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故郷への帰還

 西の公都、帝国西側で最も栄える都市である。こう記せば聞こえはいいのだけれど、実際の所は地方都市の一角に過ぎない。と言うのも帝都周辺の都市は帝国樹立前から栄えた由緒正しき歴史を誇る場所ばかりで、西の公都よりはるかに発展しているからだ。

 帝国には御三家と呼ばれる公爵領が三つ存在している。帝国開祖から分かれた由緒正しき血統の家柄であり、公爵領は周辺国家一つや二つ分に匹敵する広さと豊かさを持つ。自治権も与えられていて、他の貴族が収める領土や帝国直轄領とは文化の違いさえ見られるほどだ。

 ただしそれには裏があって、公爵領は全て帝国の国境付近に位置していて、常に外敵の脅威にさらされている。西の公爵領の場合は北と西に力を付けてきている国家が隣接しているため、歴史上何度か侵略を受けている。その度に都市が破壊され財産は奪われているのだから、その度に再建する羽目になり発展する余裕があまりなかったのだ。

 ここ数十年は外敵を退けているけれど、依然公爵領に油断は禁物、と言った所か。


「……あれ?」


 そんな西の公都がわたしの生まれ故郷となり、学院に入学するために離れて以来数年ぶりの里帰りになる。

 長かった馬車での旅も終盤に差し掛かった辺り、西の公都の城壁が見えてきたのはいいけれど、その姿はわたしが記憶していたのとは結構異なっていた。


「どうしたのマリア?」

「いえ、随分と立派になったなぁ、って」


 わたしが首を傾げたのを怪訝に思ったのか、イヴが読書を止めて問いかけてきた。わたしは記憶に無い新しく、そして高くなった城壁を指差す。


「昔はあそこまで立派な城壁ではなかったんですよ。隣国とはここよりもっと西の城塞都市で戦う事が多かったもので、公都自体の城壁は移動とか取り壊しとかがし易いよう、もっと融通が利く規模だった筈です」


 西の公都の城壁は防衛と発展を繰り返した経験上、都市の地区ごとに細かく、けれどそれなりの規模で区切っていた筈だ。あそこまで高くそびえたつ城壁にしてしまったら防衛上は堅実になってもこれ以上公都が広がる余地がなくなってしまう。

 魔物自体は三年前よりもはるか昔から出現していたから最近の改築の理由にならない。公都まで脅かされるほどの規模な隣国の侵攻だってここ最近無い筈だから、城壁拡張が何故行われたか謎としか言いようがない。


「都市の中に城壁がいくつも、か。随分変わった構造なのね」

「おかげで区切られた地区ごとが街として発展していった感じですね」


 正確には外の大城壁と内の小城壁、それから内堀を上手く織り交ぜてこの公都は成り立っている。その辺りは追々イヴに紹介していくとしよう。自分の故郷なので贔屓目はあるけれど、それでもここは他と比べても中々素晴らしい都だと思っている。

 やがて公都に近づいてくるにつれて人の数が増えていく。さすがにここまで来ると段々とにぎわいを見せてくる……と思っていたけど、何か違う? どうも様子が変だな。

 よく窺うと、城壁の前に長蛇の列が出来ていた。おそらくは門の所で公都入りするための手続きに時間がかかりこんな状態になっているんだろう。けれどわたしが出ていく時はここまでの混雑具合ではなかった筈なんだけれど。


「すみません、ここって前からこんな感じなんです?」


 まずは御者に話を聞いてみる。帝都と西の公都の定期便を任される御者なのだから、西の帝都の事情もある程度は把握している筈だ。


「んん、前からとか言われても前からと言えばそうだし違うと言えば違うかなあ」


 わたしの問いに御者は曖昧にはぐらかした覇気のない返事で答えてくる。

 つい最近ではないけどかなりの昔でもないとすると、わたしが帝都に向かった少し後ぐらいか。


「じゃあ大体一、二年前ぐらいですか?」

「ここ一年以内らしい。結構な大事業として城壁を強固にしたらしいなあ」


 大事業なら公爵が直々に公共事業として工事を行って今の状態にしたのか。魔物の侵略に備えてか? 飛行する魔物より地上の魔物の方が数もはるかに多いし。


「あー、そうと言えばそうなんだが、違うと言えば違うんだよな」


 またそれか。隣国の侵攻でも魔の者の蹂躙でもないなら、一体何に備えてこんな大規模な城壁にしたんだ? これだけ立派だと維持だけでも馬鹿にならないお金が飛んでいくと思うんだけど、そうさせる理由が別にあると?

