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大会準々決勝②・国名の由来

「全く、無茶しすぎですってー」

「いったたた! も、もうちょっと優しく……」


 準々決勝での出番が終わってわたしはタマルの治療を受けていた。さすがに試合中でのあわただしい回復は傷口を何とか塞ぐのが精一杯だったようで、完全には治しきれなかったらしい。タマルの暖かな手が切り傷に触れて痒さと痛さを感じる。


「……ごめんなさい。出会い頭にあのように怒鳴り散らしてしまって」

「いえ、こちらも売り言葉に買い言葉でした」


 一張羅だった学院の魔導衣はルデヤに預けている。大きく引き裂かれた部分を縫い合わせたいんだと申し出てくれた為だ。その心遣いは嬉しかったものの、真実をひた隠しにしていた負い目もあってあまりルデヤとは目を合わせづらかった。

 冷静になって考えてみればわたしがイヴを庇うのはいいとして、ルデヤだって姉がどうなったか知る権利はある筈だ。真実をどう受け止めて次に進み出すかは彼女自身に委ねるとしても、このまま蚊帳の外のままにはさせられないだろう。


「ルデヤ、貴女のお姉さんについてなのですが……」

「……っ。話してくれるのか!?」

「その前にお姉さんの上官だった剣士サウルと勇者イヴの確執から説明しなければいけませんね。いえ、わたし達勇者一行が犯した罪を」

「罪……だと?」


 わたしは魔王を打倒した裏ではイヴが自分の手を最愛の賢者アダムの血で染めた事、そう誘導したのは勇者一行な事、一行が勇者イヴを裏切った挙句に騙し討ちにして始末しようとした事、そしてイヴが復讐の旅路の途中である事を簡潔に説明した。

 話を聞くルデヤが息をのむ。無理もない、勇者一行には同僚の聖騎士デボラも加わっていた。わたしはデボラについては全く思い出せないけれど、ルデヤの反応からしたら私利私欲で勇者を葬り去ろうとしていた真実に衝撃を受けるぐらいには好印象を抱いていたようだ。


「魔導師マリア、つまりわたしですけれど、が凶刃に倒れて弓使いプリシラが森を追放されたため、剣士サウルは先手を打って生き延びていたイヴを始末しようとした。魔王打倒の報酬として得た帝国騎士団団長の地位を利用して、イヴを罪人として指名手配したんです」

「……姉はその剣士サウルが指揮していた騎士団に所属していた、と」

「はい。そして剣士サウルはとうとうイヴの足取りを掴んで、復讐を受ける前に亡き者にしようと彼女に襲い掛かりました」

「それで姉は勇者の手で返り討ちにあった……?」


 これはわたしの足取りを掴むために様々に罪を重ねてきたイヴも悪いし、皇妹とはいえ正室の子ではないイヴを煙たがっていた元老院の思惑もある。だがそんなお家事情はここで説明するようなものでもないだろう。

 簡潔に説明すればあの女騎士ラケルが命を落としたのはイヴとサウルの身勝手さに巻き込まれたに過ぎない。理不尽だけれどそれが現実としか言いようがない。


「未だ魔物が跋扈する森に追い詰めたのも遺体の始末に都合がいいからでしょう。結局その思惑は逆にイヴに利用されて騎士団一同の遺体は無残になっていたそうですが……」

「そんな……そんなくだらない理由で姉は殺されたのか!?」

「当事者のイヴとサウルにとっては重要な選択だったと思います」

「……っ! そんな事が許されてたまるかぁ!」


 ラケルは唇を震わせて拳を固く握りしめた。溢れだす怒りをどこに向けていいのか分からない様子で、もし何か手に持っていたら床に叩きつけていただろう。

 傷の治療を終えたタマルは蒸した体拭きでわたしの肩や胸に残った血を拭い取っていく。そんな彼女は眉をひそめて首をかしげた。


「あれ、でもイヴさんとマリアさんってとっても仲良くしていましたよねー。一緒に住んでいましたしー」

「わたしは一年以上前に復讐されていますから。おかげで虹のマリアとして歩んだわたしの過去と足跡はほとんど失いました」

「……っ! それって、記憶喪失なんですかぁ?」

「いえ、自分を裏切った虹のマリアに戻らないようわたしの性質を変貌させたんですよ。嘘偽りの記憶をわたしに刻んでね」


 ああそうだ。一年より前のわたしの記憶は大体イヴの捏造だ。マリアが時折語る本当の歩んだ道はわたしにとって他人の日記を読んでいるに等しい。わたしから家族の思い出を奪ったイヴを今でも許せない部分は正直ある。

