大会一回戦②・魔導元帥の技
観客が落ち着きを取り戻すと今度は陛下の試合模様に騒然となっていく。他の三試合の中にも見ごたえがある戦いはあったけれど、陛下が巻き起こした衝撃の前には取るに足らなかった。誰もが口にするのだ、陛下がまるで勇者みたいだったではないか、と。
光の剣をもって闇を切り裂く、確かにそれはまごう事なき勇者像だろう。けれど違う。陛下は勇者ではない。あの光の剣はイヴのとは似て非なるものだ。勇者の光が人々に希望をもたらす神の御業と同等の奇蹟だとしたら、陛下の光は暁として朝をもたらす現象に過ぎない。
だからこそ凄いと思う。陛下は現象で奇蹟を再現してみせたのだ。わたしも確かに魔導である程度勇者の奇蹟を再現してみてたけれどあくまで見てくれと威力だけ。あれだけ本質に迫った在り方をさせた模倣は始めて見た。
「えっと、解説には魔導協会支部長のイゼベルさんにお越しいただいています。陛下の一撃はどうご覧になられましたか?」
「サライ選手の一閃は勇者の光とは根本的に違うわ。サライ選手の技術は一言で言ってしまえば勇者の奇蹟の再現、かしらね」
大会運営席にはカインの他にも何人か座っていて、その中にはイゼベルの姿もあった。おそらく一般大衆にも魔導の技術が分かるよう解説役として呼ばれたんだろう。イゼベルの隣に座っているのは歴戦の猛者といった佇まいをさせている初老の騎士だし。
「勇者の光はあいにくまだ原理を解明できていないの。闇を切り裂く光の一閃、なんて漠然とは言えてもそれが何なのかは誰も分かっていない。だって夜に明かりを灯すなら火を焚くだけで十分でしょう? その辺りの謎は後生の偉人に託すほかないわね」
「では陛下のは?」
「あえてサライ選手の技法を大別するなら火属性になるでしょう。勢いのある炎は強烈な光を発するのと原理は同じ。あの天空にただ一つ輝く太陽のごとき剣、と言っていいと思うわよ」
「な、成程……」
大半の観客はイゼベルの説明で納得がいったようだ。小難しい説明をした所でどうせ分からないのは目に見えているから、要点だけを簡潔に語った方が分かりやすくなるものだ。
陛下の件の発光現象は火属性魔導の応用、相手を切り裂いたと同時に威力を爆発させるのもその延長線上だろう。天に輝く太陽もわたし達には計り知れない規模なだけで風や雨と同じ自然現象だと捉えたとしたら、陛下の剣は正に日輪の剣と言える。
「魔導元帥さんといい勇者さんといい今の皇族はとんだ化け物の集まりですねー」
「本当、帝国どころか人類を代表する優秀な人ばかりですよね」
陛下の試合が終わって次の試合が始まってもなお観衆が口にするのは陛下の事ばかりだった。四試合並行した一回戦とは言えこうまで試合模様に注目されないと奮闘する選手が可愛そうに思えてきてしまう。
ただ一回戦だと強豪同士の戦いは中々見られないな。駆け出し同士の戦いは見ていて楽しくないし、強者が駆け出しを一蹴する様子を見せられても面白くもなんともない。要するに、何だか早くも飽きてきた。
タマルも同じ考えだったらしく、欠伸を隠そうともしなかった。
「選手控室に行って試合までくつろぎましょうかねー? 二回戦からこっち戻るって事で」
「それいい案ですね。乗りまし――」
同意を示そうとして、新たに舞台に上がった選手を目の当たりにして固まった。わたしの様子に怪訝な表情を見せていたタマルの彼女を目にしてあっと驚いた。
次に登場した八人の選手の内魔導師が一名いる。彼女が身にするのは帝国が誇る宮廷魔導師が戦場や任務に赴く際に袖を通す魔導兵団員の制服、しかも肩や胸の装飾からも帝国魔導師の頂点に君臨する元帥の地位にいるのが分かる。
「バテシバ……!?」
帝都にいる筈の彼女がどうしてこんな地方の大会に参加しているんだ?
