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40話  フリージアは静かに芽を出す ②

40話  フリージアは静かに芽を出す ②



誠二「ちょうど美雪に、話が合った」


体を震わせた美雪は、ただひたすら目を瞬きすることなくその場に立ち尽くしていた。

その姿はまるで、今にでもライオンに食べられてしまいそうな小動物の様だった。

拓人「............」

心配そうに美雪のことを見つめる拓人。

しかしその表情からは併せて、憎しみの表情も入り混じっていた。


誠二「美雪」

美雪「は、はい......」

誠二の呼びかけにかろうじて返事をする美雪。

しかしその返事には、警戒心が出ていたのが丸わかりだった。

誠二「どうした、そんな怖がることはないだろう?」

美雪「あ、あ、あの......」

誠二「なにせ、お前の”本当の”ご主人様なんだからな......?」

美雪「......!」

誠二の言葉を聞いて、さらに体を震わせる美雪。

電話越しでは、気味の悪い笑い声が聞こえている。

誠二「そんなに再確認するような些細なことではないだろう、

お前はあくまで俺の物であって拓人のものではないのだよ」

美雪「............」

誠二「まあ、最近お前が拓人に対してメイド以上の評価をもらおうと

していたのは他の者から聞いている」

美雪「............!」

誠二「くれぐれも、うちの大事な道具には傷をつけないようにな」

美雪「............」

口にはチャックがつけられたのように開かず、美雪は何も言い返せずにいた。

電話越しにまで伝わる誠二の威圧感に、何も動けずにいた。


誠二「......では、本題に入るとするか」

低い声色でそう言った誠二は、電話越しで煙草の先に火をつけふっと煙を吐いた。

美雪「な、なんでしょうか......?」

誠二「一度こちらに帰ってこい」

美雪「!?」

誠二の提案に驚きを隠せない美雪。

拓人も電話で話している美雪のことを心配そうに見つめている。

誠二「お前の引き換えは用意してある、安心しろ」

美雪「引き......換えですか?」

誠二「ああ、ちゃんと拓人の面倒をそつなくこなせる奴をな......」

美雪「............」

誠二「だから、学校もしばらくは休むように連絡をしておく」

美雪「学校も......ですか?」

誠二「花咲町を離れるのだからな、当たり前のことだと思うが?」

美雪「............」

誠二「それともなんだ? 拓人のもとを離れて寂しいか?」

美雪「......それは......」

誠二「......やめておけ」

美雪「え......?」

誠二「......あいつを選ぶのはやめた方がいい」

美雪「......何でですか?」

一息入れた後、誠二は淡々と話し始めた。

誠二「あいつには幸せになる道などない」

美雪「!? 何でですか?」

その言葉を聞いて大きな衝撃を受ける美雪。

誠二「......そもそも、あいつに道を選ぶ道も残っていないのだからな」

美雪「道を選ぶ、道?」

誠二「......まあこれについては自分でよく考えるんだな」

美雪「............」

誠二「まあ、これは余談だ、気にするな。

それより、お前が戻るのは来週からだ、その前までに準備をしておけ」

美雪「......行かないと、いけません......か?」

必死に言葉を絞りながら発した美雪の声。

その声には何かにすがるような思いが秘められているかのように聞こえた。

誠二「ご主人の命令に逆らうか?」

美雪の声とは裏腹に誠二の挑発的な声。

そして美雪はゆっくりと深呼吸すると、芯のある声で言い放った。

美雪「私のご主人様は......拓人様ですっ!」

拓人「っ!」

誠二「......ほう、なかなか言ってくれるではないか、美雪」

美雪「............」

誠二「っふ、ふふふふ、ふっはははは」

高らかな笑い声が、電話越しで拓人にも聞ける音量で流れる。

その笑い声は、今まで拓人が聞いた笑い声で一番不気味なものだった。



誠二「......美雪、拓人と代わってくれ」

美雪「っ......でも......」

そう呟いた美雪は目線を拓人に移す。

拓人「......俺は大丈夫だ」

美雪にだけ聞こえるようにそう呟いた拓人はふっと優しい柔らかな笑顔を作った。

美雪「......わかりました、では、拓人様に代わります」

