98話 その眼は笑っているか
その無慈悲な剣がウィルを捉える前に銀髪がウィルの視界の隅から現れる。
ユーリはヴォルトの剣で一本の剣を受け返す。
「ーーまさか!?」
ユーリは予想しない結果を信じられなかった。
剣を受けたヴォルトの紫電は弾けるように散乱した後、ただの筒へと沈黙した。
「ヴォルトそのものを四散させるほどの力……」
アイリは抑揚なく口にするもののむしろ悔しさにも聞こえた。
「さすがに1つでは持たないか」
弾かれた緋色の剣は顕現する力を失ったのか崩れ落ち消えていく。
それを少年は気にしない。
二本、三本と連続して前に立ったユーリに迫る。
ようやくウィルは先延ばしされた命に気づき剣と共にユーリの前に出る。
仲間の命を失う方が耐えられなかった。
「ユーリ! 下がれ!」
ウィルは交差し振り下ろされる剣を蒼を失った剣で受け止める。
剣はどちらも弾かれることなくウィルは重い一撃に膝が折れそうになるのをなんとか食いしばる。
「フィドル! ここはいいから親父を連れて下がれ!」
受け止めたままウィルはフィドルに叫ぶ。
「だが……!」
フィドルも立ち向かおうとしたが、ウォルトに肩を掴まれる。
「若、引きましょう」
思わず振り返るフィドルは言葉を失った。
戦う前に引くことを即決したのはつまり、足手まといということだということに。
もう一度ウィルへ振り向く。
ウィルはフィドルの決断など求めていなかった。
こちらを振り向くことはなく目の前の敵に抗っていた。
「フィドル、納得など求めません。立場を間違えないように」
ベアトリアはクレスと共に父を引きずるようにして下がっていく。
彼女の表情はフィドルと同じだった。
だがそれを振り切り王女として、国の者としての選択を下したのだ。
フィドルはそれに従う他なかった。
確かに納得はできなかったが、自分の立場を改めて実感させられ扉へと下がる。
「背中を見せるか、やはり王族そろって救いようがない。元より救いなどないがな」
ウィルと剣を交わしているにも関わらず、少年の視野は広くそれを逃さなかった。
四本目が少年の背後から飛び出し山なりにフィドルへと振り下ろされる。
戦意を抑え引くことに頭を切り替えていたフィドルはその一撃をかわすことなど叶わない。
眼前に迫る刃にフィドルは目で追うことしかできなかった。
肉を切り裂くものではなく、重い金属音が響く。
割り込んだヴィクターによって直前で剣は受け止められた。
「ヴィクター!」
「行ってください! 元より捨てる覚悟の命、今ここで忠義を果たす!」
フィドルを突き飛ばし扉の外へ追い出す。
「待て! ヴィクター!」
扉は閉められる。
弾かれた緋色の剣はダーナス、ティアの重ねた攻撃によって弾かれるものの剣は形を失わず。
標的を二人に変え人の動きではできない軌跡で絶え間なく攻撃を加える。
レインシエルはウィルに助太刀しようと緋眼に迫る。
メレネイアはオルキスとニーア、アイリを守るように立ち、隙をついてはダーナス達から抜け出してくる剣に不可視の力場でなんとか弾くに止まった。
「あっプルル!?」
オルキスは爆弾を取り出そうとしていたが、その最中にプルルは飛び出し自ら剣を受けにいく。
無防備に映ったのか剣はプルルへとその切っ先を突っ込ませる。
「ぷるるうー!!」
プルルは口を開け、その見た目からは想像できない真っ黒な空間からオルキスの爆弾を吐き出す。
剣はそのまま速度を変えることなく爆弾に突きささる。
その瞬間、まばゆい光と共に爆発した。
剣は衝撃をもろに受け壁に回転しながら突き刺さる。
形を失い剣は壁に傷を残し崩れた。
「プルル!」
オルキスはいつの間にか持ち去られたことにも驚いたが自爆しにいったような煙の中のプルルがどうなったのか心配だった。
「ぷるるう……」
煙の中から抜け出したプルルは真っ黒に焼け焦げたように見えたが体を振るわすと煤が落ちるように元の半透明な蒼へと色を戻した。
無事を喜ぶのもつかの間、ヴィクターは扉の前で動きを止める。
空気を切り裂く音が聞こえたと思った時には既にヴィクターの剣は砕かれ、一直線にヴィクターを扉に打ち付けた。
「がはっーー!」
ヴィクターは血を吐き、腹に刺さった剣をひと思いに引き抜いた。
ヴィクターとの剣の衝突で力を失ったのか、血を纏った剣は消え去った。
