大会四回戦②・付喪長との死闘
大会四回戦も後半に突入、わたしは軍団長のナオミと相対していた。彼女は酒場の踊り子のようにしなやかな物腰をさせながら舞台へと上がる。特に客へと己を誇示したりはせずに透き通った剣を漆黒の鞘から抜き放った。
わたしは両手で杖を持ちながら固唾を飲んでナオミを注意深く観察する。その一挙動を見逃さないように。これまでナオミは初撃の一刀両断で悉く試合を終了させていた。おそらく今度も同様の手口で攻撃を仕掛けてくる筈だ。
まあ、正直な話祭典の場でまともに魔王軍の軍団長相手に戦っていられないので、ちょっとばかりずるをして早々に試合を終了させてしまおう。わたしは大会運営席に座るイゼベルに気取られないよう脇目で注視しながら頭の中で術式を構築させていく。
「サブサイデンス!」
試合開始直後、わたしは杖を思いっきり舞台に突いた。こっちは少し手首を動かすだけなのでナオミが剣を一閃させるより早く動作出来た。わたしの術式の効果は舞台全体に広がっていき、わたしの周囲を除いて場外と同じ程度の高さに沈下させる。
作戦はこうだ。試合開始直後に地属性魔法で舞台を自分の周り以外沈めてしまい、場外にしてしまうのだ。いくらナオミが優れた剣士だとしたって踏み込む足場が無ければ力が入らないだろうし、飛べなければ場外に浸食された舞台にあっけなく転がるわけだ。
場外負けって規定があるからこそ使える手。これで早々に試合を終わらせる……!
「成程、搦め手だが有効ではある」
「……っ! さすがにそう簡単にはいきませんか!」
どうもわたしの初動を勘ぐられたらしく、既にナオミは高く飛び上がっていた。しかも放物線を描く先は間違いなく唯一残った舞台の上に立つわたしの方だった。マジックアローで撃墜……いや、術式構築より相手が剣を振り切る方が速い!
「マジックラウンチ!」
相手が剣を振るうのとわたしが天高く飛んだのはほぼ同時だった。甲高く風を切る音と同時に魔導衝撃にもぶつかったらしく衝撃音が闘技場内に鳴り響いた。ある程度の高度に達してから相手の方に振り返ると、ナオミは軽やかに先ほどわたしのいた場所に降り立っていた。
彼女は追撃しようとはせずただ顔を上げてわたしを見据えるだけだった。
「足場を無くしたのはお前の方だったな。どうするつもりだ?」
「勿論このまま戦うんですよ」
ナオミがかかってこないならこっちから行くまでだ。彼女の剣がどれほどの間合いの相手まで捉えるかは分からないけれど、念を入れて視界に収まった範囲全てと考えるべきだろう。ナオミが様子見の今のうちが攻める絶好の機会だ。
「グラビトンウェーブ!」
わたしはナオミの立つ舞台に向けて杖を一気に振り下ろした。わたしの構築した術式は大地へと降り注ぎ、丁度舞台だった円の内側全体が陥没し始めた。ナオミも重い荷物が背中にのしかかったように膝と腰を曲げるものの、何とか踏ん張って立ったままでいる。
これも地属性魔導で大地が万物を引っ張る重さの力を増大させる魔法だ。制御にとてつもない集中力が必要な上に術式が高度だから帝国でも習得している魔導師は限られるだろう。と言うか学院時代は地属性魔導の成績が平均値だったわたしがよくこの魔法を使えたものだ。多分マリアの方が会得していたんだろう。
ただ身体が重くなるだけじゃあない。魔導の精度を高めれば自重で対象を押し潰したりも出来る。このままナオミには舞台上で這いつくばってもらう。
そんな増大した大地の力の中でもナオミは倒れない。彼女は徐に剣を地面に突き立てると、途端に剣の柄が上空へと突き進んでいくではないか。柄を握り締めたナオミの身体と共にだ。
そうか、刀身が伸ばせるなら何も遠くの相手を切り伏せるだけではなく、伸びる剣を棒のように支えにして移動も可能なのか。それにしても重さの力が増した中で逆に高く高く身体を持って行くなんて、驚くべき光景だ。
彼女はわたしよりやや高くまで到達すると剣の長さを元に戻して大きく振りかぶった。まずい、こちらの魔法で増した大地の引っ張る力も乗せてわたしを兜割りにするつもりか。咄嗟に地属性魔法を強制終了させて別の術式を素早く構築させる。
