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大会準々決勝①・連合王国の聖騎士

 大会はいよいよ準々決勝に突入した。この頃になるともう太陽は完全に傾いていて、もう少ししたら綺麗な夕焼け空になるだろう。朝早くから開かれた大会も終盤に差し掛かっている。観客の盛り上がりも途切れぬまま、いやむしろ開始した時より多くなっている気がする。


 第一試合は陛下とレイアの組み合わせだけれど、舞台に上がったレイアは完全に満身創痍だった。無理もない、先ほどのノアとの死闘で命を脅かす大怪我を負ったんだから。わたしとバテシバから治療を引き継いだ白魔導師達は危険すべきだと口を揃えていた。


「折角あたしの相手をしてくれるんだもの。出るだけ出るわよ」


 結局彼女のそれでは対戦相手に申し訳がないとの主張から強行出場した形となった。当然無茶をするレイアに立ちはだかられた陛下は憮然としてレイアを睨む。「そんな体たらくで舐めているのか」との批難よりも「無茶するなんて」ってレイアを心配している様子だった。


「……加減はしないわよ」

「してもらわなくても結構よ。こう見えて十分勝算はあるつもりなんだから」

「そう」


 陛下はそれでもレイアの意思を尊重してか最低限の忠告に留めた。レイアは顔を横に振って拒絶、陛下もそれ以上深くは入り込まずに剣先を相手に向ける中段の構えを取った。レイアは杖を天高く掲げる姿勢となる。


「アストロノミカル・ダスク」


 試合開始の合図と同時にレイアは再び杖より天高く宵闇を解き放っていく。たちまちに闘技場は夜の世界へと落とし込まれていく。夜間の試合を想定して観客席や舞台周囲は一定以上暗くなると灯りが燈る仕組みだけれど、そんなのはレイアにはお構いなしだろう。

 そんな夜の天幕が降りようとしている最中、陛下は剣を掲げて旋回させ始めた。一周する度に剣が輝きだす。純粋な白ではなく赤みや黄金色を帯びた、正しく太陽の光だった。


「サンシャイン……バースト!」


 そして陛下が上方で剣を一閃させると剣が湛えていた光が上空へと立ち上っていく。光は弾けて小さな太陽へと変わり、眩しく闘技場を照らしだした。


「う、嘘……!?」

「サンシャインバースト。真夜中でも昼間のように明るく照らす極小の太陽を生じさせる技。けれど貴女にとっては会心の一撃になりそうね」


 驚愕して天を見上げるレイアの姿は全く消えていない昼の状態のままだ。炎を灯して夜間明るくする程度ではなく、確かに陛下の仰る通り太陽光が降り注ぐ昼間のようにとても明るい。そしてそれは夜の恩恵を多く受けるレイアにとっては致命的な一撃だった。

 大方夜の世界にしてしまって自然治癒を促進させつつ立て直そうと図っていたんだろう。けれど太陽の力を駆使する陛下は最大の敵だったって訳か。こうなるとそれほど消耗していない陛下と今にも倒れそうなレイアでは勝負にならない。


「さて、まだ続ける?」

「……いえ、降参よ。今のに賭けていたんだけれど、こうなっちゃったら勝てる見込みが無いもの」


 再び剣先を向けられたレイアは観念したように杖を舞台の上において両手をゆっくりと上げた。意思表示を確認した審判がレイアの敗退を継げ、陛下の勝ち上がりが決定した。

 あっけなかったって言ってもそれは陛下が相手だったからだろう。わたしだったら捉えられない彼女に当てる為に舞台上を片っ端から攻撃していただろうし。バテシバだったら探知魔法を組み合わせて的確にレイアを狙えたんだろうか?


 そんな陛下の準決勝での対戦相手を決めるアタルヤの試合は、彼女が特に危なげなく相手を降参させて終了となった。これで陛下はここまでイゼベル以外に苦戦していないアタルヤと対峙する事となった。どんな試合になるんだろうか……?