 御者は何か思うところがあったのか、わたしの方へ曇った表情を向けてくる。


「魔導師の嬢ちゃん、西の公都出身なのかい?」

「ええ、そうですね。数年ぶりに帰ってきました」


 あれ、そう言えばアモス達とはそんな会話をした覚えがあるけれど、御者には言ってなかったか。まあ話す機会があまりなかったから当たり前か。


「そうかい。その数年とやらの間に、西の公都の事情もがらっと変わっちまったよ」

「えっ、変わったって、公爵閣下が亡くなられて政策が変わったとか、ですか?」


 西の公爵はそこまで高齢ではなかった筈だが、それなりに年を重ねていた筈だ。わたしがいない間に代替わりをしていたならこの急激な変化も十分納得いくのだが。

 ところが御者は首を振ってわたしの仮説を否定する。これも違うのか。


「まだ公爵閣下は健在だよ。内側じゃなくて外側が変わっちまったのさ」

「いや、いい加減遠まわしに言わないで結論だけまとめて言ってもらえません?」


 回りくどくて中々真相が見えてこないな。事情を知らないわけでもなさそうだから単に御者のくせなんだろうけれど、わたしは話の起承転結の中の結だけ聞けばいいんだけれど? さすがに怒りが込み上げてくるくるな。

 それを察してかは分からないが、御者は一息吐いてから重たそうに口を開く。


「……現れるんだよ。北の方から、亡者の群れがな」

「亡者の群れ?」


 それは比喩表現か? それとも言葉通り亡者が襲来するのか?


「グールやらスケルトンやらゴーストといった、いわゆるアンデッドモンスターの方だ」


 なるほど、死霊系の魔物達か。

 人や動物の死骸や魂が魔導や邪気の影響を受け、動く魔物と化したのがアンデッド達だ。そのほとんどは意志もなくただ彷徨い、辺りに疫病や死をばらまく。やがて月日を重ねたり素質がある素材が元で生じた個体は意識を再び持ち、アンデッド達を統括する存在となっていく。

 普通は墓地や戦場跡の怨念がアンデッドを自然発生させる。戦場跡で最も大きな問題は死生観のせいで火葬できない戦死者をどう処理……もとい、弔うかだろう。お墓や戦場跡を定期的に聖職者に清めてもらう習慣まであるぐらいだ。

 わたしが学び始めた冥術にもアンデッドを作り出す魔法があるから、意図的にアンデッドを発生させる悪行も十分可能だ。現に歴史上そうやってアンデッドを率いて世界制覇に動き出し、諸国を大混乱に陥れた輩もいるぐらいだ。

 ただアンデッドが自然発生するのはたまに聞く話で珍しくもない。ここまで備えるのはおおげさじゃないのか?


「冒険者に依頼して発生源を突き止めて、討伐してもらえばいいじゃないですか」

「……もう冒険者が一組二組いても焼け石に水なんだよ」


 御者は苦々しげに言い放つ。それはまるで終わらない悪夢から早く覚めてほしいと願っているようにも聞こえた。


「最初はこの近くを何体かがふらつくだけだった。当然公都や周辺の町を脅かすぐらい接近してきたらすぐに冒険者が雇われて始末してた」

「最初は、って、段々と規模が大きくなっていったんです?」

「ああ、奴らは次第に数を増やして、次第に群れを成してきやがった。それでも熟練の冒険者が対応したり、多勢には軍を派遣して蹴散らしたりしたんだよ」


 ちょっと待った、それにはまだ続きがあるのか?


