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蒼眼の反逆者 〜ウィル〜  作者: そにお
第3章 鮮血の巫女と蒼眼と緋眼
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93話 王子フィドル

 めまぐるしく時が過ぎていく。

 ミリアン王国の歴史は閉じられようとしていた。


 行動は急を要しユグドラウスへの到達は先延ばしとなった。

 いや、そもそも既に入り込んでいたアストレムリ軍によってその道は閉鎖され実質的に不可能だった。


 ウィルは装備を整える。

 元はナイフだったはずの長剣は淡い蒼を刀身に宿らせ持ち主に呼応する。

 ぼんやりとした黒髪を整え視界をクリアにする。

 薄い金属板がはめられた胸当て、籠手、を装着する。

 気休め程度の認識だったが、オルキスお手製のアーティファクトで重さはほぼ感じることなく、万が一攻撃を受けることになっても直前で半自動的に展開する術式によって防具の範囲以上に防御陣を展開するという素晴らしい機能だった。

 だが、ウィルだけが半自動で他の面々に配られたものは自動的だった。

 つまり敵の攻撃を認知して防御の構えをしないと発動しないのだ。


 それに対し、オルキスはおずおずと言いにくそうに上目遣いで言った言葉にウィルは戦争の前だと言うのに悲しくなったし何より事実だったので余計に心にきた。


「ウィルさんは保有マナが少ないって聞いたので自動化は避けたほうがいいかなって。本当はインフィニティアを錬成したかったんですけどまだ無理そうでーーウィルさん? ウィル?」


 虚無の表情を見せるウィルに逃げるようにオルキスは去っていった。

 十中八九漏らしたであろう細目の男に跳び蹴りが決定した瞬間だった。

 

 ただ落ち込んでばかりもいられず、それは正しい判断だった。

 ニーアの唄がなければ満足に蒼の力を行使できない。

 ニーアは今回ばかりは自分のために歌うだけではない。


 本当は同行もして欲しくはなかったが、本人の強い意志もさることながらニーアの力、存在に皆助けられていた。

 何よりフィドル側の兵は蒼眼とエファンジュリアの参戦によって士気が膨れ上がり、ウィルの認識以上に存在の力を思い知った。


 ウォルトのミリアン奪還の案は電撃作戦だった。

 ミリアン軍とアストレムリ軍の連携が取られる前に王城へ進撃し電光石火の如く掌握せねばならない。


 幸いにも各都市では今の政権に不満を持った離反兵達が抵抗を行っており、それらを取り込みながら規模を拡大する。

 いわば現地調達に近い博打の要素が大きかったのだが、その案が確定したのはもう一人の登場によった。


 そもそもその情報を最初にもたらしたのはイストエイジア軍諜報部隊長ケインだった。


 時はラプタからの報告で合流したところに戻る。


「お、英雄殿、お疲れ様です」


 ケインはフィドルの仲間達によって囲まれていた。

 おそらく捕縛されようとしていたのだろうが、ケインはあっけらかんとウィルに手を振る。


「なーんでいんの?」


 ウィルの知り合いと分かり、武器を下ろす面々、話を聞くとケインの情報のすぐ後に彼らの仲間も同じ情報を持ってきた。それでラプタはフィドルの元へ飛んできたのだが、イストエイジア軍属を名乗る不振な男を情報は信じるにしてもみすぼらしい軍人とは思えない格好も相まって敵かどうかは判断つかずとりあえず捕まえようとしたところでウィル達がやってきたのだった。


「いやあ助かりましたよー。反乱軍ーーいや正規ミリアン軍、ややこしいなあ」


 反乱軍と口に出した瞬間、それは違うと怒る周囲にわざとらしく訂正した。


「……反乱軍でいい」


 フィドルが認めると周囲の熱も引いていった。

 王が不在のまま戦争をしかけるのだ。

 いくら王族、王子といっても王ではないことは分かっていた。

 それこそ王位継承権第一位ならともかくだ。



「へえ、その年で結構現実を受け止めてらっしゃるようですね。ではもう一つ現実を」


 ケインは感心したように二度頷いた後、もう一つと右の指を一つ立てフィドルに心の準備をさせるように一拍おいた。


「構わねえよ」


 フィドルは気にすることなく続きを促す。


「恐らくあなた方はミリアン軍大将ヴィクターがクーデターの首謀者だと思ってますよね。ただの軍大将にアストレムリが講和を結ぶ交渉をすると思いますか?」


 フィドルは眉を潜める。

 ウォルトはその先をなんとなく予想したようで表情が強ばる。


「第2王子ローウェル、彼が次の王です。まあ黒幕って奴ですね。だからこそあなた方は反乱軍ということ」


 ケインはどこか楽しそうにも思えその言葉が軽く聞こえてくるが、フィドルは反芻していくうちにあからさまに動揺していく。


「う、嘘をつけ! 兄上が裏切っていたとでも言うのか!」


 フィドルは嘘といいつつも裏切ったというところにまで考えが至っていた。

 話を聞いていた周囲にもどよめきが生まれる。

 中にはローウェルと敵対すること自体、おかしいのでは、戻るべきではないかとする声もちらほら上がり始めた。


 自分のやってきたことが無駄だったのではないか。

 好意的な捉え方をすれば王がいない国をまとめているのはローウェルではないのか。

 足下から土台が崩れていくような感覚にフィドルは陥ってくる。


「……それともう一つ」


 あえて反応を伺うようにもったいぶりながら中指も立てる。

 フィドルにはそれを聞く準備が整っておらず、代わりにウォルトが前に出る。


「どうぞ」


 ウォルトの表情は強ばったまま変わらない。

 自らも考えを巡らし一つの答えに行き着いていた彼にとっては動揺する理由は持ち合わせていなかった。


「さすが、既に至ってそうですね。新たな王が立ち上がろうとする中、どうして各地で抵抗が起きているのでしょう」


 ケインはフィドルの焦点が合うのを待つ。

 フィドルはようやく話だけは聞こえたようで狼狽した顔をケインに向ける。


「各地の抵抗、いや反乱軍を率いているのは第1王子クレスそして第1王女ベアトリアのお二方です。何を意味しているかわかるでしょう」


 

