閑話・確かに救えたモノ
今回も前回の続きになります。
―閑話―
救援となる人類連合軍はルーシ公国連合の公都ミエナに到着後、まず休息を取って一日を過ごした。ホルダの復興魔法により家屋が復元されたので雨風に晒されなくなったため、長旅と死闘で疲れ果てていた兵士達が限界に来ていたからだ。
次にここまで運ばれてきた負傷兵の治療に多くが動員され、余った人員で班を作って市街地に散開して生存者の捜索を行った。と言うのも堕落長ラバンの自爆により爆心地は地面が大きく抉れて跡形もなくなっていたが、郊外は建物が焼け焦げつつ倒壊して石畳がめくれた程度に留まっていたからだ。
「なら地下室で救援を待っている人もいるかもしれないわ。倒壊した瓦礫に入口が塞がれちゃって出るに出られなかったとかさ」
「魔の者が退けられるまで息を潜めている、って辺りかしらね」
「じゃあ、もしかしてこの公都ミエナにもまだ生き残っている人が……!?」
「居るかもしれないわね。これだけ大人数引き連れているんだから人海戦術で探しましょう」
エリザベトから紡がれた可能性を聞いたマルタは今にも泣き出しそうな程に表情を歪ませた。絶望だけしかなかったあの場面が脳裏に焼き付いた中で射した光明、希望だった。そんな都合の良い事が起こる筈ない、と冷めた考えも浮かんだものの、それに縋らずにはいられなかった。
自分の足で生存者を探し出そうとしたマルタの手をアビガイルが掴む。マルタは思わず怒りに満ちて幼女を睨みつけるが、アビガイルは無表情のままで顔を横に振った。その深紅の瞳がマルタを捉えて離さなかった。
「こんなにみんなが探しているのにマルタが一人加わってもそんなに意味は無い」
「意味なんて、そんなの……私は割り切れないよ」
「公都は広い。まだマルタにはやらなきゃいけない事がある。そうでしょう?」
「……うん分かった。我慢するよ、私」
言い出した本人のエリザベトは自分から率先して負傷者の治療を手伝う。強行軍でミエナに辿り着いたせいで消耗した者も多く、エリザベトは一人一人の声をかけて元気づけていった。ちなみに本陣の運営は完全に開き直って丸投げ状態としている。
「どうせ私がいたっていなくたって変わらないわよ」
とはアヴァロン王女エリザベトの弁明である。そんな彼女に面白おかしく付き従う賢者ホルダも人の事を言えないばかりか率先してエリザベトに甘く囁いて唆していたりするのだが。
「あーあ、私にも治療魔法の才能があったらみんなをぱぱーっと治しちゃうのにさ」
「姫様、魔導は万能の力じゃあなくてよ。主とやらが定めた世界の法則を覆して我を通す技法な以上、どこかで必ず無理が生じる。出来る限り自然回復させた方がいいんじゃあないかしらね」
「意外ね。アヴァロンで最も優れた魔導の担い手のホルダがそう言うなんて」
「魔導なんて所詮、主をいかに欺くかってだけでしょう。そう偉そうにする代物でもないわよ」
同行するホルダは退屈だとばかりに欠伸を隠そうともしない。それでも甲斐甲斐しくエリザベトと共に手を動かし、時には命が失われようとする弱った兵士に回復魔法をかけていった。手当された兵士達は例外なくエリザベトとホルダに感謝の言葉を述べた。
「姫様! 俺らの為にわざわざ来てくれてありがとうございます」
「いいのいいの。ほら、怪我人は大人しく寝ていなさい」
「姫様の戦いぶり結構久しぶりに見ましたけれど、格好良かったですよ」
「当然よ! だって私は聖騎士なんだもの!」
マルタが驚いたのは平民や下手をすると奴隷階級の兵士達が気さくに二人へと語りかける点だった。エリザベトは強国アヴァロンの聖騎士であり王女、ホルダも国を代表する賢者。言わば日常では決して関わらない天上の存在に対して近所の少女とするように語り合うのだ。