「だが次第に手に負えなくなってきやがった。何せ今や亡者どもは大軍勢にこっちに来やがるんだ。それもただ向かってくるだけじゃねえ、軍として洗練されてきやがるらしいんだ」


 軍として、か。 軍が全滅した戦場で死体が丸ごとアンデッド化した場合、自然と軍として行動する場合が多い。これは素体の影響で生前と似た行動を自然と取る傾向があるかららしい。らしい、と付くのはそれが実証されずに仮説に域を出ないからだけど。

 ただ、アンデッドは術者に操られでもしない限りただ本能のままに襲い掛かってくるもの。軍略は知性を持つ者の特権、死したアンデッドは本能のまま動くしかない。当然洗練された戦術など披露できる筈ないのに。

 冗談だと思いたいけれど、御者の悲観がそれを真っ向から否定する。


「今や重装歩兵や弓兵だけじゃねえ。騎馬兵も魔導師兵もいるし、とんでもない時は攻城兵器まで持ち出してくる有様だぜ」

「こ、攻城兵器!?」


 戦士の亡骸から生じたアンデッドはウォリアーに、弓兵からはアーチャーが発生したりと、素材の適性が反映されるのは不思議ではない。けれど軍として体を成すならば頭数は必要になる筈なのに、一体どこで揃えているんだろうか?

 それに攻城兵器って、投石器や破城槌みたいなのだったか? そんなのを持ちだしてくる知能を持つアンデッドが現れて、西の公都に脅威をもたらしていると?


「連中は夜になったら北の方からやってくる。おかげさまで北の地区は……」

「き、北の地区は……?」


 ちょっと待った、勘弁してほしい。わたしが今日これから過ごそうと思っている借家は正にその北地区にあるんだけど? 夜になったらアンデッドの攻城戦という危機に晒されるとなれば、静寂な夜が訪れずに眠れない街になってしまっている筈だ。まさか人が避難して誰もいないとかじゃあ……。

 嫌な考えが次々と浮かぶわたしをしばらく見つめていた業者は、突然噴出し笑いをしてくる。


「いやすまんすまん、魔導師の嬢ちゃんがからかいがいがあるもんで、ついな」

「……は?」


 いや、何だそれは。まさか今までの話全部嘘だったとかか? だとしたらそれなりに報復しても罰は当たらないよね?

 御者はそんな考えをしていたわたしを見て何か察したのか、慌てて首を横に振った。


「いや、アンデッド軍に夜襲われてるのは本当だって。逆を言えば夜しか襲ってこないから、そこまで脅威じゃないんだわ」

「夜にしか? どうしてです?」

「そんなもん知るもんか。あと、アンデッド軍襲来に備えて北地区は夜の方が活発になってきてるって聞くなあ」


 あー、なるほど。昼は静かで夜に活気が出るようになったのか。兵士達は夜中にアンデッド軍と戦闘して、夜明けで業務終了、夕方ぐらいにまた出動、みたいな感じかな? これだと眠れない街ではなく昼寝る街とか表現すべきか。


「その夜襲ってくるアンデッド軍に備えて立派な城壁になったんですか」

「たまに別の所を攻めてくる別働隊があってな、北を重点的に少しずつ東西に拡張したらしいなあ。昔のままなのは南ぐらいじゃあないか?」


 どうやら脅威はあるが未だ公都は攻略されずに退けているようだ。公都へ入る手続きが混雑するのも厳戒態勢だからだろう。さすがに数年ぶりに故郷に帰ったら既に滅ぼされてた夢の跡だった、なんて冗談にもならない。

 ひとまずはわたしの新たな生活に支障が出る程ではなさそうだ。少し安心した。


「アンデッドの軍勢、か。少し気になるわね」


 聞きたい事を聞けてひとまず満足していたら、イヴがそんな一言を呟いてきた。御者には聞こえないほどの小さく抑えた声だった。


「マリア。今の話、魔導師としての貴女の意見を聞きたいんだけれど」

「え、うーん、手がかりが少なくて、どう考えても仮説の域を出ないですね」


 結局は手がかりが少ないから結論は出せない。妄想するだけならただだからしたい放題ではあるけれど、ほどほどにしないとただの時間の浪費に過ぎない。決してそれが全て無駄になるとは思っていないけれど。


