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義肢屋への訪問

「さて、一時だったがこれでお別れだな」

「ええ、楽しい旅路でした」


 西の公都、門を潜り抜けたすぐそこに終着駅がある。遠くからの乗合馬車は大体ここにたどり着き、また遠くに行く乗合馬車はここから出発していく。いわば旅の終わりと同時に始まりの場所だ。わたしも学院に出発する時はここを使ったものだ。

 そのため帝国内を往来する商人や冒険者などで日中は大いににぎわいを見せる。中には国外から足を運んできただろう普段見ない格好をした人達もいて、施設内は多彩な様子を表していた。

 ここが目的地のわたしにとっては旅の終わりで、ここからまた出発するだろう傭兵のアモスや冒険者のダニエル達にとっては一旦の区切りの付く小休止なんだろう。


「ま、こうして出会えたのも何かの縁だ。また会った時はよろしく頼むな」

「ええ、その時はまた大いに盛り上がりましょう」


 二人は自分の荷物を背負うと、それぞれ別の方向に踵を返して立ち去って行く。わたしも彼らの背中が見えなくなる前に視線を外して自分の荷物を背負い、身支度を整えていたイブの方へと振り向いた。彼女はわたしのやりとりをずっと見つめていたのか、顔を向けてすぐに目が合った。


「それで、どうするの?」

「えっと、どうするの、とは?」

「私のこの有様の話」


 イヴは椅子に寄りかかり右腕両脚は伸びきってている自分の身体を左手で指差す。その左腕も小刻みに震えていて、今にも力尽きて崩れ落ちそうだった。


 もちろんこうなっている原因は現在のイヴの四肢が冥術の魔導で縫い合わせただけの借り物で、全然思うように動かせないからだ。馬車の中で暇だったからイヴのリハビリにも付き合ってみたけれど、ほんのちょっとの時間だけ立ち上がるのがやっとだった。それも馬車がわずかに揺れただけでバランスを崩して倒れてしまう有様で、とても歩けるとは思えない。


「私を治療してくれるのは感謝するけれど、この状態の私をどうやってマリアの家まで運ぶの?」

「それについてはちゃんと考えがあります」


 もちろんそれぐらい想定の範囲内だ。わたしの力じゃあとてもイヴの身体は持ち上げられないし、肩を貸しても歩くのは厳しいだろう。かと言ってイヴを移動させるためだけに人を雇うほどの余裕はない。

 風の魔導に精通していればイヴに飛行魔法をかけて浮かせながら移動させられるけれど、あいにくわたしにはそんな技能はない。他にも魔導を駆使した様々な移動手段は浮かんだけれど、全部わたしが実践出来るものではなかった。

 そんなわけで、結局行きつく先は人類の叡智が造り上げていった文明、その力に頼る事にした。


「一旦肩を貸しますから、少しの間歩けます?」

「歩くって、本当にちょっとだけしか歩けないわよ?」

「十分です、目的地はすぐそこですから」


 わたしが差し出した手を怪訝そうに見つめながらイヴは受け取る。装備も荷物も無いけれど、やっぱり人一人の体重がかかるのは、重い……っ。それでも踏ん張れないほどじゃない。


「本当に大丈夫なの? 随分辛そうに見えるけど」

「だ、大丈夫、です。本当に目と鼻の、先に行くので……っ!」


 何とか歯を食いしばりながら一歩一歩進んでいく。イヴも私の足取りに合わせて歩もうとはしてくれるけれど、やっぱり脚に力をかけきれていない。しばらくこの状態が続きそうだ。


 駅舎から出ると、白い雲が少しかかる青空の下に広がる西の公都の景色がわたしを出迎えてくれた。舗装され整備された街道、左右に並ぶ建物、行き交う人達。どれもわたしがずっと見てきた光景だったけれど、たった数年離れていただけでとても懐かしく感じた。


