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大会三回戦・付喪長

 大会三回戦、ここからは四試合同時進行ではなく一試合ずつ執り行われる。

 これまで陛下やバテシバを始めとする魔導師達ばかり取りざたされているけれど、他にも何人か注目が集まる選手がちらほらといた。

 三回戦第一試合で颯爽と登場した陛下は一回戦とは打って変わって対戦相手との剣戟を演じ、見事に勝ち上がった。派手なだけではなく剣士としての腕も観客に見せつけた形だった。陛下は満面の笑みを振りまきながら剣を高く掲げ、勝鬨を挙げていた。


 それから何試合か後、彼が姿を現した。動きやすそうな軽装の服を見にしているものの、大きな道具箱を背負って腰には幾つもの道具袋を括った安全帯を巻いている。腕にも小箱のようなものを装備している。道中を歩いていたら道具屋でも開くのではとも思えてしまうだろう。

 彼はロト、イヴの車椅子を制作した道具職人兼冒険者だ。


 彼の登場で会場内は一層のにぎわいを見せた。わたしはタマルや教授、それからノアと共に観客席最奥最上段から舞台を見下ろしつつ闘技場を見回した。


「へえ、結構彼の登場は賑わっているようだね」

「様々な道具を駆使して試合を勝ち抜く戦法は他のどの選手よりも独特ですからね」


 あの右腕に装備されている箱は連弩で試合開始と同時に展開される。一回戦の対戦相手は荷物ばかり背負った姿を見てすっかり油断したのか、射撃一発で仕留められていた。左腕に装備しているのは火炎放射器らしい。火種を起こす装置と可燃性の油を霧状に噴射させる装置があれば簡単に作れるんだとか。それで二回戦の対戦相手は丸焼きになっていた。

 そんな独特な戦い方もあって、今度は何を見せてくれるのか楽しみにしているんだろう。何しろ左右の小箱ばかり使っていて背負った大箱はまだ未知数なんだから。


 けれどどうもそればかりじゃあない気がする。自分ではうまく説明できないので黙っているけれど、どうやらタマルには見当が付いているらしい。彼を見てやや頬を緩ませている。


「何よりロトの戦い方って可能性がありますしね~」

「可能性?」

「マリアさんやノアじゃあ気付かないと思いますよ~」

「……降参ですから教えてくれませんか?」


 む、何かそう断言されるとちょっと癪だ。かと言ってこれ以上悩んでもきっと思い浮かばないんだろうな。ノアへと視線を向けるものの彼もまた肩をすくめてみせた。ここは大人しく聞く事にしよう。

 タマルは歯を見せながら笑ってみせると、指を立ててみせた。


「あたし達魔導師が担う魔導は学問ですから、勉強して練習しないと見に付きませんよねー。更に言っちゃうと魔導の得手不得手って結構激しいですし」

「ええ、そうですね」

「ついでに傭兵とか兵士とかが戦場で捨て駒扱いされずに生き残って活躍するほどの腕になるには相当な鍛練が必要ですよねー」

「まあ、そうなんでしょうね」


 人間にとって魔導を学ぶのは一種の才能だ。一生身に付かない人もいれば幼少期には目覚める人もいる。魔導師や魔法使いがそう多くないのも魔導を担うだけの魔力が足りなかったりする人が少なくないからだ。

 戦場や冒険で活躍するほどの腕を持つ剣士や冒険者はそれ相応の経験を積んで熟練の腕を持つようになったからだ。イヴのような選ばれし者は稀少、普通は多くの時間を費やして自分の実力を磨いてこそ強くなるのだから。


 わたし、そしてマリアもそれなりの魔導師になる為にどれだけの時間と労力、精根を費やしたか。家族を失い、その家族を取り戻そうと、家族と過ごす平和なひと時を再びと願って血反吐を吐く思いで取り組んだに違いない。

 ……そうした苦難の過去、マリアの努力を忘却の彼方へ置き去りにしたのも全てわたしの罪のせいだから何とも言えないのだけれど。


「けれど、道具が進歩したらそんな価値観は一変しますねー。何しろ扱い方を心得れば魔物だって人だって簡単に殺傷できちゃいますから」

「あ……っ!」

「今でこそロトがお手製で道具を作っていますけれど、生産設備が整って量産されれば剣や弓に変わって兵士達の標準装備品になるんでしょうねー」

「引き金を引くだけで矢が飛び出る弓、炎を噴き出す箱……。持てば大した鍛練も要らずに一般市民が攻撃力を持つ兵士に早変わりですか。そんなのもはや武器とは呼べませんね……」