「ただ、それだけの規模のアンデッドが発生しているなら、要因を早く見つけ出さないと今後も脅威が収まらないでしょうね」

「そう? アンデッドは所詮アンデッド。死体とか骨とかの素材が無くなれば枯渇するものよ」


 イヴの主張も最もだ。掃討作戦を続けていればアンデッドを発生させる素体となる死骸が底をついて、いずれはこの現象も収まるだろう。無論アンデッドとの戦いで被害が出ればまたそこからアンデッドが生じてしまう。だから生じる被害以上にアンデッドを倒していく必要はある。

 ただ、今は何故かアンデッド軍は攻城戦に取り組んでいる。確か攻城戦の場合は防衛する側が有利だった筈だから、アンデッド軍の方が被害は大きい筈。ならこのまま続けていればいつかアンデッドは駆逐されるだろう。


「どうして軍になって西の公都に攻め込んでるんでしょうね?」

「結局アンデッド共の行動が理にかなってないから、どんな意図が隠されてるのか見えてこないって事ね」


 こう想像を膨らませるのは嫌いじゃない。むしろ謎を考えて自分の手で答えを導き出すのは好きと言っていい。ただし、例え間違っていても自分で納得のいく仮説が立てられれば、の話だ。取り留めのないものばかりになっては生殺しも同然だ。

 ……新しい生活に慣れてきたら調査するのも悪くないかもしれない。


「魔導師の嬢ちゃん、そろそろ入門の手続きが俺達の番になりそうだな」


 おっと、言われてみたら確かに城壁に設けられた門が大分近づいてきている。なら役人を待たせないよう身分証明書を取り出しておかないと。


 都市にもなると門を通るのに身分証明書が必要になる。犯罪抑止が一番の目的で、指名手配されていたらその場で御用になる。逆に門から出る際も提示が必要になり、犯罪者の逃亡防止にもなっているし、これで帝国国民が今どの都市に滞在しているかが分かる仕組みになっている。魔導で構築された仕組みらしいけれど、どんなものなのかわたしには想像もつかない。

 わたしは学院卒業と同時に授かった魔導師の証を見せればいい。問題なのは現在進行形で帝国軍に追われているイヴで……。


「ん、どうしたのよ。私をそんなにじっと見つめちゃって」

「でも、こう、まずくないです……?」


 イヴはああ、と納得のいった声をあげて、懐から一枚の札を取り出した。それは帝国から認定を受けた冒険者の証で、個人情報と彼女のサインが札には彫り込まれていた。彼女はつまらなそうにその札を左右に揺らす。


「私、冒険者として登録する時は、ちょっとした理由があって母方の家名を使ったの。この札から特定はされないわ」

「では名が知られているのは父方の家名なんですか」


 嘘ではないが本当でもない、と言った所か。この辺りの事情はさすがに深く入り込めないか。

 だとしたら冒険者としての情報から彼女を勇者と結びつけるのは厳しいだろう。そして今のイヴは再起不能にしか見えない状態で、かつ勇者だと一発で分かる装備は全て置いてきている。なら彼女が勇者だなんて疑いもしないか。

 だったらもう疑われる心配はないか。大船に乗った気分で門を通ればいい。


「最も」


 彼女はわたしから視線を逸らして遠く空を見上げた。彼女の髪が冒険者とは思えないほど瑞々しく艶やかに、そよ風でレースのカーテンのように揺られる。


「お父様の家名をまた名乗れる日は来るのかしら……?」


 彼女が思い浮かべたのは母親か、父親か、それともかつて両親と共に過ごした過去なのか。

 彼女が黄昏ながらつぶやくその姿は、わたしの心に深く印象に残った。

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