 けれどマリアは残ってくれている。もう一人のわたし、唯一残されたわたしのかけがえのない家族。彼女がいてくれるならこれまでマリアが駆け抜けた過程は無駄にはなっていない。マリアほど上手くは走れないけれど、わたしだって精一杯やってみせる。


「じゃあ重体だったイヴさんの治療にあたっていたのは?」

「剣士サウル一行との戦いで命を落としかけていた所で偶然わたしが通りかかったので助け出しました」

「じゃあイヴさんと会った瞬間に失った思い出を取り戻したりは?」

「その時はまだ一年前まで寝食を共にしていた旅の仲間とは知りませんでした。今でも一連の顛末は知識であって記憶ではありません」


 ただわたしはあの時のイヴを見過ごせなかった、学んだ技術を人助けに使いたかった。それだけなんだ。大義は皆無だし見返りをとか贖罪なんて頭には無かった。


「すみません、わたしがもっと上手く動けていたら森に残されたルデヤのお姉さんの遺体はそれほど荒らされなかったかもしれない」

「……いや、いい。マリアが謝る事じゃあない」


 ルデヤは自分の頬を力いっぱい叩くと怒りを抑えて顔を起こした。紅色に染まった頬のまま無理矢理笑いを浮かべてみせる。


「こうなったらアヴァロンに戻ってデボラに事情を窺うまでだ。後は勇者イヴと向き合って、その時私自身どう思うか未来に委ねるよ」

「そう、ですか……」


 わたしはラケルから視線を逸らした。彼女にはまだ明かしていない真相、ラケルの四肢を奪ってイヴへと縫い付けた顛末が残っている。言おうかどうか迷ったけれど新たに決意を固めたルデヤの様子を目の当たりにして気が萎んでしまった。

 わたしは魔導師だから命亡くなった遺体の有効活用は躊躇いが無いけれど、ルデヤの信じる教えでは異端だろう。死者の冒涜が許される訳がない。今この場でルデヤの剣で首をはねられたっておかしくない程の大罪なんだから。

 申し訳なさは感じるけれど全てを明らかにする勇気もない。なんて自分勝手な。そう自覚はあるけれど、わたしは結局踏み込めないままになってしまった。



 ■■■



「そう言えば先ほどルデヤが使っていた槍ですけれど、聖槍でしたっけ?」

「ああ。聖騎士の上位十二名にのみ与えられる強い神秘を帯びた聖なる武具の一つだ」


 ルデヤはわたしの魔導衣を持っていた左手で背中を指差した。彼女は試合中背中に手を回したかと思ったら次には聖槍を取り出していた。明らかにルデヤの背丈より長いにも関わらずだ。きっと鎧の背中部分に収納できる能力があるのだろう。

 タマルはわたしの身体を拭いた布巾を水の張った桶に浸して看護師に下げさせる。そしてわたしのあまり豊かではない身体を観察して、一つ頷いた。治療の具合を確かめたんだろう。


「あー、聞いた事がありますー。アヴァロンの聖騎士上位十二席と王座は数百年前に人類史に燦然と輝いていた円卓を模しているって」

「円卓?」


 聞いた事がある。と言うか物語として華々しい活躍や旅路は後生にも語り継がれているし。

 確か小国同士が小競り合いする中で蛮族が侵略してきて、ある王が小国をまとめ上げて蛮族を撃退。その後は王の名のもとに集った騎士達が栄光を求めて国土を冒険して様々な厄介事を乗り越えていく話だった筈だ。

 ただ円卓は過ぎたる栄光に手を伸ばしてから凋落、仲間割れや反逆に合って最後は同士討ちによって終幕した。けれどいつか王は理想郷の彼方より戻ってくるだろう、と締めくくられていたんだった。

 現在のアヴァロンを舞台とした伝記で、人類圏で幅広く人気を集めている。


「じゃあ円卓の復活って……」

「かつての栄光にあやかろうとする意図が透けて見えますよね~」

「いや、国王陛下に限ってそんな下種な思惑は無い」


 好き勝手言い合うわたしとタマルをルデヤは一言で否定してきた。自分が使える君主の散々な言われ様に怒っているかと思ったけれど、意外にもルデヤはあきれ果てている様子でため息をもらしていた。


