8話 刺さる刃と言葉
翌日、ウィルは夢を見なかったようで自然と目を開けた。起き上がり出発の準備を始める。といってもそんなに荷物はないことに気づき、いつもの格好、外套を羽織りバックパックを肩にかける。
玄関には既にメレネイアとレインシエルがいた。どちらも外套を羽織り首の前で両端を留めている。
メレネイアはメイド服がベースではあるものの、厚さは薄くなり体のラインが際立ったような気がする。そのフードからみえる腰には短剣が携えられていた。
レインシエルにいたっては軽装で膝丈のスカートに太ももまでの黒のインナーがのぞく。赤い上着と白い襟が際立つふわりとしたシャツを下に着ていた。
「えーっと、レイ……も行く感じ?」
ウィルは初めてレイと呼んだことと出発準備をしている姿に言葉がとまってしまった。
「あたりまえ! あたしもニーアを助けにいくよ!」
ふんふんと鼻息を荒くしぐっと親指を立てる。
「お、おう……」
確かにこない理由などない。なんとなく年下だからこないと思っていた。自分も一才上なだけだが。
「安心してください。訓練は積んでますので回数は少ないですが魔物との戦いも経験させました。足手まといにはならないかと」
メレネイアはにっこりと微笑む。その笑顔はとても安心感を生む。
「つまり俺が一番足手まといなんじゃ……」
訓練もなく実戦もあの一回だけで一振りしかしていない。力なくつぶやいた声は幸いか、誰にも届かなかった。
馬車を調達しメレネイアが馬の手綱を握る。どうもウィルのナイフが神託の加護付きだからか、相当な使い手だと勘違いされているようだ。起動すらできないのに、このままでは言い出すこともできなかった。
内心、戦うことがないようにと思っていたが、あっさりとその時は訪れるものだ。
「魔物よ! 準備してください!」
出発して三日、王都に行くためにはいくつかの都市を経由しなければならない。その途中で魔物が現れた。皆とは別の意味で緊張するウィルは、レインシエルに続いて荷馬車から出た。
既に5体の魔物が馬車を取り囲んでいた。魔物とはいっても前回のシャッテンヴォルフより一回りも二回りも小さい狼の獣だった。
これなら一匹くらい倒せるかも、と思っていたが、
「なんで俺なんだよ……」
それぞれ1匹ずつレインシエルとメレネイアに向かい、不幸にも残った3匹はウィルと対峙した。凶暴な牙をむき出しにして脱水症状しないか心配なくらいよだれをたらす獣に冷や汗が止まらない。
「ウィル、任せたよ!」
レインシエルが声をかけてきた。まるで負けるわけがないとでも言うようにその声は力強い信頼を感じさせた。
3匹の獣に向き直る。どうも一匹からは妙な黒い煙のようなものが立ち上っているように見えるし、一番、凶暴そうだ。おそらくリーダーとかボスとかそんなところだろうか。
「とにかくやるっきゃない……」
ナイフを手に取り、イメージする。自分の力を光に変換しアーティファクトに注ぎ込むイメージだ。
「よし!」
完璧なイメージができた。勢い良くナイフを引き抜く。その一振りをそのまま向かってきた獣にカウンターを放つ。
はたから見るとナイフでは到底届かない間合いだが、このナイフは長剣へと変化し、ちょうど獣を一刀両断する。
「うおおおおおおおお!!!」
ナイフが獣に放たれる。その剣筋はまっすぐ獣を2分する。
ウィルの視線からはそう見えた。だが横から見るとまったく届いておらず、そのナイフは空を切った。
幸運にも何か仕掛けてくると感じた獣は踏み込んではこなかった。その後ただ空を切ったナイフに少々の戸惑いすら感じられた。
振り切った剣を右手に掲げ、時が止まったのかと錯覚する。
「ですよねー……」
