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41話  フリージアは静かに芽を出す ③

41話  フリージアは静かに芽を出す ③



拓人「......なにやってんだ、俺は......」


一人になった自分の部屋でドアにもたれかかりながらそう呟いた拓人。

その拓人の体は脱力しきっていて、顔は天井を見上げたまま静止していた。


誠二「美雪が戸籍上......私が父だということをな」


今さっきまで電話で話していた誠二の言葉が、拓人の頭の中を駆け巡る。

拓人「......くっ......!」

拳をぐっと握った拓人は、ゆっくりと瞳を閉じ、”あの時”のことを再生した。

拓人「あれはたしか......8年前......」



~8年前~

誠二「拓人」

拓人「......なんだよ、父さん」

桜「お父さん?」

その時から、俺は父に対しての拒絶はあった。

母さんが亡くなってからというもの、俺は父とは極力話さずにいたためだ。


誠二「喜べ拓人、お前たちに新しい家族ができた」

拓人「家族......?」

誠二「ほら、出ておいで」

そう言って誠二が背中で何を誘導すると、そこには俺と同い年ぐらいの子が現れた。

拓人「......この子は?」

誠二「公園でたまたま見つけたんだ、”この子を引き取ってください”とな」

拓人「......この子はどういう状態だったの?」

誠二「大きい籠に入れられたまま、何の抵抗もせずにその場にいた」

俺はそう聞くと、その子のことを見た。

その子は何物怖じせず、その場で身構えていた。

拓人「それで......この子が新しい家族......?」

誠二「ああ......というよりも、私のメイドとして育て上げようと思ってな」

拓人「っ......別に僕には関係ない。行こう、桜」

桜「あ、お兄ちゃん!」

俺はその場にいるのが苦痛で仕方なくて、桜と一緒に逃げ出した。

父さんから、そして、何かをあきらめたかのような表情をする、あの子から。


誠二「......お前の代わりではないからな」

最後にそう呟いたその言葉が、今でも胸のどこかに引っかかっているのは何故だろうか。

しかし、これが俺と美雪の、出会いだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ゆっくりと目を開けた拓人は、一度深いため息をついた。

拓人「何やってんだ俺は......」

再び部屋に響く拓人の呟き。

しかしその呟きは、誰にも気づいてもらえず拓人は再び天井を見上げてそのまま静止した。




コンコン


拓人「ん......?」

拓人が部屋に籠ってから1時間が過ぎようとしていたところ、

拓人の部屋の扉をノックする音が部屋に響いた。

美雪「美雪です、ご主人様、ドアを開けてくれないでしょうか?」

扉をノックしたのが美雪だと知って、どこからか安堵感が湧いた拓人。

拓人はようやくもたれかかっていたドアのもとを立ち上がると、そっと部屋の扉を開けた。

美雪「ご主人様......」

拓人「とりあえず、入って」

拓人はそう言うと、暗いままだった部屋の明かりをつけ美雪を部屋に案内した。


拓人「......それで、どうしたんだ?」

美雪を自分のベッドに座らせて自分もその隣に座ってそう聞く拓人。

美雪「......覚えてますか? 私が拓人様のメイドになったときのこと」

拓人「っ!?」

目を見開いて驚いて見せる拓人に、美雪はさらに続けた。

美雪「厳密にいえば、私が”ご主人様”のメイドじゃなくなったときですね」

拓人「......ああ、覚えてる」

美雪「あの時のこと、私は未だに一瞬たりとも忘れたことはありません」

拓人「あの時......か......」


~3年前~


誠二「こらっ!」

美雪「ひゃっ!?」

誠二「どうしてお前はこんな簡単なこともできんのだ!」

美雪「す......すみません」

誠二「次なんかミスを犯してみろ、こんなのでは済ませないからな」

美雪「............」

拓人「............」


まだ父さんと一緒に暮らしていた時、よく誰かを叱るような声が聞こえていた。

俺でもなく、桜にでも怒ってなければ、父さんはメイドである美雪にずっと怒っていた。

最初は、俺も美雪にそこまで興味がなく怒られていても気にも留めなかった。

だけど、俺があの時偶然壁に隠れながら見た光景には、衝撃肝を抜かれた。

花瓶らしきものを割った美雪が父さんにぶたれたその瞬間、

俺はどんな顔で見ていたんだろうか?