「あの方は単に円卓の騎士達の物語が好きなだけだ。栄光だけではなく落日まで全てをひっくるめてな。あの頃と情勢は全く異なるから過去失敗した制度を蘇らせる愚行は重々承知されている筈だ」

「……その割には浮かない顔をしていますね」


 ルデヤは周囲を窺った。広々とした選手控室の傍らに並ぶ寝具の一つに寝かせられたわたし、そして傍にいるタマルとルデヤ。それから少し離れた位置で座って本を読むアタルヤと遠くで本に何かを記す陛下ぐらいしかいない。この寂しさはアンナに大勢参加していて賑やかだった大会ももうすぐ終わりが近づいている証拠だろう。

 何をそんなに警戒しているのか、と思ったらそう言えば現在試合中のバテシバの相手はルデヤと同じくアヴァロンの聖騎士だったか。ルデヤと同じ上位十二席の一人だったらその実力は聖騎士デボラと並ぶほど、決して油断出来はしない。

 同僚の聖騎士が戻ってきていない状況を確認しながらも、ルデヤは声を落としてきた。


「……円卓の復活や赤竜の騎士王への崇拝にも近い憧れを持つ陛下に反感を抱く者もいるだけの話だ。国王陛下は立派な方であられるし名君なのは間違いないんだが、カムリへの融和が度を過ぎている」

「赤竜の騎士王? カムリ? ごめんなさい、あたしはあまりアヴァロンの事情に詳しくないんですよー」

「ああ、赤竜の騎士王はですね……」

「――小国群を統一して蛮族を追い払った王の中の王だな」


 タマルの疑問に答えようとしたわたしを遮ったのは意外にもアタルヤだった。彼女は本を閉じて椅子の上で身体をこちらに向けてくる。さすがに選手控室にいる間は武装を解除してドレス姿に戻っている。そのおかげもあって女性らしい柔らかく豊満な、けれど鍛え上げられて筋肉の付いた、程よい調和の身体つきが強調されていた。


「カムリはアヴァロン連合王国の形成する国の一つだ。アヴァロン本土の西側に位置している。アヴァロンは人類圏の中でも人間以外の種族が多い国家だが、カムリは更に富んでいる印象だ」

「アタルヤさん、良くご存知ですね」

「生前の大半はあの土地で過ごしたからな。故郷みたいなものだ」


 それは初耳だ。言われてみたら確かにルデヤの身に付けている鎧や振るっていた聖槍は何処となくアタルヤの武装と趣が似ている気がする。

 訝しげに眉をひそめるルデヤをよそにアタルヤは足を組み直して顎を手の甲に乗せた。一見すると普段の落ち着いた物腰の彼女のようだけれど、何処となく違う想いを抱いているような気がした。上手く説明しづらいけれど、失望、だろうか。


「ルデヤ、と言ったか。貴女はアヴァロンという国名の由来をご存じか?」

「は? そんなのアヴァロンの国民なら誰もが知っている。赤竜の騎士王が最後に旅立った林檎の園、すなわち理想郷からだろう」

「じゃあどうしてそんな名を付けたかは?」

「それも伝えられている。いつか赤竜の騎士王が傷を癒して帰還する際に元の国土もまた理想郷のごとく幸福に満ちた豊かな国となっているよう――」

「その認識は誤っているな、聖騎士ルデヤ」

「……何だって?」


 アタルヤは徐に立ち上がった。彼女から少し遅れて遠くの陛下も筆記具を置いて分厚い本を閉じる。二人はほんのわずかな間に視線を交わすと、陛下が舞台へ向けて歩み始めた。アタルヤはそれを静かに見つめる。


「林檎の楽園に縋らなければならなかったカムリの連中に思い知らせるためだ。それに決意もあった、我々が痩せ細った国土を豊かにして現世に理想郷を作るんだと。そうして国名はアヴァロンとされた。正確に伝わらなくなっているのなら、もはやそんな大義はとっくの昔に達成されたんだろう」

「そんな莫迦な、それではまるで……!」

「まるで赤竜の騎士王に淘汰された蛮族側の視点みたいだ、か?」


 アタルヤもまた舞台へ向けて歩み始めた。彼女のドレスの周りが銀の粒子で輝き、やがてそれらは豪奢な全身鎧を形作った。貴婦人のような女性はもうこの場からいなくなり、目の前にいるのは兵士達を惹きつける魅力を湛えた歴戦の騎士そのものだった。


