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帝都入り

 帝国で人類とは聞かれたら大抵のレモラ市民は人間か獣人が思い浮かぶだろう。だって総人口のほとんどが人間か獣人なのだから当たり前だ。むしろ獣人を猫人や犬人、鷲人等もっと細分化しろって批難が獣人国家群から上がるんじゃあないかしら?


 対して西方諸国で人類とは聞いたら彼らが認める人類四種族、すなわち人間、エルフ、ドワーフ、ホビットだと回答が返ってくるだろう。長命な森の住人エルフや片田舎の里で過ごすホビットはそれほど個体数が多くないのに対して、ドワーフは人間社会にもある程度溶け込んでいる。

 ドワーフは主に鍛冶職人や傭兵として人間社会に進出している。彼らの手工業は未だに人間を凌いでいるし工芸品は美術館でも度々展示される。逸品の剣や装飾品を手に取ったら多くにドワーフの職人の名前が刻まれているだろう。

 ドワーフは独自の文明をダキアよりはるか北部、人類圏北端の三国家で築いている。彼らは度々極寒の海を渡って人間の国家に攻め入った事もあった。けれど魔の者という共通の敵が現れててからはエルフらと共に人間と共存路線を取るようになった歴史的経緯がある。


 アヴァロンはそんな人類四種族がわりと多様に過ごす国家だとは聞いた事はあったけれど、まさか国の象徴である円卓の聖騎士にまで抜擢されているなんて。どうやらわたしはもう少し色々と認識を改める必要がありそうだ。


「初めまして。私はレモラ帝国魔導協会ダキア支部で副長を任されているアタルヤと言う。こちらはダキアの開業魔導師のマリアだ」

「は、初めましてっ。マリアと言います」


 アタルヤの紹介を受けて我に返ったわたしは慌てて頭を下げた。そんなわたしの有様にメトセラは豪快に笑い声をあげる。本ではドワーフの人柄は大抵こんな感じだと乱暴にも思えるほどばっさりと書かれていたけれど、成程確かにそう断定したくもなるな。


「ワシはメトセラと言う。これからの旅路はよろしく頼もうか。にしてもここの魔導師達は随分と優れた者達ばかりだのー。つい先日はしてやられてしまったわい」

「あー、メトセラさんは確かバテシバを相手にしたんでしたっけ」


 わたしがルデヤと死闘を繰り広げた次にバテシバがもう一人の聖騎士と戦った。それがメトセラだっとしたら相手が悪かったとしか言いようがない。と言うかバテシバは帝国最高峰の魔導元帥なのだから、彼女を基準に帝国魔導師を判断するのは危険だと思うのだけれど。


「それでもあのカイナンの若造よりよっぽど卓越しておったぞ。のうルデヤよ」

「カイナン殿を若造呼ばわり出来るほど私は魔導に精通していない。同意は求めないでほしい」

「相変わらずお主は真面目だのー。もっと冗談の一つでも言わんか」

「その冗談一つを真剣に考え込む時点で駄目じゃあないかと姫様は仰っていたぞ」


 どうやらこのドワーフと人間の組み合わせは上手くいっているようだ。西方諸国では人間以外人類ではないみたいな過激な思想を持つ輩もいると聞く。そうした中で差別や線引きが無く普通に同僚として絆を結んでいる様子は安心感を覚える。

 と、ルデヤがわたし達に気付いて慌てて横に退いてわたし達に道を開けた。


「すまない、まだ受付を済ませていなかったんだったな。邪魔をした」

「いえ、和気藹々とした雰囲気に和んでいただけですから」

「今日を逃すとアヴァロン行きの船に間に合わなくなるからな。早くしよう」

「はい、分かりました」


 わたし達は一旦二人の聖騎士と別れて受付を済ませる。アタルヤが名前を記した文字が強さと凛々しさに似合わずに意外と丸っこくて可愛らしかったので思わず笑ってしまった。彼女は頬を紅色に染めながら咳払いを一つさせた。


「そ、そんなに変かぁ? 生前お父様や皆からも微笑ましい眼差しを受けたんだが……」

「いえ、個性があって素敵だと思いますよ。わたしなんて字が汚くてちょっとでも気を緩めると暗号だとか言われる始末ですし」

「ま、まあ、何だ。とにかく賑やかな旅になりそうだな」

「ええ、そうですね」


 受付を終えたわたし達に新たな旅の仲間が歩み寄ってくる。これからの期待に胸を膨らませてわたしはルデヤ達を笑顔で出迎えた。



 ■■■



 前回とは逆方向、帝都への道を乗合馬車は進んでいく。この旅の行程は帝都にある学院に入学するために都入りした際以来だ。

 マリアは家族と平穏を失ってそれを取り戻す術を手に入れるって決意を抱いて学院を目指したんだっけ。わたしは単にこれからの新しい生活と膨大な知識に目を輝かせていただけだ。この辺りの食い違いが生まれてしまったのは寂しい限りだ。

