大会一回戦④・最後の参戦者
「いやあ、マリアさんもやっちゃいますねー」
「いや、何かやりたい衝動には勝てませんでした」
次の出番までまだあるわたしとタマルは再び観客席に戻ってきた。一回戦も佳境に入って残りの試合も少なくなってきている。有力な選手はあらかた一回戦を終えているから、残る目ぼしい選手と言えば残る帝国十二賢者の一人だろう。
ただ面が割れているバテシバ他三人と違って目元まで頭巾を被っていたせいで誰が来ているのかさっぱり分かっていなかったりする。これまでがそれぞれ風、火属性魔導の第一人者だった。だとしたら残る一人は水か、地か、それとももっと別の分野に特化した人物か?
「そう言えばマリアさんは帝国十二賢者と会った事あるんですかー?」
「帝都で行われる式典の際に遠くから見かけた事はありますが、全員は確認していませんね」
帝国十二賢者は広大な帝国領土でそれぞれ任務にあたるので、年一回の式典程度では絶対に全員揃わない。おかげでわたしも学院で学んでいる間で確認できたのはおそらく七、八人ぐらいだと思う。その中にわたし達の同世代からバテシバが選ばれたのは光栄とも感じる。
大体十二賢者の得意分野の情報は耳にしているけれど、具体的にどれほどの魔導を駆使するかは噂に尾ひれがついていて全く分かっていない。今日はせっかくの機会なんだから、じっくりと帝国最高峰の魔導を学ばせてもらう。
そして十二賢者最後の一人があがってきた。その人物は厳かに舞台に上がりながらも対戦相手と向き合ったら慇懃に一礼した。思わず対戦相手もつられて一礼する。
賢者はわたしと同じように背丈よりも長い杖を槍のように構える。その佇まいには一切のぶれが無い。先ほどわたしが相手した魔導師なんかと違ってやはり戦い慣れている感じだ。対戦相手は大仰な盾を前方に掲げて正面から迎え撃つつもりのようだ。
試合開始を告げる合図と共に他の三試合で両者が激突する。しかし十二賢者はこれまでの大魔導師達とは打って変わって微動だにしなかった。怪訝な目で賢者を見つめていた対戦相手の重装歩兵は慎重に一歩前に出る。すると賢者は一歩後ずさった。一歩前進、一歩後退、間合いが全く縮まらない。
先にしびれを切らしたのは重装歩兵の方だった。距離を詰めるべく鎧を鳴らしながら賢者に向けて駆けだした。それに対して今度は賢者は足を動かさない。代わりに杖を構えていた手を前方だけ手離し、杖の先端を舞台に打ち付けた。
途端、重装歩兵が盛大に転倒した。
会場の反応はその瞬間概ね真っ二つ、呆れる者と笑う者で別れる。
「えっ!?」
だが次にはこの場が騒然となった。なんと転んだ重装歩兵はそのまま舞台の上を滑っていくのだ。それはさながら凍った湖の上を滑っていくように。賢者は迫りくる重装歩兵を難なくかわし、遂には彼は場外へとその身を投げ出されたのだった。
何が起こったのか理解が及ばない大半の観客をよそにわたしとタマルは真剣な眼差しを奇怪な現象が起こった部隊へと注がせていた。会場内で何人かがタマルと同じように思考を放棄せずに今の現象を理解しようと努めているようだ。
「い、今何が起こったか分かりましたか?」
「ええ、見当が付きました」
「嘘!? 分析が速いですねー」
「分析も何も、わたしの知っている技法でしたから」
賢者は杖を舞台に打ち付けた段階で魔導を発動させていたんだ。対象はあの舞台。起こした現象は迫る重装歩兵の真下を変質させるもの。そう、単純に言ってしまえばとても滑りやすい様に変えてしまったのだ。
「どんなに優れた戦士も大地を踏みしめて駆けてくるには違いありません。なので地属性魔導で足と大地の摩擦を限りなく無くしてしまうんです。結果、踏み込めなくなってあのように簡単に転んでしまうわけです」
「で、そのまま地面を滑りやすく作り変えてしまって、滑り台みたいにそのまま場外にご招待ですかー。やっている事象はせこいにつきますけれど、これとんでもない事してません?」
「ええ、地味な魔法ですけれど使い所によっては戦局を一変させる可能性を秘めています。本来は土木工事で超重量の部材を運ぶために使うらしいんですけれど」
「……もしかしてマリアさん、あの賢者をご存じなんですかー?」
ええ、知っている。と言うよりこれほど卓越した地属性魔導の第一人者なんてわたしは一人しか知らない。多分頭巾を深く被って正体不明を装ったのも、あろうことかわたしを驚かせるためだけの演出に過ぎないんだろうな。
勝利した賢者は深く頭を覆っていた頭巾を脱いだ。その容姿を露わにした彼女は自慢にしている長髪をかき分け、観客席の一番上で立ち見していたわたしに向けて屈託のない笑みを浮かべてきた。それは、つい数か月前まで何度も目にした光景だった。
「学院でわたしが師事していたアンナ教授です」
そこにはわたしが何年もの間学んでいた恩師の姿があった。
■■■
「教授、こちらは北の公都でわたしの手伝いをして下さっているダキア支部の魔導師タマルです」
「タマルです、よろしくお願いしますー」
「タマル、改めてこちらは学院で教鞭を取っている賢者のアンナです」
「アンナだ、よろしくね」
わたしに紹介された二人はお互いに握手を交わした。
