旅は大勢でこそ
先日の大会でわたしと死闘を繰り広げたルデヤは頑丈で大きめな布袋を背負って腕を組んでいた。相変わらず礼装としか思えない豪奢な重装鎧を装備しているせいで身体の線が見えない。たださすがに悪目立ちがするのか汚れるからか、上から外套を羽織って煌びやかな鎧を覆い隠していた。
「どうしたんですか、こんな朝早くに?」
「私達は帝国での視察も一通り終わったから本国に帰還するつもりだ。今日ここを出発するつもりだからお別れを言いに来た」
「そうでしたか。お勤めご苦労様でした」
さすがに聖騎士の立場にいるルデヤが姉の死因を調べる為だけに帝国までは足を運べないか。視察、と言うより内情調査だろう。西方諸国と敵対して聖地を占領した帝国に向けて人類連合軍を新たに組織する前段階として。
ただ今目の前にいるルデヤは殺気を伴っていた大会時とは打って変わって友好的なそぶりを見せている。敵国の只中って認識はあまり無いようだ。
「ただ、あれだ。マリア殿はアタルヤ殿と一緒に休暇をアヴァロンで過ごすんだろう?」
「ええ、この間の大会の大会での副賞ですね。わたしはアタルヤさんの付き添いですが」
「折角知り合ったんだし私が案内するぞ。アヴァロンの王都スィンダインに着いたら是非私を訪ねてほしい、歓迎する」
「本当ですか? それはありがたいですね」
とりあえず立ち話も何なのでルデヤを家に招き入れる。一度死闘を繰り広げた仲なんだしそれぐらいは支障が無い。彼女は荷物を玄関傍に置き、鎧も脱いで脇に寄せた。家の中が汚れない為、家財を傷つけない為の配慮だと思うと少し嬉しい。
「すまない、押しかけてきた形なのに迎えてもらえるなんて」
「いえ、この通り一人には無駄に広い間取りですから賑やかな方がいいですよ」
「独り暮らしにしては小物が多い様に見えるな。同居人は留守なのか? それともまだ起きていないだけか?」
「長旅に出ているので当分は帰ってくる予定はありません」
ルデヤは席に腰を落ち着けてわたしが入れた紅茶に口を付ける。彼女は吐息を漏らしながら賛辞してくれた。お褒めに与り恐縮です。
「私達は帝都から出発する船を使って帰るつもりだ。そっちはいつ出発してどうアヴァロンに向かうつもりなんだ?」
「奇遇ですね。わたし達も今日出発して船に乗るつもりです。船旅は一緒になりますね」
「いや、それなら船旅だけと言わずにここからの道中も同行した方が楽しいと思うぞ! 相方は私から説得するからマリア殿やアタルヤ殿がよければ、なんだが……どうだ?」
「ではわたし達は今日から旅の仲間ですね」
成程、確かに彼女が言うように共にアヴァロンへ旅をするのも楽しそうだ。アタルヤ次第だけれど彼女だって悪い顔はしないだろう。
ルデヤは籠手を外すと笑顔でこちらに手を差し伸べてきた。剣を握り続けてきたのか、結んだ彼女の手は整った顔立ちからは予想しづらい程に荒れがあり肉付きが良く、何より手の平や指の一部が硬くなっていた。
「よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
ところで、と仕切り直してルデヤは大会の時に刃と共にわたしに向けてきた時とはまた違った真剣な面持ちをさせてきた。いや、そもそも旅路が一緒になるからってまだ知り合って間もない相手に改まって挨拶に伺うとは考えづらい。
ここからが本題だろうと推測したわたしは食器を片づける作業の手を止めて気を引き締めた。
「旅を共にしようって誘いたかったのもあるんだが、実はマリア殿とアタルヤ殿に頼み事があるんだ。祖国の恥を晒すようで申し訳ないだが、聞いてくれないか?」
「一応伺いますけれどお答えできるかは分かりませんよ」
「む、んー、まあ、そうだな。まずは話さなきゃあ始まらないよな」