 思えばアレから色々あったものだ。マリアは学院に入って程なく勇者イヴと共に世界を救い、そして亡くした人を蘇らそうとして全てを失った。わたしはそのまま学院を卒業したと思ったらかつての仲間と再会を果たして、更なる戦いに遭遇していった。

 ……うん、結構波乱万丈な人生を送っているな、わたし。伝記にしたらさぞ壮大な作品に仕上がるだろう。書く人なんていないだろうけれど。


 四人旅は話題が尽きる事が無かった。メトセラが喋りたがりでわたし達三人に頻繁に話しかけたおかげか。基本風景を眺めるとか盤上遊戯するとか狭い馬車内でも出来る運動しか暇つぶしの術がない中でいい退屈しのぎになったと思う。


「ドワーフの戦士達は皆強かった。私達の軍も度々多大な被害を被ったものだ」

「おっ。お前さんワシ等ドワーフと戦ったクチか」

「背丈が低いからと侮っていて木より太い腕で振るわれる斧で深手も負わされたな。懐かしい」

「それでそれで、どこの戦いだったんだ?」

「歴史書に乗るほどの大戦争ではなかったから話しても分からないと思うぞ」

「むう、だがまあ話したいと思ったら気軽に話してくれい」


 意外だったのはアタルヤがしっかりとメトセラから話題を振られてもしっかりと受け答えしていた点だろうか。必要最低限にしか返事しないとも思ったのに結構長い会話にもなるし。


 そうして旅程は進んでいき、わたし達はとうとうあの場所にたどり着いた。


「マリア殿、ここが……」

「……はい。件の決闘が行われた森です」


 勇者イヴが戦士サウルに復讐を果たした舞台の森に……。


 サウル率いる騎士団はイヴの剣に悉く切り伏せられて魔獣の餌と化した。その中にはルデヤの姉だったラケルの姿もあった。彼女は更にわたしが四肢を奪い取ってイヴに与えてしまった。今でも申し訳なさでいっぱいになる。

 ルデヤは目を瞑って手を組んだ。そして森の方へと祈りを捧げる。


「主よ、どうか我が姉に安らかな眠りを与えたまえ」


 けれど、あの時の行動には後悔はしていない。死者への冒涜より生ある人を生かそうとする行為は間違ってはいない筈だから。そして絶対に謝るものか。それはイヴを救ったわたしの想いが過ちだったって決めつけるようなものだから。

 我儘で身勝手なのは分かっている。けれどそれがわたしの覚悟でもあった。



 ■■■



「アレが帝国の帝都か……。遠くから見ても凄い規模だな」

「ええ、そうですね」


 旅路はそれからも特に問題も起こらずに進み、ついに帝国の中心である帝都ネア・レモリアが見えてきた。


 帝都は歴史上獣人国家群や西方諸国主導の人類連合軍からの侵略を度々受けているため、徹底的に防御を固めている。幾重もの城壁や中枢部に進むにつれて入り組みだす道とか無数に張り巡らされた地下都市とか、例を挙げればきりがない。

 キエフ南部に広がる内海と人類圏のある大陸南部と帝国南の公爵領のある大陸北部に挟まれた海とを結ぶ海峡が帝都を分断している。と言うより初めは海峡西側から始まって次第に東側も栄えていった、が正しいかしら?

 地理的な性質上帝国の陸路はこの帝都で東西に完全に分断されていた。その分海路が発達して今では北のキエフや南のケメトを始め、人類圏各国と盛んな交易が行われている。安定した統治下にあるために近年で発展を遂げていて人類圏で最も栄えた都市の一つだろう。


 長旅を経てようやく視界に見えて来たばかりだけれど、相変わらずのダキア公都よりも広大な都市には圧倒されるばかりだった。


「ここ最近世界情勢が大きく変わった。魔王軍は退けられキエフは帝国に併合、更には聖地が獣人達に奪還された。暴露してしまうが、そんな理由もあって私達は陛下より帝国の内情を探れと言われて諸地域を回っていたんだ」

「それで、率直な感想は?」

「あまりに国力が巨大すぎて西方諸国が一丸となって遠征に乗り出しても前回より更に手酷い敗北となる未来しか見えないぞ。少なくとも今の女帝が退位するまでは様子を見るべきだと陛下には進言するつもりだ」