「マジックセイバー!」
ナオミが剣を振り下ろしたのとわたしが杖の先端から魔導の刃を構築して振り上げたのはほぼ同時だった。かろうじて真っ二つにされる事態は防いだものの、ナオミの強烈な一撃の威力はそのままわたしを墜落させるには十分だった。
わたしは何とか魔力を逆噴射させて墜落を減速、更に旋回するよう横方向にも魔力を解き放っていく。舞台が残っていたら一旦地面に降り立つ事も可能だったんだけれど、自分で壊した以上は浮き上がったままで方向転換させるしかない。
「こ、のおお!」
何とか体勢を立て直して地面に叩き付けられる前にすれすれで滑空、そのまま再び上空へと飛び上がる。直後、後方で衝撃音が耳をつんざいた。どうやらナオミが追撃とばかりに剣を振るってきたらしく、振り向いたら観客席を守る魔導の防御壁が激しく波打っていた。
防御壁にも当たらないように調整しつつわたしは再び舞い上がった。一方のナオミは特に上空に留まる気配を見せずにただ地面に引っ張られるがままに落ちていく。既にわたしが上でナオミが下の位置取りに変わっていた。
「残念ですがこのまま場外で終わりそうですね」
「ああ、このまま落ちれば私は場外に降りるだろう」
「一つお伺いしますが、どうして落ちる私への追撃の手が緩かったんですか?」
「剣の一部分でも場外に触れれば負けになってしまうからな。それに観客席を守るよう張り巡らされた防御魔法が邪魔で上手くお前を捉えられなかった」
あー成程、刀身を伸ばして斬撃を繰り出すナオミの戦法だと振り抜こうとしても防御魔法に阻まれてしまうのか。更に少しでも刀身を長くしてしまうと地面まで到達してしまい、一閃すると場外を撫でてしまうと。
ん? ちょっと待て。確かナオミは全ての試合で防御壁まで到達するほどの刀身を伸ばして対戦相手を一刀両断していなかったか? 剣は防御壁まで触れていたのにナオミは負け扱いになっていない。だとしたら場外判定は地面に触れたか否かで、壁は対象外か?
「だから、こうするまでだ」
ナオミは剣を水平方向へと持ち替えると、その刀身を一気に引き延ばした。剣の先が防御壁に弾かれて激しい音が轟くと同時にナオミの身体が横方向へと飛んでいく。そして今度は彼女が手にしていた柄の方が防御壁の反対側に到達、再び激しく衝突する。
防御壁の両側で支えられた剣を掴んでいたナオミの落下速度は段々と落ちていき、やがて地面から人一人分の身長程度の高さで停止した。ナオミは剣の上に立って上空に停滞するわたしを見据えている。その佇まいは湖の上に浮かぶ木の葉を思い浮かばせた。
「まさか剣を橋代わりにするなんて……!」
「目論見が外れたか?」
「……っ! ですが得物を手放してはもう何も出来ないのでは?」
「そうでもない。戦いようはいくらでもある」
ナオミは徒手空拳で腰を落とす。嫌な予感が背筋を走ったのでそれを振り払いつつ頭の中で素早く防御魔法の術式を構築していく。
ナオミが腕を振るったのとわたしが防御魔法を前方に展開したのはほぼ同時だった。一見何気ない行動に思えた振り抜きはわたしの防御壁をいとも容易く両断する結果をもたらした。砕け散るマジックシールドに呆然とするのも少しの間、我に返ったわたしはすぐにその場を離脱する。
一体何が起きた? ナオミは手刀を剣に見立てて一閃させてきた。そうは言っても先ほどみたいに刀身が伸びてきたわけではない。単に手刀を空振りさせただけだ。風属性魔導で風の刃を発生させたわけではなさそうだ。術式の構築の形跡は見られなかったし。
わたしが飛び去った場所を一陣の風が吹きすさぶ。高速で何かが横切った、とまでは分かったもののわたしの目では捉えられなかった。飛行しながらナオミの挙動を注視していてようやく傾向が掴めた。ナオミが手刀を振った延長線上に衝撃波か何かの斬撃が走るようだ。
「ウィンドスラッシャー!」
わたしは両手を振り抜いて風の刃を発生させた。ナオミはよけようとせずに手刀で発生させた見えない刃で迎え撃つ。両方はわたしとナオミの中間辺りで炸裂して風の刃が霧散する。ただ風の刃が衝突した辺りだけ見えない刃が掻き消えたようで、わたしまでは届かなかった。