父さんが美雪のもとから離れて間もなく、俺はすぐさま美雪のそばに駆け寄った。

拓人「お前......だいじょうぶか?」

美雪「っ......だ、だいじょうぶ......です」

拓人「でも、ぶたれたとこ、赤くなってるぞ?」

美雪「......仕方ないんです、私がこんなミスを犯すばかりに......」

拓人「花瓶割っちゃったのは確かに仕方ないけどさ、

幾らそれが大事なものだったとしてもぶたれることはないだろ?」

美雪「......私は......メイドですから」

拓人「え?」

美雪「私はご主人様のメイド、拓人様とは違って、娘ではないんです」

拓人「あっ......」

美雪「それに......このようなことは、もう慣れてますから」

拓人「慣れてるって......」

美雪「......そろそろ職場につかないといけないので、それでは」

拓人「おい! 行っちゃった......」

この時が、俺と美雪の最初の会話だった。

俺も美雪もこの当時は中学生で、美雪は違う中学校に通っていて、

今考えればとてもハードスケジュールだったと思う。

でもその時は俺はそんなことまで考えることができず、

ただ美雪のことが気になり始めていた。


誠二「美雪!」

美雪「いっ......す、すみません!」

誠二「いい加減にしろ、この使えない人形が!」

美雪「っ......」

拓人「............」


誠二「この!」

美雪「す......すみません......」

誠二「次はないぞ......」

美雪「すみませんでした、ご主人様......」

拓人「............」

そして俺はいつからか、美雪が何かミスを犯すと心配になってその場で隠れながら見ていた。

けど、その時の美雪は、ただひたすら「すみません」と言って父さんに謝り続けていた。


拓人「......ほら」

美雪「......いつも、本当にすみません」

拓人「謝るなって、いいから使えよ、ほら?」

美雪「......ありがとうございました」

いつからか、美雪がぶたれ父さんがその場を去った後、

俺はすぐさま美雪のもとによって濡らしたハンカチを持っていっていた。

拓人「......なあ、一つ聞いてもいいか?」

美雪「? なんでしょうか?」

拓人「お前......さ、なんであそこまでやられてまで、父さんのメイドやってんの?」

美雪「......どういうことでしょうか?」

拓人「いや、だから普通嫌になって逃げたりとかさ、父さんから離れたいとか思わないの?」

美雪「......私にはご主人様しかいないんですよ」

拓人「え?」

美雪「私には両親がいない、だけどご主人様がいる。

ご主人様が私の場所を教えてくれる、ご主人様が私を必要としてくれる。

私がご主人様を失えば、何も残らないのです」

拓人「......あそこまでひどい目に遭ってるのに?」

美雪「......仕方ないんですよ、私が全部悪いんです」

拓人「そんなことはっ!」

美雪「いいえ、全部、私がいけないんです」

拓人「............」

俺は美雪の言った言葉に、どれほど驚いただろうか。

自分の存在理由が、父さんのためで、あんな散々ひどい目に遭ってるのに

美雪は全部不手際な自分が悪いと言い張った。

俺はその言葉を聞いて、その時すでに胸の中で思ってたのかもしれない。

俺が美雪を助けて、俺が美雪の存在理由になってみせる......と。


誠二「美雪っ!」

美雪「うぅ......!」

いつも通りになってしまった光景が、俺の目に広がっていた。

父さんが美雪のことをぶって、美雪がひたすら謝っていた。

正直、俺はもう限界だったのかもしれない。

傷つきながら、なお父さんのそばにいようとする美雪のことを見るのも、

”過去”の面影が完全になくなって別人になってしまった、父さんのことを見るのも。

拓人「っ......やめろ......やめろーーー!」

誠二「っ!」

美雪「......拓人様......!」

気づいたら、俺は父さんの前に立って両腕を広げ、美雪のことを守ろうとしていた。

誠二「......一度だけ言う、そこをどけ拓人」

拓人「......嫌だ」

誠二「なに......?」

拓人「美雪を......俺のメイドにしてください」

