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大会二回戦・魔人長対火の賢者

開けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

「確かに来ているね。ただ彼女ったら公然と立場を明かしてはいないから、ご覧の通り未だに平和そのものだけれど。人間達が震撼した魔王軍の軍団長二人が紛れ込んでいるのに呑気なものだよ」

「……本当だったんですか」


 教授から衝撃的な真実が語られた後、それとなくノアに話を聞いてみると彼はあっさりと認めてきた。ただ彼自身は意外にも希薄な反応をさせるばかりでさして気に留めていないようだ。

 魔王アダム亡き今魔王軍はそれぞれの軍団長の裁量にゆだねられている。この間のキエフ侵攻も妖魔サライの悲願に魔人ノアが同調した形で勃発した戦争だった。けれど昨日のノアの話だと残った二つの軍は現在東側に侵攻中だった筈だけれど……。


「彼女達の種族を何と呼ぶかは魔の者達の間でも結構議論があったんだ。自然に生まれ落ちた存在じゃあないからリビングアーマーやゴーレムと同じだとか、魔力で動くからアンデッドで括ってしまえ、とかね。けれど最近大陸の反対側、極東の国で面白い言い表し方を聞いた」

「極東……絹の道の終着点ですか?」

「それよりもっと東の島国だそうだよ。そこでは彼女達武具や道具に命宿った存在を付喪神って言うらしい」

「付喪神、ですか……」


 今わたしの目の前では大会二回戦が執り行われている。しばらくは注目の選手達の登場は無いからノアの言葉に耳を傾ける。ちなみにわたしの反対側の隣にはタマルが、ノアを挟んで向かい側には教授が手摺に身を乗り出して試合を眺めながらもノアへの警戒を緩めていなかった。


「そうだね。軽く魔王軍を説明すると……」


 悪魔と呼ばれる数多くの種族と頂点に君臨する魔人達はノアが従えている。ただノアが魔王軍そのものより魔王個人に忠誠を誓っていたのもあって現在は総出で出奔、北の公国キエフ南東かつ西の公国パルミラの北に位置する地域で駐屯しているらしい。

 吸血鬼や夢魔等の妖魔達はサロメが従えていたけれど、彼女自身はついこの間討伐済み。キエフ侵攻に関わった残党こそエヴァが暫定的に率いてキエフ東部に留まっているけれど、動かされていなかった正規軍は健在のまま。現在は東の帝国に進行中。

 わたし達人類が魔物と呼ぶ多くの魔獣達の軍勢は三年前の人類大反撃の際に勇者イヴ達の手で撃破されて壊滅。キエフと共に奪還されたルーシ公国連合の地に潜む残党軍と人類連合軍が未だに小競り合いをしている最中なんだとか。

 オークやゴブリンと言った人類や獣人とも違う正式な意味での亜人の軍勢は同じく三年前の人類大反撃の際に半壊している。元々独自の文明を築いていた彼らは現在魔王軍に反旗を翻し、東の帝国北部で全面衝突中なんだとか。

 最も謎なのがアンデッドやリビングアーマー等の冥府の軍勢。尖兵こそ各地で蠢いているものの肝心の軍団長はここ数百年間姿を見せていないらしい。ノアすら軍団長や率いられる本軍がどのような存在なのか知らないんだとか。

 魔王直属の親衛軍は様々な種族で成り立っており、主に大魔宮やその近辺に展開されている。イヴがアダムを打倒した際も何割かが討ち取られた程度で軍としてはいまだ健在。大魔宮を人類から奪還した後はそこで静観しているそうだ。


「そして付喪神と新たに命名された生きた武具、道具達の軍勢を率いているのが今日この地にやってやって来た軍団長のナオミさ」

「ですがそのツクモガミの軍勢は妖魔本軍や冥府軍と共に東へ侵攻中だったのでは?」

「大方サロメがやられたり俺が出奔して業を煮やしたせいじゃあないかな?」


 それじゃあ完全にノアのせいじゃあないか。折角一年に一回開かれる東の公都での祭典が戦争に巻き込まれて中止だなんてたまったものじゃあない。ここはノアが同僚としてそのナオミって人を説得してお引き取り願うのが無難だと思うんだけれど?