「良かったです、戦争が回避されるならそれに越した事はありませんから」


 帝国の中枢の帝都は入る際の手続きが厳重なのもあって、外周城壁の前では長蛇の列が出来ていた。公都に帰郷した際もこんな感じだったけれどあの時は厳戒態勢だった。こちらは通常でこんな感じなんだとか。その為門番は昼夜交代して一日中受け入れ検査をしているらしい。

 しばらくはこの場所で待ちぼうけだなあ、なんてのんびりと構えていると、アタルヤが荷物をまとめ出した。何事かと聞いてみたけれど彼女はわたし達にも荷物をまとめるよう指示を送ってくる。わたしはルデヤやメトセラと顔を見合わせつつも彼女に従って荷物を背負った。


「運賃は前払いだから途中下車可能だったな。ここからは歩いていく」

「えっ」


 アタルヤは軽やかに馬車から大地に降り立ち、帝都へ向けて歩みだした。慌ててわたし達も彼女の後を追う。アタルヤは長蛇の列なんてお構いなしに堂々と突き進んでいくものだから誰一人彼女を咎める者はいなかった。


「アタルヤさん、この列は皆帝都入りの手続きの為に並んでいるんですよ。いくら勝手に城壁の傍に寄った所で門前払いされるに決まっています」

「まさかアタルヤ殿、強行突破する腹づもりじゃあないだろうな?」

「そんな真似する訳がないだろう。だがこれからどれだけ待たされるか知らんが、少しでも早く宿入りしたいだろう?」

「それはそうですけれど、正式な手続きを踏まないと指名手配されかねませんよ」


 わたし達の心配をよそにとうとうアタルヤを先頭として四人は城壁門の麓までたどり着いてしまった。案の定役人が半ば呆れたようにわたし達に駆け寄ってくる。用心の為か矛先は下ろしたままにせよ槍を構えながら。


「お前達、割り込みは禁止だ。帝都に入りたければ列を並べ」

「ではその規定、この書類で捻じ曲げてもらおうか」


 アタルヤは胸元から一枚の書状を取り出して役人に付き付けた。何を言っているんだとばかりに小馬鹿にしつつ視線を向けて来たものの、すぐさま顔色を変えた。アタルヤは丁寧に扱えと念押ししつつ役人に書類を手渡した。


「しょ、少々お待ちを。直ちに上の者に確認を取りますので」

「お勤めご苦労。では私達はここで待たせてもらう。気遣いは無用だ」


 役人は一礼すると駆け足で詰所へと向かっていった。あまりに分かりやすすぎる態度の変化にわたし達三人は唖然とするしかなかった。


「あの、アタルヤさん。今の書類は一体?」

「祭典での大会の副賞はダキア公爵家が最大限支援する慰安旅行だ。あの書状は身分を保証するからこの者達に敬意を払えって公家からの嘆願……いや、命令書みたいなものだ」

「それ、あっさりと語っていますけれどとてつもない代物なんじゃあ?」

「本来は存亡に関わる火急時に使者へ持たせる書面らしい」


 確かにカインは旅行のお膳立てをするって言ってくれていた。アタルヤが手に入れた書類も公爵家からのお墨付きで旅行しているんだって認め状なんだろう。けれどまさか公爵家の権威まで借用できるほどとは想像もしていなかった。


「ではこのまま諸手続き無しで簡単にここを通れてしまうと?」

「いや、そうした強権の発動を促す書面はきちんと真偽を検めてからじゃあないか? もしかしたら帝国中枢やダキア公家にも確認の連絡が行くかもしれない」

「うわあ、カインにはまた大変な思いをさせてしまいますね」

「それを見越した上で彼は旅行を大会の副賞に設定したんだ。なら私はその言葉に甘えて恩恵に与るだけだ」


 いや、まあ、確かにそうなんだけれど。

 ごめんなさいカイン。また気苦労をかけさせてしまいました。わたしは公都の方角へと身体を向けて彼に内心で謝っておく。ただ出発からこんな感じなのにこの先更に公爵家の威光を借りる場面が出ない筈無い。その時を想像すると更にカインに謝罪したくなった。


 少しの間待機していると、先ほどの役人が血相を変えてわたし達へと駆けてきた。彼は息を切らしながらわたし達の前で止まる。もしかして彼って書面の確認が済んだらここまでずっと走って来たのかしら?