「当然じゃあないか。今アヴァロンを統治しているのは赤竜の騎士王の物語で悪役にされている蛮族の方なんだからな」


 そう語るアタルヤはどこか誇らしげであり、しかし同時に哀愁も漂わせていた。どういう経験をしたらこんなに複雑な感情を抱くのか、本気で不思議に思ってしまった。

 衝撃の真実を目の前で見せつけられたルデヤは衝撃を受けて言葉を失っていた。広い背中を見せていたアタルヤに声をかけようと手を伸ばすけれど、口から漏れるのは狼狽で切れ切れになる息ばかりだった。


「……タマルさん」

「はい、何でしょうかー?」

「結局イゼベルさんとアタルヤさんって何者なんですか?」

「ですから、あたしにはサッパリなんですってー!」


 生前の歩んだ道が一切謎なアタルヤと彼女を従える存在自体謎なイゼベル。この二人の組み合わせは濃い霧に包まれていて全容が全く見えない。いつかアタルヤに見合う雄々しい、イゼベルに相応しい神秘に満ちた過去が明らかになる日が来るんだろうか……?


 と、いけない。次はいよいよ準決勝。アタルヤ対陛下の試合はどんな展開に転んでいくか予測もつかない。是非見学しないと。そう思い至って身体を起こしてから自分が上半身裸なんだって改めて気づいてしまった。

 タマルはそんな慌てて焦るわたしの両肩を掴んで強引に寝かしつけた。彼女の力が強くてわたしはされるがままに寝具へと身体を倒すしかなかった。普段穏和なタマルからはかけ離れて真剣な眼差しをわたしは向けられていた。


「次の試合まで安静にしていなさい。白魔導師が自分の体調を管理できなくてどうするんですか? 無茶をしたってろくなことにはなりませんよ。次の相手は魔導元帥さんでしょう?」


 普段の間延びした口調も一転してきつく鋭い声色になっていた。有無を言わさない迫力に思わず押し黙ってしまう。


「それにほら、マリアさんのお友達もお見えになりましたから寂しくはありませんしねー」

「お友達……?」


 誰だろう、と首をかしげていると、アタルヤ達が向かっていった舞台の方から逆にこちらへと戻ってくる人影が一つ。疲れでまどろむ目を擦って凝視すると、どうやら先ほどまで行われていた準決勝第四試合の選手達、つまりバテシバのようだ。

 そのバテシバは裂傷が酷く質素ながら豪奢さも兼ね備えた魔導がいたるところ破けている。折角の端正な容姿が血や汗で汚れ、明らかに疲労困憊な様子だった。彼女がここまで追い込まれているなんて初めて見た。


「バテシバ! まさか……!」

「ご心配には及ばないわ。ちゃあんと勝ってやったから。ちょっと苦戦しちゃったけれどね」


 彼女が指し示す後方から遅れて選手控室に戻ってきたのは対戦相手だったもう一人のアヴァロンの聖騎士だった。彼が身にしていた鎧は砕かれてみるも無残な有様。意識を失っているのか大会運営委員が二人がかりで担架で医務室へと運ばれていった。

 身体をよろめかせたバテシバをタマルが支えて、空いていた選手控室備えの別の寝具へと運び込んだ。


「さすがに接近戦を挑まれたのは辛かったわ。やっぱ狭い試合会場で一対一の戦いには向いていないようね、私達って」

「そうですね」


 タマルは手際よくバテシバが受けた傷を洗浄液を染み込ませた綿で綺麗にして、それからヒールアザーをかけていく。途中厚手の魔導元帥衣は邪魔になったからか、これもまたタマルが躊躇いなくバテシバから脱がしていった。珠のように美しい肌が傷で台無しになっていた。

 つくづくわたし達って難儀な道を歩んでいるものだなって考えが頭を駆け巡った。


「……次はわたし達の試合ですね」

「ええ、そうね」

「万全ではありませんが全力でぶつかります」

「上等、かかっていらっしゃい。絶対に負けないんだから」


 わたし達は顔を向き合わせ、互いに笑い合った。

 それは相手に向けての決意表明であり、同時に自分自身への暗示でもあった。

お読みくださりありがとうございました。

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