「……帰って、来たんだ」

「どうかしたの?」

「いえ、ちょっと感慨にふけっていただけです」


 心奮わせるのはひとまず後にして、まずはイヴの状況改善からだ。何とかイヴの身体を支えながらわたしは駅に隣接した店の中に足を踏み入れた。


「マリア、ここって……」

「ええ、見たままのお店です」


 狭くはないが広くもないこの店の棚に陳列されていたのは、一見すると具足や籠手といった防具類だった。しかしよく見るとその売り物は防具とは全く異なる用途の代物だと分かる。人の腕や脚と見間違う物が並んでいたり、逆にただの杖が長さ別に樽に入っていたりする。

 どこか薄暗い店の中で品を眺めていた客はそれぞれどこか沈んだ表情を見せ、手に取ったり客同士で色々と相談していた。冒険者だったり傭兵だったりと様々な職業の人達がいるのだが、共通するのは誰もが身体のどこかしらが深く傷ついている点だろうか。

 奥では店主らしき人が品の一つの手入れをしているのか、布で丁寧に品を磨いているようだった。


「ここは戦争や冒険で失った身体の一部を補う、主に義肢を売っているお店です」


 外からの脅威にさらされ度々戦争が起こっていた公爵領では障害が残った人達をどうするか、帝国史の序盤から試行錯誤が繰り返されてきた。その成果が代替物を装備して機能的、精神的な悩みを軽減する装置だった。魔導では治療する事は出来ても失われた身体を取り戻す奇跡を行えるのは人類史でもごく限られた者だけだったから、自然とそういった技術が発展していった。

 冒険者や兵士達は先ほどわたし達が通った門をくぐって公都入りするから、そのすぐそばにこういった店が出来たわけだ。


「この辺りは義肢や杖ですけど、隣の陳列棚は義眼とか義鼻らしいですよ。中にはかつらみたいな気軽なものもあると聞いています」

「……まさかこの手足を捨てて義肢に切り替えろって言うんじゃないでしょうね?」

「まさか、いくらわたしだって自分の技術には誇りを持ってますって」


 イヴが向けてきた疑いを全力で違うと断言させてもらう。そう考えるのもおかしくはないけれど、さすがに魔導師としてのわたしの仕事を完全否定されたくはない。いくら魔導師らしくないと言われたってそれなりに自分の腕に自信、自負はあるのだ。

 わたしは店内を一望して、目的の物を見つけたのでそちらの方へと足を運んだ。


「だからイヴには、しばらくこれを使ってもらおうかと思います」

「……椅子?」


 隅から引っ張り出したのは一見するとただの椅子だけれど、良く見るとその異様さが分かるだろう。その椅子は木の骨組みと皮と布で張った背もたれに腰掛、何より両側に付いた小さな前輪と大きな後輪が目に付くだろう。


「車椅子、と呼ばれるものです。後輪に付いた輪っかを手で回して自走できる優れものですが、しばらくはわたしが押しますよ」

「へえ、これがそうなの。初めて見たわ」


 これは脚や腰を負傷して歩行が困難になった人のために発明された動く椅子だ。足腰の弱ったご老輩の方にも重宝されていると聞く。原理は簡単、後ろから人が押したり後輪に付けられた輪を自分で操作して操作する二通りか。イヴの場合は両腕も力が入らないから、しばらくはわたしが後ろから押す事になるだろう。

 個人的には使わない時に場所を取らないよう折り畳み可能な構造になっているのが好印象だ。


「車輪だと段差とか超えるの無理じゃない?」

「ある程度の段差は操縦次第でどうにかなりますが、階段ぐらいになると人に持ち上げてもらわないと無理ですね」


 最も、この車椅子が流通出来たのは帝国が国を挙げて街中の道路を舗装してきたからで、一歩外を出て広がる土道や砂利道では役に立たない欠点がある。しかも西の公都と言えども至る所段差だらけで、お世辞にも車椅子が運用しやすい環境とは言えなかった。

 車椅子が売っているのは学院に行くために駅を利用する際、通りがかって看板が目に入ったので知っていたのだ。でなければアモス辺りに頼まなきゃいけなかった。


「折角ですから賃貸と言わずに奮発して買っちゃいましょう」

「でもこれ、安くないんでしょう? 私持ち合わせないけど、いいの?」

「うぐっ……!」


 やめてくれ、その発言はわたしに効く。一応値札見てみたけれど思った通りかなり高額で、これを購入してしまうと財布の中に乾いた風が吹いてしまう。かと言ってこれ以上の案が無いのだから仕方がない。


