83話 和解
ウィルは自らの境遇と共にもう一人の蒼眼、つまりルイノルドのことを話した。
さすがに外の世界、しかも過去からとは言わなかった。
それでも父親を追っていること。かつての蒼の災厄の中心人物であること。
そしてニーアがエファンジュリアだということ。少なくともそれはわかっているようで、今のエファンジュリアを名乗るセラという少女についても情報は渡っているらしかった。
「で、お前が親父をどっかにやったんじゃなくてお前の父親かって話か。結局、似たようなものじゃねえか」
黙ってウィルの話を聞いていたフィドルは父親がやったことでも無関係ではないだろうと態度は変わらなかった。
「いや、そう言われたらそうだけだどさ」
その言い分を否定することはできなかった。
父親という血縁者なら少なくとも真意を知ることが必要だし義務のようにも思えたからだ。
ただ本当にルイノルドが犯人かは決定したわけではないが無関係とは思えず、ウィルは言葉を濁す。
「で、あんたも父親を探してるってことか」
「……まあそうだ」
あんたもというウィルの言葉に思うところがあったのかなんとなく態度が落ち着いたように感じた。
ウィルとしても自分でいいながら同じ用な目的で奔走していたであろうフィドルに妙な親近感が芽生え、今までの経緯もあり態度を決めかねていた。
お互いに黙りこくる二人を見守っていたウォルトの目つきは優しく緩んでいた。
「若、こちらとしても話すことが礼儀と思いますよ」
「あ、ああ、そうだな」
ウォルトが促すともう攻撃的な態度ではなくフィドルは一度息を吐く。
肩の力も抜けたようで床にあぐらをかく。
「驚くなよ。俺はミリアン王国第3王子フィドル・リード・ミリアン。国王ドニク・ミリアンが息子だ」
「知ってる」
「まあ、そんな驚くなーーって驚けよ!!」
折角前置きしたにも関わらず一同、特に期待していたような反応はなく、想像通りという感じだった。
驚くと思っていたフィドルのほうが想像に反したようでわめく。
「いや、ふっつうに名前言ってたし、ミリアンってついてるし想像できないほうがおかしいっていうか」
レインシエルは感慨もなく言うと一同頷く。
フィドルは記憶を掘り返すとしまったという顔をしておそるおそるウォルトを見上げる。
「二人からは聞いていませんでした。あれほどむやみやたらに名を口にするなと口を酸っぱくして言っていたつもりでしたが?」
物腰は柔らかいものの目は笑っていなかった。
「すまん! つい熱くなってしまったのだ!」
あぐらをかいたままではあったが腰が折れるのではと思うほどフィドルはウォルトに頭を下げる。
どうやら相当厳しくしつけられているらしい。
どっちが位が上なのかと迷うほどだ。
「まあ今回は結果的に敵ではなかったということで許しましょう」
ウォルトの目が再び柔らかくなりウィル達に視線を流しメレネイアへと止まる。
敵ではないと認識してくれていたようで人知れずメレネイアはその言葉に安堵していた。
一人張っていた警戒を解く。
その様子をみてウォルトはしわが寄った口元を緩ませる。
「また尻叩かれるのは嫌だからな……は、話を戻すぞ」
ウィルは前半の言葉を逃してはいなかったが空気を読んで今、それを深堀するのはやめておいた。
もちろん、今はだが。
「蒼眼野郎、いやお前の父上か。言い方がまずかった。ちょうどヴァイスエファンジュリア、ニーアって言ったか? 神託でアストレムリが沸いていた頃だから数月前、いきなりだ。軍部がクーデターを起こしたんだよ」
「クーデター!?」
いきなりの事件の報告に初めて一同は驚いた。
やっと驚いたのがそこでフィドルは複雑そうだったが気に留めないように話を続ける。
両手を握る手には痕が残るほど強く握り込まれていた。
「大将ヴィクターだ。軍のトップのあいつが反旗を翻したんだ。たぶん平和主義を掲げていた父上に不満があったんだろう。あいつは常にアストレムリに対抗するために軍備と領土の拡大を進言していたからな……」
「フィドル」
ウィルは思わず話を止める。
