなかった。

お読みくださりありがとうございました。

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