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蒼眼の反逆者 〜ウィル〜  作者: そにお
第3章 鮮血の巫女と蒼眼と緋眼
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90話 死は誰であれ

「ラプタ!」


 フィドルは条件反射で倒れ込むラプタに駆け寄ろうとする。


「若!」


 いつの間にか灰装束がかき消えると目の前に漆黒の大鎌と共に出現するとフィドルの首をめがけて振り抜かれようとしていた。

 寸ででウォルトがフィドルの襟を掴み強引に引き寄せる。


 音もなく振り抜かれた大鎌は空気だけを刈り取った。


「脅威認定を更新」


 外したことには悪態を付くことなく、それは冷静にこの場の人間を一人一人視界に納めていく。


「最優先対象ニーア、準優先対象ウィルを確認。懸念事項の兆候は確認できず、任務更新。行動開始」

 

 灰装束は標的を定めると右胸のダイヤルを回すとまたも灰装束は景色にとけ込むようにかき消える。


 ウィルは言葉通りならとニーアの前に立ち剣を構えるが、存在すら消えたようにその痕跡も検討が付かず瞳を左右に動かす。

 ふと鼻腔をかすかな森林の草木の乾いた様な香りが感じられた。

 その瞬間、直感的に剣を立てるとちょうど大鎌が出現しがウィルの剣に遮られる。

 

「ぐっ……!」

 剣を構えていなければ確実に大鎌が体を切り裂いていた。

 灰装束は一旦下がると再び姿をくらます。


「殺気も気配もない。これでは……」


 ウォルトはフィドルを壁に寄らせその前方を守るように五感を研ぎ澄ますが、殺気すら感じられない灰装束の位置は皆目検討がつかなかった。

 