それにしても教授が十二賢者の制服に袖を通している姿なんて初めて見た。学院での式典とか帝国の式典でも学院教授の制服を身にしていたから。実は十二賢者なんだーとは明かされていても実感は全く無かったりした。
「まさか教授がバテシバに従ってこちらに赴かれるなんて思いもよりませんでした。知っていたらささやかながらもてなしましたのに」
「マリアが良かったら今晩はそうさせてもらうさ。明日は一応休日の予定なんでねえ、折角のお祭りなんだからあたしも楽しみたいよ」
「にしてもさっきの魔導、完璧に対戦相手を出し抜いていましたね」
「まあね。バテシバを始めとして他の連中が派手にぶっ放してくれたからこっちは地味な手口が出来たってものさ。ま、しょうもない連中が相手だったら引き続きこの手で行こうかなーって思っている所だよ」
二度も引っかかる方が悪い、って教授は言いたいんだろうけれど、それは血沸き肉躍る戦いを見に来た観客の意に反するような気がしてならない。
まあさっきの試合は混乱して慌てふためいたから何も出来なかったんだろうけれど、実は剣や盾を無理やり地面に引っかければ減速するんだよね。それに体勢を崩さなければ逆に滑りを利用して逆に加速して飛び込んでくる危険性だってある。
「要はふるいをかけているだけってわけさ」
「でしょうね。やっている現象は凄いですけれど手口としては子供だましですし」
「あ、言ったなこいつ。勇者の奇蹟の再現だなんて派手な魔導習得しておいてさ」
「それは教授の上司でもあるバテシバにも言ってくださいよ~」
と久しぶりの再会で楽しく会話を賑わせているうちに一回戦も最後の試合になった。司会者の紹介されて舞台上に上がる七人の選手。それぞれ落ち着いていたり緊張でやや強張らせていたりと様々な反応をさせている。けれど皆一様に観客の声援にこたえる身振りをさせていた。
……七人? 八人目はどこに行った? にわかにざわめく会場内、司会者も頭を捻らせて当惑するばかりなので何も知らされていないようだ。
そんな中、一人の女性が優雅な佇まいで席を立った。
「帝都よりわざわざ足を運んでくださった陛下並びに魔導元帥閣下、そして十二賢者の皆さん。まずはここまで大会を盛り上げてくださってありがとうございました」
それは大会運営席で解説役として呼ばれていたイゼベルだった。彼女は片手で音響魔導具と扇を、もう片手に傘を持って会場全体に呼びかけていた。丁寧な物腰で華のある一礼をすると、身を翻して運営席の床を蹴った。
降り立ったのはなんと七人の選手が誰も準備していない八人目の試合開始位置だった。
「お礼にダキアの魔導師の真髄をお見せしましょう。他ならぬ支部長である私が、ね」
これでこの場の誰もがようやく認識した。
イゼベルこそが大会最後の参加者だったんだと。
大盛況になる中でタマルとわたしは肩をこれでもかってぐらい落としていた。
「し、支部長まで何やっているんですかぁ~! あたしの休暇計画は早くも終了ですね~!」
「イゼベルさん、完全に休暇と優勝賞金渡す気無いですね……」
イゼベルの魔導は何度も目にしてきた。冥府との扉を自在に開く冥術の使い手。相手を奈落へと引きずり込んだり逆に死者を出現させたりと並の魔導師とは一線を画す程の技術の持ち主だ。それこそ今対峙しているただの一般的冒険者っぽい男性なんて歯牙にもかけないだろう。
彼女は音響魔導具を運営席のカインへと放り、扇を懐へとしまってから傘を閉じたまま振るって構えを取った。悠然とした姿は堂々としたもので、試合開始前から緊張する相手を圧倒していた。
「冥道を繋げる魔導師、か。噂には聞いていたけれど見るのは初めてなんだよね。この間の死者の都攻略戦じゃあ陣地が離れてたし」
「けれど冥属性魔導は大会を盛り上げる運営の方針と真っ向から食い違いますし、その点をどうするつもりなんでしょう……。タマルさんは何かご存知ですか?」
「支部長が魔導を使用する場面なんて無いからあたしも分かりませんよー」
「……じゃあこれでイゼベルさんの通常の魔導師としての力量が分かるわけですか」
冥府の魔導は見た者に死を連想させるから祭典の場ではどう考えたって禁止だろう。ならイゼベルさんがどんな手段で戦うのかは純粋に興味があった。
試合開始を告げる合図が流れ、イゼベルさんはまるで貴婦人の散歩かのように対戦相手に向けて歩みだした。これで傘をさしていたら明らかに場違いな場面だと誰もが思ったに違いない。
最初はあまりに大胆な行進に怯んだ相手だったが、やがて意を決したのか駆けだした。そして相手が避けにくい横払いに剣を振るう。何もしなければ華奢なイゼベルの身体は真っ二つになるぐらいまで踏み込んだ一閃にも関わらずイゼベルは微笑みながらただ剣を見つめて……。
――傘で難なく受け止めた。
けたたましい金属音が鳴り響く。イゼベルは手にしていた傘を軽く振るっただけ。タマルみたいに相手の力を利用して受け流したのではなく、彼女は片手の力だけで相手の一撃を涼しげに受け止めたのだ。
「はあっ!?」
「う、嘘……!」
冒険者が力任せに両腕を震わせて渾身の力を込めるけれど、イゼベルの方は片手だけで力を込める様子も無く受け止める傘を微動だにさせていない。あんなか細い腕のどこにそんな力が……と思っていたら、ふとある事に気付いた。
イゼベルの身体全体に鈍い銀色の粒子が舞っている……?