誠二「なんだと......?」

俺は、体中を震わせて、震えた声でそう言った。

誠二「ふざけるのもいい加減にしろ!」

拓人「うっ!」

父さんは啖呵を切った後、俺を数回殴った。

そして俺はというと、なんの抵抗もせずにその場で殴り続けられていた。

美雪「もうやめてください、拓人様!」

父さんが殴り終えて、その場で崩れかけていた俺を、美雪は慌ててに介抱した。

美雪「拓人様......いいんです、私は、このままで」

拓人「......みゆ......き」

誠二「ふん、かっこつけよって、早くいくぞ、美雪」

美雪「っ......はい」

拓人「ま、待って......」

美雪「っ......すみません......!」

目に涙が浮かんだ美雪が顔を俯かせたまま、父さんと一緒に俺から離れていった。

だが俺は、なんとか立ち上がって父さんに聞こえる声で言った。

拓人「俺が......俺が美雪の帰れる場所になるっ!」

進んでいた足が止まると、父さんはそのまま俺の方を向いた。

誠二「帰れる場所......か?」

拓人「今は、父さんのところにしか帰ってこれないかもしれない。

だけど、俺が新しく帰れる場所になって見せる」

誠二「......ふっ、つまり俺の代わりになるというのか?」

拓人「......ああ」

誠二「ふっ、ふはははは」

拓人「............」

美雪「拓人様......」

父さんが図太い声で笑った後、少し口角を上げながらこう言った。

誠二「なってみろ」

拓人「え?」

誠二「私の代わりというのに、なってみるがいい」

拓人「それってまさか......」

誠二「当面、美雪は拓人に預けようではないか、

私の代わりになれるというのならばな」

拓人「......なって見せる、絶対!」

誠二「そうか、では美雪、今日からお前は拓人のメイドだ」

美雪「......拓人様の、ですか?」

誠二「精々頑張るんだな、っふ、ふはははは」

また今さっきと同じように笑うと、父さんはそのまま姿を消した。

そして、美雪はというと俺の方にゆっくりと歩み寄ってきた。

拓人「......俺が必ず、お前の帰れる場所になってみせるから」

美雪「......はい、ご主人様!」

そう言った美雪の頬には、涙が二、三粒伝っていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~


拓人「......俺も覚えてるよ」

美雪「......私、本当に嬉しかったんです。

あの時、拓人様が助けてくれて、帰れる場所になってみせるって言ってくれて。

本当に、本当に......嬉しかった」

そう言うと、美雪の瞳からは大量の涙が零れ落ちた。

拓人「でも、結局俺は父さんの代わりなんかできなかった。

本当のご主人様に......なれなかったし、

美雪のことも、守れなかった」

そう言い終えると、拓人の目からもうっすらと涙が浮かんだ。


美雪「いいえ、拓人様は私のご主人様ですよ」

目を擦って涙を止めると、美雪は優しく拓人にそう言った。

美雪「拓人様は私のご主人様です。これになんの偽りもないんです。

本当はどうであれ、私のご主人様は......拓人様だけです」

拓人「美雪......」

美雪「だから......行ってきます」

拓人「っ......」

美雪「私、誠二様のもとに行って来て、ちゃんと話してきます」

拓人「......決めたのか?」

美雪「はい、もう覚悟もできています」

拓人「俺が......止めてもか?」

美雪「......はい、すみません。

でも、ちゃんとケジメをつけないといけないんです、誠二様とは」

何かを決めた人間の顔は、本当に恐ろしいもので、

何を言われようとも屈しないその表情に、拓人はふっと肩を下した。


拓人「......わかった、行ってこい」

美雪「あっ、ありがとうございます!」

拓人「絶対......帰って来いよ、ここに」

美雪「はい、私の帰る場所は決まっていますから」



そうして、フリージアは静かに芽を出した。



今回で美雪回は終わりです!

これからも応援よろしくお願いします!

そしてブクマありがとうございます!

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