大会準決勝①・女帝と覇王
―閑話―
大会も準決勝に突入した。この頃になると太陽は大分傾いており、空が段々と茜色に染まってきている。
多くの参加者が集い、冒険者や傭兵等の戦士達、そして派手な魔法を披露する魔導師達が戦い合った。誰もが鍛え上げられた腕と技の数々に歓声を挙げ、相手を上回る立ち回りに目を奪われた。そうした誰もが現実を忘れる程圧倒された試合も残す所三試合となった。
準決勝第一試合の選手として二人の女性が舞台へと上がる。一人は帝国の挑戦に君臨する女帝サライ。一回戦で見せた派手な技は抑えてそれ以降は純粋な剣の腕前と天性の勘で勝ち上がってきた。今大会の主役は間違いなく彼女だった。
対するアタルヤは魔導師らしく身体強化の魔法で相手を圧倒する速度と力をもって勝ち上がってきた。その一振りは正に一刀両断、豪快な試合運びに観客一同は誰もが圧倒された。彼女もまた大会を盛り上げた立役者の一人だった。
「アタルヤ、だったっけ。噂はかねがね聞いているわ。西の公爵領の切り札なんですって?」
「あいにくそこまで御大層な活躍をした覚えはないのですけれどね」
「さあ、お互いに今日と言う日の邂逅を楽しみましょう」
サライが晴れやかな笑顔でアタルヤに宣言する。そんな彼女にアタルヤは軽く驚いて目を丸くした。そう反応されたサライがわずかに眉をひそめる。
「何よ。何もおかしなことは言ってないじゃあないの」
「意外ですね。勝つ気でいると思ったら試合自体を心待ちにしているなんて」
「だってこれまでは結構成せば何とかなったけれど、貴女は私がどう動き回っても出し抜けそうにないんだもの。そんな上手の相手を凌駕するのが楽しみなのよ」
「成程、じゃあ期待に応えられるようせいぜい頑張るとしましょう」
二人は剣を構えた。お互いに中段の構え、相手の喉元に剣先を向けた最も基本的な構えを取った。試合開始を告げられても双方共に飛び出さず、歩んで少しずつ間合いを詰めていく。やがてお互いの剣先同士が触れるか触れまいか絶妙な距離で互いに止まった。
アタルヤもサライも互いに細かく剣を動かして相手の隙を窺う。双眸は僅かな挙動も見逃すまいと向き合う敵に全神経が注がれいる。かかとは両足ともにわずかにあげてすぐさま飛び込めるようにし、少しずつ動きながら牽制し合う。
今までと全く異なる駆け引きを見せつけられて観衆は騒ぐのを忘れて固唾をのんで見守っていた。観客席の最上段から眺めていたノアとナオミも例外ではなかった。
「がむしゃらに相手に突っ込まず、けれどむやみやたらと得物を振り回さない。一対一の決闘でしか生じない立ち合いだな」
「緊迫した空気がこっちまで伝わってくるものだね」
「正しく剣技を学んだものの試合運びだ。今日参加していた戦士一同はあの姿を見習うべきだな。派手で豪快であればいいと考える単調な輩にはいい手本だろう」
「けれどさ、分かる人には凄く面白くて見ごたえがある試合だけれど、一般観衆からしたら地味すぎるとも思うよ。金を払って見に来ているんだから誰もを魅了する攻撃に秀でるのもまた一つの考え方じゃあないかな?」
「その考えは私には全く分からない。有象無象の連中など気にしていたら相対する者に失礼だろう」
「そういった思想は否定しない。ナオミって武人気質だよねー」
「ノアだって楽しみを優先させて遊ぶだろう。価値観が違うだけだ」
アタルヤもサライもその面持ちは真剣そのもので、特にサライは自身を湛えた満面の笑みを消して口を堅く結んでいた。鋭く相手を見据える瞳はとても力強い。アタルヤはそうした向けられる眼差しに怯むどころかむしろ心地よさすら感じていた。
先に踏み出したのはサライが先だった。左脚で踏ん張り右脚を前に出す。それと同時に剣を滑らせて己の喉を捉えていた相手の剣先を僅かに外した。振りかぶったと同時に左手に力を込めたサライは咆哮と共に剣を振るった。
アタルヤは腕を引きつつ逸らされた剣を立て直しつつ防御に回した。剣の柄の端を握った左手が決して自分の中心線より外れないように右手を動かして。アタルヤが振り上げた剣はサライの一撃と衝突して火花が散ると思わせるほどの甲高い音が響き渡った。
