29話 俺が看病をしに行くわけ......あった
29話 俺が看病をしに行くわけ......あった
拓人「......うぅ......うーん......」
茜の家の前で悶々としているのも早10分。
通りがかる人から様々な目線を送られてきた拓人であったが、ついに決心した。
そもそも訪問するのは茜の家であり、やましい気持ちなどは一ミリたりともない。
それは本当のことなのだが、拓人は女子の家に入ることに抵抗があった。
しかし、そんなことしていても始まらない。
そう思ったのか、拓人はついに意を決して茜の家のチャイムを鳴らした。
ピンポーーン
茜「......は、はい......コホンコホン......」
拓人「茜!?」
茜「た、拓人!?////」
家のチャイムを鳴らして、玄関から出てきたのは茜の親でも兄妹でもなく、茜本人だった。
拓人も茜本人が出てくるとは想像していなかったので、思わず後ずさりする。
茜「な、なんで拓人が私の家まで来てるのよ?!」
当然すぎる質問が拓人に投げつけられた。
拓人「いや~その......先生に今日分のプリントを届けてこいって言われて......」
茜「拓人が?」
拓人「俺が......」
茜はこの会話を通して色々と理解しがたいことがあったようで、顔がややひきつっている。
その茜の様子を悟った拓人は、「まあ無理もないよな」と、心の中で呟くのだった。
茜「まあ、とりあえず入りなさいよ」
拓人「お、おう......そうだな」
ちなみに今の茜の姿は、額に冷えピタを張り、口にはマスクをつけていて、全身はパジャマで
上半身にはパーカーを身に着けているまさに”ザ・病人”という感じの姿だった。
そんな茜をいつまでも外に居座わらせるわけにもいかにと思った拓人は、茜の言葉に素直に従った。
拓人「おじゃましまーす......」
拓人はなるべく茜の親などに聞こえるように少し大き目に挨拶をしたが、返答はなかった。
拓人「なぁ、茜の親ってどこにいるの?」
茜「コホンコホン......あ~今お母さんたちは仕事でいないわ」
拓人「! そうだったのか?」
茜「えぇ、まあ別にいてもいなくても変わらないけどね」
拓人「......そっか」
拓人は茜の親が家で看病していないことにも驚いたが、
それよりも茜が寂しい瞳でそんなことを言ったことに驚いたのだった。
何故そんな瞳をするのか、拓人は確認するために口に出そうと思ったが、
直前ででかけた言葉を呑みこんだ。
今そんなことを茜に尋ねたとしても、茜に余計な負担がかかるのではないかと考えたからだ。
拓人は気持ちを切り替えるように2度顔をたたくと、茜に案内されたリビングについていった。
拓人「へ~完全和室な家なんだな」
茜「まあね、だからリビングって言っても、テレビとかが置いてあるだけなんだけどね」
拓人「でも、こういう家も古風でいいな」
茜「拓人はいつもあんなでかい豪邸に住んでるんだからいいじゃない」
拓人「まあそうだけど......こういう家の方が俺は好きだな」
茜「ふ~ん、私はああいう豪邸に住んでみたいわ」
拓人「なんでだ?」
茜「なんでって......ああいう豪邸に住むのってなんか憧れるじゃない!
私も将来はああいうところに住んでみたいわ......!」
拓人「じゃあこれからめっちゃ頑張ってお金貯めないとな!」
茜「うぅ......無料で住める豪邸に住む......」
拓人「そんなのあるか!」
拓人のキレイなツッコミが決まったところで、一度この話は収束した。
茜が豪邸に住んでみたいというのは少し意外だったが、
案外女子にはそう言う願望を抱いている人もいるのかと、しみじみと感じた拓人。
茜「コホンコホン」
拓人「茜、大丈夫か?」
茜「え、えぇ......だいじょ......コホンコホン......」
拓人「うーん、やっぱ横になったほうがいいんじゃないか?」
茜「大丈夫よ......それより、お茶......用意するね?」
拓人「お茶ぐらい俺がやるよ」
茜「一応拓人もお客さんでしょ? ......こういうのは私がやるから」
拓人「......わかった」
拓人は心配そうに茜が立ち上がるのを見守ると、茜はそのまま台所へと向かった。
ガタンッ
拓人「茜!?」
台所で人が倒れたような音が聞こえ、一目散にその音が聞こえた台所へと向かう拓人。
危惧していたことが起きたかと不安な気持ちでいたが、まさに、その危惧していたことは起きた。
拓人「茜!」
茜「うぅ......」
台所でコップを二つ用意していて、冷蔵庫でお茶を取り出そうとした際に倒れたようだ。
拓人「茜! 大丈夫か?」
茜「う......うん......大丈夫......」
拓人「大丈夫じゃないだろ! ああ、そうだ、とりあえず今は......」
茜「(あれ......? 私、今倒れてる......? 今抱きかかえているのは......お母さん?
