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閑話・新たなる勇者

今回は第三章より少し後のお話になります。

 ―閑話―


 旧ルーシ公国連合。西方諸国の援助を受けて急速に復興を遂げていったこの国には多くの人が集っていた。理由は単純、西方諸国が人類圏に蔓延る魔の者の駆逐を掲げ、高い報奨金を設定しているからだ。未だに領土全域で徘徊する魔の者を討伐して一獲千金を夢見る傭兵部隊や冒険者一行が足を運んできているのだ。

 定住の拠点となった公都ミエナでは倒壊した建物は立て直され、荒廃した畑が再び耕された。未だ爪痕は深く残っているものの、かつての活気を取り戻しつつあった。魔の者に依存する経済に苦言を呈する者もいるが、皆が浮かべる笑顔には敵わなかった。


 そんな未来への想いが芽吹く土地へ再び魔の手が伸びようとしていた。


「マルタ! 魔王軍がすぐそこまで迫ってきています!」

「分かりました、すぐに行きます!」


 公都ミエナに再建された教会では修道女が慌てふためきながら最低限の荷物を取りまとめていた。主への祈りを捧げていた修道女マルタは既に荷造りを完了しており、後はそれを背負って逃げ出すだけだった。


 残存勢力を結集させた人類連合軍は公都を守るべく東の台地で魔王軍と交戦し、完敗したとの一報が届けられていた。残った傭兵や冒険者達が公都周囲に建造された城壁に集って最終防衛体勢に移っているとも情報が飛び交っていた。

 しかしマルタには確信があった。それでも魔の手が公都を覆い尽くすのは時間の問題でしかない、と。


「それで、どちらに逃げようと?」

「西のポラニエ王国と南のキエフ公国まで逃げ延びるには同じぐらいの距離ですが、帝国に下るぐらいなら西を目指しましょう」

「帝国、ですか。あまり良い噂を聞きませんよね」

「当然です! あの異端者達はキエフの危機にここぞとばかりに軍を派遣して占領してしまったのですから!」


 西方諸国の教会と帝国は互いを異端者と認定し、同じ人類圏国家でありながらいがみ合いが続いている。獣人についての解釈を始めとして思想に多くの食い違いがあり、それが発端となり過去には二度も戦争に発展している。経済的交流は続けられているものの、関係の修繕はもはや不可能との見解で互いに一致していた。

 そんな帝国がルーシ公国南方のキエフ公国を帝国領とすると発表したのはつい先日。キエフの領土西半分より魔王軍を退けてからの事だった。当然西方諸国は反発を強めたものの獣人国家群が加わった帝国の勢力は既に西方諸国全体を比べてもなお上回っていた。結局西方諸国は傍観する以外無く、キエフの地は帝国へと併合された。


 しかし帝国は全人類の主権を尊重すると謳っているので、西方教会の布教は禁じていない。現に帝国への併合後もキエフ公国を救った聖女はその地で活動を続けていると聞いている。ならそこまで目くじらを立てる程でもないのに、とマルタは心の隅で呆れていた。


「何としてでも主に捧げたこの身が汚されるなど決してあってはなりません」

「迷える子羊達を導こうとはしないんですね」

「あいにく奉仕活動は施すこちらの無事があってのものだと思います。主に仕えし子の生死を定めるのは主のみ。命を疎かにするなどあってはならないのです」

「詭弁……いえ、何でもありません」


 己の命を脅かす無謀、愚行は自分を殺す行為に他ならない。よって殺人と同等に重い罪となる……と主の教えにはある。それと照らし合わせれば修道女の主張は正しいけれど、かと言って他の逃げ惑う者達を見捨てて我先にと逃げ出すのはおかしいのではないか?


