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閑話・百獣長の猛威

今回は前話の続きになります。

 ―閑話―


「よっし、次行くっすよ!」

「了解っ!」


 牙を剥く魔獣を大剣の一振りで一刀両断させたハイエルフの聖騎士は呼応する部下達を従えて更に魔獣の群れへと踏み込んでいく。そして爪を振りかぶった次の魔獣に向けて大剣を振りおろし、一撃で切り伏せた。

 聖騎士の活躍に人類連合軍本陣の首脳陣は歓声を挙げた。


「へえ、アイツったら相変わらず猪戦士なのね」

「あの子の考え無しな突撃による破壊力はアヴァロンでも随一だもの。利用しない手は無いでしょうよ」

「ハイエルフなんだから大人しく弓使っていればいいのに」

「それ差別発言だから他でするのは止めておきなさい。森の民は確かにアーチャーが主流だけれどソードマンだって少なからずいるでしょうよ」


 後方の本陣で総大将のアヴァロン王女エリザベスと参謀の賢者ホルダは自軍の健闘を眺めながら意見を交換し合っていた。その間にも逐次各部隊より報告が届けられ、ホルダや他の首脳陣が指示を飛ばしていく。


 個々が強力な魔獣には一対多で取り囲むのが一般的な対処法になる。しかし群れを成した魔獣相手に対しては一対多に持ち込む機会が少なくその手が通用しない。よって今回のように魔獣の群れを相手するには数多の槍と大盾で猛攻をしのぎつつ矢や投石、攻撃魔法を浴びせていくのが基本の戦術となる。

 それでも魔獣の突撃の破壊力は凄まじく、幾重もの防御を食い破られて餌食となる場合が多い。その為相手の猛攻を削ぐ切り込み部隊も欠かせず、他の国では大抵突進力のある騎兵部隊がその役を担う。

 だが種族に富んだアヴァロンは屈強で小柄なドワーフや恵まれた体躯をさせたハイエルフも多く、わざわざ馬や他の生物の背に乗らなくても十分な破壊力と突撃力を確保出来ていた。ハイエルフの聖騎士が率いる部隊の突進はそんなアヴァロンの事情を象徴する奮闘ぶりだった。


「にしても、アイツったら相変わらず士気高いわねー。そんなにお父様や国に尽くすのが嬉しいのかしら?」

「忠誠を誓う君主とか祖国に全てを捧げる程心酔出来るのは一種の才能なんじゃあない?」

「またそんな玩具を見つけたみたいに楽しそう喋っちゃって……。私は妄信的に仕えるだけなんて自分の意思決定を放棄しちゃった馬鹿な考えだって思うんだけれど?」

「適材適所、考えるなんて優れた人がしていればいい。なら自分達はただ主の剣となり杖となりて敵を穿つだけ。彼女とかカイナンはそう考えているみたいね」


 エリザベスは露骨に嫌な顔をさせて苛立ち紛れに自分の膝を指で叩いた。アヴァロンの誇る聖騎士、それも円卓に席を持つ程の実力者に対して理解出来ないとばかりに嫌悪感を隠さない。


 エリザベトは聖騎士に名を連ねるものの現行の円卓制度に不満を持っているのはアヴァロン内では周知の事実だった。過去の栄光に縋りつく父である王をみっともないと思っているのが全てだったが、そんな王に忠義を尽くす他の聖騎士達も不満の対象に他ならなかった。

 父を尊敬し父に認めてもらいたいのは事実。しかしそんな父が赤竜の騎士王を尊敬どころか崇拝すらしている現状は、エリザベトにとってはとても我慢ならないものだった。真の臣下とは主が誤った道を歩んだ際に正しく導くべきでは、がエリザベトの考えになる。


 よって王女エリザベトは目の前で奮戦する聖騎士、デボラを素直に認めたくなかった。それが単に忠誠が自分に向けられない妬みや僻みなのは分かってはいたが、それでもわだかまりは捨てられそうになかった。


「ホント、剣で武勲を立てる戦場になると素晴らしいぐらいの活躍するのね」

「あら、それだとあの子は平時ではあまり役立たないって聞こえるけれど?」

「そうは言ってないわよ。兵士達からの人気は高いし訓練は見てくれるし治安維持や災害時の対応とかちゃあんとやってくれるし。ただアイツはやっぱ争いで相手に切り込む方が似合うってだけ」