「ロトは『兵器』だって呼称してたみたいですよ~」

「兵器……」


 魔導具とも違った誰にでも扱える強力な道具。確かに観客が可能性を感じ取るのも不思議ではないんだろう。特に西の公都は魔王軍の侵攻を食い止めてからもここ最近まで死者の軍勢に脅かされてきた。泣いたり怯えたりするだけじゃあ駄目だって痛感しているのかもしれない。


 ロトの対戦相手は長槍を携えた傭兵のようで、ロトが何を仕掛けてきてもすぐさま対処できるよう注意深く彼の挙動を見逃さないよう凝視している。そんなロトは背中の方へと片手を回していて、どうも背負った道具箱にかかる筒っぽい代物をすぐさま取ろうとしているようだ。


 試合開始を告げる合図が鳴り響いたと同時にロトは筒状の道具を前へ持ってくると筒の先端を対戦相手に向けた。対戦相手はすぐさまロトへと間合いを詰めようと駆けだすものの、試合開始地点が両者少し離れているせいでロトの動作の方が相手が間合いに入れるより早い。


 直後、耳をつんざくような炸裂音が鳴り響いた。


 多くの観客が心臓を飛び出る勢いで跳ね上げて、また多くが耳元に手を当てていた。中には驚きの余りに気絶する者もいるようだ。わたしだって動悸が早くなって落ち着かない。

 一体何が、と改めて舞台を確認すると、ロトへ向かっていた対戦相手が胸辺りから血を噴き出してその場に横たえていた。ロトが構えた筒の先端からは煙が上がっていて、彼が何かしらをしたんだとは見当が付く。


 思考は放棄せずにもう一度舞台とその周りを見渡してみる。対戦相手が血を噴き出している箇所は大体ロトの筒の延長線上、更にその先の魔導の防御壁が強い衝撃を受けた様に未だに波打っているのが見て取れる。

 この結果から導き出せる結論は、ロトは筒から何らかを射出して対戦相手の胸を貫通させた、だろう。


「ノア、何が起こったか見えましたか?」

「あの筒状の道具から高速で小さな物が飛び出して相手を貫いていた。アレより速度のある攻撃魔法ってなると結構限られてくると思うよ」

「だとしたらさっき耳にした火属性魔法みたいな爆発音は?」

「俺は西側ばかり攻めていたから話だけ聞いたんだけれど……」

「アレは東の大国で使われている火槍って武器の応用だろうね」


 自信無さ気に口を開くロトの代わりの答えたのは教授だった。

 火槍だったらわたしも聞いた事がある。鉱物の粉末を色々と混ぜ合わせると爆発ないしは燃焼作用を引き起こすって奴、確か黒色火薬って言ったのを使っているんだっけ。火花を相手に浴びせたり命中時に爆発させる目的の武器って覚えがある。


「魔導具にもあるだろう、火属性魔法での爆発で石とか矢じりを高速で飛ばすってものが。あの筒状の道具はその爆発を化学作用で賄った代物じゃあないかな?」

「じゃあ杖みたいに長い筒の形状をしているのは?」

「詳しい構造はアレを分解しないと分からないけれど、射出物の加速だとか向かう方向を定めるとか色々な役目があるんじゃあないかな?」

「でも、目の前の結果が現実だったら原理なんてどうでもいいですね~」

「……ええ、そうですね」


 矢よりも早く射出される物体に一体どれほどの人が反応出来る? 今は一対一だから目の前に集中すれば何とかなるかもしれないけれど、兵士一人一人がアレを所持して一斉射撃したとしたら? 更には改良されて連射出来るようになったら? 突撃してくる敵の死体の山が前方に築かれていくばかりだろう。

 魔導師が魔導を学ぶ果てに習得する技術とは違う。農民があの道具を持つだけで歴戦の兵士が仕留められるかもしれなくなる。だって操作は簡単、狙いを定めて引き金をひくだけだから。

