82話 蒼き震えるもの
「行くぞ!」
わざわざアナウンスするフィドルに嫌気が差したが売られた喧嘩は買うとウィルもそれに応える。
フィドルが一歩踏み込もうとしたとき突如、フィドルの頭に軽く、なおかつ心地よい弾力で足を止めた。
「ん?」
意図しない感覚に思わず顔を上げる。
一旦、頭で跳ねたそれはねっとりと妙に生暖かな体でフィドルの顔に着地した。
時が止まる。
やがてその異常を認識したかスイッチが入ったように剣を離しそれを引きはがそうと暴れる。
「なんだあああああ!!」
しかし一向にそれは外れず、フィドルは膝を付くと顔を勢いよく地面にたたきつけた。
その寸前にそれはその場を離れた結果、フィドルの顔だけ勢いよく打ち付けたことになった。
ズンーー
妙に重い音が響くとさすがにウィルも剣を下ろし、そのまま動かないフィドルの様子を伺う。
「……おーい。大丈夫か?」
返事がないので意識は別に向く。
もちろん落ちてきた奴だ。
それは突っ伏したフィドルの前に降り立ち、ぷるると震えたかと思うと、ぺちっと体を伸ばしてフィドルの頭を叩く。
「うおおおおお!! 殺す!」
それに反応したのかフィドルはがばっと顔をあげるとそれは後ろに跳ねながらウィルの前で大きく跳躍しウィルの頭へと見事に乗った。
「ん、お前スライム……じゃなくてスライメリクか?」
頭からするすると肩に降りてウィルの頬に体をすり寄せるそれはスライムだった。
だが、その時、一瞬だが頬を掠めていった光の粒子が頭によぎり、ただのスライムではないとウィルは直感した。
「ぷるる!」
分かってくれたことが嬉しく思ったのかその動きと一緒な声がそれから漏れた。
すると小さなスライメリク赤い小さなコアを中心に集めると半透明だった緑の体をウィルと同じような鮮やかな蒼へと変化させた。
やばい、くっそかわいいじゃん。
その心の声も届いたのか、再びぷるると体を揺らす。
「スライム風情が俺の顔に、もう許せん!」
敵意に反応したのかウィルの頭に乗り直すスライメリク。
「む、戦ってもいいがーー」
ウィルは未だ敵意をむき出しのフィドルの顔を見て、吹き出した。
同じようにスライメリクも笑うように小刻みに震える。
「ぷる、ぷるるっ」
「若! 鼻血!」
さすがに見かねたのかドルが駆け寄って垂れ流していた鼻の血を布で押さえた。
「離せ、俺はこいつと!」
それでもなお戦おうと悶えるフィドルにラプタが近づく。
「もう、早くおやすみ! スリプト」
ラプタは小さな金属製紋章が刻まれた楔型のブレスレットをフィドルに垂らしてつぶやくと仄かに紫色の光が広がり眠るようにフィドルは力を失った。
ーーーーーー
「失礼しました」
洞窟を抜け森を暫くいったところで急造したようなキャンプ地にウィル達は案内された。
テントで横になるフィドルのそばで短髪の男が深々と頭を下げる。
その動作は海賊にはふさわしくなく一挙手一投足がきびきびとしていた。
「私はこのお方の、そうですね。世話役と言いましょうか。ウォルトと申します。以後ウォルトと申しつけくださいませ」
その丁寧な態度に招かれたウィル達も自然と頭を下げる。
ウィルの頭に乗ったスライメリクも腰があるのか分からないが体を曲げる。
ちなみにスライメリクはニーアによって【プルル】と名付けられた。
以後、彼? 彼女? はプルルと呼称する。
「それでどういうことなんだ?」
ウィルは頭のプルルを撫でながらやっと頭を上げたウォルトに説明を求めた。
「どこから説明して良いものか。いえ、皆様を信用していないというわけではなく。如何せん難儀な境遇でして」
ウォルトは眉を下げる。どうやら本当に悩んでいるようだった。
「親父はどこだ。蒼眼野郎」
すると目を覚ましたフィドルは鼻の詰め物を取り体を起こした。
見る限り大事ではなさそうだった。
「若、客人に向かって失礼ですぞ」
ウォルトはフィドルにすかさず注意する。
「それはこいつの答え次第だ」
いつものことなのかフィドルはその注意を意に介さない。
恨みがましそうにプルルをにらむとプルルはニーアの胸へと飛び込んだ。
ニーアは慣れた手つきで体を撫でる。
いつの間にか浮き出た黒い点のような目と線のような口が変化して目がつり上がり口はへの字になって威嚇するように震えた。
「だから知らねえって! なんで俺がお前の親父知っているんだよ」
見に覚えがない事にウィルは腹がたった。
だがそう言いながらももう一人蒼眼が居たことを思い出し、思わず顔にでていたようだった。
「やっぱ知ってんじゃねえか!」
フィドルがつかみかかろうとするがウォルトが押さえ力付くで元の位置へと戻す。
「若! 落ち着きなさい!」
「若って言うなって!」
ぶすっと頬を膨らませる姿は子どものようだった。
「ウィル様、心当たりがあるのですか? もしそうでしたら話していただけませんか?」
へりくだり続けるウォルトの願いをはねつけることはウィルにはできなかった。
どうにも本当に困っているようで敵ではあったが、それなりの事情を察してウィルはその心当たりを話す。