サライはそのまま身体ごと相手に飛び込み、鍔迫り合いの形となった。空へと向けられたお互いの剣が右へ左へ、時に前や後ろへと振れる。互いに相手の体制を崩そうと押し引きする中でも両者の眼は目の前の相手を捉えて離さない。
先に退いたのはこれもサライの方で、相手を押して押し返される反動を利用して飛び退き、それと同時に頭をかち割るべく剣を振るった。さすがに見切っていたのかアタルヤは軽く剣をあげてその一撃を逸らす。
アタルヤは逆に反撃とばかりに飛び込んで剣を上段に振り上げてすぐさま振り下ろした。ただ逸らされたサライの方も退きつつの攻撃だった為に腰のばねこそ乗っていたものの足腰の踏ん張りが無く、その分勢いが無い攻撃だったため、立ち直りも早かった。すぐさま剣を振り上げてアタルヤの剣を軽く払い、そのまま中段の構えに戻って相手をけん制、追撃を阻んだ。
喉元に剣を突きつけられたアタルヤは深追いをせずに正眼の構えに戻った。ゆっくりと前進して相手との距離を詰め、再び剣先同士が触れ合う間合いに戻った。
こういった応酬が淡々と続けられた。
両者とも純粋な剣の腕を競い合うように一切魔導は行使せずに試合は流れていく。その間言葉の掛け合いすら無粋とばかりにお互いの掛け声ばかりが舞台上を飛び交う。更に言えば一歩間違えば死亡にもつながりかねない容赦ない一閃の応酬にも関わらずに無傷のままだった。
延々と続けられるかに思われた二人の剣の舞だったが、大会運営席に座っていた運営委員が残り時間僅かだと両選手に知らせる為に銅鑼を鳴らした。重厚な音が響き渡り、しのぎの削り合いを楽しんでいた双方を酷く落胆させた。
「残念、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものね」
「全くですね。それでどうします? 私はこのまま興じてもいいのですけれど?」
「あいにく私は貴女に勝ちたいのよ。名残惜しいけれど一気に勝負に出るわ」
「む……」
「サンライトセイバー!」
サライは一旦納刀させると、少し間をおいてから再び抜き放った。すると先ほど美しさすらある鋼色だった剣は太陽を思わせる程眩く輝きだした。もはや刀身が見えずに白色の杖ないしは棒を手にしているようだった。
「一回戦で見せた時のように飛び道具として繰り出すのではないんですね」
「あんなの派手なだけで貴女には通用しないでしょうよ。これで直接切り伏せるか貫くのよ」
「成程、ではこちらも」
アタルヤは今まで抑えていた魔力放出を全開にさせた。アタルヤが纏う魔力は構える剣にも伝わっていき、銀色の粒子舞う様子は幻想的でもあった。手元は肩口まで上げつつも剣先は相手の喉元を捉えて離さない独特の体勢を取る。
剣だけが光り輝くサライと全身を輝かせるアタルヤでは正に対称的だった。
「はああっ!」
「ふっ!」
サライが雄叫びをあげて、アタルヤが息を吐いて相手へと飛び込んだ。両者が上段より振るった剣は空中で激突して激しい衝撃波を発生させる。
この衝突で打ち負けたのはサライの方だった。大きく身体をよろめかせて生じたサライの隙を見逃すまいとアタルヤが今一度大きく剣を横方向へと薙ぎ払う。サライの胴めがけて迫りくる刃は彼女を両断……する前に止まってしまった。
「サンライトダガー!」
「何っ!?」
アタルヤが剣を振るっていた両手の手首にはいつの間にか太陽のように輝く剣が突き刺さっていたのだ。それがサライが脇に差して今まで一切使っていなかった小剣であり、サライがとっさに抜き放って迎撃に用いたのだと分かった時には彼女の剣は大きく引かれていた。
サライはそのまま腕と全身のばねを用いて剣を突き出し、アタルヤの胸部を捉えた。覆われていた鎧を容易く打ち砕き、胸にめり込んだ剣はそのまま彼女の胸部を貫通、反対側から飛び出す。鮮血は飛び散らない、その前に太陽の剣によって瞬時に蒸発してしまうからだ。
「ごふっ……ぅ!」
「このまま全力を注ぎこんで、私の勝ちだぁ!」
「ま、だだぁ!」
「――ッ!?」