冒険者は一旦引き下がって剣を何度も振るう。それをイゼベルは傘を持つ腕だけを動かして真正面から受け止め続ける。その度にイゼベルの全身から銀の光子が振りまかれていく。
「アレは、副支部長も使っていた魔力放出での身体能力強化術ですー! アレ副支部長だけの魔導じゃあなかったんですかぁ~!?」
「アタルヤさんの……!」
言われてみたら確かにアタルヤは魔力を爆発させて身体能力を増していたっけ。けれどアタルヤの戦術には技術があった。あえてわざとやっているのかは分からないけれど、今のイゼベルは完全に腕力に物を言わせているだけに過ぎない。
焦燥と疲労に駆られて雄叫びを上げながら切り込まれた剣を、イゼベルは傘を巧みに動かして絡ませ、そのまま強引に奪い取ってみせた。傘が振られて絡み盗られた剣が宙を舞い、少し離れた位置に音を立てて転がり落ちる。
それでも果敢に対戦相手は自分の得物の方へと駆けだした。そんな無防備を晒す対戦相手を視界に捉えてもイゼベルは特に足を動かす様子は無かった。代わりにイゼベルは傘を自分の周囲で旋回させ、魔法陣を描いて術式を構築させた。
「光幕四重結界」
イゼベルが出現させたのは光の壁、と表現すればいいんだろうか? けれどただ光り輝く壁じゃあなくて、光の強弱が波打つように変動して輝いている。それは窓にかけられる白地で細かく紋様が編まれた薄い遮光幕を思わせるように幻想的だった。
その光の壁がイゼベルを起点に円の形のまま高速で広がっていく。最初に接触したイゼベルの対戦相手、そして周囲で戦っていた他の選手もまた広がる光の壁にぶつかって押されていく。しまいには七名の選手全員が部隊から押し出され、地面へと横たえた。
「アレ、マジックシールドの応用みたいですね……。障壁をそのまま拡大していって相手を強引に押し退けたって言いますか」
「見た感じ結界内の対象を防御する範囲防御魔法みたいですけれど、それを攻撃に転用するなんて大胆な発想ですねー」
「面白い事考えるけれど、アレちょっと工夫したら範囲攻撃魔法になっちまうね。あの銀の魔力の粒子が細かく上下に動く壁を構築すれば、相手を粉微塵にする光の壁の出来上がりさ」
「教授……そんな恐ろしい発想しないでくださいよ」
イゼベルは観客へと手を振った後に優雅に一礼し、再び運営席へと戻っていく。試合を行った直後とは思えない落ち着きようは正に圧勝だったとわたし達観客に見せつけているようだった。
とにかく、これで一回戦は終了して大方の選手には目を通せた。要注意は陛下、バテシバ、教授たち十二賢者三名、ノア、イゼベル、アタルヤ、そしてタマルか。正直ただの冒険者や傭兵はそのまま遠距離戦で封殺出来そうな相手ばかりで少し安心している。イヴやアタルヤみたいにこちらが術式を構築いたら瞬時に間合いに飛び込んでいる達人はいないようだ。
そんな事を他愛なく教授とタマルに語ったら、教授が困惑した様子で自分の首を捻った。
「ん? マリアはアイツの試合を見ていないのかい?」
「あー、マリアさんは丁度選手控室にいた間の試合だったみたいですから確認出来てませんねー」
「へ? 他に誰か有力な選手がいたんですか?」
選手控室は各々が集中できるようあまり舞台や観客席の歓声が聞こえない作りになっているせいでどんな様子だったのかはさっぱり見当もつかない。
教授とタマルはやや真剣な顔つきで同時に頷いてきた。いつも何事もどうとでもなるとばかりに不敵な笑みを浮かべがちな教授にしては珍しい反応だった。
が、次には十分すぎるぐらい納得のいく理由が教授の口から紡がれた。
「ノアって奴以外にもう一人魔王軍の軍団長が来てる。注意しな」
これで今年の投稿は終了になります。
お読みくださりありがとうございました。
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