■■■
宮廷魔導師や魔導兵団とは一切無縁な公都の人達にとってはちょっと豪奢なローブを身にした魔導師にしか映らないだろう。けれど魔導師達や帝都と行き来する商人にとっては彼女の存在は決して小さなものではない。
徐々に彼女の正体が観客の口から呟かれていく。そんな様子をよそにバテシバは司会者に司会用魔導具を借りると、貴賓席ただ一点を見据えた。そこには端で腕を組んで舞台を見下ろすサライ陛下の姿があった。さすがの陛下もバテシバの登場には大層驚いているようで目を丸くしていた。
「帝国魔導元帥にして皇妹バテシバの名において帝国皇帝サライに告げます。元老院の皆さまがお待ちです、直ちに帝都にお戻りください」
「ちょっと、何でバテシバがここにいるのよ! 行き先を知らせずにここに来たのに、探すのに一日もかかってないじゃないの!」
「私達帝国宮廷魔導師を舐めないでもらいたいわね。いくら帝国広しと言えども半日もあれば足跡をたどるには十分よ」
「ぐっ、まさかバテシバが直々に現れるなんて予想外だったわ。嫌よ帰るなんて絶対に! 私は今日大会で勝利して休暇を満喫するんだから!」
バテシバが魔導具を使って淡々と言葉を紡ぐのに対して陛下は声を張り上げて遠く離れたバテシバに向けて叫んでいる。にしてもここまで賑やかな闘技場の中でよく陛下の声がはっきりと聞き取れるものだ。そんな発声の練習でもしているんだろうか?
バテシバの目はやや細められた。あ、これ見た目とは裏腹に相当頭に来てるな。
「姉さんの意志は聞いてないわ。これは元老院の決定による命令よ」
「断る! 元老院の連中には一昨日来なさいって伝えておいて!」
「――そう、姉さんがあくまでその気ならこっちにだって考えがあるわ」
バテシバは自分の背丈より長いスタッフの先を彼女自身の右方向に向けた。その先の立ち見客用の観客席にいたのは魔導師だった。続けざまにバテシバは左方向、そして後ろにも杖を向ける。それぞれにもまた別の魔導師達が待機しており、彼らは三人共陛下を見据えていた。
誰もがバテシバと同じ制服に身を包んでいる。三人共細かい装飾に違いはあるものの各々が帝国宮廷魔導師でも最高峰の十二名、賢者の称号を持つ者達にしか許されない草冠と杖を模した紋章が肩に描かれている。帝国の存亡にかかわる侵略や天災、大規模事業を任される人達ばかりだ。
「帝国魔導兵団から私を含めて四人をこの大会に参加させています。正々堂々と姉さんの優勝は妨害させてもらうから」
「はああ!? 帝国が誇る帝国魔導兵団の中でも選りすぐりの三人を元帥自ら率いて取り組む任務が私を連れ戻すって頭おかしいんじゃない!?」
「だったら大人しく帰ってもらえない? それで任務達成だから」
「断固拒否する! 上等よ、さっきの言葉に嘘偽りなんて無いんだから!」
「そう、なら話は終わりよ」
バテシバは魔導具を司会者に手渡すと試合開始位置に移動していく。陛下も唇を曲げて陛下で腕を組んで彼女を見つめている。隣にいる公爵が苦笑いを浮かべるだけなのがこの場の全てを物語っているんだろうな。
なんてはた迷惑な姉妹喧嘩なんだ。この場にイヴがいなかったのがまだ救いか。まさかの衝撃的な展開に観客の興奮は更に高まっていくけれど、魔導師からしたらたまったものではない。ふと横を眺めてみるとタマルも同じだったようで、目を点にさせて呆然と舞台を眺めていた。
「ま、魔導元帥に宮廷魔導師が三人も。お終いです、あたしの休暇計画はお終いです~!」
「ぜ、前代未聞としか言いようがありませんね……」
帝国魔導元帥を含む帝国十二賢者は国家戦略規模にも動員される程の人材だ。いくら尊厳者が行方をくらましたからって四名も取り組む事態ではないだろう。たった一日とは言え完全にバテシバの職権乱用だ。それだけバテシバが本気なんだって証でもあるが。
ちなみに私が知る限りバテシバを含めた四名の賢者は専門魔導の情報が公にされている。隠し玉こそあるだろうけれど、地方貴族や公爵自治領等が帝国魔導師派遣の判断材料と出来るように公開されているのだ。だから賢者と戦う事になってもそれなりに事前対策は打てるとは思う。
問題は今舞台に立つバテシバか。学院時代から何でもそつなくこなした上に卒論は術式の分担による上位魔法発動の手法についてだったから、彼女の真価は全く分からないのだ。ここで彼女の実力の一端でも目に出来れば嬉しいのだけれど……。
試合開始と同時にバテシバは杖を前方で立てると、遠くから眺めるわたしにも感じられるほど膨大な魔力を杖へと収束させていく。そして蓄積される莫大な力は光の粒子となって可視化されていく。バテシバの杖の先端からは光の刃が形成され、さながら矛のようになっていた。
観客達は目を見張る。当然だろう。先ほど陛下が物語の勇者を再び世に知らしめたのと同じで、バテシバもまた闇を払う光を繰り出す勇者の一振りを再現させようとしているのだから。けれどわたしの驚きは他の観客達の比ではなかった。
「嘘、姉妹揃って勇者の奇蹟の再現~!?」
「いえ、アレは……!」
わたしは思わず身を乗り出してしまって前に転びそうになってしまう。
間違いない。アレは単なる勇者の模倣なんかじゃあない。勇者の振るう光の剣、つまり光の奔流を意識した魔導は……わたしの魔導の再現だ!