「ヴィクターさん!」
オルキスは飛び出し意識がもうろうとしているヴィクターに回復薬を無理矢理飲ませる。
おかげで意識がはっきりしてきたのか、ここは通しませんと扉の前を動こうとはしなかった。
「これじゃ弱い……」
ヴィクターが立っていることすら信じられないほど、ヴィクターの足下には赤い水たまりができていた。
この回復薬じゃ足りない。
それでもありったけの回復薬をヴィクターに飲ませるのだった。
「引き延ばされただけでも……」
たとえ延ばされた運命だとしても忠義は遂げた。
それで良かった。
「5本失ったか。調子に乗りすぎたようだ」
緋眼はそうは言うものの大して気にしていないようにウィルへと視線を戻す。
ユーリは体術のみになったが新たに入ってきたレインシエルの3人がかりということもあり、緋眼は明らかに攻撃の手数を減らしていった。
「終わりだ!」
ウィルは最後の一本を弾き飛ばす。
緋眼の左手にも剣はない。
それは別物とセラの前の床へと突き刺さっていた。
ようやく緋眼へとウィルの剣を振り下ろす。
目の前にした緋眼だけがウィルの表情を伺えた。
緋眼と同じ獲物を前にし口元を歪ませている顔を。
「失望だな。勝ったと錯覚したか」
ウィルの表情へか、それともこの先の勝利にかウィルと同じく口元を歪ませる。
ウィルは気づく、左手になかったはずの剣が握られていることに。
だが振り下ろす剣を止めることは間に合わず引くこともできない。
今までよりも早く左手に握られた剣がウィルの剣を思い切り弾き飛ばす。
ウィルは体を横に流され完全に無防備になる。
ユーリが阻止しようとするが明らかに加速した緋眼に追いつけず勢いそのままに右回転し緋眼は右足を回しユーリの腹に蹴りを打ち込む。
あまりにも早く重い一撃でユーリは体を浮かせ影から抜けようとしていたレインシエルもろとも巻き込み壁に衝突する。
ウィルの向きはまだ戻らない。それでも右手を離し籠手を構えることが精々だった。
まるで剣舞のように流れる動き、帰ってきた左手の剣をがら空きのままのウィルに振り下ろされる。
右腕もろとも体を切り裂かんと迫る。
ウィルは無意識だった。
危機を感じた本能が唯一、マナを籠手へとそそぎ込んだ。
寸前で籠手が術式を展開し半透明の蒼い盾を顕現させる。
行く末をただ見ることしかできなかったオルキスは自分の作った籠手が発動したところを目撃した。
ただ、その盾の顕現はオルキスには予想外だった。
緋眼は構うことなく右腕の盾を捉える。
衝突と共に硝子が砕け散るような音が響きわたる。
蒼の盾は籠手もろとも砕け散った。
そして、ウィルを捉えたはずの剣は振り抜かれるものの空を切り、ウィルを切り裂くことはなかった。
そのあるべき刀身は同じく砕け落ち柄だけが残っていたが一拍おいて形を崩しかき消える。
何もなくなった左手をじっと眺める。
「お前が死ね」
ウィルはその事態を考えることはしなかった。
それよりも惚けている緋眼にようやく重心を戻し天に向けた剣を抑えきれない感情を乗せるように全力で振り下ろす。
寸でで緋眼は体を仰け反らし後方へと回転する。
「ちっ……錯覚していたのは俺のほうか」
セラの前で緋眼は立ち上がる。
その血が乾いた赤黒い額から今度は自分自身の赤を垂らし床に一つ、二つと花を咲かせる。
セラから吹き抜ける風に微かな駆動音が混ざる。
「時間切れだ。覚えろ。俺はナルガ。楔の場で貴様を葬ろう」
緋眼、ナルガは踵を返し、セラを抱き抱え、柵に足をかけると外の景色へと跳躍した。
「待て!」
ウィルは追いかけ、体に日を当てる。
眼下をのぞこうとした瞬間、風が舞い上がり、アストレムリでウィル達を乗せた小型の飛空挺が目の前に姿を現した。
甲板に立つナルガとセラがこちらを一瞥すると飛空挺は飛び去っていった。
「くそがああああ!!」
ウィルは捉えきれなかった悔しさを喉がつぶれそうなくらいに吐き出した。
柵にたたきつけた両手は赤さを通り越し青でにじんでいった。
ウィルは部屋に戻る。
だらりと力なくただついているだけの腕、剣はその光景にするりと落ちる。
ローウェンは命を落とし、ヴィクターもまた、壁にもたれながらも扉を守るように立ち続け、瞳を閉じていた。
これが全ての結果であると変えられない結果をウィルに突きつけた。