 ダーナスはウォルトの動きを見て、オルキスを同じように壁に寄らせる。

 メレネイアを壁に下げ左右前方にレインシエルとティアが固める。

 アイリはなぜか動かなかった。

 自分には来ないと確信しているように。


 これで背後からの強襲は避けられることにはなる。


「ユーリ、どうする?」

 アイリはユーリの背中に小声で問いかける。


「……やりましょう」


 ユーリは後ろを振り向かずそのまま返事をする。


「……わかった。視覚リンク開始」


 その会話は誰にも届くことはなく。

 アイリはユーリを遠い目で見つめ手を背中に添える。


 灰装束は再び姿を現し、今度はニーアの横に出現する。

 さっきは正面だったのでどうにかなったが、どうしても後手になるのは防げず。

 まして横から出現した敵にニーアをかばうことは到底不可能だった。


 大鎌ではなく右手をニーアに伸ばす。

 だが、その間に割り込んだ人物が放電する剣を振り灰装束を引き離す。


「ユーリ! 助かった!」


 ウィルは素直に危機を救ってくれたユーリに感謝する。

 よく敵の位置を事前に察知できたとは思ったが助けられたことのほうが大きかった。


「いえ」


 しかし、ユーリの返答は短く、いつものようなお安い御用といったような口調ではなかった。


「装置に過剰負荷を確認、放電影響と推測。調整。感知配分を戦闘、言語に配分」

 右胸のダイヤルは微かに電流が迸る。

 灰装束の男はダイヤルを戻すように回す。


 また消えるのかとは思ったがそうはならなかった。


re(アールイー)シリーズの存在を確認。事前情報に含まれず。ファーリに対し不明な敵対行動。説明を要求」


 灰装束は目の前に立つユーリに対して大鎌を構えることはせず、腕を下ろしたままだった。


「ちょっと黙って貰えますか」


 ユーリはそれを行動で返事するように距離を詰めて紫電の剣を灰装束に対し振るう。

 大鎌で受けることは間に合わないと判断したのか、体を捉える前に跳躍し再び、ラプタの後ろへと降り立つ。


「まずい!」


 ウィルは思わず叫ぶ。

 倒れたままのラプタの首元に大鎌があてがわれる。


「ひっ……」

 ラプタは目の前の漆黒に恐怖から涙がこぼれ落ちる。

 動くことも叶わずその目は次第に生を諦めるように閉じられる。


「手段変更。reシリーズ2名の敵対行動を再確認。ニーアの引渡を要求。個体名ラプタと引換」


 ユーリは構わず踏み出そうとする。

 慌ててフィドルはユーリを止める。


「おい、動くんじゃねえ!」


 しかし、それも聞いていないのかあえて無視しているのかヴォルトを腰に構える。

 大釜の刃は既にラプタの首筋からの血が一筋流れ落ちていた。


「ユーリ!」


 それを見てウィルはユーリを止めるため名前を叫ぶ。

 ぴくりとユーリは反応した後、構えを解く。


「……それでどうするんですか? 大人しくあれの元に降るんですか」


 ユーリは後ろのウィルに振り向かない。

 冷たい言葉だけがウィルの耳には届いた。


「お前、どうしたんだよ」


 ウィルの質問には答えなかった。

 どこか冷たい奴だとは思っていたがリヴァイアスの事件以降それも穏やかになっていたはずだったが、また、感情のない人形の様にも今は思えた。


 ニーアは意を決しウィルの前へと歩き始める。


「お前も! なにやってんだよ!」


 次はニーアが前に出たことでウィルはニーアの腕を掴む。


「なにってラプタと交換でしょ。引渡っていうんだから別に殺されはしないんでしょ?」


 ニーアは灰装束を睨みつける。


「肯定。ファーリには嘘、冗談という人間的な要素は含まれていない」


 まるで自分が人間ではないと言わんばかりでここの機械音声と同じように淡々としていた。


「わかった。まずその鎌を離して」


 ニーアはまずラプタから鎌を外すよう命令する。

 ウィルは掴んでいたニーアの腕の微かな震えに気づく。

 それが恐怖か怒りか分からないままに手を外される。


「了承。対等な処置として妥当と判断」


 灰装束もといファーリは鎌をラプタから外し、反対側に当たる左手に持ち替えた。


「条件クリア、速やかなる引渡を要求」


「待てって!」

 ウィルは歩もうとするニーアを止めようとするが、鎌が床に触れ金属音が響くとその手は止まる。

 ウィルも動くなと意味していることは明白で止まらざるを得なかった。


「大丈夫だよ。また迎えに来てね」


 振り返ったニーアの表情は場違いなほど柔らかく下がった目尻の瞳は優しくウィルの顔を映していた。

 ニーアはウィルの反応を待たずユーリの脇を通り抜ける。


「ユーリもありがとう」

 ユーリはニーアに感謝されたことが理解できなかった。

 ニーアへの手を遮ったことか、ファーリへの攻撃をとどまったことかわからず名状しがたい何かが体を駆けめぐった。


 実際に痛いわけではないが胸を締め付ける何かがユーリの表情を耐え難い歪みとして現れていた。


「さあ、そこから離れて」


 ニーアはファーリから少し距離を開け手を伸ばした。

 了承したのかラプタから離れニーアを迎えるため近づいていく。


 その時、入り口からの新たな乱入者がファーリの背中に鈍く光る刃を突き立てようと飛び出した。


「おらあああああ!!」


 両手にナイフを握り、がら空きだった背中に迫る。

 ほぼ同時に反応したのはユーリだった。

 この時を予想していたのか台座を飛び越えニーアに手を伸ばしたままのファーリとニーアの間に割り込む。


「ドル!」

 かろうじて首を回して躍り出てきたドルを視界に入れたラプタは相棒の名前を叫ぶ。

 既に満身創痍なのか体の至るところに傷があり、無理に動かした肩からは血があふれ出していた。

 ウィル達は反応が遅れたものの一斉にその場に向かう。

 

 鈍足な世界が広がる。

 思考の速度に対して体の動きが鈍い。


 ドルの全体重を乗せた刃は思惑通りにファーリの背中を捉え、切っ先が灰装束の繊維を裂き、覆われていた皮膚を貫き、肉へ食い込んでいく。

 柄が皮膚に衝突しその衝撃がファーリを前のめりにさせていく。


 誰もがそう思った。

 当然の予測が錯覚すら生じさせた。


 倒れるはず、それでも痛みから次の行動は遅れるはず。

 しかし、その場の全員が、一つの可能性が抜けていたことに気づいていない。

 それはどれもまともな人間ならという前提があったのだ。


 その油断が世界を加速させ思考は体の動きと同調する。


「え……?」

 

 倒れるどころか一歩前につんのめったところでファーリは止まった。

 そう認識したのは一瞬で、ドルはその身に感じたのは殺気でも殺意でもなく、明確明瞭、不可避の死の予告だった。

 ファーリは体を凄まじい速度で捻る。

 ナイフは刺さったまま持ち主の手から放れる。


 その直後、ドルは距離をとろうとするその動きを止められた。

 

「あ……? なんで……?」


 ドルは痛みもなくただその異物感から自分の腹に視線を落とし、その原因を探り視線を動かしていく。

 ファーリの大鎌が逆手に持ち替えられ左手を支点に右手で柄が押され、下から突き上げるようにドルの腹部をなんの抵抗もなく貫きその湾曲した切っ先はドルの後頭部手前にまで届いていた。


 一瞬の出来事は反応を麻痺させた。

 非現実的な光景にファーリに攻撃するものも居なかった。


「ごめんよ。ミスっちゃった……」


 唯一、当事者のドルだけがフィドル、ラプタにゆっくりと顔を動かした。

「いや……」

 ラプタは生気を失っていくドルを涙目で叶わない願望を口にする。


 構わずファーリは大鎌を元に戻すようにに一気に引き抜く。

 ドルは支えを失ったように両膝を重力に任せて床に落とす。

 倒れる寸前でラプタはドルを膝を付く体制でドルの体重を引き受ける。


「任務遂行困難と判断。撤退する」

 ニーアの前に立つユーリを少しの間見つめた後、人質を取ることも叶わないと判断したのか、峰のダイヤルを回し遺跡の通路へと下がっていった。


「撤退したようです」


 ユーリは一言呟く。ニーアを助けた時と同様、感知できていたであろうユーリの言葉を疑う者は居なかった。


 先ほどの喧噪が嘘のように静かになり、ドーム内で響くのはラプタのすすり泣く声だけだった。 


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