禊雨
それは、たわいもない理由。
ふとした擦れ違いだったと思う。
「もう知らない! ふんだ!」
「ごめんよ霞ちゃん」
「知らないったら知らない!」
何故だろう。
僕は霞ちゃんを怒らせてしまったんだ。
◇
曇天だ。今にも振り出しそうな黒い雲。
僕は神社を覆う鎮護の森に向かっている。
霞ちゃんと喧嘩した。
あれ以来、霞ちゃんはちっとも僕に振り向いてくれない。
興味を引きそうな事はなんでもやってみた。でも、どれも駄目だった。
もう神頼みしかない。僕はそう思った。
鳥居を潜ったその瞬間から空気が変わったんだ。
雨が降って来た。小雨だけれど冷たい雨。でも、どこか優しい雨。
僕は石段の登る。
苔むした石段。緑や白、赤い色の混じった石段だ。
微かに濡れた石段の表面は磨り減っていて、ここが昔からある場所だって僕に訴えてくる。
石段の上の社殿が見えてきた。
吹き付ける風と雨。
僕は思わず目を瞑る。
パラパラと、僕の頬が軽く痛む。
ガリッと噛んだのは細かな小石。
砂が僕の顔に当たったらしい。
何だか歓迎されていないような気がした。
それでも僕は進む。
たどり着いた社殿。
程よく濡れた僕の髪。
ポタポタと水滴が落ちた。
僕は五円玉を握る。
僕が賽銭箱に投げ入れようとしたその時──。
風もないのに社殿の奥から風が吹き付ける。
僕は祈る。「霞ちゃんと仲直りできますように」
僕は願う。「霞ちゃんと仲直りできますように」
僕は縋る。「霞ちゃんと仲良くできますように」
どの位、僕は祈っていたのだろう。鈴の音を聞いた気がした。
僕は元来た道を引き返す。
鳥居を潜ると、しとしとと降っていた雨がピタリと止んだ。
嫌味な雨だ。
僕は歓迎されていない客だったらしい。
◇
学校で霞ちゃんを見つけた。
僕は勇気を出してみる。
今日こそは……。
「おはよう、霞ちゃん」
「何よ、しつこいわね」
答えてくれた! 無視じゃなかった!
「あのさ、昨日僕ね……」
「何よ、言いたい事があるならはっきり言いなさいよね!」
霞ちゃんが僕を見てくれている。
こうして向き合って、目を見詰めて来てくれている。
ああ、神様……。