「マジックレイ・エクソダス!」
バテシバが杖を振り抜くと杖が振り抜かれた線に沿って光の斬撃が生まれる。それは瞬く間に対戦相手へと到達し、その身体を大きく弾き飛ばした。良かった、どうやら相手を真っ二つにしない程出力を絞ってくれたようだ。
けれど光の一閃は全く威力を落とさないままで観客席へと進んでいく。あまりに一瞬の出来事だったので観客は逃げるどころか悲鳴を上げる時間すら与えられない。ただ茫然と見守る観客へと光の一閃は襲い掛かる……前に試合場と観客席の境で見えない壁に衝突する。
「マジックシールドか……!」
観客席を守るように張り巡らされた魔導障壁が光の斬撃を受けて大きく揺らぐ。激しい音と共に光の斬撃は砕け散り、波打ってひびが入ったものの障壁は突破されなかった。騒然となる観衆をよそにわたしは腹が立ってきた。
バテシバほど優れた魔導師だったらこんな大げさな一撃を繰り出さなくたってどうにでも出来た筈だ。いくら姉のサライ陛下への当てつけだからってこれは無いだろう。バテシバも存外に子供っぽい所があるものだな。
「……マリアさん、何か魔導元帥さんがこっち見てますよー」
「へ?」
……言われてみたら勝利したバテシバは陛下に対して意思表示するかと思ったらどうしてかこちらの方に視線を向けているな。彼女の見つめる先は……もしかしてわたしぃ!?
思わずわたしが自分を指差すと、バテシバは不敵に笑ってから静かに頷いた。って事はあのレイ・エクソダスは陛下ではなくわたしに見せつける為だったのか……!
「やってくれますね、バテシバ……!」
勇者の再現の再現とは恐れ入った。別にマリアもわたしも奇蹟を体現させる術式は明らかにしていないから、バテシバは見よう見まねでわたし達から技法を盗み取った形になる。わたしって先駆者がいた事を加味しても怖ろしい才能だ。
けれど、勇者の光はわたしにとって、マリアにとって特別な存在なんだ。マジックレイ系統の魔導はマリアが両親を亡くした悲劇を繰り返させない為に、勇者現れぬ時代に必死になって編み出した奇跡の再現なのだから。
幸いにもイヴが勇者となって現れたからその役目は霞んでしまったけれど、それでも数多くある魔導の中で格別の想いをマリアもわたしも抱いている。それを単に技術的な追い抜くために物まねされるのはあまり気分がいいものではないな……!
「いいでしょう、受けて立ちますよ。勝つのはわたし……いえ、わたしとマリアですから!」
これはもはや単に休暇を手にする大会ではない。わたしは魔導師としての自分の全てをぶつける覚悟と決意を固めた。
■■■
試合も滞りなく消化されていく。やっぱり陛下やバテシバが異常だっただけで他の試合は武具と武具のぶつかり合いが多い。わたしは剣とかの武器とは無縁の生活を送ってきたものだから、手足のごとく軽やかに振り回す姿には尊敬の念を抱くばかりだ。
そして舞台に現れたのは先ほどバテシバが指し示した十二賢者の内の一人。彼女の宣誓もあってか十二賢者の登場で会場は大盛況に包まれる。今度は一体何を見せてくれるのか、そんな期待で盛り上がっているように感じた。
まだ初老には入っていないけれど十分に年期を感じさせる身体つきの良い男性、確か風属性魔導の第一人者だったと記憶している。彼からは遠くから眺めるわたしが威圧感を覚えるほどだった。完全に対戦相手の弓使いの冒険者が委縮してしまっている。
「ついに現れましたかー十二賢者の一人が。一体どんな試合を見せてくれるんですかねー?」
「多分ちょっと強風で場外に吹っ飛ばすだけなのでは? よほどの強豪に当たらない限りは真価を見せてくれないでしょう」
しかし、そんな彼の登場にも負けない大声援に包まれながら現れた人物がいた。この間の公都防衛戦や死者の都でも軍を率いた西の公都の誇る魔導師、アタルヤの登場だった。彼女は引き締まった表情のままで拳を高く掲げて観客に答える。
あまりに堂々とした佇まいに対戦相手になる斧使いの傭兵は一瞬怯んだものの、自分の頬に拳を当てて気を引き締め直したようだ。アタルヤが全身鎧に身を包んでその上から外套を翻す様子は陛下にも引けを取らない覇者の風格を感じさせる。多分兜を脱いで草冠を模した冠を被っているせいだろう。
「副支部長が物凄くやる気を出してて勝ち目が全く見えないんですけどー!」
「う、上手く十二賢者達と当たって共倒れするのを祈るしかないかと」
アタルヤが勝ち上がったらどんな相手と戦う事になるのか、もう一度トーナメント表を確認して調べておかないと。
十二賢者の魔導師もアタルヤの様子が気になったのか視線を向けていたものの、すぐに自分の対戦相手へと注意を向け直す。一方のアタルヤは十二賢者程の者が同じ舞台に上がっていようと全く意にも介さずに淡々と試合開始地点へと辿り着いた。
司会者より試合開始を告げられ、十二賢者は予想通り対戦相手に向けて暴風を発生させる。試合開始直前までに術式の構築を済ませて開始直後に発動させるお手並みは実に無駄が無く鮮やかだった。ただ指を始めとして一切の動作が無かったから、詠唱を呟いていたのかな?