「無理だね。俺は魔王軍では魔王様以外は信頼しちゃあいなかったんだ。逆も然りさ」

「……目的が見えませんね。ノアの粛清だったらわざわざ表舞台に姿を見せなくても少し精鋭部隊をここに送ってくれば事足りたのに」

「武人気質な所はあったけれど、それは本人に聞いてみるしかないんじゃあないかな?」

「バテシバや十二賢者が参戦していたのは不幸中の幸いですね。彼女や教授達だったらいくら魔王軍の軍団長が相手だからって後れは取らないでしょう」


 ノアやサロメは確かに恐ろしく強い相手だったけれど、決して教授達が叶わない程桁が違う存在じゃあない。ナオミと言う名の軍団長もこの大会に参加している以上規定は守るだろうから、一対一の正々堂々とした戦いに持ち込める筈。それならいくらでも倒す機会は巡って来る筈だ。

 とまで考えてふと気づく。そう言えばこの中で件の軍団長の試合を見ていないのはわたしだけだ。何故なら自分の試合の少し前には選手控室に集合する必要があるから。つまり、ノアよりタマルより教授より、もしかしてわたしが一番ナオミに近い位置にいるのでは?

 いやいや、断定するのはまだ早い。一回戦はトーナメントを四つに分けた上での同時進行、いくらわたしとナオミの試合が近かったからって実際わたし達が当たるのは準決勝以降って可能性も十分に考えられるだろう。よし、なら選手控室に足を運んで実際に確認を……。


「僅かな希望に縋ったって無駄さ。マリアが四回戦でソイツと当たるのは確定事項だ」

「ですよねー」

「あっははは!」


 無残な現実を突き付けてきた教授の一言にわたしは肩を落としたのだった。そんなわたしを笑うノアだけれど、彼はわたしが一対一で軍団長と戦う破目になったと確定してもなお驚いたり焦る様子はない。わたしを少しでも気にかけているなら心配してくれたっていいのに。

 ……いや、もしかしてノアはわたしを信頼しているのか? わたしなら新たな軍団長を相手にしても負けないんだって。


 ノアはそんなわたしの考えに微笑んで返答した。さて、と一息入れた後に伸びをして会場出口に向けて歩みだす。


「それじゃあそろそろ俺の出番だから行ってくるよ。応援よろしくね」

「あ、はい。ですがそうは言いましても二回戦の相手もノアにとっては敵ではないような気がいたしますが、応援の必要あるんです?」

「だって一回戦で平行して行われた試合での選手、今度は俺に仕掛けてくるかもしれないじゃあないか」

「あー、十二賢者の魔導師ですか」


 試合開始早々にフレイムウェーブを発動させて勝負を決めた炎属性の第一人者。彼はノアが難なく対処してみせたせいで警戒心を露わにしていた。厄介な相手は早々に片付けようと試みる可能性は大いにあり得る。

 それでも正直全く心配していない。キエフの防衛戦ではわたしとプリシラの二人がかりで、かつ彼は手を抜いていた。魔導のみで相手せずに先ほどのように体術で迫られたらわたし達の勝ち目はまず無かっただろう。十二賢者がどれほどの相手でもノアに勝つ想像が出来ない。


 ……それとこれとじゃあ話が別だな。十中八九彼が勝つとは分かっていても、見送る際に一言温かい言葉をかけて当然だろう。昨日一緒に遊んだ仲だし、何より彼はわたしを想ってくれているのだから。わたしはそれに答えたい。


「頑張ってくださいね」

「……ああ、任せて」


 わたしが微笑むとノアは力強く頷いてくれた。

 彼が視界から消えるまで手を振っていると、教授とタマルが生暖かい眼差しを送ってきた。口元がからかうようににやけている。

 あー、うん、言いたい事は分かります。


「マリアさんは魔性の女ですねー。魔人を誑かした女性なんてそういないですよー」

「マリアがこんな悪い子に育っちまうなんて、あたしの力不足だねえ」

「二人とも何を言っているんですか……」


 と冗談が大半な会話をしているうちにいよいよノアの出番になった。予想通り十二賢者は明らかに目の前の対戦相手よりもノアを意識している。ノアはそんな凝視を涼風同然に受け止めて対戦相手を見やっていた。


