91話 花は舞い、所在不明の心
命はあっけなく消え去り、別れを惜しむことさえ許されない。
ただこの悲劇が悲劇のままで終わらないことを願うことしかできない。
蒼の少年のように過去は過去だとそれを踏み台にして前を向くことができるのだろうか。
ティアのタイトル未定、記録の一節。
へたり込むニーアにウィルは手を伸ばし引き上げる。
「ミリアンに忠誠を尽くし、己の信念を貫いた勇敢なドルに敬意と安らかな眠りを」
ウォルトは横になって穏やかに眠りにつくドルに祈りを捧げる。
十字を切る仕草はこの地域では死を悼み、祈りの為に捧ぐものだった。
ラプタは目を腫らしたものの涙は止まっていた。
それは軍人故か慣れにも思えるがそれでも近しい者の死は応えたようで立ち上がることはまだできないようだった。
むしろ耐えきれないのはフィドルだった。
魂が抜けたようにドルを見つめ続けるラプタに声をかけることもできず、唇を噛む。
ゆっくりと立ち上がるとユーリに向かって歩を速める。
「てめええええ!!」
フィドルは右の拳を精一杯握りしめユーリの横っ面を殴る。
ユーリは防御するでかも避けるでもなく顔面を捉えることを許した。
「……満足しましたか」
仰け反らせた顔を元に戻すと痛みを無視しているのか無表情のままだった。
それに更に怒りを増長させたのかフィドルは再び拳を振るう。
「若! 止めなさい!」
ウォルトの厳しい声にフィドルは寸前で拳を下ろす。
「わかってる、わかってるさ! こいつのせいでドルが死んだわけじゃねえってのは! でもこいつはラプタの命も気にしなかった! それにあのファーリってやつともつながってんだろ!?」
フィドルは一気にまくし立てるやり場のない怒りは関係がみられるユーリへと向けられることになる。
しかし、ユーリは沈黙を貫いていた。
言うべきか迷うことも伺えず、物でもみるかのような視線だった。
その間にアイリがかばうように割り込む。
「ここでとやかく言っても仕方ないでしょう。ドルも葬ってやらねば休めるものも休めません。いいですね」
ウォルトは立ち上がる。
こちらも淡々ではあったが、あえて意図的に怒りを抑えていたということは、いいですねの言葉に乗った静かな怒気で伝わった。
「ユーリ、俺はお前を信じてる。けどそれは仲間も一緒じゃないとだめだ。分かってくれるよな?」
ウィルは窘めるように言うとユーリはウィルに反応する。
顔を向けてユーリは頷いた。
「……はい。構いません」
ユーリは初めて迷うように目が泳いだ。
自分を相手にしていない態度にフィドルは殴りたくはなったが、ドルを優先して無理矢理押し込んだ。
一同は遺跡を去っていく。
一番最後に取り残されたプルルは何を考えていたのか不明だが、誰もいなくなっていたことに気づき焦り後を追うが、ふと足を止めて部屋の奥の台座に乗る。
『バックアップ対象を認識、倒壊時データ保全のため、バックアップ開始』
「ぷる……!」
それから不思議に思われない程度にプルルは合流した。
台座にあった展開を終了し終わり元に戻ったはずの小箱はそこにはもうなかった。
本来はミリアン国の正式な墓で埋葬するのが習わしだったが国を失った現状、フォートランドの墓地に埋葬する他なかった。
フィドルの仲間達はそれぞれ言葉を投げかけ棺に収まったドルの体に白い花を置いていく。
「ばかやろう……」
「元気でな、寂しくても呼ぶなよ。どうせすぐ行く」
最後にラプタが花を添える。
「仇は取るよ。それまで待ってて」
添えられたたくさんの送り花は柔らかな包むような太陽に照らされ撫でるようにラプタの頬を過ぎ返事するかのように花のゆらぎは優しかった。
「祈りを」
ウォルトのかけ声で一斉に囲んだ仲間は頭を下げ黙祷を捧げる。
風が一際強く流れると花は腕を離れ風に舞い上がっていく。
高く高く舞い上がっていく光景の中にウィルはふと目をあけてしまう。
その中心で揺らめくように花と一緒に天へ登っていく光を瞳に捉え、涙を流した。
埋葬は滞りなく終わり、今日は目立った行動はしないと全員に指示が行き渡った。
ユーリは墓標だけとなったやわらかな地面をうつろに見つめ続ける。
「わかりません。わかりたくても僕たちは、僕には……」
ユーリは表情こ変わらなかったものの、目を閉じしばらく立ち尽くした後、アイリに服を引っ張られ我に返る。
「僕は……なんのために」
遠く離れたウィル達は黙ってユーリが合流するのを待っていた。
その道の最中でユーリは疑問、懐疑心を自分の存在に自問自答した。
それも合流するころには答えは出ず、彼は自分の答えを他者に委ねる。
「で、お前は誰だ」
フィドルは再び宿の一室でユーリを椅子に座らせ、その正面に座り、まずそう質問した。
ユーリはフィドルに焦点を合わせる。