ううん、違うね。お母さんは今日仕事に行ったもんね......
じゃあこれは誰? こんなに安心するような感覚......誰?)」
完全に瞼が閉じられていて、真っ暗で意識がもうろうとする中、茜は心の中でそんなことを考えていた。
そして、そんな真っ暗な茜の意識に、ある声が聞こえてきた。
??「もう少しだぞ......大丈夫だからな......!」
その声は......もう聞き慣れた声。
茜「(......拓人だ......)」
そう確信した茜は、ふっと微笑み、そっと意識が遠のいていった。
拓人「............」
茜「すぅ~......すぅ~......」
拓人「......さ~、これからどうするかな~......」
今の拓人の状況、そしてここに至ったまでの経緯を簡単に説明していこう。
台所で茜が倒れたところまでは皆知ってると思うが、その後拓人は散々悩んだ末、
とりあえず茜の部屋で茜を横にさせようという考えに落ち着いて、茜を抱きかかえた。
そして次に、とりあえず階段があったので2階に行ってみると、3つのドアがあった。
そのドアには幸い掛け軸があり、拓人は”茜”と書かれたドアを開けて入った。
この時すでに拓人の心臓はバクバク高鳴っていて、顔は真っ赤になっていた始末だ。
そして部屋に入ると、今さっきまで寝ていたのか布団が敷いてあった。
拓人はその布団に、丁寧に茜を寝かせて、その上に掛け布団を置いてあげると、
拓人は「ふぅ~......」と疲労たっぷりのため息を漏らした。
まあ、その疲労というのが、茜をここまで運んできたのからではなく、
ひたすら茜の方を見ないようにしていたとこからなのは言うまでもないだろう。
拓人「そして、俺はすぐさま氷枕なりすりリンゴなりを用意した......かったが」
そう言い終えると、拓人は自分の制服の端の方に目をやった。
拓人「......///」
その拓人の制服の端には、気持ちよく眠ってる茜の手が、力強く握られていた。
茜「すぅ~......すぅ~......」
拓人「......これじゃあどこへも行けねーじゃねーかよ......」
ボソッと呟く拓人の声は、茜の小さな寝息で掻き消された。
拓人「......うし、ゆっくり休んでおけよ、茜」
拓人は少し頭を抱えながら、時々茜の寝顔をちょくちょく見ながら考えていた。
その結果、拓人は制服を脱ぎ、シャツの姿になってようやく身動きが取れるようになった。
身動きが取れるようになると拓人は茜を起こさないように静かに立ち上がり、
最後に茜の寝顔を見てから茜の部屋を後にした。
拓人「失礼しまーす......」
本日2回目の挨拶を終えた拓人は、台所に来ていた。
拓人「まずは氷枕からだな......よし、これでいいだろう!」
拓人は偶然見えるところに置いてあった氷枕の枕を見つけると、慣れた手つきで氷枕を完成させた。
よく桜が熱を出したときのせいなのか、拓人はすんなりと作業を終わらせた。
拓人「じゃあ次はリンゴっと......」
すると、拓人はまたしても目に入るところに、リンゴが置いてあることに気づいた。
拓人「............」
拓人は少し疑問に抱きながらも、これまた慣れた手つきですりリンゴを完成させた。
そうして、氷枕とすりリンゴを作り終えた拓人は、その二つを持って茜が待つ2階に行こうとした。
と、その時、突然玄関のドアが「ガチャ」っと開いた音が拓人の耳に聞こえた。
拓人「あっ......!?」
茜「うぅ......うぅ~ん............はっ!?」
空がもう暗くなり始めていたころ、茜は自室の布団で目覚めた。
頭には用意されていないはずだった氷枕が、そして布団のすぐそばには、すりリンゴが置いてあった。
??「あ~茜......起きたのね」
茜「お、お母さん? どうして?」
茜の部屋に来たのは、拓人ではなく、茜の母親だった。
茜「......今日は仕事で夜まで帰ってこないんじゃなかったの?」
茜母「......急いで帰ってきたのよ、茜のことが心配で」
茜「......そう......」
茜は、母の言葉を聞いて、顔には出さないが、その代わり心では喜びを露にした。
やはり自分の親なんだと......そう自覚した茜であった。
茜「それで、お母さんがやってくれたの? あれ?」
茜は自分の母親を自分の部屋へと招き入れると、氷枕とすりリンゴを指さして尋ねた。
すると、母親は少し黙ってから、茜の顔を見据えて冷静に話し始めた。
茜母「......これはね、家に来ていた朝峰くんが作ったものよ」
茜「えっ......?」
母親が告げた名前に、大きい驚きを見せた茜。
茜母「実は......これ、”私がやったって言ってくれ”って朝峰君に言われてね」
母親はその時を思い出すように天井を見上げた。
~~回想~~
拓人「あっ......!?」
茜母「だ、誰アナタ?!」
拓人「あ~いえ! 雨宮茜さんの友達で、先生に頼まれてプリントを渡しに来たんです!」
茜母「.....詳しく聞いていいかしら?」
............