「せ、先行投資です……」


 元から車椅子の一つぐらいは揃えようと思っていた所だ。それが少し前倒しになっただけなんだから大丈夫だ、問題ない。よってこれは決して強がりではない。声が震えてるのも沈んだ感じなのもも聞き違いだろう。


「ん、それ買うのか?」

「えっ? あ、まあ、そうですね」


 複数あったのでどれにしようと迷っていたら、品の手入れをしていた店長らしき青年がいつの間にか傍でわたし達の様子をうかがっていた。あ、まだ手入れしてた品と布を持ちっぱなしだから、少し興味惹かれたってぐらいか。


「使うのはそっちの彼女で、予算はどんなもんだ?」

「えっと、一応これぐらいを見積もってますが」

「機能性さえあれば別に装飾とかはいらないんだろ?」

「はい、飾りとかあっても手入れ出来ませんから」


 わたしが示した金額を見て店長、と呼んでしまおう、は三つ陳列してあった車椅子の中から左端の物を選び、わたし達の前で展開する。


「彼女の身長と座高から考えたらこれが丁度いいな。後輪もわりと大きいから不自由はあまりないと思うぞ」


 なるほど、そういった視点で物を選んだのか。同じ意匠だったからただ三つ並んでいるだけかと思ったら、確かによく見比べると少しずつ大きさが違う。それに機能性とか装飾とか聞いてきたから、貴族のように出せる金額に余裕がある人達はこれをもっと飾っていくんだろう。


「これ、座ってもいいかしら? 物は試しとも言うでしょう?」

「ん、いいぞ。実際試さないと分からん所もあるだろうしな」


 イヴがその車椅子に座ると、座面は首筋あたりまでで、足置きはかかとがわずかに付かないほどの位置になった。おそらく構造的に少し高さ調整できるんだろうけれど、それでもイヴの身体の大きさには丁度よく見える。


「……正直無いよりはマシって思ってた、意外と座り心地がいいのね」

「そりゃあずっと座りっぱなしで使うからな。乗り心地も追及した構造にしてるぞ」


 背もたれが少し傾いていたり、硬そうに見えて身体がわずかに沈んだりと、実際見てみると工夫を随所に凝らしているようだ。本では車椅子を知っていたけれど、実際目の当たりにするとやはり全然違うものなんだな。


「どうです? わたしはこれをお勧めするんですが……」

「いいんじゃない? 不自由さはこれで大分和らぐと思うけれど」

「分かりました。ではこれ一ついただけますか?」

「毎度」


 よかった。イヴのお気に召したようだ。さて、買う物は決まったなら次は価格交渉だろう。撃沈は覚悟はしているけれど出来るだけ出費は押さえたい所だ。


「それで、えっと、ものは相談なんですけど……」

「こっちも商売だからな。原価と手間賃考えたらこれぐらいにしかならねえぞ」


 思い切って口に出した直後、店主は指を立てて値札より安い金額を提示してくる。まだ懐には痛いけれど、それでも結構値切ってくれているな。正直もっと財布が寂しくなるのを予想していたから、嬉しい方向に想定外と言ってもいい。


「えっと、それだけ値引きさせてもらっていいんです?」

「別に、こっちも下心があっての金額提示だしな」


 申し訳なさげに声を出したものの、店主はあっけらかんに笑い出した。 


「そっちの彼女は冒険者だろ? んであんたは魔導師ってところか。なら初めぐらいはこれぐらい安くしてやったって構わないさ」

「あー、成程。次があればご贔屓に、ですか」

「そんなもんだな。ま、今後ともよろしく」


 冒険者や魔導師ともなればいずれ再び身体の一部が欠ける大参事に見舞われる可能性は大いにあり得るし、周りの仲間を入れればその確率はぐっと高くなるだろう。そんな時にまたこの店を利用してほしい、か。中々したたかではあるが、悪い気はしなかった。