そしてエリザベトもまたそれに気分を害する様子も無く、むしろ日常会話の延長のように返事を送っていた。さすがに目上の者に対してもある程度尊大な態度は崩さなかったが、それでもマルタが勝手に思い浮かべていた貴族王族像を覆すには十分だった。
「同じ人類なんだもの。ちょっと役割が違うだけで上も下も無いわ」
「っ。私、考えが口に出ちゃってましたか?」
「いえ、顔に書いてあったものだから。私の読みもまだまだ捨てたものじゃあないわね」
「姫様、手元がお留守になっているわよ」
「わわっ、ちょっとぉ! 何か放るなら一言言ってからにしなさいよ!」
得意げに鼻を鳴らしたエリザベトにホルダが兵士の身体をぬぐった濡れタオルを押し付ける。エリザベトは慌ててタオルを水で浸した桶に入れて濯いだ。大勢の兵士がいるのである程度流れ作業にはなってしまっていたが、それでも最低限の要所は押さえていた。
「だって私は一生懸命頑張ってくれる人を応援するぐらいしか出来ないもの」
「えっ?」
「剣を振るったってデボラやルデヤには全然勝てないし、魔導だってホルダとかカイナンに遊びだとか馬鹿にされるし。政治とか社交界とかお兄様とお姉様がいれば充分。私が主役になれる場面なんてそんなに無いわよ」
「でも、みんな姫様を慕っているじゃん。それって凄い事だと思うよ」
「ええ、ひた向きに頑張って応援して、逆にこっちも応援されて勇気づけられる。それが私ってわけね」
「……眩しくて憧れちゃいますね」
戦後で手当てを疎かにして多くの命が失われる場面は人類史を紐解けば多々ある。補充がきくなり治療に手が回らないほど切羽詰っているなど言い訳だ。手を伸ばせる命を掴もう。そうした尊い志に基づいて白魔導師や医療に携わる者が集って衛生兵は構成されていた。
それでも大勢の負傷者の間を忙しく駆けずり回る衛生兵達の中で率先して手伝うエリザベトの姿は、その場の負傷したアヴァロン以外の兵士達も感銘を受ける程だった。
「姫様ぁ、この地区一帯の探索終わらせてきましたよ!」
「ん、ご苦労様。……それで、生存者は?」
伝令役としてデボラが元気に飛び込んできたのはエリザベト達が治療の手伝いを始めてから大分経ってからだった。出迎えたエリザベトは手にしていた水桶とタオルを床に置いて立ち上がる。ただ、その面持ちは先ほど優しく兵士達に語りかけていた時とは違って真剣みを帯びていた。
マルタが固唾を飲んで服の胸元を軽く握る。ホルダも作業の手を止めて視線をデボラに向ける。注目されたデボラは浮かない顔をさせて呻り声をあげた。頭をかきながら苦笑いをさせる聖騎士の様子にマルタに悲愴が宿っていった。
「んー、朗報っぽい方がいいっすか? 悲報っぽく喋っても?」
「どっちでもいいわよ! いいから、脚色しないでありのままを伝えなさい」
「魔の者の領域が近いのもあって結構な数で地下室があったんですけど、ほとんど残念な結果に終わりました」
「……そう、覚悟していたとはいえ残念ね」
覚悟はしていたとはいえ残酷な現実を突き付けられたマルタは打ちのめされてしまう。
公都ミエナでは一か月もの間に渡って魔の者に包囲されて市街戦を繰り広げてきた。だから魔の手を逃れて隠れ潜んでいても備蓄が尽きた家も多かった筈だ。生存は絶望的、冷淡に導き出せる答えにマルタはしかし顔を振って否定する。
(まだ地区の一角だもの。諦めちゃあ駄目だよね……)
気をしっかりと持ったマルタの手をアビガイルが握った。彼女はマルタに笑いかけこそしなかったものの、その手の温もりは焦りが生まれていたマルタの心を落ち着かせる。マルタは笑みを浮かべてアビガイルに強く頷いた。アビガイルも彼女を心配させまいと気丈に口元に笑顔を作る。
一方のエリザベトはデボラの口ぶりに違和感を覚え、眉を潜ませた。
「けれどその口ぶりだと生きていた人も?」
「すぐ数え終るぐらいしかいないっす。ただ酷く衰弱してたっぽいのですぐこっちに運ばれてくると思いますよ」