「アレでもう少し事務仕事が出来ればいいんだけれどねえ。副官に丸投げだったかしら?」


 もはや戦場に関係無い世間話と化したエリザベトとホルダの会話をよそに、戦局は人類連合軍が有利に進めていく。魔獣にも野生の知恵はあるものの多彩な戦術を織り交ぜる人類に対してはさほど発揮できず、次々と撃退されていく。


「さすがに戦局を覆す程強力な個体は戦線に投入されていなかったみたいね」

「このまま押し切っちゃいましょう。ここで幸先よく魔王軍の出鼻をくじいておけばルーシ公国連合全土からの掃討に向けての大きな一歩になるし」

「じゃあ全軍に向けて緩やかに前進するよう伝えておくわね」


 やがて魔獣の突撃の勢いに衰えが見え出し、今まで防御を固めていた人類連合軍の布陣が動き出す。緩やかな前進を開始しだし、やがて攻勢に打って出だしたのだ。もはや魔獣の群れの密度は薄く、普段冒険者が繰り出す討伐方法である一対多への持ち込みが容易になった為だ。

 この戦争は勝てる。首脳陣は安堵の雰囲気が漂い始めた。エリザベトも胸を撫で下ろしながらなお観戦を続けるものの、一人ホルダのみが浮かない顔をさせて顔を歪ませていた。エリザベトはそんな彼女に怪訝な眼差しを送ったものの、ホルダは眉間にしわを寄せたままだった。


「……にしても、解せないわね」

「何がよ? こんな単調な突撃しかしてこない魔獣共が? 魔獣が個々の強さに頼った単調な猛攻なのは一年前までで散々味わってきたでしょうよ」

「だからよ。知恵を絞った人類には勝てないって何も学習せずにまたこうして惨敗を喫するなんて、間抜けどころの話じゃあないでしょうよ」

「考え過ぎじゃあないの? 司令塔になる軍団長は一年前の時点で勇者が討ち果たしちゃっているし、総括する新たな魔王も出現していないんでしょう? だったら私達は淡々と処理していけばいいだけの話よ」


 エリザベトの楽観的意見にも納得いく部分はあったものの、ホルダはなおも不可解な程に犠牲を積もらせていく敵の群れの動機に思考を巡らせていく。エリザベトは呆れながらも自分よりも賢いホルダの考えに耳を傾かせ続ける。

 大して頭の良くないと自己評価するエリザベトにとって賢者ホルダは何だかんだと悪態はつきながらも彼女自身の知恵として頼れる存在だった。


「一年前の反転攻勢の際は多少知恵を持った魔獣が群れを従えて戦術を繰り出してきたものだけれど、今回それも無いのよね」

「じゃあ何、あの魔獣の残党を結集させて私達に処理させるのが目的だとでも?」

「それは言い過ぎにしても、この場の勝利以外の目的があるように思えてならないのよ。それが見えてこないんだもの。あーもう、ムカつくったらありゃしないわ……!」

「勝利以外の目的ねえ。あるとしたら一体何かしら――」


 と、二人話し合っている最中だった。突然地面が揺れ動いたかと思うと魔獣の群れが抜けてくる森の奥から大地に亀裂が走りだす。亀裂はやがて交戦状態にあった人類連合軍の布陣の一角に向けて伸びていった。


 ――途端、地面が大爆発を起こした。


「えっ……!?」


 首脳陣に激震が走る。思わずエリザベトも立ち上がって前のめりになる。

 突如人類連合軍を襲った爆発で多くの兵士達が宙に吹っ飛ばされ、成すすべなく身体を躍らせて大地に墜落していく。土埃と煙が舞い上がり、地面には爆心地を中心に巨大な窪みが出現していた。巻き込まれた大量の土砂や岩が更に周囲へと降り注いで二次災害を発生させていた。

 完全に不意を突かれた形防御魔法を張る暇もなかった。呻き声や叫び声が至る所からあがり、混乱の極地に陥っていた。そんな穴の開いた人々に追い打ちをかけるように魔獣の群れがなだれ込んでいき、次々とその爪と牙で餌食にしていった。