激昂する様子はないようだったが、刺すような視線にユーリは顔を背けることはなかった。
「僕はユーリ」
その答えは違うのは分かっていたが、ユーリは定義づけのためにまず言葉に出す。
「んなこた分かってんだよ。何者かって話だ」
フィドルはむしろ呆れたのか言い方を変える。
アイリはユーリの横に椅子を並べ座る。
「アイリはアイリ」
その行動はユーリをかばう様にも見えた。
同じ質問を受けるべくアイリは横に座ったのだった。
ウィル達は各々好きなように壁にもたれたり椅子に座ったり直に床に座ったりしていた。
ウィルとニーアはちょうどユーリとフィドルの机の中間に座る。
メレネイアは壁にもたれて腕を組んで顔を伏せていた。
オルキスとダーナス、ティア、レインシエルは別の丸テーブルを囲み座って体をユーリに向けていた。
「わざとではありません。定義のような者です。まず結果から言いますと僕、いや僕たちは人間、と定義できない存在です」
ユーリの口調はゆっくりで文節ごとに言葉を選んでいるような印象を受けた。
「……人間と定義って人間じゃねえってことか?」
フィドルは予想外の角度からの答えに怒りも呆れも生まれず、ただその言葉の意味を理解するために問い直す。
その場の誰もがその意味を計りかねていた。
だからこそ追加の質問はできずにいた。
「少々回りくどい言い方しかできず申し訳ありません。そういったのは僕たちには……記憶がありません。思い出せる一番古い記憶は……そう、施設からアイリと逃げ出した光景からです」
ユーリは記憶に集中するように目を閉じたままで話し続けた。
まるで記憶を再生するかのようにただ淡々としていた。
「僕たちの願いは世界を人を観察すること。その理由は……記憶にはありません。ただあそこから離れることとその願いが僕たちの中心にありました。その途中でウィルさんに出会い、仲間として歩くことが僕たちの願いにに直結すると思いました。ウィルさんと旅をすれば新しい景色が見られると自分にはない人間たる輝きが彼にあるのだと直感したのです」
ウィルの話になると目を開けてウィルを見つめ、流暢に語る。
ウィルは何も言わない。
ただまっすぐにその瞳を見つめ返すだけだった。
「そこは、まあいい……。質問していいか?」
フィドルはつかみ所のない話だと感じたのかこめかみを抑える。
話を戻すためにあえて質問の意を示すとユーリは視線を戻しゆっくりと頷く。
「ファーリってやつとの関係は?」
フィドルこの質問はユーリが敵か味方かを判断するためのものだった。
姿勢よく立っているウォルトの前で組んだ手にも力が入る。
「それはーー」
「待って」
ユーリが口を開いた時、扉が開けられる。
ラプタは一同の視線を意に介さず、ウィル達の正面に腰掛け、頬杖を突き体をユーリに向ける。
「用はあんたが敵なのかってことさ、答え次第では殺すから」
気怠そうなラプタからなんのためらいもなく穏やかじゃない言葉に一同凍り付いた。
ユーリは怖じ気つくでもためらうことなく今度はラプタを見つめて、先ほど言おうとしていた言葉かどうかは分からないが再び口を開く。
「それは……わかりません」
その途端、ラプタは頬杖を止め、ナイフをユーリの首に突き立てる。
あまりに唐突だったため止めることも防ぐこともできず、ただその刃は前に出たアイリの目の前で止められた。
「やめて」
アイリは無表情のまま目の前の切っ先ではなく顔を紅潮させ興奮状態のラプタに願う。
「やめるかどうかはこいつの、こいつの答え次第だってさ! 分かりません、で納得できるわけない! だったらあんたが代わりに答えてくれるわけ!?」
「武器を下ろしなさい。勝手な行動は許可しない」
ウォルトは静かにラプタにその腕を下ろすよう命令した。
ラプタは当然、納得いかずナイフを構えたまま命令したウォルトを睨む。
「はあ!? ウォルト様も若もなんでそんな冷静なわけさ! こいつスパイかもしれないんだよ!」
ラプタは我慢できず涙を垂れ流す。
「それを今、確かめている。次はないぞ。下がれ」
ウォルトは先ほどよりも強くはっきりとラプタを命令する。
聞かねば実力も辞さないと言わんばかりとウォルトの威圧に空気がラプタにむけて押しつけれられた。
「……了」
ラプタは声を振るわせ、ナイフを下ろす。
だが、それは鞘に収まらなかった。
「ラプタ!」
フィドルはまさかとラプタに叫ぶ。
しかし、ナイフが人に向けられることなく、机に勢いよく突き刺された。
「続けて」
ラプタはナイフを刺したまま椅子に座る。
涙を拭うことなく、ユーリの言葉を頬杖を突いて待つ。
よぎった嫌な瞬間が訪れることはなくフィドルは立ち上がりかけた腰を脱力とともに下ろす。
「アイリ、いいですよ」
アイリはユーリの言葉でようやく椅子に腰掛けた。
ユーリは気にする様子もなく、答えを選択する。