「はい、これでお願いします」

「毎度あり」


 わたしは店主が提示した金額より少し多めに机の上に並べていくと、店主は律儀におつりをきっちり返してくれた。


「ところで興味本位で聞くんだが、そっちの彼女は義手義足か?」


 おつりをしまい終えた所で店主はイヴの方へ視線を少し動かして、声を落としてわたしの方へ身を乗り出す。いきなりされると軽く驚いてしまうな。

 そう言えば店に入る前は熟練の職人が営んでいると思っていたけれど、この店主はわたしよりほんの少し上ぐらいの年で、随分と若いと言っていい。修行中なのか免許皆伝されたてなのか、そんな年で一人前の仕事をする姿はこれからのわたしを考えると見習うべきかもしれない。


「いえ、負傷して両手足が麻痺してるだけですから、多分半年から一年で治るんじゃないです?」

「そうか、四肢の動きがどうも不自然だったからそう思ったんだが、気のせいか」


 鋭い観察力をしている。実際イヴの四肢は女騎士のを繋ぎ合わせたのだから、ある意味では両腕両脚は義肢と言ってもいいかもしれない。違うのは死者の腕と脚の操作に慣れれば自分の意志で動かせるようになるぐらいか。

 しかし何故それを聞くのだろう? 自分の洞察が合っているか確認したかったのか、それとも更に稼げる要素でも見つけたかったか?

 そう頭をよぎらせていたら、店主は意外にも悲しげな面持ちでわたしの肩に手を置く。一体何事だと気構えたが、店主は意外な言葉を口にしてきた。


「あの年であんなになるのは精神的にも深く傷ついてるだろうから、支えになってやれよ」


 そばに鏡があったならきっと目を丸くした自分自身を確認できただろう。驚愕のあまりに言葉を失うしかない。店主はイヴの状態を見抜き、かつ彼女を心から心配しているのだ。ただ一回だけ店を利用しようとした赤の他人である彼女を、だ。

 と同時に少しでも彼を疑った自分を恥じてしまう。邪な企みなどかけらもなく、彼はただ純粋に心配していただけだった。今すぐ彼に謝罪したい思いにかられたが、自分で勝手に疑って勝手に恥じたから謝るなど、単なる独りよがりも甚だしい。


 心のわだかまりをどうしたものかと考えを巡らせていたら、いつの間にか店主がわたしの顔を覗き込んでいた。思わず声が出して下がりそうになってしまう。だから、そう言った突然の挙動は本当に止めてほしい。


「な、何か?」

「どうかしたか? 別におかしな発言したつもりはないんだが」

「あ、いえ、大丈夫です。わたしが勝手にふさぎ込んだだけですから……」


 いけない、自分の事ばかり考えるんじゃなく、肝心の彼に感謝を述べなきゃ。とにかく一旦落ち着いて深く息を吸って、ゆっくり吐いて……。少し冷静になれたので店主を見上げる。


「イヴを心配してくれてありがとうございます。とてもお優しいのですね」


 その言葉は上っ面ではなく自分でも予想しなかったほど気持ちがこもった。微笑めばいいかなぐらいに考えていたけれど、自然とわたしの顔は笑みを浮かべていた。

 そんなわたしを目に映した店主の反応は、まるでさっきのわたしがこんな表情してたんだろうと思うぐらいに驚いていた。はて、そんな反応されるような真似はしていなかった筈だが。


「んー……。この仕事柄、身体だけじゃなく心も傷ついた人達も大勢見てきたから、少しでも力になれればと思ってるんだが……」


 彼はしばらくうなると、首を上下させたり腕組んだり、顔を指で掻いたりと落ち着かない様子でつぶやくように言葉を紡ぎだす。やがてその気持ちも収まったのか、今度は彼がわたしの方を見据えてきた。


「やっぱり、そう感謝されるのは素直に嬉しいもんだな」


 彼の満面の笑顔は、あえて例えるなら太陽の花のように咲き誇っていた。


 ……気を取り直して、会計も済んだし車椅子は確保できた。これでイヴは車椅子を押すだけで連れていけるから、次の目的地に行くのもだいぶ楽になる筈だ。新しい我が家はここの魔導協会管理の物件だから、まずは西の公都支部に足を運んで借用の手続きしないと。鍵をもらったらひとまず家に足を向けるようにしよう。