「何よ今のは!?」

「今の爆発、まさか……!」


 ホルダの危惧は現実のものとなって姿を現した。ゆっくりと森の中から抜け出てきたのはこれまで攻め込んでいた魔獣より一回りも二回りも大きく、獅子と山羊と竜の三つの頭部を持ち、鷲の翼を背中より生やし、蛇の頭部が付いた尾を持った魔獣だった。

 その個体は、一年前の戦争を経験した者なら誰もが恐れおののいた存在に他ならなかった。ある者は歯を震わせ、またある者は絶叫をあげ、ある者は剣を取り落とす。その鋭い眼と威圧感、そして大地に轟く咆哮が恐怖を呼び起こし、中には粗相する者まで現れた。


「ど、どうしてアイツが生きているのよ……」


 エリザベトもまた震えが止まらない腕を逆の手で強く掴む。ホルダも歯を強く噛み締めて顔を歪ませる。

 現れたのは一年前まで人類圏に攻め込んでいた魔王軍の中でも最も強固な存在だった。


「魔獣を統べる軍団長、ガトー……!」


 かつて勇者イヴに打倒された筈の魔獣はゆっくりと闊歩しだした。



 ■■■



「メテオストライク」


 最初に硬直から立ち直って動いたのは賢者ホルダだった。彼女が魔獣ガトーの上空に出現させた巨大な質量を持った岩はゆっくりと加速していく。先手必勝とばかりに繰り出した破壊の鉄槌は摩擦で炎を纏いながら敵めがけて降下していく。

 ガトーは三つ首を全て上空へ向けるとそれぞれで全く別の物を吐き出した。獅子は炎を、山羊は吹雪を、そして竜は雷を。三つの力は途中で混ざり合い、一つの破壊の光線と化して隕石へと突き刺さった。途端、激しく亀裂を発生させた隕石は大爆発と共に粉々にされた。


「う、そ……」


 エリザベトを始めとして首脳陣の誰もが言葉を失う中、ガトーは次には疾走を開始して人類連合軍へと迫る。上官に呼応された兵士達は次々と矢や投石、攻撃魔法をガトーに浴びせていくものの全く怯む気配が無い。魔獣の長はそのまま盾を構えた重装歩兵の壁を食い破った。

 そこからは阿鼻叫喚となった。人々は瞬く間にガトーの爪や牙の餌食となり、吐き出す炎や雷で尊い命を散らしていく。更に魔獣達も追従するように大きく開いた突破口めがけてなだれ込んでいく。もはや人類側の戦線は崩壊してしまっていた。


「ぐっ、やるわね……! デボラだったらあんな奴食い止めてその間に袋叩きに出来るのに!」


 デボラが率いる突撃部隊はすぐさま救援に向かうものの、なだれ込む魔獣の群れの進行を阻むのが精一杯。中々ガトーの所までたどり着けないでいた。鮮血と肉片が飛び散る中でガトーは暴れに暴れ抜き、人類側の損害を増やしていく。


「ライトニングフューリー」


 ホルダが次に発した力ある言葉により上空に再び暗雲が立ち込め、次には巨大な落雷がガトーへと襲い掛かった。さすがの三つ首の魔獣も瞬時に落ちる天の雷には反応も出来ず、直撃を受けてその身を焦がす。雄々しい毛並みが落雷により生じた火で燃え上がり、瞬く間に炎に包まれた。

 が、ガトーは次にはその身を大きく振るわせて炎を弾き飛ばした。多少動きにぎこちなさは見られたものの、それほど損傷を負っている様子は見られなかった。ホルダは散々な結果に終わった己の魔導に悔しさを隠さず地団太を踏んだ。


「メテオストライクもライトニングフューリーも効かないなんて!」

「ちょっとホルダ、アレもしかして……!」

「っ! まずい、アレは――!」


 ガトーは人類軍の蹂躙を止め、雄叫びを戦場に轟かせる。すると三つ首の魔獣を中心として大地の広い範囲に魔法陣が描き上がっていく。それは一方的な殺戮が繰り広げられる箇所を含めて人類連合軍の三割以上を範囲内に捉える程のものだった。

 顔を真っ青にさせたエリザベトとホルダはすぐさまそれぞれで術式を構築させていく。間に合ってと願うエリザベトと間に合わせると頑ななホルダで反応は違ったが、二人が魔法を発動させるのはほぼ同時だった。