「しっかし火の使い手と冷気の担い手、か。普通に考えたら火の方が勝ちそうなんだけどなあ」

「単純に魔導だけのぶつかり合いだったらそう思うのが普通ですよね」

「そう言えば冷気を得意にする魔導師って数少ないですよねー」

「そりゃあ攻撃に適さない上に効率が悪いからだろう」


 冷気は熱を扱うので火属性に分類される。原理は火と逆で物質の反応を停止させる方に作用させればいい。問題なのは熱を奪うより熱を高める方がはるかに簡単に術式を構築出来てしまう。火炎って目に見える現象を起こせる火とは対称的に冷気は本当に熱を奪う現象だけだから。

 子供向けの絵本だと雪を操作したり氷を出現させて氷柱雨を降らせる敵が出てくるけれど、現実では無理だ。氷を作り出すには水が不可欠だから大雨の中とか河や湖の近くで魔法を発動させる他ない。大体氷を作って刃と化すぐらいなら水をそのまま相手に放った方がいいし。更には火炎みたいに冷気は相手に向けての方向性を持たせにくいのも厄介だ。

 まあ、要するによほどの好き者でもない限りは冷気を好んで使う術者はいない。火属性の魔導師がちょっとかじる程度で十分なのだ。


「けれどノアって魔人は冷気を得意としていたんだろう?」

「少なくともわたしがプリシラやチラと共に戦った際はそうでした」

「なら冷気と対極に位置する火属性の第一人者を相手にしてどう戦うか、楽しみですねー」


 大丈夫だとは思っていたけれど、いざ試合が近づいてくると心配になってきた。わたしは自然と固唾を飲んで手を祈るように組んでいた。


「ファイヤーボール!」


 試合開始直後、案の定十二賢者がノアに対して仕掛けてきた。わたしよりはるかに流暢に術式を構築させて更には大きさもわたしのより大きい。多分火球の光具合からして熱、威力もわたしの魔法を上回っているだろう。

 凄まじい轟音と速度で迫りくる豪華に対してノアは徐に手を上げると、


「モーメント・フリージング」


 瞬時に炎は反応を止めて霧散した。


 それには会場内の観衆はおろか、イゼベルや教授すら驚きの声をあげていた。一番衝撃を受けているのは十二賢者当人で、目を見開いて呆然としている。わたしは二度も彼と死闘を繰り広げたせいで感覚が麻痺してしまっているけれど、やっぱりいつ見ても驚愕物だよなあ。


「瞬間凍結……! 事も無さ気にやってくれるとはねえ」

「これ、見ていない魔導師に説明したって信じてもらえませんよー」


 たださすがは帝国最高峰の魔導師。十二賢者はすぐさま正気を取り戻して次の魔法の術式を構築し始める。ノアは朝の散歩のような気軽さで十二賢者に向けて優雅に歩み出した。欠伸を交えている辺り、完全に相手を舐めきっている。


「フレアランチャー!」

「ダイヤモンドダスト」


 十二賢者は突き出した杖の先端から火炎を放射させる。一直線に進む炎に対し、ノアはやぱり片手を突き出して冷気を解き放った。炎と冷気が空中で衝突……するまでもなく冷気は炎の熱を急激に冷ましていき、しまいには噴射口の杖先端部分の火すら吹き消してしまった。

 ノアはもう片方の手をゆっくりとかざし、力ある言葉を紡いだ。


「グランブリザード」

「っ! ファイヤーウォール!」


 ノアが発生させた猛吹雪に対して十二賢者は炎の壁を間に噴出させた。先ほどのフレイムウェーブと違って高くそびえ立った炎の壁は動かずに停滞、吹雪を受け止めていく。先ほどのように舞台上の選手たちを場外に落とす派手なだけの代物ではなく、こちらに伝わる熱や炎の光具合からして明らかに実戦の火力だ。

 けれどそんな必死の抵抗も空しく炎の壁が冷気で急激に勢いを失っていく。広く高く展開させていた炎の壁を一ヶ所に収束させても時間稼ぎにしかならず、結局は成す術なくかき消されてしまった。その間もノアは歩みを止めない。