対戦相手は踏ん張りが利かずに身体を投げ出され、場外へと放物線を描いて吹っ飛ばされた。もし彼が熟練の冒険者だったとしても空中に投げ出されてはもはや何も出来ない。彼は成す術なく場外へと転がり落ちていった。
「はあっ!?」
「嘘……!」
が、会場を驚かせたのは十二賢者の魔導などではなかった。試合開始と同時にアタルヤは舞台を蹴って、何と対戦相手ではなく十二賢者へと飛び込んでいったのだ。
暴風を発動させたばかりの十二賢者は急接近してくるアタルヤの強襲を阻もうと咄嗟に術式を構築し、到達する前に彼と彼女の間に空気の歪みを出現させる。多分空気を圧縮させて障壁を形成させたんだろうけれど、アタルヤにとってそんなの障害にもならない。
彼女は剣を振るわずに突撃を敢行、アタルヤの突撃自体が身体強化の魔導込みなのもあってか、空気の歪みは彼女の身体が接触したと同時に風船のごとく弾け飛んだ。そして彼女は驚愕に染まる十二賢者の腹部めがけて剣を一閃させる。
……いや、違う? アタルヤは剣の腹側を十二賢者の腹部に当て、全身のばねと腕力に任せて一気に剣を振り切ったのだ。十二賢者は身体を折り曲げながら横方向に吹っ飛ばされていった。彼は何とか体勢を立て直そうと風を吹かせて方向転換しようとするも勢いが強すぎる。
円形闘技場に衝撃が走る。観客席を囲む防御障壁に十二賢者が衝突したのだ。それでも彼は気を失っていないのか、地面に膝を付けながらもアタルヤに食ってかかる勢いで睨みつける。そんな彼をアタルヤは冷めた視線で結果を見届けたのみで外套を翻して今度こそ対戦相手へと向き直った。
会場は騒然となる。それはそうだろう、いくら同じ舞台に上がっているとはいえアタルヤは対戦相手とは全く異なる選手を奇襲して敗退させたんだから。「いいぞー」と声援を送る者もいれば「ふざけんなー」と罵声を浴びせる者もいる。
「か、解説のイゼベルさん、今のは……?」
「大会規定上同時に行われる試合への介入は禁止されていないわ。極端な話だと七人の選手を一人で蹴散らすのだって有りよ」
そう、同時並行で行われる試合への介入は十分有効な手段なのだ。勝ち残るのが最終的に一人になる以上はそこ時点では相手ではなくてもいずれ退けなければならない。なら対戦相手に注力して隙を見せている厄介な敵に不意打ちすれば今後で有利になる。
気を付けなければならないのが試合を終了させた選手への故意の攻撃は一発退場扱いになる点ぐらいか。今回のアタルヤは勝負が決する前に強襲を仕掛けたから、勝ちがほぼ決まっていた勝負を引き分けに引きずり落とした形になる。正に絶妙な介入と言っていい。
汚いやり口ではあるけれどその可能性に気付けなかった十二賢者の浅はかさが悪いと言える。
「一、二回戦は勝ち上がる以外にも三回戦以降をどれだけ有利にしていけるか上手く立ち回る必要がある。そういう事よ」
「な、成程……」
とは言え、十二賢者程卓越した魔導師に不意打ちを成功させたアタルヤさんはやはり凄いとしか言いようがない。まさかの展開に理解が追い付いていなかった観客達も次第に更なる興奮に包まれていく。
帝国を代表する魔導師の一回戦敗退、いきなり波乱万丈な有様となったこの大会。もはや一筋縄ではいかないようだ。
お読みくださりありがとうございました。