わたしは頭の中で構築した術式を複製、続けざまに風の刃を射出させていく。ナオミもまた何度も繰り返して手刀を振り抜いていく。手数は魔導を介さないナオミの方が多く、風の刃で対処しきれない攻撃は高速飛行して何とかかわしていく。
このままだと確実に不利だ。戦法を切り替えようにも相手の攻撃が激しくて上級魔法の術式構築が中々厳しい。明らかにわたしの方が消耗していっているから長期戦は不利だ。こうなったら一か八か相手の間合いの外まで逃げてから超遠距離で攻撃するか……。
「らちが明かないな」
攻めあぐねるわたしに一言呟くと、ナオミは足場にしていた剣を縮めて防御壁を蹴って斜め上方向へと跳んだ。更に反対側の防御壁にたどり着くと更に蹴って跳び上がる。やがてナオミは観客席よりも高い位置に到達、一見何も無い場所に文字通り降り立った。
「嘘、防御壁の縁を足場に!?」
「これでお前に逃げ場は無い」
ナオミは上手い具合に防御壁の頂点へ両脚を置くと剣を脇に構え、思いっきり振り抜いた。咄嗟にまだ杖から展開していた魔法の刃で受け止められたものの、衝撃を全く殺し切れずに身体ごと大きく跳ね飛ばされてしまう。
き、つい……! イヴぐらい反射神経が良かったら自分から飛び退いて威力を殺し切るんだろうけれど、あいにくわたしにはそこまでの反応速度は無い。おかげで両断こそされなかったけれど剣との衝突で杖を支えていた腕と受け止めた身体が酷く痛む。
「ヒーリング……!」
痛みと傷だけは回復させて空を旋回、ナオミのいる方向へと顔を向ける。彼女は先ほどと同じ姿勢で……って、いくら視界に収まっているからってかなり遠くまで吹っ飛ばされたのにここまで間合いなのか!?
わたしは魔力を下方向へと噴射させて咄嗟に方向転換する。ナオミの剣が一閃されたのはその直後、わたしの脚元すれすれで斬撃は通過していった。もっとナオミの近くにいたら両脚が切り離されていたかもしれない。それぐらいの時間差だった。
「こ、の……! マジックアローレイ!」
わたしは巨大な矢の形状をさせた魔法の刃を射た。この距離ならまだわたしだって十分に攻撃を仕掛けられる。結構卑怯だけれど相手は軍団長、手段は選んでいられない。
高速でナオミに飛来する一撃を彼女は剣で真正面から受け止めた。他の攻撃魔法と違って魔法の刃はナオミの剣でも砕かれずに拮抗、ナオミ真正面の中空で彼女の剣と火花を散らす。わたしはその隙を突いて彼女の方角に向けて狙いを定め、大規模な術式を編み込んでいく。
綿密に、丁寧に。ナオミがアローレイを弾いてもう一度構えを取ったけれど半歩だけ遅い!
「グラビトンブラスト!」
教授が最も得意としている地属性魔法でも最大規模の攻撃魔法、重力波を照射する魔導だ。ちなみに重力波って何ですかと教授に尋ねたら、まだ研究中の概念だとぼかされたのでわたしにもさっぱりだったりするのは内緒だ。
指向性を持った破壊の波がナオミを捉える前に彼女は背負っていた漆黒に輝く鞘をこちらに向けてかざした。重力波がナオミを襲ったのはその直後。レイシュトローム程可視化はされていないけれど波に飲み込まれたナオミの姿は確認できない。
わたしが解き放った攻撃魔法が収まっていく。撃ち終えた頃には酷く疲れて肩で息をしてしまう。ふらつく身体に活を入れて何とか上空に留まる。何せ現在位置は闘技場から遠く離れた場所の上空、早く闘技場に戻らないと。
その反応が出たのは本当に偶然だった。重力波が収束していく過程の最中にわたしは左へと飛び退いていた。縦方向に線が走ったのはその直後、逃れきれなかったのか右脚に身が張り裂けそうな激痛が走った。
「ぎ、あぁ……!?」
遠のいていく意識を無理矢理つなぎ止めて落ちていく右脚を追いかける。何とか掴んだ時には西の公都の街中まで高度が下がっていた。すぐ下で祭りで賑わいを見せていた人達から悲鳴が上がる。わたしは何とか切断された右脚を切断部に繋ぎ、復活魔法の術式を描いた。
「リヴァイヴ……!」
あの重力波照射魔法の直撃を受けて反撃してくるなんて正直想定外だった。倒せないまでも確実に何らかの損傷は与えられる高度かつ高威力な魔導だったのに!