その笑顔を見て、美雪はそう誠二に伝えると拓人に受話器を渡した。

拓人「......俺です」

誠二「ふっ......拓人だな?」

拓人「......はい」

普段の声色とは明らかに低くして、拓人は誠二と話を進める。

誠二「全く、美雪には困ったものだ」

拓人「............」

誠二「今さっきの会話、聞いていたな」

拓人「......はい、しかし父さんの声までは聞き取れませんでした」

誠二「......だが、大体想像はつくだろう?」

拓人「......大体は、はい」

そう言うと、一度唾を呑みこむ拓人。


誠二「本当に、美雪をお前のもとに送り込んだのは間違いだったようだな」

拓人「............」

誠二「今では、どちらがあいつのご主人なのかあいつは判断できなくなっている」

拓人「............」

誠二「......ちゃんと、自分の持ち物には名前を書くべきだったようだな」

拓人「っ......!」

拓人は歯を噛み締めて、拳をぐっと強く握っていた。

美雪「ご主人様......」

誠二「......だが、美雪は私のもとから逃げられたとしても

お前は私のもとからは逃げられない」

拓人「............」

誠二「それはお前が一番よく分かっているな、拓人」

拓人「......はい」

誠二「ふっ、まあ分かってるのならいい」

拓人「他に何か用件はあるんですか」

徐々に表情が暗く拳を握る力も強くなっていく拓人。

その拓人を心配そうに見つめる美雪の拳も、固く握られていた。


誠二「少し脱線したが、美雪のことについてだ」

拓人「......その話はもう終わったはずじゃないんですか」

誠二「いや、今度美雪をしばらくこちらで預からせてもらうことになった」

拓人「っ!?」

思わず目を見開いた拓人はすぐに美雪の方に顔を向ける。

何のことか大体想像した美雪は、そっと拓人から目線を逸らした。

拓人「......それはどういうことですか?」

誠二「どういうことも何も、少しこちらで美雪を預かるだけだ」

拓人「......だからなんで美雪を父さんのところに行かせなければならないんですか」

誠二「......ちゃんと思い出させるためだ」

拓人「......何をですか」

拓人の言葉を最後に、少しの沈黙が流れた。

そして誠二が不敵にふっと笑った後、静かにこう言った。


誠二「美雪が戸籍上......私が父だということをな」

拓人「なっ!?」

拓人は再度目を見開くと怒った表情で誠二を問い詰めた。

拓人「それは前に話してもうその話題は出さないといったはずだ、

今更それを言って何のためになる!」

拓人の鬼気迫った様子に、美雪も何事かと表情を伺った。

その表情は限りなく誠二への怒りだけだった。

誠二「だから言っただろう、思い出させると」

拓人「......美雪は知らないも同然なんだぞ」

誠二「だからなんだ?」

拓人「くっ......大体、何が目的だ」

拓人の問いに、誠二はふっと笑う。

誠二「覚えさせなければな」

拓人「......何をだ」

誠二「お前ではなく、私がこの朝峰のご主人で、ここのボスだということをな」

拓人「っ......」

拓人はふと、冷気が背中に走っていくのを感じた。

それは、今まで見え隠れしていた誠二の恐ろしさや怖さ、

それらが拓人の体に流れ込んでいくのが、拓人には痛いほど分かった。



誠二「......ではな」

ガチャ......


受話器に流れる通話終了の音。

そしてその受話器を握っている拓人は、ぐっと歯を食いしばったまま俯いていた。

結局、その後拓人は誠二の前に何も言えず、何も言い返せず、

美雪を誠二のもとに行かせることが決まった。

拓人は、受話器をそっと電話台に戻すと心配そうに立ち尽くす美雪のもとに寄った。

美雪「......ご主人様......」

拓人「......悪い、美雪のこと、守れなかった......」

美雪「......ご主人様......」

拓人「......もしかしたら、本当に俺は、

美雪にご主人様って言われるような人間じゃないのかもしれないな......」

美雪「あっ......ご主人様!」

拓人は独り言のようにそう呟くと、そのまま美雪を置いて二階へと向かった。


美雪「............」

家には、最後に電話越しで聞こえた、誠二の笑い声の余韻が未だ残っていた。







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