茜母「......なるほど、そういうことね」
拓人「すみません......」
茜母「いいわ、もとはといえば私が悪いんだし......」
拓人「......もしかして、茜とケンカしました?」
茜母「え!?」
拓人「あ~いや......その......勘です」
茜母「......驚いたわね、あなたの勘は鋭いのね?」
拓人「あ、あはは......だから、氷枕とかリンゴを置いていたんですね」
茜母「!? なんでそれを?」
拓人「いえ、これを作ろうと思った際に、きちんと見える場所に置いてあったので」
茜母「......」
拓人「......これ、茜に渡しにいってください」
茜母「え?」
拓人「俺、そろそろ帰らないといけないし、長居するのも悪いですし」
茜母「でも......」
拓人「あと、これはお母さんが作ったってことにしておいてくださいね?
では俺はこれで。失礼しました!」
茜母「ちょ、ちょっと......!」
~~回想終わり~~
この光景をもう一度脳内で再生した母親は、ニコッと微笑んで茜にこう告げた。
茜母「あの子、本当にいい子ね。あなたはいいお友達を持ったわね」
茜「う......うん///」
茜母「ああいう子があなたの旦那さんになれるといいんだけど......」
茜「な、なな何言ってるのお母さん!///」
母親のまさかの発言に盛大に取り乱す茜。
茜母「あはは、冗談よ、冗談」
茜「もう......あれ?」
茜母「どうしたの?」
母親がからかい終えると、茜は布団の横に置いてあった制服に目が留まった。
茜「これ......拓人の制服......」
茜母「あらあら......意外とおっちょこちょいなのね、朝峰君は!」
茜「......明日届けてあげないと......」
茜がそう呟くと同時に、すっかりと拓人を気に入ってしまった茜の母なのであった。
夏美「拓人~なんで今日制服着てないの?」
拓人「いやそれが......どこに置いていったか覚えてないんだ......」
初音「昨日どっか寄ったのかい? ボクたち昨日拓人が突然いなくなるからびっくりしたんだよ?」
美雪「本当です! 家に帰ってもご主人様はいなかったですし!」
ベル「どこに行ってたんですの!」
拓人「あ~あははは......悪かったな......」
ガラガラガラ
夏美「ん?......あ~茜!」
茜「う、うん......おはよう」
ベル「茜さん!」
夏美とベルが茜を見つけるや否や、初音と美雪も一緒に茜のもとに駆け寄った。
そして、夏美たちが集まると、またいつも通りの光景が拓人の視界に入ってきた。
それを見た拓人は、「やれやれ」と息を吐いたものの、その表情はどこか嬉しげだった。
茜「あ......拓人......」
茜は、みんなの輪から離れると、そのまま拓人のそばに歩み寄った。
茜「これ......制服、昨日置き忘れてたから......」
茜は体をもじもじさせながらそう言うと、拓人の制服を拓人の前に出した。
拓人「あ、あ~! そうだ、思い出した! 俺茜の家に置き忘れたんだった」
拓人は茜の言葉を聞くと、「あ~」と顔を晴らした。
拓人「ありがとな、茜。元気になってよかったな」
茜「うん......」
拓人の笑顔に、ついつい押し黙ってしまう茜。
いつも通りだったら、茜はこのまま黙ってしまうのだが、
今回ばかりは、茜は真っ赤になった顔を見上げさせて拓人に告げた。
茜「た、拓人! 昨日はありがと......色々看病してくれて。
そ、その......拓人が来てくれて......」
間に流れる沈黙。
拓人も首を傾げながら俯いてしまった顔を覗こうとすると、茜は勢いよく顔を上げてこう言った。
茜「拓人が来てくれて、看病してくれて......う、嬉しかった!//////」
そう言い終わった後の茜の頬には、トマトのような赤みが残されていた。
拓人「お、おう////」
まさかすぎる茜の発言に、拓人も頬に赤みを残しながらぎこちなさげにそう答えた。
夏美「拓人くん......?」
拓人「あっ......あっ!?」
拓人は重大なミスを犯してしまった。
それは、夏美たちに昨日夏美たちを置いて拓人がどこへ行ってたか、言ってしまったことだ。
そのミスに気付いた拓人はもう遅く、これもまた、いつもの光景が戻った。
その後、拓人は夏美たちに茜の家で何をして何故黙っていたのかを、びっしりと聞き絞られた。
拓人「もう、勘弁してくれ~~~!」
花咲学園の1-2組の教室から、このような絶叫があったのは、きっと気のせいだろう。
今回は茜回でした!
これからもよろしくお願いします!