(結局、教会もちょっと前の自分とあまり変わりないんだ……)


 神の教えに従う者達が命が惜しいと試練を与えられる人々に背を向ける様に、マルタは失望を禁じ得なかった。このまま主の教えを学んで奉仕活動をつづけた所で自分の悩みに答えが出るとはとても思えない。この一年間別の思想や規律に触れて新鮮ではあったが……。


(私の求める答えはここじゃあ見つからないのかな)


 最も、マルタはそんな負の感情をその場ではおくびにも出さなかった。共に教会で主の教えを学び、共に主へ祈りを捧げ、共に寝食を共にした仲間を突き放したくはないと考える程には現状を気に入っていたから。


 まだ未成熟なマルタは年配の修道女に手を引かれながら教会の敷地の奥へと進んでいく。普段出入りしている方向とは真逆だった為、マルタにわずかに焦りが芽生えた。そんなマルタの不安を察知したのか、年配の修道女はマルタの手を握る力を少し強くさせた。


「勝手口から路地に抜けます」

「礼拝堂を通って表からは出ないんですか?」

「……礼拝堂は開放してあります。主への救いを求める方が少なからずいますので。彼らの妨げにはならない方がいいでしょう」

「でも、それなら誰かが残っているんじゃあ?」

「マルタがさっき言ったように民と共に祈りを捧げたいと申し出る人もいましたから」

「……っ」


 マルタの前方には彼女達と同じように荷物をまとめて駆け足で勝手口へと向かう修道女達の姿が見えた。通り過ぎていく部屋では所々部屋をひっくり返したような物音が聞こえてきたので、脱出の準備をしている最中なのだろう。

 生活の場としていた建物を出たマルタはそのまま両腕を広げた程度の大きさの門をくぐり、裏路地に出た。まばらではあったが公都の住人が必死の形相で走っていく。中には荷車を押して逃げ惑う人もいるようだ。


「行きましょうマルタ。はぐれないようしっかり私の手を握っていて」

「はい、大丈夫です」


 年配の修道女を含んだ何名かの聖職者達は足早に公都の西門へと足早に進んでいく。ふと後ろを振り向いたマルタの視界に映ったのは、遠くの居住区で上がる火の手だった。更には遠方より無数の飛ぶ黒い影が明らかに城門より手前側で飛び交っていた。

 まだ成年になっていなかったマルタにも察しがついた。既に城壁は破られて魔の者が公都に侵入してきているんだな、と。そんなマルタを急かすように年配の修道女は彼女を更に引っ張る。マルタは体勢を崩して転びそうになるのを何とかこらえた。


 更には段々と挙がる悲鳴の音量が大きくなってくる。また後ろへと視線を向けると、大通りでは次々と人の身体が宙を舞っていた。それは一際巨大な獣、魔獣が人をその爪で引き裂き、食いちぎり、踏み潰しながら蹂躙するからだった。


「駄目です気にしては! さあ走って!」

「は、はいっ!」


 漆黒の修道服の裾をやや持ち上げながらマルタは走る。それでも多くの人が生に縋りつく為に必死になって逃げようとしているため、思ったようには進めないでいた。マリアは絶叫と救いを求める懇願が自分を責めているような気がしてしまい、思わず耳に手を当てたくなった。


 そんな彼女達の前にようやく公都西門が現れた。段々と視界に広がっていく公都を守る城壁は、今はむしろ公都の中より攻めてくる魔の者を阻む為に役目を果たすだろう。なんて皮肉な、とマルタはふと考えた。


 だが、そんな考えも滑稽だったと思い知らされたのは直後だった。城壁より射出された無数の矢は迫りくる魔の者ではなく大通りを抜けてくる公都市民へと次々と降り注いでいったのだ。悲鳴をあげてその身体を横にする市民を目の当たりにした者達は混乱の極みに達した。


「どうして城壁の兵士達が私共に攻撃を!?」

「城壁の上をよく見てください! 公都を守っていた兵隊さんじゃあありません……!」

「ダーク、エルフ……」


 城壁上に展開されていたのは魔性へと堕ちた森の民、ダークエルフのアーチャー達だった。彼、彼女等は弓を引き絞り、更に西門へと群がる市民めがけて矢を放つ。市民達は次々と額や身体を射抜かれてその場に倒れ伏していく。