 ■■■



 次の試合はわたしの出番となった。

 対戦相手は先ほどの六回戦まで正体をひた隠していた女騎士。彼女はもう兜を被らずに鋭い双眸をわたしへと向けている。装備する鎧や剣はわたしが今まで見た事の無い趣向の凝らされた装飾が施されていた。豪華絢爛とまではいかなくとも物語に描かれるような栄光に輝く騎士そのままと言ってよかった。


「勇者一行の一人、虹のマリアで間違いないか?」


 試合開始前、彼女は凛とした声を相対したわたしに向けてくる。力強さを感じる鋭さがあって聞いている分には心地よい。ただ憤りが隠せていないのが難点だけれど。


「はい、そうですが何か?」


 厳密には彼女の問いには否と答えるのが正しい。けれどそれは彼女の求める答えではない。とは言え事情を説明した所で言葉遊びと取られてお終いだ。あまり自分をマリアと完全に同一視されたくはないけれど、真実には違いないか。


「私はアヴァロン連合王国所属の聖騎士ルデヤ。祖国より遠く離れたこの国に尽くしていた我が姉のラケルについて尋ねたい」

「申し訳ありませんがそのような方は存じません」

「とぼけるな! 勇者イヴが虐殺した勇者一行の剣士サウル旗下の騎士団に所属していた女騎士だ!」


 とぼけたつもりは無い。だってわたしはイヴが返り討ちにした騎士団の名前なんて知る由も無いんだから。そうか、彼女はラケルって名前だったのか。目の前の女騎士はその妹……道理で似通っている訳だ。


「イヴがどうしてかつて仲間だったサウルとその騎士団を悉く殺すのかも疑問ですけれど、何故それをわたしが知っていると?」

「姉さん達は発狂した勇者イヴの討伐を命じられて帝都を出立、この都市との間で殉職したとは調べが付いている。そのすぐ後で勇者イヴとお前がこの都市に姿を現したともな!」


 むう、確かに。わたしの帝都から公都への旅の期間は丁度騎士団全滅の時期と重なってしまっている。それを調べられてしまったら否定しようもない。そもそもわたしが凶行の場面に遭遇してしまったのはまごう事なき真実だから。


「ですがわたしは剣士サウル達を手にはかけていませんよ。当時の事を説明しろと仰っているなら、あいにく力になれません」

「お前の戯言が真実だったとしても勇者イヴが関わっていたのは間違いないだろう! 言え、今勇者はどこにいる!?」


 あ、これ何を言っても駄目だ。自分自身の正義を頑なに信じて人の意見を聞かない奴だろう。


「彼女ならアヴァロンへと旅立ちましたよ。すれ違ったんじゃあありませんか?」

「……っ!?」


 なのであっさりと真相をばらしてしまおう。どうやら目の前の聖騎士はイヴの不在よりも無駄足だった点に衝撃を受けてしまったようだ。

 けれどわたしが思ったよりは早く立ち直ったようで、こちらを殺さんばかりに睨みつけてきた。とは言えこちらも無関係ではないので逆恨みと捉えるまでは開き直れない。わたしは文句も抱かずにただ彼女の怒りを受け止めていた。


「……話してもらうぞ。お前の知っている事実を全て!」

「お断りします。貴女のお姉さんが巻き込まれた事についてはご冥福をお祈りしますが、イヴとサウルの一件はあまりにイヴに深く踏み入りすぎている。わたしからは明かせません」

「何を勝手な……!」


 歯ぎしりする音がこちらまで聞こえてきそうだ。怒りで彼女の腕はわずかに震えていた。試合開始前にも関わらずこちらへ襲い掛かってきそうだ。


「お前は私の姉がどんな姿で戻ってきたか、知っているのか!?」

「騎士団全員が魔物の餌になって見るも無残だった、と人づてには聞いています」

「……っ。もう、いい。期待するだけ無駄だったようだな」


 彼女は軽く息を吐くと正眼の構えを取った。どうやら力づくでもわたしに真実を吐かせるつもりのようだ。

 わたしの内心は複雑だ。イヴの復讐は全面的には賛成出来ないけれど権利はあると思っている。だからって無抵抗に首を差し出すつもりもないし彼女に協力してかつての仲間達を陥れるつもりもない。彼女の復讐劇が新たな一歩を踏み出すきっかけになれば程度には願っている。

 けれど、彼女が刃を血で濡らす度に新たな犠牲者は生まれてしまう。目の前の聖騎士ルデヤもその一人だ。復讐者が復讐を遂げて新たな復讐者を発生させる有様はなんて皮肉な。負の連鎖はどこかで誰かが寛大な慈悲を持たなければ続くだろう。