ルデヤは一旦間をおいてから意気込むようわずかに声をあげた。ルデヤったら多分あまり隠し事とか取り繕いは上手ではなさそうだな。真面目なのはいいけれどそのせいで損をする事態に多く遭遇するような気がする。わたしの勝手な想像だけれど。
「勇者イヴがデボラに復讐を成そうとしているのはこの間の説明で分かった。だがデボラは陛下と祖国に忠誠を誓った聖騎士だ。そうなると勇者はデボラ一人の為に最悪アヴァロンを滅亡させるかもしれないんだろう?」
「……っ。そ、うですね」
「やっぱり、か。アイツの盲信で国を滅ぼされるなんてごめんなんだがなあ」
丁度わたしがマリアと話していた懸念を振られて内心驚いてしまった。ルデヤはため息を吐きながらぼやくけれど、どうもデボラへの憤りもにじみ出ているようにも感じた。自分のしでかした凶行のツケに我々を巻き込むな、と言いたそうだ。
「最悪、デボラを見限ってでも国は守っていきたいと私個人は考えている」
「ですがデボラの忠誠の根源を破滅させようとイヴが企ててしまったら……」
「王を戒めるのも臣下の務め。私がこの命に代えてでも陛下にデボラを突き放すよう進言するつもりだ。だがそれでも勇者の刃が陛下や国に向けられるようなら、私は躊躇いなく勇者に剣を向けるつもりだ」
「それでいいと思います。何もイヴが正しいわけでもありませんし」
さすがに国や我が身の為に忠誠を誓った君主へと謀反を起こす気は無いようで安心した。国の為だと言い訳して王に刃を向ける、または復讐者に引きずり渡すなんて最もあってはならないだろう。暗君どころか現在のアヴァロン国王は名君だとの評判だし、なおさらだ。
祖国を守ろうとするルデヤの決意は分かった。ただそれがわたしに何の関係があるんだろう? そう疑問に思っているとルデヤは僅かに顔を曇らせて顔を横に振る。真面目そうな彼女が疲れを表に出す様はそのままアヴァロンの現状を示しているのか、とは考えすぎだろうか?
「マリアは赤竜の騎士王の物語はどんな最後を迎えたかは知っているだろう?」
唐突な質問だったので少しばかり困惑してしまう。ただルデヤの様子が単なる話題転換ではないとわたしに語りかけてきたので、ここは素直に受け取ってわたしの知る物語を簡潔に口にした。
国を脅かした蛮族を退けた騎士達はやがて過ぎたる奇跡を求め、それがきっかけで栄華の終わりを迎える。強い結束で結ばれた円卓の騎士達の心は離れ離れになり、最後に赤竜の騎士王が凶刃に倒れた……だったか。
ただ赤竜の騎士王の話は結構歴史があって継ぎ足された物語も多い。文章にして残さず吟遊詩人が叙事詩として語り継いでいたせいで段々と原形が揺らいだのも大きい。騎士王や円卓の騎士が歴史上存在したのは間違いないんだけれど、真実がどうだったかはもはや誰にも分からない。
「かつて栄華の象徴だった円卓に今一度栄光と繁栄を求めるのはいいんだ。だがその先まで突き抜けてアヴァロンを夢の跡にはしたくないんだ。今の陛下は明らかにやりすぎている」
「さすがにそんな滅びの美学まで網羅するような真似はしないのでは?」
「浅はかな私では陛下の御心は分からない。もしかしたらデボラの忠義を裏切るぐらいなら国ごと滅んでしまえ、などと思っているかもしれない。無いとは信じたいが……もしそうだったら反旗を翻すしかなくなるだろう」
「しかし謀反を起こして素直に市民や臣下に納得してもらえるかは別問題だと思いますが」
「勿論そうなった場合の旗頭はいらっしゃる。そこでだ」
ルデヤは両手をテーブルに手を突くと頭をこちらに下げてくる。一介の魔導師でしかないわたしに国の象徴とも言える聖騎士のルデヤが、だ。あまりの展開に混乱しているわたしだったが、彼女は更に予想外の願いを口にしてきた。