「生き残りがいたんならそう言いなさいよこの馬鹿ぁ! 早く案内しなさい!」
「りょ、了解! こっちっす!」
エリザベトはデボラの頭をはたいてから彼女の尻に蹴りを入れて急かした。デボラも頭と尻をさすりながら駆け出した。
「ほらマルタも、早く行きましょう!」
「あ、はいっ!」
エリザベトがマルタの手を取ってデボラの後を追いかけ始める。マルタは慌てて転ばないよう努めながら足を動かした。
対面から即席の診療広間に向かう一行を目にしたのはそれから程なくだった。兵士達に抱えられるミエナの市民は誰もが酷く疲れ果てていたり衰弱していたりしていた。大勢の人類が行き交うようになってもなお恐怖に支配されたままなのか、怯えが仕草の一つ一つに感じられた。
そんな市民を前にしてマルタは苦しそうに顔を青くしてエリザベトの背後に隠れてしまう。エリザベトが「ちょっとぉ!」と叫びながら前へ押し出そうとするも頑なに動こうとしない。その間にも一行は脇に寄った四人を通り過ぎようとして、
「……勇者、様?」
そのうちの一人の目にマルタの姿が映った。いたたまれないマルタを余所に他のミエナ市民達も気付きはじめ、その足を止めた。誰もがただマルタへと注視していた。
罵られるのか批難されるのか、悪い方へと考えて身を竦ませたマルタだったが、彼女が見たのは驚くべき光景だった。
「お、おお、勇者様……! 私共を救っていただき、本当にありがとうございました……!」
何と市民達は跪き祈るように手を組み、涙を流して感謝を口にしていくのだ。愕然として顔を横に振るマルタだったが、彼女の背中をアビガイルが、彼女の肩をエリザベトがそれぞれ押す。軽く悲鳴をあげたマルタは市民達の前に躍り出る形になった。
思わず彼女達に振り返ったマルタだったが、アビガイルが手で市民達を指し示す。
「どんな形になっちゃってもマルタがこの人達を救ったのは確かだと思う」
「ついでに私達も救って救援の人達を導いたのもマルタのおかげじゃあないの。そんな悲観に暮れてないで堂々としちゃいなさい!」
マルタはもう一度市民達に向き合った。そしてマルタは市民の一人に手を差し伸べて立ち上がらせた。彼女の目からは涙が流れ、顔には微笑みが浮かんでいた。
「こっちこそ、生きていてくれてありがとうございます。それだけで私も報われましたから」
マルタは自分の本音を正直に口にする。地獄の中でやっと出会えたアビガイルという幼女から救いを得た。けれどマルタはここでようやく長い間剣を振るってきて無意味じゃあなかったんだと自分を納得出来た。
(私、この人達を助けられたんだ……!)
マルタはそんな安堵からか彼女の涙をこぼし続けた。
■■■
復元させれ公都の一角の探索が終わった所でホルダは再び復興魔法を発動させた。同じように新たに建造物が立ち直った地区を人類総出でくまなく見て回った。生存者は食料を分け与えて治療し、死者は丁重に弔った。
「全滅したとも覚悟していたけれど、意外に生存者が多かったわね」
「ちょっとホルダ、少し麻痺してるわよ。ミエナぐらいの規模の大都市で生存者がすぐ数えられる程度って悲劇を嘆くべきでしょうよ」
「そうかしら? 魔王軍の二大軍勢に攻められて生き残れただけでも儲け物だと思うけれど?」
「全くもうっ。これだから数字で客観的分析しかしない魔導師はさ」
都市設備の修復と探索を交互に行って人類連合軍は郊外から徐々に中心部に向けて捜索の手を広げていった。しかしエリザベト達が残酷な現実に直面する事になったのはそう間もおかずだった。彼女達の前に広がっていたのは復興魔法で復元した筈の半壊した建造物群だった。
「……この辺りまでね。私の魔導で復元出来るのは」
「ここから爆心地に近い方はやっぱり土地の記憶が摩耗するぐらいに損傷が酷くて元通りに出来ないの?」
「そうね。時を戻すんじゃああるまいし復元するにも設計図は必要だもの。設計図が破かれていたんじゃあ無理な相談かしらね」