 後方からは三つ首の魔獣数体がその獰猛さを露わに次々と人々に食らい付いていく。進むも地獄、退くも地獄。人々があっけなく命を散らしていくその場でなお生きる者達は嘆きを口にする以外にすべが無かった。


 そんな光景をマルタはただ事実として受け止めていた。結局自分の人生なんて無意味だった、と結論付けようとした時だった。


「マルタ、じっとしていなさい」

「えっ……!?」


 年配の修道女に覆われるように抱きかかえられたのは。


「いいですか、息を潜めてこの場をやり過ごすんです。これだけ多くの方が亡くなってしまったのは無念でなりませんが、この状況ならもしかしたら見つからないかもしれません」

「だ、駄目です! それだと……!」

「大丈夫、安心なさい。私は絶対にマルタを離しませんから」

「い……嫌……! 止めてください、お願いですから……!」


 マルタは自分でも不思議なぐらい感情を露わにさせて年配の修道女へ自己犠牲を止めるよう願った。修道女はいつか出会った聖女も浮かべたように微笑むと、マルタをその場で押し倒して自分の身体を覆い被せた。更には泣き叫ぶマルタの口を大きく暖かな手で塞ぐ。


「悪夢はすぐに覚めますから」

「うう、ううう~~っ!!」

「どうかマルタ、これからも元気でやっていくんですよ」


 首を振ろうとしてももがいても修道女はびくともしなかった。その間も城壁のダークエルフから放たれる矢は止まず、魔獣の捕食速度も衰えない。周りの人達が次々と倒れ伏していく。うめき声を上げる者にも容赦なく暴力が降り注ぎ、その尊い命は失われていく。

 マルタを守る修道女も僅かながら悲鳴を漏らすものの、抱きかかえる少女を心配させまいと声を押し殺す。マルタは自分の目から止めどなく涙が流れていると今更気付いた。滴は修道女の修道服へと染み込んで決して頬を流れる事は無かった。


(駄目……このままじゃあ、みんな死んじゃう……!)


 マルタは必至に修道女をどかそうと何とか左腕だけ捻じり出すが、掃除や水汲みでしか使っていない華奢な腕でいくら押しても修道女を押し退けられない。何かを支えにしようと手を動かしても触れるのは傍で倒れ伏す市民の身体ばかりだった。


(私には何も掴められないの……? 嫌だ! こんな、もうただ振り回されるなんて……!)


 それでもマルタは動かせる手を動かす。何でもいいから縋れる何かを、掴めるモノを求めて。魔弾の射手や迫りくる魔獣に気付かれても構わない。ただこのまま無意味に親しい皆を、過ごした平穏を犠牲にしてまで縋りつく生に意味なんてあるものか。

 主へ祈っても、救いを求めてもこの悪夢は決して覚めやしない。今までそうしてきたように、けれど今までと違って現実をただ受け止めるばかりではない。立ち向かうための力が自分にもあったなら――!


 ――諦めないで。


「……えっ?」


 不思議な声を聞いた。慈愛溢れる声にも聞こえたし、叱咤する声にも聞こえた。

 そして気が付けばマルタは何かを握っていた。とても淡く温かく、触れているだけで勇気が奮い立ってくる。修道女の胸で埋まっていて見えはしなかったが、マルタにはいつの間に手に……いや、彼女にもたらされたそれが何かはすぐに分かった。


 そう、優しく、しかし力強い光を伴った一振りの剣だ。


「……ごめんなさいっ!」

「なっ……!?」


 マルタは身体に勢いを付けて反転して修道女と自分を上下逆転させた。その上で身を挺して少女を守っていた両腕を振りほどき、立ち上がった。多くの人々が矢を受けて倒れる大通りの先では魔獣が蹴散らしながら迫ってきている。

 マルタは光を伴った両手剣を構え、魔獣へと駆けだした。剣など一度も振るっていないのにどう身体を動かせばいいかが分かる。理解していなくても身体が自然と動く。自分の身体とは思えない程軽く、そして力が漲っているのをマルタは自覚し、頷いた。