「どうか我らの姫様、エリザベト殿下に会っていただきたい。あのアタルヤ殿と共に」
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「そのエリザベトは王女の身でありながら聖騎士を務めているのか」
「はい、ルデヤが言うにはエリザベト王女は円卓制度には否定的なんだそうです」
「言っておくが私は王室問題に首を出すつもりはない。王と王女の間で確執があろうとそれはアヴァロン王国が解決すべき問題だろう」
「それは分かっています。けれどイヴが関わるとなると黙ってはいられません」
結局あの後ルデヤへの回答は保留にさせてもらって一旦彼女とは別れた。身支度を整えてから家を出ようとした所、先にアタルヤの方がわたしを訪ねてきたわけだ。わたしは洗いざらいアタルヤにルデヤとのやりとりを喋った。さすがにわたし一人には重すぎるからだ。
どうやらわたしの懸念は分かってもらえたようで、アタルヤは僅かに呻り声をあげて考え込んだ。
「結局のところイヴが何を企てているのか把握しない限り手の打ちようが無い。マリアは別にデボラがどんな目に遭おうが知った事じゃあないが、周りに被害が及ぶのは避けたいんだろう?」
「はい。デボラが国や仕える王への忠誠からイヴを裏切ったんだとしたら、本当にアヴァロン全土を巻き込んだ復讐劇になりかねません」
「だとしたってこんな遠く離れた土地であれこれ対策を練った所で話にならない。その場所で状況を読んで、把握して対応すべきと思うが。憶測を膨らませるのは魔導師の悪い所だぞ」
「うっ、それはすみません」
アタルヤの格好は普段のように青を基準としたドレスにも似た魔導衣だった。ただ穿いている靴は具足なので長時間の歩行を想定しているんだろう。背負った荷物は意外と多い。もしかして本格的に野宿も可能なぐらい準備を整えているのか?
わたしはしばらく留守にする家にしっかりと鍵をかけ、家の表に出た。開業魔導師としてのお店はまたしばらくタマルに面倒を見てもらうよう魔導協会には依頼しているので問題は無い。……うーん、平穏に過ごすつもりで折角店開きしたのに本末転倒な気がする。
「では行くか。公都行きの乗合馬車の時刻までまだ余裕があるな。どこか寄っていくか?」
「ちょっと待ってください。タマルさんに挨拶していきます」
「分かった。私はここで待っているから行ってくるといい」
「その必要はありませんよー」
店へと向かおうとした矢先、正面入口から姿を見せたのは今日も店番をしていただいている当のタマルだった。まだ開業時間中なので来訪した方々には少し待ってもらっているようだ。彼女は相変わらず明るい笑顔をこちらに向けて手を振ってきた。
「行ってらっしゃいマリアさん。お店はあたしがちゃあんと守っておきますから」
「すみません、キエフに行ったばかりなのにまた留守を任せてしまって」
「それは仕方がありませんねー。マリアさんほどの卓越した魔導師を安穏と過ごさせる程魔導協会は人材豊富じゃあありませんから」
「それなのにここの面倒を見ていただいて本当にありがとうございます」
「いえいえ、あたしも本気で協会止めてこうしてのんびり過ごそうかなーって思うぐらい穏やかに毎日送ってますから」
それはわたしが夢見た、マリアが願った日常だ。そしてイヴにも剣を下ろしてそうした平穏を楽しんでもらいたい。その為には勇者一行は過去と向き合わなければならないし、アダムとイヴは過去に受けた仕打ちを乗り越えなければいけない。
キエフと同じく今回の度も平穏への帰還に向けての大事な一歩とも言える。
「そう言えばマリアさん、お店の中を見てください。どう思います?」
「えっ?」