「これ、建物の中に入った途端に崩れ始めてもおかしくないわよね」
エリザベトは道端に転がる石を放り投げ、半壊した建造物に当てた。途端に建造物に亀裂が走り、音を立てて崩れていく。折角ホルダが元の形に戻していた建物は再び現実を思い出したかのように瓦礫の山と化していた。
「確かホルダって建造物を風化させる魔法を習得していたわよね。それとも竜巻みたいなの起こして瓦礫を吹っ飛ばすとか?」
「ちょっと姫様、私は別に便利屋でも何でもないわ。無駄に多く引き連れてきた魔導兵をこき使って捜索の間だけ倒壊を防ぐってやり方がいいんじゃあない?」
「じゃあソレ採用で。準備が出来次第捜索を再開しましょう」
ある程度負傷兵の治療も目途が立ったため、エリザベトも生存者の捜索に加わっていた。彼女は特に現場で偉そうに振舞おうとせず、部隊長の指示に従って一般兵と同じように任務に従事する。生存者が少なく徒労に終わるばかりの命令を率先してこなす王女の姿勢は同行した兵士達を奮い立たせるには十分だった。
ホルダが地属性魔導で屋内の床下に空間があるかを探り、それを元に地下室への入口を探し出す。だがエリザベト達がやっとの思いで見つけ出した人もほとんどが物言わぬ躯ばかりだった。大半が食料と水が尽きた脱水や飢えを死因としていて、中には主の教えで禁忌とされる自害を果たしていた者もいた。
そんな犠牲者を見つける度にエリザベトとマルタはやるせなさを感じてしまった。
「……本当、戦後の処理なんてやりたくないものね。剣振るって敵を斬ってそれでお終い、物語みたいだったらどれだけ楽だったかしら?」
「後世に伝えるなら美談の方が受けがいいに決まっているじゃあないの。気苦労話なんて読んでたって面白くも何ともないわぁ」
「過去の教訓を警告として残すのも重要だと思うんだけれどね」
と、何軒かを調べ終わった辺りだった。マルタが無言で辺りを窺って何かに気付いたかと思うと、突然あらぬ方向に駆け出したのだ。エリザベトが驚く間もなくアビガイルも彼女を追って走り出す。ホルダも下で唇を舐めると「面白そうね」と一言つぶやいてから追いかけ出す。
「ああんもうっ!」と文句を言いながら三人を追走したエリザベトは背中を見失うまいと建物の間の路地を何度も曲がりくねる。そして再び大通りに出た先に見えてきたのは、厳かな雰囲気をさせた教会だった。
マルタは迷う事無く正面の扉に手をかけ、音をさせながら大きく開く。エリザベトがようやく追いついた頃にはアビガイルとホルダも建物の中に足を踏み入れていた。ここもまた修復が追い付かなかったのか所々亀裂と風穴が開いていたものの、別の世界が広がったような荘厳な様子は損なわれていなかった。
「毎度思うんだけれど、どうして教会ってどこも大小差があっても派手なのばかりなのかしら?」
「ステンドグラスとか壁画で学の無い一般市民も感覚的に信仰、主の偉大さを分かりやすくするためだそうよ。それだったら教典の写本を量産した方がいい気がするわよ」
「崇拝での芸術と狂気は結構私好みだからもっとやりなさいって唆したくなるわぁ」
「狂信こそ人を堕落させる最悪の所業だって私は思うんだけれどね」
教会の奥へ駆けて行こうとするマルタを遮ったホルダは床に手をついて術式を構築、地中へ向けて魔力の波を発生させた。その跳ね返り具合で地中に遮蔽物が眠っているか、または空洞が潜んでいるかを探り当てる手法だ。
地中の様子を確かめたマルタはゆっくりと立ち上がり、低く呻り声をあげる。
「地下に結構広い空間があるわね」
「教会に? そんな空間があって何に使うのよ?」
「教会の教えが迫害されていた時代じゃあ地下を礼拝の場にしていたらしいし、後は地下墓所として使われる場合もあったようよ。ここミエナの場合は……魔の者から逃れる為かしら?」