「それじゃあこれはもらっていくわね」

「何か座り心地とか足置きとか、違和感ないか? 少しぐらいなら調整できるぞ」

「いえ、大丈夫よ。また何か感じたら遠慮なく言わせてもらうから」


 イヴは自分で車椅子を動かそうと試みたものの、やはりと言ってはなんだが、彼女の腕が振るえるだけでわずかにも動こうとはしなかった。この調子だと当分はリハビリの日々が続きそうだ。試しにわたしが後ろから押してみると思ったよりも簡単に前に進む。もしかして車椅子本体がそこまで重くないんだろうか。


「……情けないわね。この様だとナイフとフォークもろくに持てそうにないわ」

「仕方がありません。地道に動かせるようにしていきましょう」


 イヴは力なく震える自分の手を眺めながら嘆きの言葉を口にする。確かに楽観はできないけれど悲観していてもしょうがない。今を見据えて未来に向かわないと。


「ちょっと待った、名前を聞いてもいいかな?」


 車椅子を押して店の出口に向かおうとした最中、店主がわたしを呼び止める。名前か、別に名乗りを惜しむほどでもないし、ありふれているから別に教えてもいいか。


「マリアです。こちらはイヴですね。今日西の公都に戻ってきました」

「俺はロト。この義肢屋で一応店主をやってるけど、冒険者との兼業だからその方面で会うかもしれないな」

「へえ、そうなんですか。では何かまたふとした場面で縁があるかもしれませんね」


 ロト、か。開業魔導師を営む事になるわたしとはふとした拍子に線が交わるかもしれない。その名前は覚えておこう。きっと損はない筈だ。


「それではロト、どうもありがとうございました」

「じゃあなマリア。何かあればいつでも呼んでくれ」


 わたしはロトに軽く手を振ると、彼も手を振ってこたえてくれた。本当に気さくで親切な人なんだな、と率直に印象を覚える。そんな人柄だから義肢屋なんて傷ついた人しか訪れない店を営めるんだろうか。


「マリア、一言言わせてもらっていいかしら?」


 店の外を出るなり、イヴはわたしの方へ顔も向けずに冷めた拍子で言葉を投げかけてきた。それを聞いて何となくマリアの言いたい事は想像できたけれど、あえて黙っておくようにした。


「あまり私の名を言いふらさないでもらえる? 面倒にはしたくないの」

「そうです? ロトはいい人だと思いますけれど」

「表面上はね」


 仲間に裏切られて復讐の旅路の途中なイヴがまず疑ってかかるのは当然だろう。それでも人との絆を築くのは決して無駄ではないと思うし、いざとなったら手を差し伸べてくれる人だっている。わたしはロトは肩を貸してくれる人だと感じた。

 けれどイヴはそう思わなかったらしい。その部分は彼女との間に大きな隔たりを感じる。


「覚えておいて。私は残りの連中に剣を突き立てるまで、もう何も信じる気はない」

「だから、復讐を円滑にするために危険性を最小限に留めると?」

「分かっているなら今後は私を紹介しないでもらえる?」

「……イヴがそう言うなら」


 きっと彼女はこうして会話しているわたしにだって心開いてはいない。こんなやりとりだってきっと復帰する為の効率を考えたら日常生活に支障が出ないよう関係性を維持する方がいいと計算したからだろう。勇者時代は仲間だったマリア達に信頼を寄せていたし信用もしていたんだろうに。

 そんな今のイヴを否定する資格はわたしにはない。わたしは彼女ではないし彼女の苦悩がどれほどだったかは彼女の言葉からしか分からない。その在り方に口出しするのはおこがましいにもほどがあるだろう。

 折角これから一緒に過ごすのだから、少しぐらいは打ち解けたいと思っている。しかしその反面、厄介事だから突き放されるのはこれ幸いだと考えてしまう自分も確かにいた。

お読みくださりありがとうございました。

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