一拍した後、一気に汗が吹き出る。仕掛けてこないと判断したリーダー格の獣の判断は早かった。一瞬下がった仲間に対して力強くほえた。
「ガウッガアアアアアア!」
その声を合図に今度は二匹がウィルに突っ込んできた。
「おおう……」
後ろに下がろうと思ったが、なぜか足がすくみ尻餅をついてしまった。獰猛な牙がウィルを噛み千切るため迫りくる。ウィルは不思議と目を瞑らず、その光景を眺めてしまった。
のど笛に噛み付かれそうになったとき、獣は吹っ飛んだ。
「ギャインッ!?」
巨大な見えない質量のハンマーにでも横殴りにされたかのように重い衝撃音を立てて横に飛んでいき、更には倒れたところに上から同じく押しつぶされた。
それでももう一匹が迫りくる。そこにフードの少女がウィルの前に立ち、獣が反応できないうちにその首をどこに持っていたのか、右手のダガーで切り裂き、逆手で持ったもう片方のダガーで獣の心臓部につき立て引き抜く。そのダガーは柄の部分に丸い穴が開いていた。
「ラスト!」
その少女、レインシエルは獣の絶命を確かめることなく、離れているリーダ格の獣に向かう 怒りの形相の最後の魔獣は、先ほどの見えない攻撃を警戒してか、あえてレインシエルを狙う。その目前に不可視の質量が発生する。警戒していたためか、直前に察知しスピードを殺し下がる。
魔獣の鼻先をかすめ、地面へ着弾する。砂埃が舞う。
後ろから見ていたウィルには察せていた。すべてが予定通りでレインシエルは自らの前に出現した不可視の質量にまったくひるみもせず、スピードはそのままで土煙に突っ込んでいった。
土煙が晴れたときには、逆手に持ち替えた両方のダガーに頭を刺し抜かれた無残な魔獣の姿だった。
「ふうっ」
レインシエルは一息つくとダガーの穴に人差し指を通しくるくる回す。血のりを飛ばし、太もものホルダーにかかるレザーの鞘にそのまま差し込む。
「怪我はありませんか?」
後ろからメレネイアが声をかけてきた。その手には腕まで伸びる黒いグローブがはめられており、表面にはアーティファクト特有の文字が浮かんで消えた。
「は、はい」
心なしかその表情は感情を殺しているように感じ無表情に見える。言い知れぬ不安に思わず目をそらしてしまう。張り付いたような笑顔がむしろ怖い。気づけば彼女たちの相手だった獣は既に倒れていた。なんとか立ち上がるころには、レインシエルが近づいてきていた。
「……もしかしてさあ、シロート?」
ガラスのハートに鋭利な刃が突き刺ささり砕け散る。
「……はい」
ウィルは節目がちにつぶやく。
「それならそうとおっしゃていただければ……経験がなければ仕方ありませんよ」
メレネイアが優しく微笑む。だがその目には少なからずがっかりだ、とする色が見えていた。少なくともウィルにはそう感じた。
「はい、すみません……」
「スタイルはおそらく違ってくるけど、基本は教えるよ!」
「はい、お願いします……」
レインシエルの救いというか同情の言葉にただ返事するだけだった。同情とか情けとか思っていたのはウィルだけだったのだが。
馬車に戻り続きを行く。先ほど倒したリーダの魔獣から黒い煙が立ち上り、白い光の粒子と変わり上空へ登っていった。ウィルはそれを見ていたが、先ほどの戦いでの失態でそれを疑問に思うことはなかった。ただ、純粋にきれいだなと思った。
それから道中、何度か襲撃に合いながら、ウィルは予備の剣を渡され実戦を積んでいった。師匠はレインシエルで弟子のウィルはしばらく年下の師匠に対して敬語が抜けなかった。
ちなみに後衛のメレネイアは、あのグローブで見えないハンマーを作り出し腕を振り回し遠隔攻撃を行うスタイルだった。なんどかウィルも食らいかけ、魔物と一緒につぶされかけることもあった。