 アレは、これまでの戦争の概念を根底から打ち壊す代物だ。


「ロトも恐ろしい武器……いや、兵器を発明しましたね」

「そうですね~、アレこそ正に兵器って呼ぶにふさわしいでしょうね~」


 わたしはいずれ人類が到達するだろう未来の戦争風景を思い浮かべ、あまりに凄惨な様子に思わず身震いしてしまった。

 他の観衆も大部分が同じように思い知ったようで、ロトの圧勝だったにもかかわらず歓声は一切ない。ロトが退場して次の試合の選手が現れてもまだ動揺でざわめくばかりだった。

 彼が見せつけた衝撃はそれだけ大きいものだった。


 ■■■


 ノア、そしてタマルの試合が終わって程なく。次に登場したのはドレスの上にエプロンを着込んで身長より長い木製の杖を携えた、本屋のレイアだった。彼女は観客の歓声にこたえて両腕を大きく振って笑顔を振りまいていた。


「あの魔導師、随分と人気あるんだねえ」

「西の公都では結構有名ですからねー。あ、魔導師としてじゃあなくて本屋としてですけど」

「マリアの手紙にも書かれていた開業魔導師、か。確か魔導師としての腕前も結構なものだって聞いているけれど?」

「はい、実際彼女は優れた魔導師だと思います」


 死者の都では彼女の魔導が無ければ最奥までたどり着けなかったし、彼女のいなければきっとわたしはアダムに殺されていただろう。何より彼女からはイゼベルにも似た年数を重ねた経験、そして熟練の知識を感じるのだ。

 これはわたしの予想でしかないけれど、彼女の見た目は詐欺だろう。きっとわたしよりも……いや、ひょっとしたら教授よりも長く生きているかもしれない。わたしはまだ彼女の底を見通せないでいた。


「タマルさんはアンナさんをご存じなんですか?」

「……少なくともあたしが子供だった頃には既に支部長と知り合いだった気がしますねー。魔術師って側面だけを見るならあの人は支部長と並んで西の公爵領屈指だと思っています」


 そんな彼女は一回戦はシーリングアロー連発で相手を撃退。二回戦はソルンズストレイン、だったっけ、で相手を拘束しつつクリエイトトレアントで創造した小さなトレアントに場外まで運ばせていた。

 これらは以前死者の都で見せたレイアの魔導の一端。今度は一体どんな一面を彼女は見せてくれるんだろうか?


 試合開始と同時にレイアは杖を弓の握り側に見立てるように天地方向に立てた。そして杖の両先端から魔力で編み込んだ弦に相当する糸を張り、やはり魔導による矢をつがえて弓を弾く動作をさせた。杖の長さもあってプリシラが使っていた長弓よりもはるかに大きく見える。


「シーリングスナイプ」


 レイアが右手の弦と矢を離した。甲高い音が闘技場に鳴り響く。

 ……いや、この表現は正確じゃあない。音がわたしの耳元に届いた頃には全てが終わっていた。魔法の矢は瞬きする間もなく対戦相手の腹部を貫通、防御壁に突き刺さったのだ。それはキエフ防衛戦でプリシラが披露した狙撃技にも似ていた。

 対戦相手は腹部を押さえながらも何とかレイアに近づこうとするけれど、数歩で力尽きてその場に倒れ込んだ。ここにレイアの勝利が決まった。


「矢の超高速射出魔法、ですか……」

「あれ、完全についさっきロトが披露していた兵器への対抗心で見せたんでしょうねー」

「多分あれぐらいの初速度と貫通力からすると、有効射程は視界に収まる範囲すべてかな?」

「一方的に遠距離から撃ち抜かれるなんて敵からしたらたまったものじゃあありませんね……」


 今度は目に見えて弓矢を模した魔導で相手を倒したのもあって歓声に沸いた。レイアもまたそれに答えて両腕を振って勝利を共に祝うのだった。


 ■■■


 いよいよわたしの出番が近づいているのもあって選手控室に足を運ぶと、他の選手に紛れ込んでなお異彩を放つ人物が目に付いた。彼女もわたしの視線に気づいたのか、柔軟体操を止めてわたしの方へと歩み寄ってくる。

 痩せ細った、と言うより引き締まった身体つきをさせた彼女はわたしより少し背が高いぐらいかな。もう少し高いかと思っていたけれど目の前に立ってようやく気付けた。かかとのヒール分を加味しなかったらわたしと同じぐらいかもしれない。


 杖を握る手に力がこもる。眼前に立たれると重苦しい威圧感がわたしを襲う……と覚悟を決めていたんだけれどそうでもなかった。むしろ彼女からは不可思議なほど神秘的な雰囲気を感じてしまう。勇者や聖女とも違った、純粋で穢れの無い気配って言えばいいんだろうか?