胸を貫かれ両腕を抑え込まれたアタルヤの起死回生の一手、それは逆に更に踏み込んだサライへの肉薄だった。と同時に左足を大きく踏み込んでサライの右足を踏み潰す。素早く動けなくした後にアタルヤは瞬時に兜を形成、そのまま頭突きを浴びせたのだった。
咄嗟の出来事で対応が遅れたサライは声にもならない悲鳴をあげて大きくのけぞる。あまりの痛みと頭部への一撃で混乱をきたし、手にしていた二振りの剣から手を離してしまった。直感でこれまで危機を幾度となく潜り抜けてきた彼女にとっては初めてになる手痛い負傷だった。
二人の勝敗を分けた最大の要因は、死闘を潜り抜けてきた数に他ならなかった。
「おおおおおっ!」
アタルヤが咆哮と共に繰り出した突きはサライの腹部を捉え、貫いた。アタルヤが更に力を込めると剣を起点として大爆発が起こり、サライは空高く放り出された。そのまま舞台に引き込まれるように落下、激突して身体を横たえた。
サライの貫かれた腹部を起点に鮮血の水たまりが舞台上を染めていく。尊厳者は起き上がるどころか動く気配すら無かった。
「私の、勝ちですね……」
アタルヤに突き刺さったままの輝いていた剣は光を失っていき、やがて止めどなく血があふれ出てきた。アタルヤが退場しようと足を踏み込もうとした途端、彼女は力なく膝から崩れ落ちる。剣を舞台に突き刺して倒れないようにするのが精一杯だった。
試合終了が告げられると同時に待機していた大会運営委員の白魔導師達が二人の選手へと駆け寄り、それぞれの治療を開始する。皆西の公都で優秀だと謳われる協会所属の魔導師ばかり。無駄なく手際よく処置を施していく。
「ぁ……わ、たしは……」
「気が付かれましたか。アレだけ深手を負わせたのにすぐさま意識を取り戻すとは……」
「そう、私ったら負けたの……いたたっ!」
目を覚ましたサライは白魔導師に介抱されながらも体を起こし、腹部を襲う焼けるような激痛に顔をしかめた。思わず手で抑えようとするものの白魔導師の一人が彼女の手首を掴んで阻む。傷口を塞ごうと別の白魔導師が回復魔法をかけている最中なので、妨害されないようにだった。
アタルヤに突き刺さったサライの剣は彼女自身が抜き放った。と同時に白魔導師二人がかりで正面と背中の両方から回復魔法をかけて傷を塞ごうとする。アタルヤは朦朧とする意識に活を入れ、深手を負わせた剣をサライに向けて差し出した。
「貴女の剣ですのでお返しいたします。陛下は筋がいい、今後さらに鍛練を積めば右に並ぶ者がいなくなる武芸者になれるでしょう」
「あー、褒めてくれるのは素直に嬉しいんだけれど、私自身が強くなったって意味無いのよね。目指すは全体的には優秀だけれど、最終的にその分野の専門家には及ばないぐらいがいいかなーって所だし」
「どの道を選んでも大成しそうでしたが、政を選んだわけですか……。私から言わせればその溢れる才能は羨ましい限りですよ」
「またまた、お世辞がうまいのね。それより貴女はさ……」
サライは何とか手を伸ばして剣を受け取った。再び暗幕が降りようとしている意識を何とかつなぎ止めて、彼女はアタルヤを見やった。
「何者なの? 私の最愛の妹達、魔導元帥バテシバや勇者イヴよりも一回り上なんだけれど」
「私が何者かですか。私自身は大した事ないと自己評価しているんですが……」
アタルヤは腕を組みながら呻って考え込んだ。その様子は本当に自己評価が限りなく低かった証でもあり、サライはそんな彼女に内心あきれ果てた。
やがて思い至ったようで笑顔で、しかしどこか自虐気味に引きつりながらこう評した。
「過去の栄光の影だった亡霊、ですよ」
―閑話終幕―
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「ようやくこの時が来たわね、マリア」
「ええ、そうですねバテシバ」
「元はと言えば貴女が突然勇者と共に旅に出るって言い出してから歯車が狂ったのよ。挙句帰ってきたと思ったらイヴの術中にはまっていたし」
「面目次第もありません。ですがわたしはわたしのままですよ。マリアでなくなってもね」