 役人は丁寧に書面をアタルヤへと返却した。当のアタルヤ本人は畳んだ書面を再び胸元へとしまいこんだ。肌はドレスで首元まで布地で覆われているから胸の谷間は見えないけれど、その豊かな胸はごまかせていない。役人は我を忘れて食い入るように眺めていた。この助平め。


「それで、私達はここを通って構わないのか?」

「し、しばらくお待ちください。確認を取った所、迎えを寄こすからその場に留まって欲しいとの連絡がありました」

「迎えを寄こす? 別に我々は特使として足を運んだつもりは無い。ここを通してもらえば後は自分の足で向かう」

「こちらも上からの命令を受けただけですので。申し訳ないですが何とぞこの場で」


 思わぬ展開に転がっていきそうでわたしとアタルヤは顔を見合わせた。彼女は仕方がないとばかりに肩をすくめてみせる。メトセラが荷物を降ろしてその場に座り込み、ルデヤも荷物を降ろして腰を丸めて膝に手を置いた。


「まあいいさ。こんな長い列に並ぶなんてうんざりしていたからな。少しでも早く手続きが済むなら少しぐらい待ったっていい」

「なあに、アヴァロン行きの船の出航は明後日だ。焦る必要はないのう」

「それもそうですね。気長に構えますか。それにしても出迎えるって、誰がわたし達を?」

「さあな。だが面倒くさい事に巻き込まれそうな気も……!?」


 雑談で華を咲かせようとした矢先、突如わたし達の周囲に魔法陣が描かれていく。青白く輝く紋様と文字は大地に規則正しく自動的に描写されていき、魔法陣が完成すると外周部と内周部が逆方向に回転を始めた。

 アタルヤが咄嗟に無効化しようと剣を虚空より出現させて地面に突き立てようとするが、わたしはそれを手で制した。瞬時に飛び退こうとしていたルデヤとメトセラに対してもこれは問題ないと落ち着かせる。


「マリア、これは一体何だ?」

「これ、バテシバの範囲転送魔法の術式です」

「魔導元帥の? だがこの間の祭典で披露した際は……」

「ええ、あの時は出発地から目的地に術式を構築させていましたっけ」


 解読は出来ないけれどこの魔法陣の癖には心当たりがある。バテシバが良く好んでいた書き方だし、この間見せてもらった転送魔法の術式に酷似している。

 あの時は出発地点から目標地点を定めて空間を跳躍させていた。今度はその逆、出発地点を定めてから目的地に跳ばすやり方。使い魔の召喚でも用いられる技法だけれど、契約も何も無しに対象を転移させるなんて、どれほど高度な空間座標認識技術を駆使しているんだ?


 魔法陣の回転が終わるとその輝きはわたし達の身体を包み、そして一気に世界が様変わりした。軽い眩暈と酔いが襲うのもつかの間、わたし達は先ほどとは全く別の場所に降り立っていた。イゼベルの空間移動とはまた別の感覚で戸惑うばかりだ。


「……えっ?」


 だがそんなものは呼び出された先の様子を一目見て吹き飛んでしまった。

 そこはどうやら執務室なようで、豪奢な調度品や家具、絨毯等が思わずわたしを圧倒するものの、それらの配置は明らかに実用性重視になっていた。そんな部屋の中央でその人物は腕を組んで胸を張り、不敵な笑顔でわたし達を待ち構えていた。


 帝国の頂点に君臨する尊厳者、女帝サライ。傍らには皇妹でありわたしの友である魔導元帥バテシバが控えていた。


「数十日ぶりね。元気にしてたかしら? ああっと、頭を下げなくていいからね」


 膝を付こうとするアタルヤとわたしを陛下は前もって手で制した。代わりに陛下はわたし達をソファーへと誘導する。あまりな急激な展開に頭が付いていけないけれど、何とかわたしはソファーに腰を落ち着ける。アタルヤはさすがに落ち着き払っていて見習いたいものだ。


「少し話が長くなりますから、アヴァロンの方々もどうぞ」

「いえ、我々は……」

「別に外の方々に聞かれて困る話は致しませんので。どうぞお座りを」


 アヴァロンの聖騎士二人はこれからの会話を聞かないよう部屋の隅で待機しようとした所、バテシバがお二人もと呼び止めた。なおも固辞しようとしたルデヤに向けてバテシバは引き下がらない。むしろ座って聞いていろと暗に語っていると受け取ったのはわたしだけだろうか?

 観念した二人も話し合いに参加すべく鎧を脱いでソファーへと座った。気まずそうにしているのは突然今後敵対するかもしれない大国の女帝と面会する羽目になったせいだろう。


「マリア達がダキア公都を出発してから今日までの間でとんでもない事が起こっていたのよ」

「とんでもないこと?」


 早速とばかりに陛下が口火を切った。こうしてわざわざわたし達を呼び出す程だからよほどの事態が生じたんだろう。そう覚悟は決めていたものの、次に陛下から語られた衝撃の事実はそんなわたしの予想を超えていた。


「ルーシ公国連合が魔王軍に滅ぼされたの。これから情勢が大きく動くわよ」

お読みくださりありがとうございました。

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