「なら入口を探しましょう。さすがに空気が停滞しないよう設計されているでしょうし、そう難しくない筈よ」
「なら当てずっぽうは時間の無駄かしらね。風属性魔法で探るとしましょう」
「出たわよ魔導万能説。本当にホルダったら何でも出来ちゃうのね」
ホルダが軽く舞うように手を動かすと涼やかな風が教会の建物内を流れた。程なく、ホルダはエリザベトの方……いや、その奥側の方へと顔を向けて歩み出した。エリザベスの傍を通り過ぎながら彼女の手に指を絡ませて、教会入口まで誘導する。
耳元で髪をかき上げながらホルダは屈みこんで床へ手を滑らせる。やがて指で線を描いたと思うと床板に指を差し込んで持ち上げた。重く軋む音を響かせて開かれた床の下には闇に覆われた地下へと続く狭い階段が築かれていた。
「こんな所に隠し階段があったなんて、今まで知らなかった……」
「こんな出入りが激しくて人目につきやすい所で見つかりやすくないのかしら」
「だからこそ逆に気付かれにくいんじゃあないかしらね。とにかく降りてみましょう」
「マルタ、声を出しながら進んだ方がいいよ。魔の者が襲ってきたんだって思われないように」
「う、うん……。分かったよ」
松明を持ちながらゆっくりとマルタを先頭に一同は奥へと進んでいく。広がっていたのはただの地下室では見られない立派な内装が施された部屋だった。ホルダが語ったように礼拝堂と地下墓地を兼ねていたようで、複数の部屋が礼拝堂を中心に枝分かれする構造となっていた。
しかし四人がくまなく探しても誰一人として見当たらなかった。そんな筈はと頑なに認めようとしないマルタが単独で全てを部屋を探し回っても結果は空しいものだった。
「そ、んな……」
「……大丈夫だよマルタ。何も見つけられてないんだからまだ悲しむのは早いよ」
嘆きを呟いて膝から崩れ落ちるマルタ。彼女へと優しくそっと手を置くアビガイル。エリザベトも信じられないと呟きながら祭壇へと近づいて前のめりになりつつ見回した。そんな三人の様子をまるで意に介さずにホルダは面白くなさそうに眉を顰め、もう一度地面に手を当てた。
「……あら? 姫様その祭壇ちょっと引っくり返してもらえない?」
「は? 引っくり返すぅ? ちょっと待ちなさいよ……うん、しょっと」
エリザベトは腰に力を入れて祭壇を持ち上げ、重い足取りをさせて脇へと寄せた。更に祭壇の下に敷かれた絨毯を丸めるとそこから木製の隠し扉が発見される。あっと声を漏らしたマルタは隠し扉へと駆け寄ってから傍でしゃがむと、戸を叩いた。
「そちらに誰かいますか? 私です、マルタです」
「……マルタ? 本当にマルタなのですか?」
「……っ! は、はいっ! 救援の人達も一緒にいます!」
「そうですか。ちょっと待っていなさい、閂を外しますから……」
必死に呼びかける彼女へと返事が返ってくる。感情が爆発しそうなのを何とか堪えたマルタはその手を取っ手に伸ばし、ゆっくりと手前側に開いた。その先には先程と同じように下へと続く階段が広がっていたが、違ったのはランタンを手にした修道服に身を包んだ女性がいた事だった。
修道女は長い間地下で身を潜ませていたせいか憔悴が見られ頬がこけてしまっていた。だが彼女はマルタの姿を目にすると微笑んでからゆっくりと起き上がり両腕を広げる。
「よく頑張りましたね。私共を魔の手から救っていただき、本当にありがとう」
「う……あ、あぁぁ……っ」
マルタはもうこらえきれなくなって修道女の胸元に飛び込んだ。言いたい事も修道女の痛ましい姿も何もかも頭から飛んでいき、ただ彼女達が生きていた事が何より嬉しかった。涙ながらにただ咽び泣いてこの再会を喜んだ。
まるで母親と再会した幼い娘みたいだ、とエリザベトは感想を浮かべた。それだけ目の前の光景は純粋に美しく尊いものだった。
―閑話終幕―
お読みくださりありがとうございました。