「お前が虹のマリアか?」


 彼女が紡いだ声からもまた鋭くもどこか優しさを覚える。何だろう、ノアやサロメとも異なる表現しきれない彼女の佇まいは。


「違うしそうとも言える。その辺りの事情は複雑ですね」

「私はナオミ。ノアから聞いているだろうが、ある軍で軍団長を務める者だ」

「……目的は?」

「そう身構えなくていい。別にこの都市の人間達をどうするつもりもない」


 緊張感を隠せないわたしを安心させる程やんわりとした口調で彼女は懸念を否定してくる。特にわたしを騙す様子も無く、かと言って警戒心を解こうとしている様子もない。ただ事実を並べているだけだろう。


「今日は一介の剣士としてこの大会に参加した。最も、目的の人物は不在だったらしいが」

「まさか、イヴですか?」

「そうだ。魔王様が興味惹かれた相手がどんな人物だったか私も興味が出た。私の軍の侵攻がひと段落付いたから副官に指揮権を預け、こうして単身でやってきたわけだ。ノアが出奔し、サロメが討ち果たされたと耳にはしたが、私にとってはどうでもいい」

「……そうですか」


 どうやらノアとナオミの遭遇は偶然らしい。帝国の主要人物を一網打尽にしようなどと怖ろしい策略を張り巡らしているわけでもなさそうだ。説明通り純粋にイヴを求めてはるばるここまで足を運んだだけ……?


「四回戦は貴女と戦う事になるだろう。そこで、私が勝ったら勇者イヴの居場所を教えてもらいたい」

「知って、どうするつもりですか?」

「知りたい。勇者イヴが何を考え何を願い何を糧に生きているのか。どうして魔王様がその者と行動を共にされるようになったかを」

「……っ! まさか貴女、賢者アダムの事まで……!?」

「知らない。他の軍団長よりあげられる報告から考察しただけだ。だがどうやら当たっていたらしい」


 しまった。だとしたらわたしは今後人類の敵に回るかもしれない存在に真実を暴露した形になる。自分の迂闊さは猛省ものだ。しかし真実を手にしたナオミも特に感情の起伏は示さずにただ事実として受け止める程度のようだった。


「返答は?」

「……その目的に嘘偽りが無いのなら」

「分かった。感謝する」


 目的を達したと同時にナオミは踵を返して試合会場へと向かっていく。その次が試合のわたしも後を追いかけて彼女の試合模様が見える位置で待機する事にした。舞台と選手控室の間の通路でも闘技場の熱気は伝わってくる。

 ナオミが漆黒の鞘から抜き放った剣は、刀身が無色透明だった。正確には水晶のように透き通っていて、日光が反射して七色に輝いているように見えた。けれどあれほど見えづらい剣を戦闘中に振るわれたらわたしなんかじゃあ絶対に見切れないだろうなあ。


 試合開始を告げる合図と共にナオミは剣を一閃させる。勿論対戦相手が間合いに入ったわけではないので空振りに終わる……筈だった。


「えっ!?」


 しかし現実には対戦相手の胴が上下で一刀両断されていた。それどころか彼女が剣を振るった先の場外を囲む防御壁にも斬撃の跡が残っているではないか。

 ……わたしの目が確かだったら、剣が振るわれる瞬間だけ間違いなくナオミの剣は伸びた。それこそ対戦相手どころか防御壁まで届くほどに。鋭い一閃で衝撃波を巻き起こしたわけでも魔導を放ったわけでもなく、文字通り剣で薙ぎ払っての結果が目の前のものだった。


 上半身を舞台上に転がす対戦相手や慌てて魔導師達が回復の為に駆けていくのを尻目にナオミは静かに舞台を降り、わたしを横切って選手控室へと立ち去っていった。

お読みくださりありがとうございました。

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