何とかわたしが相手を見据えると、先ほどまでナオミがいた場所には全く別の存在がいた。
「あれは……?」
「魔王様が行動を共にされていただけの事はある。まさか『私』を身にするようになるとはな」
縞瑪瑙や紫水晶を思わせる黒紫色の宝石のように輝く材質で構成された全身鎧がナオミの目元以外の全てを隠していた。銀髪が兜から流れているので非常に見栄えのする色彩となっている。完全に体型を覆い隠していたアタルヤの武装と違ってナオミの体躯の細さが際立っていた。
ただ、翻した外套は鎧とは対照的に全ての光を飲み込まんとしているのではと思わせる程光を反射しておらず、闇のように真っ黒だった。見ているだけで深淵まで沈み込みそうだった。
「歴代の魔王達が身に付けた闇の衣と闇の鎧、それが私だ」
「鎧と、衣……」
防具に命の宿った付喪神、それがナオミの正体か。
だとしたら非常にまずい。てっきり剣とばかり思っていたけれど防具が彼女だったらそう易々とナオミの防御は突破出来ない。重力波すら彼女に傷一つ付けられないとしたら有効打になる攻撃魔法はもう数える程度しかない。上級魔法を連発してもう疲労困憊で厳しいのに。
ええい、嘆くのは全部出し切った後だ。こうなったらわたしの最大最高の魔法で勝負に出るしかない。
わたしは街の建物すれすれで飛行して闘技場へと戻っていく。さすがに場外負けになりたくないから剣を伸ばしてこないし、手刀での斬撃も被害が出るから自重してきている。これが戦場での戦いだったらわたしは確実に命を落としていたに違いない。
そしてわたしはナオミとは反対側の防御壁の縁に着地した。ナオミはわたしを見据えるばかりでなおも攻撃を仕掛けようとしない。
「わたしを撃ち落とす絶好の機会だったと思うんですけれど?」
「次の一撃に勝負をかけるんだろう? 受けて立つ」
ナオミはそう宣言すると自分の剣を天高く投げ放った。回転する剣は回転したまま上空に留まる。すると七色に輝いて見えた透明の剣が漆黒に染まっていき、さながら闇を発しながらも輝きを放つ黒曜石のような黒き太陽となった。
アレは、まずい。アレはアダムの放つ闇の奔流にも匹敵する永久の夜をもたらすものだ。
あれほどの闇に対抗するにはこちらも光の一撃をぶつける他無い。
わたしは膨大な魔力を杖へと収束させていく。蓄積された莫大な量の魔力は光の粒子となって可視化され、既に形成していた魔力の刃を光り輝かせる。わたしは光を伴った杖を大きく振りかぶった。その間にナオミは闇を剣の刀身へと収束させ、再び手にして脇構えを取っている。
勝負だ、闇の軍団長……!