 そんな光景を目の当たりにしているタマルが口元に手を当てていた。


「……マリアさん、あんな奴を相手にして勝ったんですかー?」

「かろうじて、ですね。それも弓使いプリシラがいてくれた上に相手が手加減してくれたおかげでしかありません」

「それでもあの寒波を乗り切るのは並大抵じゃあないですよー」


 なおも十二賢者は何かしらの魔法を発動させるべく術式構築を開始する。それに対してノアはもう十分だと判断したのか踏み込んだ。瞬く間に間合いを詰めて十二賢者に肉薄すると、その胴部に手の平を当てた。


 ――その瞬間、嫌な予感が身体中を駆け巡った。

 アレは、まずい。


「ロータスヘル」


 それは一瞬の出来事だった。十二賢者の身体や衣服が瞬時に凍り、更には全身の皮膚が割れて血を噴き出すけれどそれもまた瞬時に凍結するのだ。氷の肖像なんて生ぬるい代物ではない。生きながらにして十二賢者は氷の蓮の華へと変えられてしまったのだ。

 もう試合なんて関係無かった。あの状態ならまだ治療出来るかもしれない。けれどノアが少しでも力を加えてしまったら脆くなった身体なんてすぐに粉々に砕け散ってしまうだろう。そんな事、人を治して生活しているわたしには絶対に見過ごせない……!


 わたしが飛び出して舞台に向けて駆けだそうとしたのとノアがこちらに向けて腕を突き出してきたのはほぼ同時だった。来るな、との無言の圧力でわたしは不甲斐なくも立ち止まってしまう。

 ノアはわずかな間こちらに視線を送った後、十二賢者に向けて手をかざした。


「止め……!」

「リヴァイヴ」


 それは止めの一撃ではなくわたしが誇っている最上級の魔導、復活魔法……いや、違う。純粋に魔力のみで傷を塞ぐ似て非なる術式、以前ノアと対峙した際に彼が見せた現象か。魔法の名前がわたしのと一緒なのは単なる偶然か? 確か彼にはリヴァイヴ見せていないし。

 凍結して全身に裂傷が出来た十二賢者の酷い有様だった身体が少しずつ癒えていく。最後には服を除いて無傷に戻ったものの、直後に十二賢者はその場に崩れ落ちた。傷を癒した代わりに体力を根こそぎ持って行かれたんだろう。衰弱死しないよう更なる治療は不可欠だけれど、命の危機は脱した筈だ。


「信用無いなあ。大丈夫だよ、加減はしたからね」

「もう……びっくりさせないでくださいよ……」


 わたしは安心するあまりその場にへたり込んでしまった。騒然としていた会場内もノアの圧倒する魔法の数々に次第に盛況に包まれていった。ノアの言葉は大歓声に掻き消えて自分の耳には届かなかったけれど、彼は確かにそう言葉にしていた。


 それから程なくノアは対戦相手を場外に突き出して勝利を飾り、皆に向けて笑顔で手を振る。わたしやタマル、そして教授も盛大な拍手を送る中、数少なくその様子を冷酷に見据える者と冷淡に見つめる者がいた。


 冷酷に見据えた者は他でもない、十二賢者の頂点に君臨する魔導元帥のバテシバだ。当然だろう、先ほどのアタルヤによる不意打ちと違って今回は正面から圧倒的大差で撃ち破られたのだから。そんな芸当が可能な存在、としたらわたしが報告に上げていた魔王軍の軍団長ノアに結びつけるのは想像に難くない。

 でも悔しそうに唇をかみしめるのはいいけれど、ノアじゃあなくてわたしを睨むのは止めてほしいんだけれど。いくらわたしがノアと親しくしているからってわたしは無実だ。恨まれるのは理不尽なんだけれどなあ。


 そしてもう一人はやや長身で細い体躯をした褐色銀髪の見麗しい女性だった。凛々しくも鋭い双眸はノアだけを見つめ、やがて会場の出口へ向けて歩みだした。肌の露出が激しくて海に遊びに来ているような錯覚を覚える程で、武装はそれに似合わない漆黒の鞘に収まった剣か。


「あー、今の彼女がさっきノアが言ってた魔王軍の軍団長ですねー。ナオミって言いましたかー」

「彼女が……」


 引き締まった、しかししなやかな身体つきで彼女はどのような戦いぶりを見せるのだろうか。近いうちにわたしが当たる相手だ。次の試合はじっくりと観戦させてもらわないと。

お読みくださりありがとうございました。

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