「では、やはりローウェル様のクーデターということですか」


 ウォルトは他の王族の所在が掴めなかったことが気がかりだった。

 王ドニクを探すことを優先していた彼らにとって情報収集に割ける人員は少なかった。

 それらの情報を仕入れることは方針として困難であったのだ。


 クレス王子、ベアトリア王女は王が誘拐されて不在だとは気づいていないのだろう。もしかするならば既に命を奪われたと思っている可能性もあった。

 だからこそクーデターを起こした本来正統に継ぐべき順位ではない弟の凶行に反抗しているのだろう。


「さあ、どうしますか、第3王子フィドル・リード・ミリアン」


 びくりとフィドルは肩を振るわす。

 ケインの言い回しは王族としての判断を求めるものだった。

 フィドルはわざわざフルネームで呼ばれたことで嫌でも理解していた。


「若! 行きましょう!」

「クレス王子もベアトリア王女も立ち上がった今、我らも共に戦いましょう!」

「若!」


 周囲の兵がはやしたてる。

 フィドルも理解していたしそれしかないのはわかっていた。

 だが、一歩が踏み出せない。

 目の前に突きつけられた戦争が言葉遊びではなく現実のものとなり始めたのだ。

 どこかで父を探すことでそれから目を背けていたのかもしれない、逃げていたのかもしれない。

 父が戻れば父に従えば良かった。

 兄や姉が立ち上がったならばそれに任せればいいのではないか?

 合流はして従えばいい。

 それが最善だ。


 合流しよう。

 責任逃れの言葉を言うだけなのに口にできなかった。

 

 ウォルトは黙ったままのフィドルに一歩近づく。

 ご無礼、と一言言った後、フィドルが目を向けるより早く、フィドルの頬を平手打ちした。

 乾いた音が周囲の盛り上がりを一転させしんと静まりかえった。


 頬に手を当てるフィドルは何が起きたかわからず、ウォルトの目から視線を離せなかった。


「フィドル王子! 私は私たちはあなたに付き従ってきた。あなたの心の叫びは我らの心。あなたの心にあなただからこそ我らは共に歩んできたのです! 王子よ我らの王よ! ご決断を!」


 フィドルは皆の視線が自分に向けられていることに気づく。

 一人一人の顔と名前を全て覚えている。

 死んでいった者達も同様だ。


 彼らが自分に従ってきてくれた。

 フィドルだからこそと。

 思い返せば愚痴こそ漏らすもの不満は一切聞こえてこなかった。

 それどころか隠すこともせず堂々と主に飯が少ないとか女遊びに行こうとか王子に向けるにふさわしくない文句やら提案をしてきた彼らを思い出す。

 そんなどうでもいい、しかしフィドルの旅路の大事な記憶がフラッシュバックしてきて、思わずフィドルは吹き出した。


なんだそりゃ、ろくでもねえ奴らだ。

本当に、どうしようもなくて最高の連中だ。

俺についてくるんなら俺が前に出続けてやる。

今更、後悔すんなよ。

俺を主だと思ってくれるなら逃げるわけにいかねえ!


「おまえ等は俺の部下なんかじゃねえ」


 一瞬だけウォルト以外の仲間はたじろぐ。

 自分たちを否定されたと思ったからだ。


「何びびってやがんだ。おまえ達は……最高の仲間だ。行くぞ! 俺が前に立つ! 兄上も姉上よりも! 俺が、俺たちがこの国を救うんだ! 否が応でも着いてこい! 最高のくそ野郎共!」


 フィドルが剣を抜き天に掲げる。

 精一杯伸ばした腕は太陽にも届くほど高く、もう一つの輝きが剣に宿る。


 ウォルトはふっと笑みを浮かべると肺一杯に空気を吸い込む。


「くそ野郎共! 我らが若のご命令だ! その剣を身命を若に捧げろ!!」


 ウォルトも剣を抜き天に穿つのではなくフィドルに向け地面に突き刺し片膝を付き頭を垂れる。

 それを見て一斉にフィドルを囲んでいた仲間達も同様に剣を刺し杖を刺し片膝を付く。

 ウィル達は目を合わせると頷き、同じように膝を付く。


 

 天を穿つ剣は一つでいいと、この剣を主の立つ地を揺るぎないものとする楔として捧げる。

 今ここに王の素質を持つ者と共に道を歩む戦士が誕生した。



 

くそ野郎という言葉をウォルトが使ったことがよほど衝撃的だったのか、しばらくウォルトが何を言ってもくそ野郎ですもんね。と返事を返すのがネタとなっていた。

 

後に地面が衝撃でえぐられるほど剣を地面に突き立てる事件が起きるとぱったりとやんだ。

ティアの記録には「くそ野郎事変」として記録された。

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