「マジックレイ・エクソダス!」
「ダークネス・パージャー!」
わたしが上から下へ光の一閃を放ち、ナオミが水平方向に闇の一閃を放つ。丁度中間付近で光と闇が激突、勢いを失い霧散していく光と闇の粒子が辺り一面に舞い散っていく。両者が解き放った奔流はどちらにも押されていかずに中間地点で留まったままだ。
で、正直わたし達は相対する強大な敵に夢中になっていて失念していた。激突の衝撃は両者に反動となって襲い掛かってくると。更には膨大な力の激突の余波が暴風となって吹き荒れるのだと。キエフ防衛戦でエヴァと対峙した時は何とか踏みとどまれたけれど、こんな防御壁の縁に曲芸のごとく立つ今は……。
「えっ……!?」
「うん……?」
足を踏み外して上空に投げ出されるのは必然だった。
光の奔流を中断させたわたしはナオミの方へと視線を向けた。彼女もまたわたしと同様に空中に投げ出されていて、落下途中だった。わたしの方が高い位置にいるのは先ほどの激突での振り抜き具合の違いか。わたしが少し上方向の斜め後ろに、ナオミが少し下方向の斜め後ろに飛ばされたようだ。
飛ぶ手段の無いナオミはこれで敗退決定だ。後はわたしが復帰すれば勝利が確定する。わたしは急いで魔力を下方向へと噴射させようとして……もはや落下を止められないほど消耗してしまっていると今更気づいた。
いやいや、これは絶体絶命の危機だろう。魔力の噴射が叶わないなら風属性魔導で飛翔して……駄目だ、術式を構築しようとしても脆く崩れてしまう。なら周囲の空間自体を固定して……そんな大規模な術式を形成する余力が無い。
「こうなったら少しでも激突の衝撃を和らげないと……!」
わたしは落下方向にマジックシールドを展開、硝子細工のように華奢にしか張れなかったけれど無いよりはマシだろう。後は大会運営の白魔導師の手腕に委ねるしかない。
みるみるうちに地面との距離が縮まっていく。下にいた祭りを楽しむ人達が迫りくるわたしに気付いたのか、悲鳴をあげて逃げ惑う。木も生えていない、布地の天幕も無い。舗装された通りに一直線だ。覚悟を決めて頭を守るよう両腕で覆う。
けれどわたしに迫っていた地面との激突は予想もしない結果となった。わたしが接触すると石畳で舗装された道路が柔らかく沈み込んだのだ。落下の衝撃を吸収しつつ道路は沈んでいき、勢いを失ったわたしが身体を横たえた時には人一人分ほどの深さの穴になっていた。
怪我一つ負わずに着陸出来たのは明らかに魔導の効果だろうけれどわたしのではない。わたしの障壁はほんのわずかにわたしの身を守ってくれた程度で砕けてしまった。地面の性質を瞬時に変化させる程の卓越した腕を持つ魔導師なんて……。
「やれやれ、勇者と旅をしても学院を卒業しても世話を焼かせるねえ」
教授ぐらいしかいないじゃあないか。
教授が穴の上から杖を伸ばしてきたのでわたしはそれを何とか掴んだ。遅れて顔を見せたタマルが反対側から教授の杖を掴み、二人がかりでわたしを引き上げる。よろめくわたしの身体を支えるように教授はわたしを抱きかかえた。
「すみません。お手を煩わせました……」
「アレだけ燃費の悪い応酬をしてたら当然だよ。マリアにこんな場所で死なれたんじゃあ目覚めが悪いしね」
「地面を柔らかくする魔導、ですか……。始めて見ました」
「見せる機会が無かっただけさ。まさか使う日が来るとは思ってもいなかったけれどね」
それはそうだ。鉱山とかで崩落が起こらないよう岩盤を固くしたり掘りやすいよう脆くはするかもしれないけれど、地面その物を柔らかくして衝撃を吸収する機会なんてある方がおかしい。こう考えると教授って結構使う場面が限られる魔導とかを開発していそうだ。
「……それで、試合は?」
「さあね。マリアの落下と同時に闘技場を飛び出してきたもので。とりあえず戻れば――」
教授が言い切る前に突然目の前の空間が割れた。砕け散った空間の隙間の先に見えるのは、先ほどまでわたしが死闘を繰り広げた闘技場の舞台があった場所だった。傍らでは扇で口元を隠したイゼベルが微笑みを浮かべている。
「試合はナオミの方が先に地面に激突したので貴女の勝ちですよ、マリア」
「そうでしたか……頑張ったかいがありました」
「ほら、早く空間の割れ目を潜ってらっしゃい。勝利の名乗りが無いと次の試合が出来ないでしょう」
「あ、はい」
わたしが教授に抱えられながら闘技場に姿を見せると観客席全体から歓声が沸き上がった。皆わたしとナオミの健闘をたたえるものだった。わたしは歓声に答えるように杖を高くかざしてみせた。
その直後、わたしの意識は暗転した――。
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