 わたしも少なからず加担している以上、向き合う義務があるだろう。


「おおおっ!」


 試合開始と同時に雄叫びをあげてルデヤが駆け出した。それでも上半身の姿勢がぶれずに剣先がわたしの喉に向けられたままなのは驚いた。彼女との距離が縮まっていくにつれて彼女から向けられる明確な殺意が私を圧迫する。


「マジックアロー!」


 わたしは迎え撃つべく素早く術式を構築、魔法の矢を前方に放った。迫りくるルデヤは雨あられのように押し寄せる矢の中で頭部を襲うものだけを剣で打ち払い、後は右へ左へと身をかわしながら受傷を最小限に抑えていく。突進の速度はほぼ落ちていない。

 わたしは後方へと駆けだしながら再び魔法の矢を放つものの、先ほどと同じ対処でしのがれてしまう。明らかに後ろを見ながらのわたしと前を見据えるルデヤとでは進む速度が違い、間合いを詰められていく。


「やりますね、ならこれでどうですか!」


 次にわたしが杖の先端を対戦相手に向けて解き放ったのはマジックカノンだった。さすがに直撃を受ければ鎧で身が覆われていても大きな効果を発揮するだろう。

 そう思っての選択だったが、ルデヤは息を軽く吐きながら剣を振りかぶってそのまま振り下ろした。研ぎ澄まされた剣の型には芸術性すら宿る、とはどこかで聞いた覚えがあるけれど、ラケルの一閃は模範としても見ごたえがある淀みない鋭さがあった。

 わたしが放った魔法の砲撃はルデヤの一撃で切り伏せられて力を失った。


「逃げるな! 姑息に立ち回っていないで私と正面から戦え!」

「魔導師なんですから距離を置こうとするのは当然でしょう……!」

「……っ! いつまでも逃げ回ってばかりいられると思うな!」

「マジックスピア!」


 それならと私は魔法の槍を解き放つ。剣ではたき落そうとしたって矛が剣の刃を砕いてそのまま彼女へと突き刺さるだろう。速さと鋭さがあるこの攻撃魔法、どう対処する?

 そんな風に考えを巡らせたものの、ルデヤは振り下ろしていた剣を振り上げて魔法の槍へと衝突させた。剣の刃ではなく剣の腹を上手く利用して襲い掛かる槍をそらして対処したのだ。槍は空しくルデヤを横切るだけだった。


「はああっ!」

「マジックシールド……!」


 とうとう間合いに捉えられたと思った瞬間にルデヤは声をあげてわたしの腹部めがけて剣を一閃させてきた。避けられないと覚悟を決めたわたしは片手を迫りくる冷たい刃へと向けて、魔法の障壁を形成させる。

 剣と障壁が激突、耳をつんざく重厚な轟音が鳴り響いた。いくら防御壁を展開していても彼女がもたらした威力は障壁ごとわたしの身体を大きくよろめかせるには十分だった。

 ルデヤは弾かれた剣を勢いを利用してそのままに切り替えし、今度は逆側の胴を狙って剣を旋回させてきた。おそらく彼女は体勢を崩すわたしを見て「貰った」と思ったに違いない。しかしおあいにく、わたしだってただ指をくわえて見ているばかりではない。

 

「マジックセイバー!」

「ッ!?」


 わたしが杖の先端から発生させた光の刃がルデヤの剣と交わる。凄まじい速度での衝突だったのか、一瞬火花が散った。予想外の反撃だったのかわずかに目の前の女騎士が怯んだ。その隙は逃すものか。


「フレイムブラスト!」

「くっ……!」


 競り合いの形となっていた中でわたしは炎を杖から噴射させた。さすがに炙られるのはたまらなかったのか、ルデヤは素早くわたしから間合いを離した。わたしは更に炎を振りまいて対戦相手を引き離す。その間に頭の中では別の術式を構築させていた。


「ガスティウィンドカノン!」


 わたしは前方へ両腕を突き出し、突風を巻き起こした。嵐も青ざめる強風が吹き荒れてルデヤを身体に容赦なく襲いかかる。彼女は低姿勢になりながら足を踏ん張って懸命に場外に飛ばされまいとしている。

 わたしの魔法の精度だと彼女を押し切れそうにないので、強風を巻き起こしつつ同時に別の術式も構築していく。魔導の並行処理は教授曰く認識能力の面から天性の才能が必要だそうだが、幸いにもわたしにはそれなりにこなせる。