フィドルの爪が食い込んだ手からは血がにじんでいたからだ。
ウィルの視線に気づくと、相当強い力が入っていたのか解くのもゆっくりだった。
ウォルトはそれを気遣ったり手当てしたりはしなかった。
気づけば同じように拳を握りしめていたからだ。
力の強さからしてフィドルの数倍だった。それを悟られないように手を後ろに回す。
「わりい、それはこっちの話だ……」
言葉に詰まりうつむくフィドルに変わってウォルトが口を開く。
「ここからは私が。若と同席していた会議の場を狙われましてな。文官のみだったので反抗すらできず私も若を守るのに精一杯でした。そこから若を連れ、幸いにも王はその場にはおらず奴らより先に王を守護するべく王の部屋へと向かったのです。そこで彼に出会いました」
「お父さん……」
ニーアは呟くとウォルトは軽く頷く。
「そう、逆光だったものですから表情もよく伺えず。ただ蒼い瞳と王を抱えて窓を飛び降りていく瞬間だったものですから手がかりはそれだけだったのです」
「それで同じ蒼のウィルさんと勘違いしたと? 少し短絡的ではないですか? 仮にそのまま信じるとしてもむしろルイノルド氏は王を助けたとみても良いと思いますが」
それまで黙って聞いていたユーリが口を開く。
その口調にはなぜか咎めるような、怒りを含んでいた。
「それに関しては弁解のしようもありません。ただ我々が追われ体勢を整える中で唯一の王の手がかりがそれしかなく、それに王をさらった真意も計りかねる部分もありました。ヴェローナ沖での非礼は申し訳ございません」
ウォルトは正座するとそのまま頭を下げる。
それにつられてフィドルも頭を下げた。
「いや、いいよ別に」
ウィルは特に気にしていないと頭を上げさせる。
「いや、しかし」
それでもと頭を下げようとするウォルトにああっと自分の髪を手でくしゃくしゃにする。
「だからいいって! なんべんも言わせんなって! 許したから! 確かにあれで死んだ人もいるさ。それの謝罪は俺でもないし資格もないけどさ。俺にとっちゃ過去は過去なんだよ。そうやって反省してるならそれでいいんだよ。俺も色々気づくことがあったからさ。なんだかんだそれで今があるんだ。俺達に関してはそれでいいよ。ユーリも皆も思うところがあるかもしれないけど責めるのはどうかやめてほしい。お互い事情しらなかったってことで許して欲しい」
ウィルはむしろ方向を変えてフィドルに背を向けて仲間に頭を下げる。
「いや、僕はそんなつもりでは……」
ユーリはあからさまに戸惑う。
自分でもよくわからないというように言葉が見つからない様子だった。
「ウィルさんの言うことには一理あります。しかし、彼らにとっては自分たちを許せるかという話です。どうですか?」
メレネイアは顔を上げウィルの背中を見つめるウォルトに問う。
「いえ、ウィル様にそうおっしゃっていただいただけで充分にございます。もちろん反省しておりますし命を落とした者達も忘れることはありません。ただ今を明日を向いているウィル様には感服しました」
「蒼眼、いやウィル。改めて今までの非礼を詫びさせてくれ」
フィドルは姿勢を整え再び頭を下げる。
「ああ」
ウィルはフィドルの肩を叩く。
見つめ合う二人には今までの諍いと誤解が雪解けのようにほぐれていった。
「だがな……」
「え?」
「そのへんてこ軟体動物とは別件だからな!!」
ウィルから視線を反らしニーアの胸に抱かれているプルルを力強く指差す。
「ぷる!?」
ふむふむと二人の和解を嬉しそうに見守っていたプルルは突然の矛先に体を伸ばし震える。
「俺をこけにしやがってえええ!!」
置かれた剣はさすがに抜かなかったが鞘で今にも殴ろうと迫るフィドルにニーアの胸を飛び出し素早くフィドルの脇を抜けウィルの背中へと張り付きそろりと顔を覗かせる。
「それはプルル、お前は謝っておけよ」
「ぷるる!?」
ウィルに守られると思っていたはずだが予想外の裏切りに文字通り目を丸くする。
「っていうか笑ったお前も謝れえええ!!」
その後、ウィルとプルルは土下座? して事なきを得た。