「レジストアース!」

「グラビトンスタンプ」


 直後、ガトーは再び咆哮をあげて前足二本で強く大地を踏みつけた。それを発動の合図として魔法陣の範囲内の大地が激しく揺れ動く。だが次には大地を覆うように薄い膜が張り巡らされていき、更には大地を抑え込むような下方向の力が加えられた。

 一年前、ガトーは人類連合軍の只中で大損害を与える大規模な魔導を繰り出した。大地を激しく揺らして隆起させる地属性の上級魔法、それで大攻勢に打って出た人類連合軍が崩壊の危機に立たされたのが記憶に新しい。

 今の魔導を抑え込むべくホルダは大地の力、重力を制御して大地を押し込んだ。更に万一それに逆らった力が働いてもエリザベトの防御膜が阻む。二重の防御策で人類連合軍の壊滅を企てたガトーの一撃は阻まれたのだ。


「全く、焦らせるんじゃあないわよ……!」

「姫様、ちょっと早まったかもしれないわね」

「何がよ、私達がやらなかったら今頃死体の山が……!?」


 ガトーの三つの双眸がエリザベト達へと向けられた。己を阻む術を持つ者を屠る、との意思を感じ取ったエリザベトは思わず背筋を震わせた。

 途端、ガトーは凄まじい勢いで本陣めがけて突撃を開始させた。立ちはだかる兵士達を紙屑のように吹き飛ばしその獰猛な牙を剥いて迫りくる魔獣に軽く悲鳴をあげたエリザベトだったが、すぐさま我に返るとホルダの手を取って駆け出した。


「上空から迎え撃つわよ! あんな巨体だからさすがに空中戦では敏捷じゃあないでしょうし!」

「だと良いのだけれどね……!」


 二人は飛竜へと飛び乗ると直ちに上空へと飛び立つ。が、それほど高度を増せない時点でガトーは天高く跳躍、その巨体をエリザベト達に突撃させてきた。驚愕で目を見開いたエリザベトは飛竜の手綱を動かして回避行動を取らせようとするも、あまりに不意疲れた突進に間に合わないと悟った。


「マジックバリアー……!」


 咄嗟に前方に魔導の障壁を形成させたのはホルダだったが、ガトーの突撃はその障壁ごと飛竜と騎乗していたエリザベト達を共に吹っ飛ばした。


「が……ぁっ!?」


 受け身も取れずに強い衝撃で大地へと激突したエリザベトは身を引き裂かれんばかりに痛みに襲われる。傍らでは飛竜が弱々しく鳴き声を上げ、かろうじて風属性魔導で減速出来たホルダは震える両手で弱々しく身を起こそうとする。

 そんな二名の邪魔者の眼前にガトーが着地した。目の前に迫る圧倒的な脅威に、エリザベトは渾身の力を振り絞って大剣を振るおうとするも、その細い腕を巨躯な前足で踏み潰されてしまう。絶叫を上げるエリザベトを救わんと兵士が槍を手に突撃するものの、尾の蛇が吐き出した毒液を浴びて逆に苦しみ悶えるばかりだった。

 ガトーの口が大きく開けられる。エリザベトは自分に降りかかる絶対的な死の匂いにとうとう心が折れた。


「い、いやあぁぁ! お父様助けて……!」


 たまらず涙を湛えた目を背けて最後の時から少しでも逃れようとする。

 ところが、自分を食いちぎる牙も引き裂く爪も焼き尽くす炎も一向に来ない。エリザベトが涙ながらに恐る恐るガトーの方へと視線を向けると、自分とガトーとの間に割って入った一人の少女が三つ首の魔物に向けて光り輝く剣を向けていた。


「オーレオラ・ブレード!」


 そのまま剣を一閃させると、隕石や雷ももろともしなかったガトーの山羊の首が刎ねられた。残る二つの頭が絶叫をあげて初めて怯みを見せる。すぐさま少女はもう一度剣を振り下ろすものの、ガトーは今度は大きく飛び退いて少女から距離を離した。


「あ、貴女は……?」


 思わずつぶやいたエリザベスに向けて、少女は顔を向けてゆっくりと頷いた。


「私は……マルタ。光を照らして、闇夜を払う……!」


 赤銅の髪をたなびかせた少女の姿は、エリザベトに絵画でも描かれる赤竜の騎士王を思わせた。


 ―閑話終幕―

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