「フレイムブラスト!」


 わたしは風に更に火炎放射を混ぜ合わせた。炎が風に乗って熱風となった。疑似的に火属性と風属性の融合魔法バーニングストームの完成だ。わたしの腕では一々二つを合成させないと発動出来ないけれどね。

 ただ相手を焼き尽くす目的は無い。あくまで踏み止まる彼女を怯ませて場外に落とすのが目的だから火力はそれほどでもない筈だ。と言うかそもそもわたしでは前方の相手全てを炭に変える威力は起こせないのだけれど。


 ところがルデヤは炎の舞を目の前にしながらも全く怯まない。彼女は背中へと右手を回して、一気に振り下ろした。わたしが巻き起こす熱風は何でもない動作一つで真っ二つに分断され、更には発生源のわたしの胴まで到達した。


「が……!?」


 切り裂かれた肩口から腰辺りまでが焼け鉄を押し当てられたように熱くなる。何が起こったか分からないけれどすぐさま傷口をふさぐように回復魔法を発動、手でとめどなく流れ出る鮮血を抑え込んだ。

 両断された熱風が通り過ぎた先にはルデヤが健在のままで得物を構えていた。ただし先ほどまで振るっていた剣ではなく、凄みを帯びた槍が一振り。たださすがにわたしとルデヤとでは距離が遠いから、鋭い一閃で風の刃でも発生させたのだろうか。


「この聖槍、容易くは打ち砕けやしない!」

「聖槍……!?」


 ルデヤは油断も慢心もせずにわたしの傷が癒えぬうちに踏み込んできた。左手でなおも回復させつつも杖を手にした右手を突き出してマジックアローを展開させる。けれどルデヤが槍を振るえば風圧か何かで薙ぎ払われなかった矢までかき消されてしまう。


「これで、終わりだぁ!」


 再び私を間合いに収めたルデヤは槍を突き出す。全てを穿つ鋭い一撃は逃げ惑うわたしの胸めがけて迫り、そのまま吸い込まれるようにして胸部を貫通した。ルデヤは止めの攻撃に手ごたえを感じたのか、わたしを見据える注意深さが少し緩んだ気がした。

 けれど、甘い。その油断は見逃しやしない。わたしは両腕を交差させて放出される魔力を伴った光の粒子を反応させる。それを悪あがきと判断したようでルデヤは更に槍に力を込めるものの、わたしの胸辺りを起点にびくともしなかった。


「一体何を……!?」


 彼女はそこでようやく異常に気付いたようだ。貫かれている筈の胸部からは先ほど受けた切り傷以外で血が流れ出ていないと。

 何のことは無い。槍が命中する前にイゼベルの外と内の境線に相当する冥府の魔導、ネクロトランスポートを発動させたのだ。これで胸部を貫通したように見えて実は胸の前の入口を潜って背中の出口から抜け出ていただけなわけだ。

 つまりわたしは止めとして繰り出した渾身の一撃に無傷。その事実がどうやらルデヤを驚愕させ、打ちのめしたようだ。


「マジックレイ・シュトローム!」


 左手で支えた右腕上腕部を突き出し、そこから光の奔流を噴射させる。わたしが愛用する広範囲放出型ではなくノアとの戦いでマリアが披露した対個人型になる。至近距離から浴びせるものだからルデヤは避けようも無く、真正面からその身に受けて勢いよく後退していく。

 やがてルデヤに溜めこまれた光の力が飽和状態となり、軽い爆発を巻き起こした。激しく傷を負って宙を舞うルデヤはそれでもなお戦わんと体勢を立て直そうとするも、場外で着地するのが精一杯だった。


「私の、負けだ……!」


 ルデヤは槍を場外の地面に突き刺し顔を項垂れた。わたしも激しく消耗したのもあってその場に膝を付いてしまう。杖で身体を支えながらもやっとの思いで舞台から降りて退場出来た。

 身体を引きずる醜態を晒すわたしを前にしたバテシバは軽く咳をしてわたしの胸元を指差した。


「マリア、胸元がはだけているわよ」

「あ」


 忘れていた。身体をばっさり斬られた時に魔導衣も切断されたんだった。何て事だ、じゃあわたしったら胸部を晒したまま戦っていたって事か?

 疲れ果てたわたしは顔を赤くしながら胸を手で覆うのが精一杯だった。

お読みくださりありがとうございました。

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