準決勝第二試合、わたしはとうとうバテシバと対峙していた。もうこの期に及んでわたしが勇者一行の一人だったとか、バテシバが魔導元帥に上り詰めていたとかは正直どうでもいい。わたしはありのままのわたしで全力を出す。そしてバテシバって素晴らしい魔導師を超える。そんな強い意気込みだけで挑むつもりだ。
「行きますよ、バテシバ」
「それは私の台詞ね。さあ私を受け止めなさい、マリア」
わたし達はお互いの杖を軽く交錯させた。相手を認めて尊重し合った魔導師が行う儀礼のようなもので、この場合は自分の知識と経験の全てをかけて相手に挑むとの意思表示だ。たったそれだけの動作でわたしは胸を高鳴らせてしまった。バテシバもまた笑みを隠しきれない様子だから、どうやら互いに互いを特別だと想い合っているようだ。
わたしだけでは才能あふれるバテシバには遠く及ばない。けれどマリアだったわたしならバテシバとだって並んで行ける筈だ。
「折角だけれど、この舞台は私達には狭すぎるわね」
「ええ、同感です。どうせぶつかり合うならもっと自由な世界の方がいい」
「なら場所を移しましょう。大地の力に束縛されない場所に」
「望む所です」
試合開始を告げる合図が流れた途端、わたしとバテシバは大地を蹴った。
「マジックラウンチ!」
「アビエイション!」
互いに属性や原理こそ違うものの大空へと羽ばたく魔導の術式を素早く構築、跳び上がった。天空へと舞い上がるわたし達は観客席を守る防御壁が届かない程の高度に辿り着いて、互いに方向転換する。ここからは前後左右に加えて上下を加えた天空での攻防劇の始まりだ。
「「マジックアロー!」」
まずは小手調べとばかりに魔力で形成した矢を相手めがけて解き放った。縦横無尽に入り乱れる矢群は中間地点で互いに衝突、撃墜しきれなかった矢が潜り抜けて迫りくるのを回避行動を取ってかわす。その間にもまた新たな術式を構築して相手めがけて撃っていく。
「ウィンドスラッシャー!」
「ファイヤーボール!」
わたしが風の刃を次々と放つのに対抗してバテシバはお返しとばかりに火球を撃ち放つ。高速で飛び回るわたし達には中々命中しない。
こうした空中での弾幕勝負の場合、相手が今いる地点を狙うんじゃあなくて着弾する際の位置を予測してその場所に撃つのがいい。けれど相手は迫りくる弾幕を前に回避行動を取ったり迎撃するべく弾幕を射出する。
「マジックジャベリン!」
「追跡型!? 小癪な……!」
時には単に直線や曲線を描いて飛んで行く魔法ばかりではなく相手を追跡したり変則的に動き回る攻撃魔法も加える。そうしたやりとり、駆け引きの末に相手に命中させられれば勝負は俄然有利に傾くわけだ。
「グラビトン……!」
「させないわ! ガスティウィンドカノン!」
「ぐっ!?」
そして相手のすきを窺って大技を決めれば一気に優勢になるのだけれど、そう簡単にはいかない。高度な魔法の術式構築にはやはり意識を集中させないと無理だ。こうした決闘だとそんな優勝な真似はさせないとばかりに弾幕の雨あられがお見舞いされる訳だ。
よって主な手立てはマジックアローに始まる術式構築が簡単でそれなりの数や威力を発揮する魔法だ。決め手はここぞという時のみになる。初等魔導から学んでいき世界の理を覆す上級魔法を目指すのが魔導師なのに、行きつく先が初等魔導なんてね。
とはいえわたしはナオミやルデヤを相手にしてただでさえ激しく消耗している。長期戦になれば不利だろう。けれどバテシバだって教授やもう一人の聖騎士と接戦だったんだから条件は同じだ。ここは一気に畳み掛けるのみだ。
「マリア! 楽しいわね!」
「ええそうですね、バテシバ!」
そんなわたし達は二人だけの魔導の応酬を確かに楽しんでいた。次はどんな手に出てくる? こちらがこんな手を出したらどう切り返してくれる? どうやってわたしを倒す為に策を巡らせてくるのかしら?
相手の思考を読んでそれを上回るべく頭を回転させる。そんな駆け引きが楽しくてたまらない。さあバテシバ、どっからどんな手でもかかって来なさい。わたしは全部凌いで貴女にわたしの魔導をぶつけようじゃあないの。
わたし達の決闘は続く。時間の許す限りずっと。
お読みくださりありがとうございました。