真剣になって考え込んでいると、タマルが笑顔のままで店内を指差す。硝子窓で開放された中を見渡してみると……明らかに以前より客足が伸び悩んでいる。それでも待合室が埋まる程度には繁盛しているけれど。
「この間話し合った通り、軽度の風邪や怪我の人達はエサウさんの大病院の方に誘導しちゃいました。大勢を一度に治療し続けるならやっぱりああした持続する範囲魔法がいいですよねー」
「さすがにわたし達の店の規模でサルベーションの発動は難しいですね。店が狭い分だけ術式を緻密に構築しないといけませんし」
「こっちは地域に根差した地元のお医者様って感じでやっていますから、そこそこ人に来てもらえるだけで十分ですねー。マリアさんが帰ったらびっくりするぐらい利益が出ているように働いておきますから」
「ふふっ、よろしくお願いします」
元野戦病院の魔導師エサウもタマルを知っていたようだし、気兼ねなく対応しきれない患者さんを向こうに紹介出来そうだ。横の繋がりを大事にしていけば向こうが困った際に手を貸せるし、逆にこちらが窮した際には助けが期待出来るし。
さて、じゃあ名残惜しいけれどそろそろ行こうか。
「では行ってきます」
「道中お気を付けてー」
タマルに別れを告げたわたし達は公都内巡回の乗合馬車を使って郊外行き乗合馬車が集う駅まで到着した。ここに足を運ぶのは学院を卒業して故郷に戻ってきた時以来になる。あの旅路の途中でわたしはイヴと出会い、わたしの時が再び動き始めたんだ。
広大な国土を持つ帝国での都市間移動では馬車か船を使うのが主流になる。徒歩で次の都市に向かうとしたら宿場町を渡り歩いて何日もかけないと駄目だろう。ただ時間に余裕があってお金を節約したい冒険者等はあえて徒歩を選ぶ傾向なんだとか。
今回は大会の副賞もあって旅費はダキア公家から捻出される。遠慮なく馬車を使ってしまおう。
「ここは初めて来たんだが、随分と賑わっているんだな」
「それは意外ですね。普段あまり公都から出ないんですか?」
「移動したいなら自分の馬がいるからな。公共交通を使う必要が無かったんだ」
「ああ、成程。もしかして魔導協会の任務で外に行けって言われてもイゼベルさんが目的地近辺に放り出したりするんです?」
「ははっ、大体合っているな」
駅は相変わらず多くの人の往来で賑わっている。いや、むしろアンデッド異変が解決して厳戒態勢が解かれた為か、更に盛況になっている気がする。来訪者が増えればその分公都も賑わうから嬉しいものだ。
帝都行き馬車の待合所まで足を運んで、椅子に座ったルデヤと再会した。彼女はわたし達の接近に気付くと立ち上がってこちらに駆け寄ってくる。どうやら社交辞令ではなく本当にわたし達との一緒の旅を楽しみにしていたらしい。
「アタルヤ殿。マリア殿から聞いているとは思うけれど、今回私達は旅路や行き先が同じなんだ」
「ああ、旅を共にするのも悪くないと思う。私は歓迎する」
「そう言ってもらえると嬉しいな。ああ、大会の時に顔を合わせたかもしれないけれど、あっちで座っているのが私の相方だ」
と、彼女が手で指示したのは屈強な男性だった。ただわたしよりも背が低い小柄な……いや、違う。脚はわたしの腰より太いんじゃあないかってぐらい張っているし、腕もわたしの倍以上に筋肉で膨れ上がっている。何より髭を伸ばした強面からは歴戦の戦士の風格がある。
「メトセラ殿、彼女達がこの間の大会で入賞していた魔導師と騎士だ」
「ん? おお、お主達がそうか!」
戦士は大仰に笑い声をあげるとこちらに歩み寄ってくる。相対して初めて分かった。メトセラと呼ばれた彼は帝国では滅多に見かけない人種なんだと。失礼だとはすぐに頭に浮かんだものの初めて目の当たりにする彼らを観察してしまうのは止められなかった。
「ドワーフ……」
お読みくださりありがとうございました。