「うん、大丈夫……いける!」


 マルタは魔獣が彼女の身体より太い上腕で振るった爪を剣の一閃で両断する。そのまま魔獣の懐に飛び込んで剣を魔獣の腹部に突き立て、更に大きく振り切った。悲鳴をあげる魔獣から抜け出たマルタはもう一方の魔獣へと突進、彼女を食らおうと牙を向けてきた頭部をかち割った。


 その場でまだ生き延びている人々は突然の逆転劇をただ茫然と見つめていた。逃げ惑う人間達を仕留めるべく配置されていたダークエルフ達も射撃の手を止める程衝撃を受ける。我に返ったのはダークエルフの方が先で、突然出現した脅威へ一斉に矢を解き放つべく弓を引き絞る。


「これで……!」


 マルタは魔獣がその巨体を倒した直後に城壁上のダークエルフ達へと振り返り、剣を水平へと薙ぎ払った。弧を描いた剣の先端から放たれたのは巨大な光の刃。マルタの一振り鋭さをそのままに飛んで行く。

 ダークエルフの射手達は光の刃で胴、胸、首を両断され、物言わぬ肉塊と化して城壁上に転がった。更にマルタは残るダークエルフ達にも同じように光の刃を放っていく。やがてその場において人々に手をかける魔の者は皆深紅の少女の手で退けられた。


「みなさん! 今のうちに!」


 マルタが剣で西の門を指し示して何人かが我に返り、再び門に向けて逃亡を開始する。ただほとんどの人々がダークエルフの矢を受けて起き上がれなくなっており、先日まで多くの人で賑わっていた大通りは死屍累々の有様となっていた。

 マルタは自分の手の中にある剣を眺める。それは形こそ伝承とはやや違っていたものの、在り様は間違いなく勇者が担う光の剣だった。そう、選ばれし者が手にする魔を払い闇夜を照らす救世の剣ではないだろうか?


「マルタ、それは……」


 マルタと共に逃げていた修道女達はダークエルフからの矢を何本も受けていた。それでも身体をよろめかせて立ち上がり、絶望的な状況を覆したマルタへと近寄っていく。皆が信じられないとばかりにマルタと光の剣を見つめていた。


「分かりません……。声が聞こえたら私の手にありました」

「おお……おおお……!」

「や、止めてください! どうしたんですか……!?」


 修道女達は両手を組んで祈りを捧げながら感涙を流した。主ではなく他ならぬマルタに向けて。驚くマルタはたまらずに修道女の一人の両肩を持って止めるよう身体をゆするが、逆にマルタは両腕を掴まれて真剣な眼差しを送られた。


「マルタ、主が貴女をお選びになったのです」

「私を、何に選んだと……?」

「世界を救う、勇者にです……!」

「勇、者? 私が……?」


 言葉にされてもマルタは理解が出来なかった。

 主の代行者である勇者と聖女は常に一人ずつ。今代の聖女は双子姉妹のため例外的に二人ではあるが、勇者は一年前顔こそ見せなかったがこの国を襲い自分を手籠めにしていた魔王軍の軍団長を打倒した者だった筈だ。

 勇者は魔王を打倒した後は消息が絶たれて死亡説まで流れていた。けれど先日南方のキエフの地で魔王軍の軍団長を聖女と共に退けたとはここルーシ公国まで一報が届いている。その現勇者がこの数日で急死したとはとても思えなかった。


「でも、まだ勇者はいる筈なのに……」

「それがどうしてなのかは分かりません。けれど天啓と共に光を授かったなら、マルタが新たな勇者に違いはありません」


 だが現にマルタは光の剣を与えられた。勇者になった自覚は全く無かったが、鉈や斧を少し振るった程度の経験しかないマルタが剣を自在に操って魔の者を撃退したのは事実。他の真実がどうであれ、何者かに選ばれたのは間違いない事実だった。


 新たな宿命を与えられたマルタが手にする剣は淡く輝きを放っていた。


 ―閑話終幕―

お読みくださりありがとうございました。

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